虚像に捧ぐ 3カキツバタが親戚に連れられ帰省してから、三日が経った。
最初は煩いヤツが居なくなって揶揄われることも無くなって、清々してた。勉強の邪魔もされず、いちいちちょっかいも出されず、とにかく苛立つことが減って平和になったと。なんなら俺とねーちゃん達の心の健康の為に暫く帰って来なければいいとさえ思っていた。
ただ、三日もすれば流石にちょっと味気ないというか、落ち着かなくなってくる。なんだかんだいつも部室で座っていたアイツが見えないと、まるでいつもと違う場所に居るみたいで。
なんとなく誰も使わずに空けているあのうざい先輩の定位置を見遣ると、ハルトがニヤニヤしながら寄ってきた。
「スグリ〜、ツバっさん早く戻って来て欲しいね?」
「は、はあ!?なんだべ急に!!別にあんなヤツ居なくていい!!」
「またまた〜素直じゃないんだから」
プイッと顔を背けても頬をつつかれるだけだった。この皆の主人公は、カキツバタと仲が良いだけあってこういう一面もある。フレンドリーというか、ただの絡みたがりというか。
カキツバタが帰省してから拍車が掛かった気がするが、あまり認めたくは無い。そう、断じて認めない。ハルトとあのちゃらんぽらんが似た者同士とか!俺が知らなかっただけでノリが同じとか!!有り得ねえ!!絶対!!
「そう言うハルトの方が寂しがってんだろ。前までは毎日バトルしてたもんな?」
「そりゃあ勿論!次のバトルの構成考える時間が増えたとはいえ、そろそろ戦いたくてうずうずしてるよ。折角ネモと一緒にアレコレ練ってるのに。早く帰って来てくれないかな〜」
「ふーん…………」
仕返しのつもりだった言葉への返事がなんだか面白くない。ハルトの相手ばっかりしてるカキツバタも、カキツバタとのバトルばかり考えてるハルトも。俺だってそれなりに強えのに……
「あれ?スグリ嫉妬?嫉妬してる?」
「んなっ!?!?」
「ツバっさんに嫉妬してるの〜?それともまさかぁ……?」
「あーっもう!!ハルトうざい!!もうあっち行けってば!!」
「キャーッ、スグリが怒った〜!!」
立ち上がりながら怒鳴るとハルトは大袈裟に悲鳴を上げながら笑い、走り去って行く。後からねーちゃんの大声と鈍い音がした。多分怒られてゲンコツ食らったんだ。ざまあみろ。
今更だけど、ハルトって案外子供だよな……そう溜め息を吐きながら腰を下ろす。するとずっと見てたアカマツが歩いてきた。
「なあスグリ。やっぱりスグリもカキツバタ先輩のこと気になる?」
またカキツバタの話か、とムッとしながら「別に」と外方を向いた。
真っ直ぐで純粋で、それでいて野生の勘が強いアカマツは首を捻りながらフライパンを握る。
「先輩、今なにしてるんだろうね?なんで電話もメッセージも返事無いんだろ?」
「……さあ?いつもみたいにバッテリーでも切れて充電忘れてんだろ」
「うーん……そうなのかなあ。オレ、なんかちょっと心配だよ」
「カキツバタの心配なんてしてんのアカマツくらいだべ」
そう、確かに連絡がつかないらしい。俺はスマホロトム持ってねえけど、皆そう言ってたから知ってる。
それでもテキトーに受け流しながらテキストを広げた。もうこの話は止めにしよう。
そもそもが、ハルトが言ってたようにアイツは何処か異質だ。あまり想像出来ねえけど、本当に大変なことがあって忙しくしてるのかもしれない。
どちらにしてもどうせフラッと姿を現すだろうし、考えても仕方ねえんだ。
俺は勉強をしようとシャーペンの芯を出して、アカマツも不安そうにしながら「オレも課題やろうかな」と隣に座った。
そんな話をしていた翌日だった。
カキツバタが彼の実家があるソウリュウシティに居ないことが判明したのは。
オイラが何処かも分からない場所に監禁されてから、大体三日以上は経過したと思う。
気を失っている時間もあったし、食事の回数と体内時計で推測しただけなので正確には分からないが。少なくとも数日はここで過ごしているのだろう。
あれから無駄にお綺麗で動きづらい服に着替えさせられ、おはようからおやすみまで常に監視される日々を送っている。正直気味が悪いし気分は当たり前に最悪だが、でも現状それだけだ。
予想に反して痛めつけられたり洗脳に乗り出されたりもなく、ただ多少の言論統制が敷かれてるのみ。お行儀の悪い言動をすれば叱られるが、手を上げられることは一度も無かった。
「むしろ嫌な予感がするけどねぃ…………」
ヤツらはオイラを『次期当主様』もしくは『当主様』と呼び続ける。となれば、そのうち思い通りに動かす為になにかしらしてくる筈だ。
ちょっと平和な時を過ごせてるからって油断してはいけない。人質を取って誘拐監禁なんてする連中がマトモなわけがねえってんだ。
なによりも、オイラのポケモンはきっとヤツらが持っている。逆らう手段も権利も無いのは事実で。
早くここを出なければならない、というか出たいとずっと考えてはいるが、ポケモンと後輩達の身の安全も考慮すると中々なあ…………
大事にはしたくないが、皆の安全を考えればやっぱ味方を作るか外部と連絡を取るしか無えよな。そう思案していれば、監禁部屋の扉が解錠された。
やることも無くベッドで横になっていたオイラは飛び起きて身構える。
「おはようございます、カキツバタ様。ご気分は如何でしょうか?」
「……いつもと同じさ。最悪だよ」
現れたのは見慣れた凡庸な顔だ。オイラがリーダーだ、と主張して聞かないその男は、ニコニコしながら歩み寄ってくる。
「一向に慣れないようですね。この部屋はお気に召しませんでしたか?」
「部屋っつーかお前らが気に入らねえかなあ。……そろそろ外に出してくれや。息苦しくて堪んねえ」
「何度もお伝えしていますが、そのご命令は聞き入れられません。全ては貴方様の為なのですよ」
テキトーなことばっか言いやがって。
内心舌打ちしていれば、手を差し出された。
「そんなことよりも、お食事の時間です。貴方様はお祖父様に似て賢い。そろそろ食事の際のマナーは身についたでしょう?」
「…………もう勘弁してくれねえかなあ。作法とか気にしながら食ったって楽しくも美味くもねえよ」
「まだ年若い貴方様からすれば、確かに退屈かもしれません。しかしこれも貴方様自身の為。さあ、こちらに」
飯とか言われても、ぶっちゃけたとこストレスの所為か胃が痛くて食欲も無い。今はなにも食べたくなかった。
そもそもずっとお上品な料理ばっかでお上品に食うよう強要されてんだ。そんなんじゃ碌に味も感じないし、益々気が進まない。
「今日は要らない……放っといてくれ」
「……ふむ。食欲が無いのですか?最早身体に不調でも?」
「なんでもいいだろぃ。とにかく腹減ってねえんだ。分かったらどっか行ってくれないか」
今ばかりは本当に無理だと拒絶しベッドに戻れば。
男は静かに近寄ってきて、オイラの顔を覗き込んだ。
「なんだよ…………」
「………………」
眉を顰めたら、いつもの笑顔を向けられる。
何処か狂気的でゾッとした。
「ミロカロス」
「は?」
「"あやしいひかり"」
出されたポケモンと指示に息を呑み、咄嗟に目を閉じようとするも間に合わなかった。
目の前がクラクラ揺れ始めて、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。
「あ、ぁ……?…………???な、、??」
「貴方様は次期当主。それ相応の品格が必要だと何度言えば分かっていただけるのでしょうか?」
「?? あぅ、ぁ、?ぁっ………………?」
なに?なにいってんだ?ひんかく?ひつよう?
「我儘などこの世界では通用いたしません。貴方様は少々"ガマン"と言うものを憶える必要があるようです」
身体が宙に浮く。あれ?なんでとんでんの?ういてる?なに?
あれ?ここってどこだっけ?おれは…………?
「少し早いですが、始めてしまいましょうか。……頑張りましょうね。私達の王よ」
そこでプツンと意識が途切れた。