地獄の沙汰もバトル次第 7パルデア地方オレンジアカデミーに所属している僕、ハルトは、イッシュ地方のブルーベリー学園という場所に交換留学することが決まった。
突然の連絡とシアノ校長先生直々のお迎えに、まあそれなりにビックリしたけど。僕は即座に留学の話に『YES』を返した。
何故なら、ついこの間の林間学校で出会った友人姉弟がそこに通っているから。そもそもが姉の方であるゼイユの推薦が決め手だったらしいから。行かない理由は無いだろう。
ゼイユの弟、スグリともなんだかスッキリしない別れ方をしてしまったし……純粋に二人と会いたかったんだ。
アカデミーの親友達には「寂しい」と凄く落ち込まれてしまったけれど、定期的に連絡することを約束しなんだかんだと見送ってもらい、僕はイッシュ地方へと旅立った。
「わあ、凄い……!ここがブルーベリー学園!」
学園に到着すると、思わず感嘆の声を漏らす。
パッと見では学校には見えない近未来的なその姿は、それはもう年頃の心を擽られるデザインと形状をしていて。おまけにこの真下、僕の踏む床の下の海の中にテラリウムドームなる人工自然や校舎があるという。ドームには野生のポケモンが居て、しかもそれだけでなくここはポケモンバトル強豪校と言われている。つまり図鑑埋めも勝負もし放題だ。こんなのワクワクせずにはいられないだろう。
「残念だけど、ボクはこれからまた仕事があってねえ。案内はしなくて良かったりする?」
「はい!スマホロトムにマップ情報を入れたので!……というか、まだ来たばかりですから自由にあちこち探索してみたいんです。お気遣いなく!」
「元気だねー。それなら遠慮無く放任しちゃうよ」
当たり前だが、学園とオレンジアカデミーとでは方針がちょっと違うらしい。向こうの『宝探し』も自主性を重んじている学習内容だったけれど、案内すらされないのは意外だった。
まあ言った通り、僕は最初こそ好きに動きたいタイプなのでむしろ嬉しいんだけど……
若干不安な気持ちも湧きながら、立ち去ろうとするシアノ校長の背中を見送ろうとした。
が、ふと彼は「あ!」と立ち止まる。
時差の所為でイッシュはまだ朝が早かったので、人の居ないエントランスに声がよく響いた。なんだろう?と首を捻る。
校長は振り向き、「一つだけ注意なんだけど」とまるで悪巧みをするような笑顔で告げた。
「ここ、リーグ部っていうのがあるんだけどさ。そこのチャンピオンと四天王トップ。あの二人にはちょーっと気を付けた方がいいよー」
「え?チャンピオンと四天王?」
リーグ部……チャンピオンに四天王……そのまんま受け取ると、パルデアにもあるあのリーグと似たようなルールの部活なのかもしれないが。
でも気を付けろってどういうことかな?きっとその二人も僕と同じ学生だろうし……もしかして、とんでもない問題児とか……?
……いや、エリアゼロに無断で入った僕の方がよっぽど問題児でしょ、どう考えても。悪い想像は幾らでも出来るが、正直あまり危機感は覚えられなかった。
「忠告はしたよ。じゃあまたねー」
「あ、はい。えと、お世話になります!」
とはいえ、クラベル先生に呆れられてたこの自由そうな人が本気で警告しているのは伝わった。
意味はちっとも理解出来なかったけど、元気よく返事をして頭を下げる。「礼儀正しいね」という笑い声の後、足音が遠ざかっていった。
「…………ふぅ。とりあえず部屋に荷物置いて……授業はまだだろうし、早速テラリウムドームに行っちゃおうかな」
飛行機の中でたっぷり寝ていたので元気なのだ。時間があるうちにやりたいことをガンガンやろう!
と、親友お墨付きのマイペースさを活かして許可云々だけ確認して、道に迷いながらテラリウムドームへと潜っていった。
それから暫くあちこち走り回ってはポケモンを捕獲していたら、不意にスマホロトムが鳴る。
「あっ」
着信音によって今し方近寄ろうとしていたアローラロコンが飛び跳ね、僕がスマホに気を取られた隙に逃げてしまった。あちゃー、運が無い。
まあ仕方ないやとモンスターボールを仕舞い、代わりにスマホを取り出した。
『ゼイユ』。ディスプレイにはそう表示されている。
もう皆も起きる時間だったことにやっと気付きながら応じた。
「もしもし、ゼイユ?どうかし」
『ハルトっ!!アンタ今何処!?』
「うわっ!?な、なに!?」
『ブルーベリー学園でしょ!?交換留学で来てるって先生に聞いたの!!何処!?』
「えと、確か、ポーラ?ってとこ……」
『今直ぐセンタースクエアに集合よ!!五分で来なさい!!遅れたら手ぇ出るよ!!』
「へ、ええ?待ってゼイユ、なんでそんな慌てて」
プツッ。……切れた。
急な電話に急な呼び出し。意味が分からなくて混乱も混乱だ。
ビデオ通話じゃなかったから顔は見えなかったが、でもあの焦りよう。一体どうしたんだろう?スグリっぽい声は聞こえなかったし……一緒じゃないのかな?
「とにかく行ってみようか。コライドン!」
考えたって分からない。あの恐ろしい張り手を食らわない為にも大人しく従うことを決め、相棒を繰り出して飛び乗った。
この時の僕は、本当に手が出るかもとかそんな思いよりも、ただ友人達との再会に浮かれていたのだ。
この学校で起きていることも、スグリの現状も知らずに。
「センタースクエア、ってここで合ってるんだよね……えーっと……」
時差ボケや疲労で目を擦りつつ着地し、あの長身を探す。
彼女は直ぐに見つかった。
「ハルト!こっち!はい走る!!」
「走れって、ええー!?」
お互いが発見した途端にいつもの横暴さを発揮され、嬉しさ半分呆れ半分で駆け寄る。
彼女の傍には、他に女子生徒が二人、男子生徒が一人立っていた。
誰だろう、と会釈しながら不思議になる。なに、ゼイユ今回はなに企んでるの……?
「遅い!!」
「ごめんなさい!!」
そんなに待たせてない筈なのに怒られた。なんで?
「はいじゃあパパッと紹介!ピンクの髪の子はブルベリーグ三位のタロ!眼鏡の美人がリーグ四位ネリネ!赤毛にフライパンの子がリーグ五位のアカマツよ!」
「早い早いテンポどうなってるの」
「そんで皆も!コイツがあたしとスグが林間学校で一緒だった友達!パルデアのチャンピオンランクハルト!」
「思ったよりも可愛い子ですね……」
「初めまして」
「よろしくな、ハルト!」
「ああうん、今僕なんにも追いつけてないけどよろしく……」
ブルベリーグ。タロ。ネリネ。アカマツ。
なんとかその四つのワードは記憶して、頑張って話について行こうとする。
「あのねハルト!信じ難いかもしれないけど今リーグ部すっごい荒れてて!」
「はあ」
「その原因の一人がスグなの!」
「はあ。……は!?…………え!?」
しかし即行で振り落とされた。今なんと!?
「スグリが!?部活を荒らしてる!?あのスグリが!?なんで!?」
「あたしもよく分かんないけど……多分反抗期?」
「ではなく、どうやらどうしても勝利し認められたい相手が居るとのことで」
「ゼイユさんがその『倒したい相手』はハルトさんなのでは、と」
「オレらもスグリから直接聞いたわけじゃないから、違うかもだけど……」
なんてことだ。確かに僕はスグリに申し訳ないことを沢山したけれど、そこまで負の感情を抱かれてるとは……
いや『もう友達と思われてないかも』っていう懸念は頭の片隅にあったけど。僕を倒したい余りに……部活を荒らす……?
意味が分からない。
「あの、具体的には、どう……」
「先ずチャンピオンになって」
「先ずチャンピオンになって!?」
「部長権限でルールを改悪して」
「部長権限でルールを改悪して!?」
「他の部員にも努力や強くなることを強要して、暴言を吐いたり時には退部までさせて、」
「この間二年生のカキツバタ先輩って人に負けちゃって、それからもう強火に大荒れなんだ……」
頭がパニックになってきた。益々意味が分からない。
チャンピオンになって……部長になって自分の好きなようにルール変えて……人に努力を強制して……退部まで……?かと思えばナントカ先輩に負けて更に荒れ………??
「ごめん、全然飲み込めない。……えっ、僕の所為なの?」
「スグが勝手におかしくなってるだけよ。アンタは悪くないわ」
「ところで、スグリくんとハルトさんの間には一体なにが?」
「は!?ゼイユもスグリもそこ説明してないの!?えーっと、かくかくシキジカで……」
グルグル目を回しながらどうにかこうにか林間学校での出来事を話したら、ランキング的に四天王に当たると思われる三人は顔を顰めた。
「ハルトさんが全面的に悪い、って感じではないですけど」
「嘘吐くのは良くないよ!」
「スグリへの謝罪を要求」
「うう、いやでも謝っても聞いてもらえなくて……!!オーガポンだって、僕が意図したわけでもないし……!!」
僕だって仲直り出来るものならしたい。でもスグリにその気が無いんだ。謝れと言われても……
「言いづらいけど、今リーグ部本当に大変なことになってるんだ!早くスグリを助けてあげてよ!」
「それは勿論だけど、えっシアノ校長にもリーグ部トップの二人に気を付けろって注意されてて……ここはここでなにが起きてるの?スグリの暴走以外にもなにかあるの?」
質問を返すと、四人もまたここでの出来事を話してくれる。
「元チャンピオン?のカキツバタさんがスグリを止めようとして?バトルに勝ってチャンピオンに戻って??またスグリがチャンピオン奪還して???そしたらまたカキツバタさんがチャンピオンに????」
あー、ボタン助けて。処理が追いつかないです。
「つまりカキツバタさんって人がスグリを助けたがってるの?」
「ネリネも気持ちだけは負けていません」
「うんネリネ、今そういう話じゃないわ」
「まあその解釈は間違っていませんが……カキツバタはスグリくんだけでなく、リーグ部も『元の皆楽しい部活』に戻したいようで」
「強くなりたいスグリと衝突しちゃって、それからずっと毎日チャンピオン戦!二人共ちょっと前まであんなに楽しそうにバトルしてたのに……今はずっと怖い顔してて、もう見てられないよ……」
ごめんなさい。なんというか、本当にごめんなさい。ゼイユはともかく学園四天王やカキツバタさんはとんだトバッチリだろう。ホント申し訳ないです。
「とにかく!!スグのヤツ、カキツバタに何度お灸据えられても変わんないの!!もうアンタしか居ないんだからなんとかしてちょうだい!!」
「う、うん!分かった!なにすればいいか分かんないけどやれることはやります!!」
そこまで拗れてるとは予想もしていなかったのもあり、罪悪感が凄い。僕はブンブン頷きまくり、とにかくスグリに会いに行こうと動き出した。
でも会うって、会ってどうする?どうすればいいんだ?もう一度謝る?勝負する?話し合う?彼の憧れであるオーガポンに会わせる?
どれも違う気がして、引き受けたはいいが僕に解決策などあるだろうかと頭を抱えた。諦める気は毛頭無いから、頑張るけど……
授業だなんだを気にしながらテラリウムドームや校舎内を探し回り、漸くスグリを発見した。
いや、一瞬スグリだと分からなくて見逃しかけたけど。なんとか気付いて踵を返せた。
……僕の友達、だった筈の彼は……髪型も目付きも服装も雰囲気も、なにもかもが変わり一心不乱にペンを走らせていた。ペン先が当たるノートはボロボロだ。彼の努力が窺える。
目の下は自分と近い年齢の少年とは思えないほどの隈が出来ていて、ただでさえ細身だった身体も痩せたように見えた。なのに、食事も休憩も取らずに止まらない。
「そうまでして、僕を倒したいの……?なんで……?」
初めて会った頃は、負けてもあんなに楽しそうだったのに。
ああ、そんなに僕が憎いんだ……余所から急に現れて、オーガポンを横取りしたから……なにも気付かず容赦無く倒してしまったから。
僕が嘘を吐かなければ、走り去るキミを引き止めていれば、キミがここまで苦しむことは無かったのかな。
後悔と申し訳なさに目を伏せるが、一度深呼吸を挟み決意を固め直す。
怖気付いてる場合じゃない。謝らないと。そうだ、謝罪しなければいけないんだ。
「スグリ」
「……………………」
お願いだ、聞いてくれ。
「……スグリ?あの、僕だよ。ハルト。憶えて、ない?」
「…………はぁー」
一度呼び掛けても返事が無かったので少し声を張ると、彼は溜め息を零す。
ペンを置こうともせず。こちらに見向きもせず。
「見て分からない?俺忙しいんだけど」
「ご、ごめん。でも、スグリと、話したくて」
「俺は話なんて無い」
分かっちゃいたが塩対応だ。悲しくて少し俯いてしまう。
でも、落ち込んでいるだけじゃ変わらない。辛いけど、ちゃんと向き合わないと。スグリを助けないと。そうだ、優しいキミはこんな状況なんて望んでないでしょ?
「ゼイユから、聞いた。カキツバタさんって人とチャンピオン交代を繰り返してるって」
そこでやっとその手が止まる。
どうやら『カキツバタ』という名に反応、どころか怒りを覚えたらしい。僕を睨みつけてきた。
「どいつもこいつも、カキツバタカキツバタって……アイツは俺の超えるべき壁だ。アイツを完膚なきまでに叩きのめしてやらなくちゃいけない。それまで戦い続けるのは当たり前だろ」
「なんで……?」
「ハルトに!!勝つ為に決まってるだろ!!」
ダンッ!と机を殴る音にビックリしたけど、なんとか怯まず返す。
「僕に勝つ為にカキツバタさんに勝つ?なんだよそれ……おかしいよ。そんな理屈成り立ってないって」
「カキツバタと会ったことも無いクセになに言ってんだ?アイツは……まるでハルトだ」
「僕……?」
「倒さなきゃいけない。アイツをへし折ってやらなくちゃいけない。このままじゃダメだ、このままじゃ、俺は、まだ……また……!ああクソッ……!もう放っといてくれ!俺は暇じゃないんだから後にしろ!!」
支離滅裂でなにが言いたいのか分からない。怒鳴られて突き放されて、呆然としてるうちに少年はペンを持ち直した。
……どうしたらいいのか。『助けてあげて』とか『アンタしか居ない』とか言われたけど、話を聞いてくれる様子が全く無い。困ったな……
であれば、ポケモントレーナーである僕達に残された最後の会話手段は。
「スグリ」
「なんだよ、後にしろって、」
「僕とポケモン勝負をしよう」
「………………は?」
そう、ポケモン勝負しか無い。最後にして一番のコミュニケーション方法だ。
人見知りのスグリと鈍い僕には、もうこれしか……そう思いながら、ボールホルダーのマスカーニャのボールを外す。
「僕を倒したいんでしょ?それなら僕と戦えばいい。それが一番手っ取り早いじゃないか」
「………………」
「話を聞いてくれないなら、もうこれしか無いと思う。バトルしよう。それで、もうゼイユや仲間に迷惑掛けるのは……!!」
震えながらボールを突き出し、その濁った双眸を見据えて告げた。
ここでキミを止める。僕が止めたい。だからどうか
「へえ?俺に勝てるって分かってるから、そうやってまた奪おうとすんだ」
「は、あ!?」
しかし、この申し出は逆効果だったようだ。
僕がスグリを見下してると勘違いした彼は舌打ちを零しながら立ち上がる。
「待って!そんなんじゃ」
「もういい。どうせハルトもねーちゃんも俺のことバカにしてんだろ。今更取り繕っても知ってる」
「違うって!!バカになんてしてない!!誤解だよ!!」
「煩い、嘘吐き。……必ずカキツバタを倒す。精々それまでふんぞり返ってろよ」
「待って!!スグリ!!」
なんで、なんでそんなこと言うんだよ。勘違いだって。僕もゼイユもスグリのことを本当に……!!
追い掛けたくても高く厚い壁を感じて、結局見慣れぬ後ろ姿を見送ってしまった。
「スグリ…………」
室内で僕の呟きが反響する。自分のものとは思えない、情けない音だった。
その場を後にして説得に失敗したことをゼイユに伝えたら、彼女は電話の向こうで『なんとなくそうなるかもとは思ってたけど……』と頭を抱えた。
『誤解って言ってんのにハルトにまでそんな態度とか!ホンット生意気!』
「いや、僕もちょっとやり方間違えちゃったから……バトルで止まるわけがないって、冷静に考えれば分かることだったのに……ごめんね」
『アンタは悪くないしいいけど、……"間違えた"、か』
これからどうしよう。スグリは明らかに健康にまで影響が出てる。早く目を覚まさせてやらないと、倒れるのは時間の問題だろう。
いや、もうとっくに何度か倒れた後なのかもしれないけど……
『ねえハルト。それならカキツバタにも会ってきなさいよ』
「えっ、カキツバタさん?なんで?」
『あのすっとこどっこいもまあ一応騒ぎの中心には居るし……アイツもスグをどうにかしたがってるから、協力くらいはしてくれると思うのよ。役に立つかどうかはともかく』
すっとこどっこいとか役に立つか分からないとか、結構ボロクソ言うね?その人強いんでしょ?もしかして強いだけの人だったりする?
そうなるとまた厄介だと唸るも、彼女は『信用ならないヤツだけど、まあ悪人ではないから』とフォローも入れる。その人の名誉どうこうというより僕を怖がらせない為の発言のようだ。チャンピオンに君臨するレベルなのにこの扱いかあ。逆に気になってきたかも。
「うーん、……そうだね。スグリには突っ撥ねられちゃったわけだし……試しに会って話してみるよ」
『それでこそハルトね!実はさっき寮に戻るところを見たの。部屋の場所教えるから見失う前に行きなさい!』
「了解!急ぎます!」
一応自室の位置を知っている程度の仲ではあるんだな。
内心微笑ましく思っていれば、『頑張りなさいよ!』と通話が切れメッセージで寮の部屋番号が伝達された。
僕は急いで、しかし走らずに男子寮へと向かった。
「もうこれ僕も半分くらい関係無い気がするけど……」
そんな独り言は、誰にも届かず消えていった。
辿り着いたカキツバタさんの部屋は、入り口だけを見ると他とはそう違わずシンプルだった。
流石に扉を魔改造する人は居ないかな、なんて少しホッとしつつ、二の足を踏む前にノックする。
「ごめんくださーい」
少し大きな声を出せば、なにかをバサバサ置くような音と足音が。もしかして勉強中だったりしたかな?
アポなんてこっちからは取りようが無かった為、申し訳なくなりながら待つ。間も無くドアが開かれた。
「どちらさーん、……って、ん?マジで誰?」
現れたのは、白い髪に紫色のメッシュが入った、細身の男子生徒だった。背は僕より高く、その金色の目になんとなく既視感を覚えながら頭を下げる。
「初めまして。僕、パルデア地方オレンジアカデミーから来ました。交換留学生のハルトといいます」
「パルデア……ハルト……あー、噂のチャンピオンランクの?」
「はい。ゼイユからの推薦で選抜されて……ついさっき学園に到着したところなんです」
片手にスマホロトムを持つ彼は、「ふーん」とあまり興味なさげに僕を見つめる。この人なんかちょっと怖いな……ペパーと同い年くらいに見えるけど、なんというか、ヤンキーみたいで……
根は良い子達だったスター団とは大分雰囲気の違う不良(かもしれない人)に表情が引き攣ってしまう。なんとか笑顔を維持したけど。
「なんかこんな雰囲気で悪いねー。しかし、チャンピオン様がオイラになんか用かぃ?あ、オイラも今チャンピオンか」
「えーっと、空気はともかく……用件は、アレです。スグリについて、」
こちらも『スグリ』の名を出すと途端に目付きを鋭くした。
「スグリ?アンタ、スグリを知ってんのか」
「は、はい……林間学校で、友達に、なって……」
「…………じゃあお前が『アイツ』とやらなんだな?」
「えっ?あ、よく分かんないですけど……」
ひえ〜、スグリとこの人、本当にバチバチなんだ……怖過ぎる……僕の知らないところでなにがあったの……
ヌシやオーリムAIにさえ立ち向かえても僕はまだ子供だ。怖いものは怖い。威圧感に怯み、まるで食べられるのを待つ獲物のような気分で震えてしまう。
「……まあなんだ。そうビビんなよ。オイラが虐めてるみたいだろい」
「は、はい……えと、この度は本当にご迷惑を……」
「そういうのいいからよ。謝るなら早くスグリと仲直りしてくれや。オイラの元に来たってことは、アイツの暴走具合はもうゼイユから聞いてんだろ?それとももう本人にも会ったか?」
「あ、会いました。でも、全然聞く耳持ってくれなくて」
「そうかあ。だぁいすきな友達本人が言ってもダメとなると、オイラもお手上げかね」
そんな、僕の友達を諦めないで欲しいのに、
「なあ」
「はい!」
「オイラはご存知の通りあの独裁者を無理矢理足止めすることしか出来ねえ。手は尽くしているが、てんで解決までは導けなかった。……悪いと思うならお前はスグリを正気に戻す方法を探せ。そんで実行しろ。それまでは気長に待ってやっからよ」
「…………でも、ですね。戦って白黒ハッキリと思ったんですけど、断られちゃって………他にどうすればいいか分からないというか、」
「オイラにも分かんねえからそんなこと言われても困る」
「うっ」
ご尤も。どうすればいいのか、あの子がどうしたいのか分からないから皆は困ってるんだ。
「ま、お互い気張ろうぜ。じゃあオイラはこれで。レポート書かねえといけねーんで」
「あっ、」
ただ少なくともスグリよりマトモに見えた彼に、色々相談してみようとしてやっと気付いた。
とても健全な学校生活を送る生徒とは思えないほど、カキツバタさんもやつれていたのだ。
言葉に詰まる間に扉が閉まる。僕は顔を覆って溜め息を吐いた。
「どうすればいいの!?これもう僕殆ど関係無くない!?」
「それはそうだけど!諦めないでちょうだい!」
「本当に申し訳ないとは思うんですけど、私達じゃスグリくんに勝てませんし……」
「頼れるのはハルトしか居ない。どうかお願いします」
「オレからもお願い!スグリもだけど、カキツバタ先輩もずっと辛そうなんだ……」
「そうは言われても!!」
リーグ部の部室らしい一室でゼイユ達と合流し、テーブルに突っ伏すると凄い宥められた。
頼りにされるのは嬉しい。嬉しいし、助けになりたいと思う。でもなんだか今回は僕の力で解決出来る気が全くしなかった。
オーリム博士の時とはまた違う『どうしようもなさ』というか、なんというか。そもそも僕は、実際弱くはないだろうけど無敵とかじゃない。スグリはちょっと過大評価し過ぎなのだ。初対面の子達にまでそんな真っ直ぐ信用されてもさあ……
「こんなこと言いたくないけど、スグリちょっと捻じ曲がり過ぎじゃない?僕に勝つ為にカキツバタさんに勝たないといけないとか意味分かんないよ!」
「同感だけど、あのフワ男もそんだけ強いってことよ。ずっとスグの妨害してるし……」
「あと戦い方もハルトに似てるみたいなこと言ってなかった?テラスタルのタイミングがどうとか」
「テラスタル?まあ、皆は最後に使いがちだけど、僕は好きなタイミングで使ってるかなあ」
「完全にそれじゃないですか」
「カキツバタもいつからか同じ手法になった。スグリも真似していますが、タイミングやテラスタイプの選択の精度が格段に違う」
「それだけで重ねられる……?ごめんカキツバタさん……」
何処かやり口が似てるから彼と僕を重ね合わせてしまっているのか。なんだかとても申し訳ない。いや偶然だから謝ることじゃないが。
「関係無いかもしれないけど、スグリとカキツバタさんって勝率どれくらいなの?」
「うーーん、八対二くらい?」
「えっ!?それ結構な差じゃない!?どっちがどっち!?」
「カキツバタ先輩が八で」
「スグリくんが二ですね」
「ひえ〜…………」
あの勉強量。チャンピオンだった時もあるようだし、スグリもきっとかなり強い方だろうに。それを押し退けて勝ちまくってるのか、カキツバタさんは。
そういえば彼もなにか勉強をしていたっぽい空気だった。勝っても驕らず努力を止めていないのか。
……もしかしてだけど、あの二人。とっくに僕なんか敵わない化け物みたいな強さになってるんじゃ
「皆っ!!!」
そこへ、二人の生徒がドタバタと部室に飛び込んできた。
なんだなんだと視線が集まる中、彼と彼女は慌てた様子で叫ぶ。
「また始まった!!」
「スグリくんとカキツバタのチャンピオン戦だって!!エントランスでやってる!!」
「「「またかっ!!!」」」
皆は頭を抱え、しかし慣れた様子で飛び出していく。
僕もなんとか意味を理解して彼女達に続いた。
エントランスのバトルコートに着くと、直ぐさま轟音と聞いたばかりの大声が飛び込む。
「カミツオロチ、オノノクスに"きまぐレーザー"!!」
「耐えろオノノクス!!ドラパルト、"りゅうのまい"!!」
話通り、スグリとカキツバタさんがポケモン勝負をしていた。
二人は汗を流しながら手持ちに指示を飛ばしている。天候は晴れ。どのポケモンがこの日照りを生み出したかは分からなかった。
「ドラパルト!!"バトンタッチ"!!出て来いガブリアス!!」
「チッ……オノノクスは耐えたか……!!しかも"バトンタッチ"でガブリアスにこうげきとすばやさのバフを引き継いで……面倒なことしてくれる!!」
今二人に残された仲間は何匹だ?一体なにがどうなってる?
なにも分からずただ呆然と見つめていれば、彼らはテラスタルオーブを取り出した。
「ガブリアス!!テラスタルだ!!」「カミツオロチ!!テラスタル!!」
テラスタルのエネルギーが収束する。カキツバタさんは張り付けた笑みを浮かべ、スグリは完全な無表情でオーブを投げた。
カキツバタさんのガブリアスははがねテラス、スグリのカミツオロチはフェアリーテラスだ。
「だと思ったぜ!!ガブリアス、"アイアンヘッド"!!」
あっという間にカミツオロチが倒れる。一瞬過ぎて意味が分からなかった。
「っクソ!!毎回毎回、なしてテラスタイプを先読み出来んだ……!?」
「経験値の成す技ってねぃ。このまま調子に乗るぜ!!オノノクス!!」
「!! ユキノオー!!」
「"ハサミギロチン"!!」「"ぜったいれいど"!!」
丁度同じレベルだったオノノクスとユキノオーの一撃必殺が交錯する。
先に捕まり倒れたのはユキノオーだった。
「なに、えっなにこれ!?」
「なにってチャンピオン戦ですよ!」
「いやいやハイレベル過ぎる!!僕こんな強くないって!!テラスタイプの予想なんて出来ないし!!一撃必殺とか怖くて使ったことも無いよ!?」
「えっそうなの!?」
「しかしスグリは『カキツバタに勝てないならアイツにも勝てない』といつも……」
「あーっと……スグのヤツ、なんというか、ハルトのこと神聖化し過ぎてるのよね………『なんでも出来る最強の主人公』って…………そうよね、流石のアンタも追いつけないわよね…………」
現チャンピオンと元チャンピオン、その戦いは僕の想像を遥かに超えていた。
読み合い心理戦は当たり前。タイプ相性も毎回的確に突いていて、バフデバフ技も必要に応じて、もしくは丁度効果が切れそうなタイミングに追加で放っている。お互いが相手のとくせいや持ち物を「普通そこまで分かる?憶えてる?」と思うくらい把握していて、正に一進一退の攻防だった。
「フライゴン、"まもる"!!」
「チッ、あと少しだったのに……!」
本当になんなんですかね!?僕ここまでのバトルした覚え無いよ!?何処をどう誇張したら僕がこれより強いって思うんだ、スグリ!!
愕然としていたら、やがてバトルの決着がつく。カキツバタさんの勝利だった。
「ふぃー……お疲れさん皆。スグリも、」
「あそこで"ぜったいれいど"はマズかったか……?いやそもそもすばやさで負けてた、一撃必殺は撃ち合いじゃなくてレベルを上げて対抗すべきかもな……中々追い越せないがどうにか全員をカキツバタのポケモンより高レベルに仕上げて……あとは"おいかぜ"のタイミングも……天候は……道具もカキツバタの動きを見るに……次はニョロボンは一旦外して……」
「マージでブレねえよなあ、お前」
二人の隠し切れないというか隠す気の無い不仲振りに遠い目になってしまう。チャンピオンがこんなんじゃ皆も困るわけだ。
もしも自分とネモが同じようになったら、と思うと寒気がした。いやまあ有り得ないんだけどさ。ネモはネモだし……
ってそうじゃなくて!!
「スグリ!!」
スグリがブツブツと一人反省会をしながら去ろうとするので、僕は慌てて声を上げた。
反射でか、彼は立ち止まる。
「なんだよハルト。また無様に負けた俺を笑いに来たのか?」
「そうじゃないって何度言わせるんだ。そもそも『また』ってなに?僕がキミを嘲笑ったことなんて一度でもあった?」
「さあ?自分の胸に訊いてみれば」
「っ、」
カキツバタさんやゼイユ、四天王の三人、ギャラリー達の注目を浴びながら僕達は会話を続ける。
「ねえ、やっぱり勝負しよう。キミは少し、いや沢山の勘違いをしてる」
「勘違い?ハルトも俺が間違ってるって言いたいのか?こうして頑張って強くなって、何度もチャンピオンになった俺が?ソイツら弱いヤツらよりも?」
「うん、間違ってる。自分を追い詰めて強くしてなんになるの?皆に嫌われてまで僕を倒して、本当にキミの望みが叶うと思う?そんなキミを僕が認めると思うの?」
「……は?」
「僕は確かに強いトレーナーが好きだよ。でもそれ以上に、楽しく勝負するトレーナーの方が好きだ。今のキミより前のキミの方が何倍も良かったよ。だっていつも楽しそうだったから」
「適当言うなよ。お前もねーちゃんも俺が弱いから除け者に、」
「誰がいつそんなこと言ったんだ。僕?ゼイユ?キミの祖父母?この場の誰か?……それともオーガポン?」
「…………………………」
「……もういいよ。僕に勝ちたいんでしょ?それなら今直ぐ戦ろう。一度戦ってみればキミの見ていた妄想は終わる筈だよ」
「…………………………」
バトルコートのカキツバタさんに頷けば、彼は頷き返してその場から退いてくれた。
僕は彼の立ち位置に歩いて、……スグリも静かに僕の正面に移動する。
「そんじゃあ皆様!これから交換留学生ハルトvsブルベリーグ四天王スグリ様のバトルだ!!準備はいいな!?」
立ち上がっていた観客達は座り直す。ゼイユ達も見守ってくれるようで、動かずこちらをジッと見つめていた。
「そんじゃあ頑張れよ!!勝負開始!!」
「あ、先生の仕事……」
審判と思われる大人の嘆き声は誰も気にせず霧散する。
僕とスグリはモンスターボールを思い切り投げた。
「マスカーニャ!!コライドン!!」
「ニョロトノ!!カイリュー!!」
────当然手加減はしなかった。するつもりも無かったしする理由も無かったから。僕の全力、全身全霊でスグリと戦った。
スグリは強かった。確かに以前とは比べ物にならないくらい強くなっていた。
だけど僕も離れていた時間で腕を磨いていて。
お互い本気でぶつかり合った。キタカミで出会ったあの時とはまるで違う戦いをして、そして、
僕は、負けた。────今回の試合は、スグリの勝利で終わったのだ。
「えっ………え?え、なんで」
圧勝とも言える結果だった。なのに勝った方のスグリが呆然とする。まるで現実を受け止め切れていないようだ。
「あれ?なんで……?ハルトに勝った?俺が?ハルトが俺に負けた……?ハルトってこんなに弱かったっけ?いや……俺が強くなったのか………?俺はとっくにハルトを超えて?ならなんでカキツバタに何度も負けるんだ?なんで?なんで……?」
「これで分かったでしょ。僕はキミが思うような理想の主人公でも、特別でもないんだ。僕は……単なる一人の学生だよ」
僕なんかの所為で狂ってしまった友人は目を見開く。僕よりも僕を盲信していた少年は、苦しそうに息をしていた。
「ちがう、違う、ハルトはなんでも持ってて、俺のぜんぶを」
「はぁー……まだ分からないならしょうがない。一旦そこ離れて」
「えっ」
「カキツバタさん!……いいですよね?」
「んー、お前こそいいのかい?結果は目に見えてるだろ」
「いいんです。僕がちょっと恥かくくらいで解決するなら安いもんでしょう」
「ま、確かにそりゃそうか」
「コラ、カキツバタ!!」
「へいへいっとー。ゼイユ、ハルトのポケモン回復してやってくれーぃ」
「あ、うん…………ってアンタらなにする気!?」
まだスグリはおかしいままだったので、今度はカキツバタさんが僕と対峙して。
「マスカーニャ!!コライドン!!」
「フライゴン!!カイリュー!!」
周囲の制止を振り切り、戦った。
結果はやはりというかカキツバタさんの勝ちだった。
「えっ、え、え……ハルトがカキツバタに……?俺にも負けたし、なんで、え………」
「だから何度も言わせないでよ。僕は無敵でも特別でもないんだって。キミとカキツバタさんの方が強いんだ」
「強い……?俺が、ハルトより……?」
僕の二戦目を目の当たりにして、細い身体が大きく息継ぎをする。どうにもまだ実感が無いらしい。
一方観客席から様々な声が聞こえた。
「噂のチャンピオンランクがこんなあっさり」「意外と弱かったな?」「大したことないじゃん」「見た目もだけど、案外普通だったな」
「きっとカキツバタとスグリが強くなり過ぎたんだよ」
「…………皆もこう言ってるよ、ねえスグリ」
「ちがう、ちがう、皆なにも、なにも分かってない、はるとは、」
「スグ!!アンタは勝ったのよ!?なのになんでそんな死にそうな顔してんの!!いい加減……!!」
あとちょっとだ、このまま現実を見せればスグリも
そう押し続けようとした最悪のタイミングで、ノイズが入った。
『ディンドンダンドーン』
『放送室より生徒のお呼び出しです。リーグ部チャンピオンカキツバタさん。四天王トップスグリさん。3年2組ゼイユさん。交換留学中のハルトさん。ブライア先生とお客様がお待ちです。1-4の教室まで至急いらしてください』
『ドンダンドンディーン』
……僕まだ学園に来たばかりなんですけど?
そう思いながらカキツバタさんと顔を見合わせる。
これが更なる大冒険……正規のエリアゼロ探索が始まる直前の話だった。