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    PoPoPoPontatta

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    続・ごはん食べヴ墓

    朝食スコーンの話その日の朝は、アントニオにとって心地の良いものだった。
    外から聞こえて来る鳥の囀りや車の行き交う音でゆっくりと目を開ければ、腕の中では愛しい恋人が小さく寝息を立てている。タオルケットから覗く肌に昨晩睦み合った名残を見つけ、対して薄く唇の開かれた寝顔のあどけなさに知らず口元が緩む。
    これが2人ともオフの日であれば少しばかり背筋に指を這わせてあわよくば昨夜の続きを、と考えたところだが、生憎アントニオの方は午前から仕事の案件が控えている。不埒な目論見が叶わず少しばかり口惜しいものの、幸せである事に変わりはない。
    そんな穏やかな朝の一幕を噛み締めながら、アントニオはアンドルーを抱きしめて再び目を閉じ──突如鳴り響いたスマートホンのコール音によって無理矢理叩き起こされた。

    「……なんだ」

    「ああ、おはようございます。アントニオ」

    電話はマネージャーである謝必安からのものだった。彼はすこぶる機嫌の悪そうなアントニオの低い声にも臆する事なく、いつもの涼やかな声で挨拶を返す。

    『朝早くから申し訳ないのですが、先程6番街のメインストリートで交通事故があったそうで。これから多くの人が通勤する時間帯ですので、周辺道路一帯がしばらく混雑するかと」

    「ハァ……。それで?別の道を使えばいいではないか」

    『それが、その事故のせいで当事者達以外にも怪我人が出たようでして。通常通りの流れになるまではそれなりの時間が予想されますし、その間他の人間も別の道を通っていくとなれば多少大回りして向かう程度では10時からのスタジオ入りに間に合いそうにないのです』

    「……わざわざ早く出ろという事か?この私が?」

    『ええ、そうなりますね』

    もう無咎にも車を出してもらっていますので、30分後にはそちらに着けるかと。
    凄むアントニオなどどこ吹く風で謝必安がそう告げれば、「この私が相手を待たせるのならいざ知らず、たかがTV局員の為に何故急がねばならんのだ」と不満を口にするアントニオ。
    しかし。

    『アントニオ。局で待っているのはスタッフだけでなく、あなたのスポンサーもでしょう。何度も演奏会に出資して頂いているのに、あなたが彼女よりも後に来るのは流石にまずいのでは?』

    優美な仕草で足を組み、鏡越しにこちらを見て微笑む彼女の姿がアントニオの脳裏を過ぎる。かつて同じ狩人として刃を奮っていた頃から長い月日を経て尚、その魂の高貴さは一片の翳りもない。そんな彼女よりも尊大な態度を示すなど、アントニオに限らず誰も出来はしないだろう。
    彼女の存在をチラつかされては流石に観念するしかなく、アントニオは心の底から不本意そうな様子ながらもベッドを降りた。渋々ながらにこれから支度すると告げれば謝必安が承知しました、とにこやかに返し、穏やかな朝は終わりを告げる。

    「……ん、アントニオ……?どうしたんだ、もう起きるのか…?」

    アントニオが離れ、自分の身を包む温もりがなくなった事で眠りから覚めたアンドルーがゆっくりと身体を起こす。まだ重たい瞼を瞬かせながらもそう尋ねる姿に、アントニオは乱暴に大きな溜息と共に長いぬ髪を乱雑にかき上げた。

    「些か不服ではあるがな。あと30分程で出ねばならん」

    「はあ?あと30分って、なんで急に?」

    「6番街で交通事故だそうだ。全く、何処ぞの馬鹿のせいでいい迷惑だな」

    「あ、おい!アントニオ!」

    すっかり不機嫌になりながらシャワールームへ向かうアントニオの背をアンドルーの声が追いかける。

    「なんだ」

    「お前、朝食はどうするんだ。どこかに寄る時間はあるのか?」

    「要らん。6番街を通って通勤している連中は皆、今頃私と似たような状況だろう。たかがサンドイッチの為だけに人の列に並ぶなぞ御免被る」

    パタン、と脱衣所の扉が閉まり、程なくしてシャワーの音が聞こえ始める。その一連の流れをぽかんとしながら見守っていたアンドルーだったが、ハッと我に帰ると慌てて自分もベッドを降りて椅子に掛けたままだったワイシャツを羽織ってズボンに足を通す。
    食べなくとも構わないと本人が言ってはいたものの、食欲がないわけでもないのに食事を抜いて良い事はひとつもない。ましてやアンドルーと暮らすようになってから多少なりとも朝食を食べる習慣がついた今の彼を思えば、いくら食が細くとも食事抜きで仕事に向かわなければならないのは流石に気の毒である。

    「あと30分、は切ってるから……。えーと、何か、簡単に食べられるもの…」

    慌てて冷蔵庫の扉を開きながら昨晩からの残り物を物色すると、不意に下の段の方に目がいった。
    ──これだ。
    頭に浮かんだ閃きと共に、一番下のチルド室からベーコンスライスを、野菜室からはほうれん草と玉ねぎを取り出す。急ぎ気味でキッチンへ向かい、雑多に置かれた食べ物達の中からまずはほうれん草を取り出すとそれをラップで包み、レンジに放り込む道すがらオーブンのツマミを200℃に回して予熱ボタンを押す。次いで慌ただしくカッティングボードの上にハーフカットの玉ねぎを乗せ、大雑把な微塵切りに。やがてレンジが軽快な音を立て、クタクタになったほうれん草の代わりに今度は玉ねぎの方をレンジの中へ。
    特有の刺激に潤む目元を瞬かせながら、それでも休む暇もなくキッチンの下の棚を開けて薄力粉の袋をどん、と勢いよくワークトップに置く。
    そうしてベーキングパウダーや塩といった粉類をこれまた大雑把な目分量で計量していると、ふと奥から聞こえていたシャワーの音が止んだのが分かった。時計を見れば、あっという間に10分が経っている。急がなくては。
    刻んだ野菜類と一口大にカットしたベーコンを入れ、ついでに手近にあったオリーブオイルと黒胡椒も少々。最後に牛乳を加えて大まかに混ぜたところで、生地の完成と同時に脱衣所の扉が開く。

    「ハァ…。全く、君と睦み合う時以外の理由でシャワーの時間を急ぐなど誠に不本意だ…」

    「馬鹿言ってないでさっさと着替えてこい」

    冗談なのか本気なのか分からない軽口を慣れた様子で躱しながら、出来上がった生地をナイフでカットしていく。
    6等分されたそれを急いで天板の上に置き、準備万端で待っていたオーブンのスイッチをひと押し。あとは間に合うかどうかだ。
    待っている間にコーヒーメーカーのスイッチを入れ、ゴボゴボという抽出の音をBGMに出来上がりの合図を待つ。時計とオーブンを見比べてはそわそわと落ち着きなく過ごすアンドルーを尻目に、アントニオは悠長に髪のセットに勤しんでいる。時間に追われているのは彼の方である筈のなのに、これではまるで態度が逆だ。

    「おい、もう20分経つぞ。お前まだ呑気にヘアセットなんかしてるのかよ。向こうに着いたらスタイリストが全部やってくれるんだろ」

    「それはそうだ。だがな、アンドルー。いい男というものは常に余裕を忘れないものなのだ。仮にスタイリストがいるとして、私ほどの男が身嗜みを疎かにするなど罷りならぬ事よ」

    「急いでるんじゃなかったのかよ」

    「今回ばかりはな。しかし見た目を二の次にするのはならん。そもそも時間に追われ忙しなく生きるなど以ての外!遅刻とは即ち時間に余裕を持った大人の嗜みなのだよ」

    「わけのわからないこと言ってないでワイシャツくらい着ろ!あと5分だぞ!」

    たわいも無いやり取りを交わすうちに、あっという間に時間は過ぎていく。予告通りの30分後ピッタリに、アントニオのスマートホンからコール音が上がった。

    「私だ。ああ、分かった。して、状況は?…そうか。まあ致し方あるまい。それではこれから階下に向かう」

    二、三やり取りをした後、スマートホンをジャケットの胸ポケットへと入れ玄関に向かう。チェーンを外してロックを解除し、ドアの外へと出て今まさにその扉が閉じようとする一歩手前。

    「アントニオ!」

    恋人からの呼びかけに踏み出しかけていた足がピタリと止まる。
    閉まりかけのドアを再び開ければ、アンドルーが慌てたように走ってきてはおもむろにアントニオの胸へと飛び込んできた。

    「フム、これはまた随分と熱烈な…」

    「馬鹿、違う!転びそうになっただけだ!」

    胸元へすっぽりと収まる体を抱きしめようとした両腕を押し退けながら、アンドルーはアントニオの目の前へ布の掛かったバスケットを突き出してみせた。

    「どうせ昼過ぎまで忙しいんだろ。こぼさないようにしながら車の中で食えよ」

    バスケットを受け取って布をめくってみれば、中には一口大のスコーンが入っていた。
    焼き上がりのタイミングが到着を告げるコールと同時だったようで、オーブンを開けるや否や手近にあったバスケットに慌てて放り込んできたらしい。熱がこもってバスケットを持つ手がじんわりと熱くなる中で、ベーコンの焼けた匂いとスパイシーな黒胡椒の香りがふわりと鼻を擽る。

    「一応、野菜も肉も入ってる。コーヒー…は、間に合わなかったけど…小麦粉で作ったしそんなにパサついてはいないと思うから。ちゃんと腹に何か入れてけよ」

    そこまで言うとアンドルーは大きく息をついた。
    アントニオが出てしまわないうちにと急いだのだろう。そんな彼を見たアントニオはフ、と口元を緩めると、その長い指でアンドルーの顎をすくいあげては軽い口づけを送る。

    「なんと甲斐甲斐しい…。結婚してくれ、アンドルー」

    「軽口叩いてる場合かよ。ほら、さっさとしろ」

    彼の女性ファンが聞けば黄色い声が上がりそうな甘い囁きにも動じる事なく、アンドルーは両手でアントニオの胸を押し早く行けと促した。
    そんなアンドルーに不服そうな表情を見せると思われていたアントニオだったが、しかし予想に反して彼は上機嫌そうに口の端を吊り上げている。

    「なんだよ」

    「いや。どんなにつれない態度を取っていても愛おしいものだと思ってな」

    「はあ?」

    照れ隠しも含め眉間に皺を寄せるアンドルーだったが、見せかけだけの怒った態度など気にも留めずにアントニオの指がその頬を撫で、次いで柔らかい髪の毛を擽る。「行ってくる」と再び頬に口付けて歩き出すアントニオの背を見送るアンドルーは知らない。たった今触れられた頬と髪の毛が、白い粉で汚れていたことに。

    「前世の姿であれば、よもや分からなかったかもしれんな」

    熱のこもるバスケットを片手に、誰にともなく独り言ちる。
    粉を扱っていた際に舞ったそれを被ってしまったのだろう。頬の方は無意識に手で擦ってしまったのか。今世で授かった茶色い髪の毛と健康そうな肌の色には、その白さはよく目立った。それにも気付かない程に彼は慌てて走って来たのだ。アントニオにこれを渡す、そのためだけに。
    エレベーターに乗って階下に降りればエントランスには既に謝必安が立っていて、アントニオの姿を認めると軽く頭を下げて挨拶をする。そうして促されるまま車に乗り込めば、車内にベーコンとスパイシーな黒胡椒の香りがふわりと立ち込めた。

    「おや、朝食代わりですか」

    「ああ。彼が何か腹に入れろと言って持たせたものだ」

    流石は我が伴侶たる者よ、と喜色を浮かべていれば、運転席の范無咎が「なんだ、いつの間に婚約を取り付けたんだ?」と尋ねてくる。

    「正式にはまだだが、実質婚約しているようなものだ」

    「じゃあまだだろうが。全く…」

    呆れながらハンドルを切る范無咎。そんな彼の言葉など右から左で、アントニオはまだ熱いスコーンをバスケットの上で一口大にちぎり、口の中に放り込む。

    「ふむ。悪くない」

    香ばしく焼けた小麦粉の香りとオリーブオイルの風味を感じながら、アントニオはそう呟いた。
    今頃はアンドルーもひと心地ついている頃だろう。もしかしたら玄関先の鏡を見て、別れ際にやり取りした言葉の意味に気が付いたかもしれない。
    今更になって1人で顔を赤らめる愛しい人の姿が手に取るように想像出来、アントニオは小さなスコーンを片手に口元を綻ばせるのだった。
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