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    LIL Little(LL)

    主食ジェイピア

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    LIL Little(LL)

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    今書いてるクソ長いジェイピアの話

    ーAM4:00


    そろそろ人々が寝起きする時間帯になってきている。 個々の生活によって街並みに明かりが灯り始めるという事だ、きっと煙草でも吸おうとベランダに出れば見渡す限り人の住処にちらほら光が見える筈だ。それはまるで地上に輝く星、命の灯火。人々の営みそのものだ。灯り始めた街の明かりがとても好きだった。煌々としていて綺麗だとも思っていた。そして自分もその輪に連なる一つだと感じさせてくれる時間。 ジェイクはそんな光景を眺めているのが好きだった。 ……いや光景というよりは憧憬、だったのかも知れない。

    あのたくさんの灯の中には暖かくて幸せな家族たちが居る。帰れば母親が出迎えてくれて、宿題を済ませると用意してくれたお菓子を食べながら父親の帰りを待つ。ただいまと笑う父親に飛び付いて今日の出来事なんかを話すのだ。兄弟姉妹もいるかもしれない。 きっと一家団欒と過ごし、テーブルを囲んで夕食を摂りつつ他愛無い話で笑いあっている。 そして両親に頭を撫でて貰い、おやすみ、とベッドで大きなテディベアを抱いて眠るのだろう。幸せな夢を観ているに違いない。 あぁ想像するだけでじわりと熱を持つ、憧れという気持ちが溢れ出す。…あの灯りの中はジェイクにとって幸せの象徴だった。 人々は皆そんな過去を持って生きている。それら全てに愛があり相手が居てこそ紡がれていく関係。 ……自分は知らない繋がり…。 そういえば幼少期…顔も知らない父親はいつ帰って来るのかと、玄関でずっと待っていた事がある。 今日がダメなら明日かな、明日じゃないなら明後日かも知れない。そう座って待つ床が冷たくて、芯からすっかり冷えた体を母は摩りながら謝っていた。 …言われなくても分かっていたのに、そんな事をしても誰も帰ってきやしない。…本当に馬鹿なガキだったな。 ……全て自分には無かったものだ、どうしたって手に入らない。 それが理解出来てからより一層寂しさが付き纏うようになった。 だから…好きだった街の明かりも、1人では無いと感じられるこの時間も… 心の底からの安堵に至らないものになってしまった。だけどそれを表に出すことはできなかったし受け止めてくれる人も居なかった。 …何故だろう、皆同じ世界で産まれ生きているのに。…自分だってこの繋がりの中で存在しているのに、どうして自分には与えられなかったのか…。 世界から切り離されて、まるで一人ぼっちのように感じてしまう。考えれば考える程に押し寄せる漠然とした孤独感を忘れる為に室内へ戻って眠りについた。 馬鹿なのは今も変わらないらしい。 …どうせ傷つくだけなのに。何度だってもう観るのはやめよう。そう思ったのに、やめる事は叶わなかった。だってあの中には憧れがあったから。 そんな愛しい反面、羨ましい景色を見つめる時間を繰り返し過ごしていたある日の事だ。 本日もまた葛藤の時間を終えて眠りにつこうとベッドに潜り込んだ。 瞼を閉じてやがて訪れるはずの睡魔を待つ。…だがそんな深夜とも早朝とも言えない時間に玄関のドアが叩かれたのだった。 どんどんどん! 「んだよ…」 けたたましい音に驚いてベッドから起き上がるがやはり面倒臭くなってもう一度横になる。 どうせ酔っ払いが部屋でも間違えているのだろう。 鬱陶し気に毛布に包まり無視を決め込むが何時までも止まないノックに痺れを切らした。「うるせぇな!こんな時間に誰だよ部屋間違えてんじゃねぇのかぶん殴んぞ!」と叫び、破る勢いで開けたドアの向こうに一人の男が現れた。自分と関係がある者たちの中で最も来訪が有り得ない人物。 「…な、んで…居んだよ……」知った顔だが…まさか訪れて来るとは思いもよらずに固まる。 二人は周りからも犬と猿、水と油…馬と鹿…等と散々言われて来た関係だ。お互いだって関わり合うべきではないと思っていたであろう筈…。べろべろに酔っ払っているのか直立では居れずふらふらしているその男、ピアーズは両手にぶら下げた破けそうな袋をグイッと前に出し、開けるのもやっとな腫れた瞼を精一杯に広げて言ったのだ。



    「振られたヤケ酒に付き合え!」

    「…ハア? あっ、おいちょっと待て何考えてんだてめぇ!」


    家主のジェイクを押し退けて、返事も聞かず千鳥足で室内を突き進む。 このままではリビングに到達されてしまう…!焦ったジェイクが「ふざけんじゃねぇぞ犬っころ…! 夜鳴きすんなら外でやれ、今すぐ出て行け!」そう酔いどれピアーズの腕を掴むと振り向きざまに「ガタガタるっせぇな!ここで死ぬぞコラ! 俺は今自暴自棄なんだ振られたっつうのが聞こえなかったかよ!?!黙って俺に付き合えねえってんならここで舌噛んでやるからな!!退けハゲ!!!ぶっ殺すぞ!」と叫ばれた。…な、なんと勝手で理不尽な要求なのか…、錯乱しているヤツ程厄介なものはない。思わずジェイクが押し黙りピアーズの後ろについてリビングに入ると自宅でもないのに上着を脱ぎ捨てソファへ座り買ってきた袋を寛げてぐびぐびと酒を煽っているではないか。



    「……お前ヤバいな…。ここに来るまでしこたま呑んで来たんじゃねぇのか?酒臭ぇんだよ、つかどうやって俺の家を調べたんだ」


    もう何がなんだか…。常識を逸脱した異様な行動に酒を飲んでも呑まれるなとはこういうヤツへ言い聞かす為に生まれた言葉なのだと知ったジェイクは …す…っと深呼吸した。諦めの境地に至ったのだ。 イカレてしまったヤツにどうせ何を言ったって仕方がないしましてやこんな時間から大声など出したくもない。 ただ部屋が汚くなるのは我慢がならず、ゲンナリとしながら拾った上着にハンガーを通してクローゼットへ掛けてやる。その最中「ん」とピアーズはポケットからぐしゃぐしゃに丸まった紙を投げて寄越した。どうやらレシートのようでそれを広げて見ればおそらく現在地だったろう場所からジェイクの自宅までの道が記された地図になっていた。なんとなしに裏も見れば飲み食いした物と金額が印刷された紙の端に「リードから離れて飛び出して行った、今のそいつは首輪無しの野犬だ。保護してやってくれ PS この機会に少しは関係を深めたらどうだ」等と書かれている。



    「レオンさんに教えて貰った。」

    「…〜ッはあ……。 あの野郎共、押し付けやがったな。俺はブリーダーでもボランティアでもねぇつうんだよ」


    頭の中にこれを綴っている時のレオンの顔が浮かび、ふつふつ怒りが込み上げて来る。煽られている様にも感じて更に腹が立つのは文末の下っ手くそな絵だ。 ブサイクな人間かどうかも怪しい丸が、泣いているブサイクな犬…?をあやしていた。 どう見ても自分とピアーズの事だろう。咄嗟に額を押さえたまま天を仰ぐ、次に会ったら絶対に殴るじゃすまさねぇぞ。大きな溜め息を漏らした後に盛大な舌打ちをした。 がしがしと頭を搔いて紙へ八つ当たりする様にゴミ箱へ投げ込む。



    「溜め息つきてぇのはこっちだハゲ」

    「ンだと…?てめぇみてえなヤツに押しかけられた今の俺以上なんざある訳ねえ!」

    「あるんだよ!」


    …あるんだよ。そう言って思い出したのかポロポロと零れ始めた涙を乱暴に腕で拭くピアーズを見てもう一度黙る。 …招いてもない面倒事が勝手に飛び込んで来たこの状況を抱える自分よりも逼迫しているという。 まあ確かに、しげしげと観察すればトレードマークのヘアスタイルはセットされておらず、更に幼く見える顔も着ている衣服もどちらも本当にぼろぼろで頓着する余裕が無かった事が窺えた。 ジェイクの知っているピアーズはメンタルがとても強かった、そしてこんなにも頭のおかしい奴でも無かった筈。振られたと言っていたが恋愛とはこうも人を変えてしまう様だ…。理屈じゃないらしい。 一体振られたにしてもどんな振られ方をすればそうなってしまうのか。 追い出そうにも根付いてしまっているこの状況…、こちらこそヤケクソだ。成り行きに身を任せるしかないと判断したジェイクが渋々話を聞いてやるとピアーズはぽそぽそ事のあらましを話し出した。


    ……どうやら好きになってしまった人は既婚者だった。 だから諦め、忘れようとしたのにどうにもそれは叶わない。止まらない自分の想いにいっそ、振られてしまえばこの気持ちに終止符が打てるのでは…。と考え至り、告白するもその女は"旦那が居てもいいのなら"…と言った様だった。 …惚れた弱みに付け込まれてる。そう感じたがその女にとって一種の火遊びでも、そこからもし好機が生まれたら。…等とよぎってしまった自分の愚かさでピアーズの我慢の日々が始まったのだそう。 …これは悪事。人に顔向け出来ない事だ。そう思えば思う程、心が摩耗して…それでもその女から離れられない。 どうにか自分と一緒になって欲しいその一心で努力していた日々の中で女が言うらしい、夫より貴方が好きよ。…と、…いつかその嘘を本当にしたい。私を奪って。なんて焚き付けて、自分を弄ぶ為の演出だと分かってはいたが…その言葉だけで浮かれてしまう。どうすれば女の一番になれるのか、悩みながら恐るべき事に2年も続けていた関係が今日、突如として終わりを迎えたのだという。 女から妊娠したから別れてくれと言われたのだそうだ。 貴方と居てもつまらないわ、もっと遊べる子だと思っていたのに…やっぱりイイコちゃんはダメね。時間の無駄よ、バイバイ。そう言われたと泣いている。 この時間のヘビー過ぎる内容に何も言えずに居るとピアーズはグイッと持っていた酒瓶をひっくり返し、舌を皿にして落ちてくる水滴を受け止めた。



    「バカよせ。もう空だろ、何やってんだそれ以上呑むな」

    「呑まなきゃやってられねぇよ…、いつか自分に天罰が下ると思ってた。 …バカ、だよなぁ…マジでさ。」


    新しい瓶を持ち、キャップを捻ろうとするが手に力が入らないらしい。一度床に落として転がった瓶を緩慢に拾い上げた。…開けろ。と渡して来たのを受け取って、黙ってテーブルに戻す。 普段なら「開けろつってんだろハゲ」くらい吠えてきそうなものだが…その動作を見ているはずのピアーズの目には何も映ってはいなかった。微動だにせずただ遠くを見つめている。豊かな長い睫毛だけがゆっくりとまじろいでいた。



    「…あぁそうだな、しかも大がつく。」


    そうジェイクが吸った息を深く吐くように言葉を漏らして言い切ると、次はピアーズが大きく息を吸う番だった。



    「悪い事だ…ダメだって分かってた、最初から勝ち目のねぇことも、分かってたんだ。 …それでも!奪えるモンなら奪いたかった……ッ!」


    ぼそぼそとした話し始めから徐々に上がった声量が頂点に達して、その響きで静かな部屋がビリッと揺れた。



    「 けど あのひとに奪われる気がないんだそんなの無理だろ」

    「…」

    「…一度だって、触れられなかったんだ…俺が好きだって言いながら子供を作ってさ。そんなの俺なんて眼中にねぇって事じゃねぇか、俺が居なくたってあの人は幸せだったってこった。必要ねぇんだ俺なんか…。 そんなに旦那はいい男かよ、俺…よりも? こんなに一途な男…他に居ねぇだろうが畜生っ…。」


    ソファーからずり落ちた後テーブルに突っ伏した姿に、全く賛同出来ない訳じゃないな…。ジェイクはそう感じていた。 無いものねだりだと分かっているがそのいつかを期待してしまう気持ちは自分の景色を眺めている時と同じで、どうしたって手に入らないものに執着してしまう事も、そしてそれを考えて心が傷んでしまう事も分かる。羨ましく思い…寂しくなって…一人ぼっちのような漠然とした孤独感が押し寄せるピアーズの今の気持ちは痛い程に…よく、分かる。 …窓越しに外を見れば街並みの灯りは数を増やしていてぼんやりとジェイクは言葉を漏らした。



    「…しっかしまあ…その女、贅沢だな」

    「…は?」

    「自分が大切にされてんのが当たり前になっちまうから粗雑に扱えるんだ。愛って気持ちに胡座をかいてる 良い身分だ…マジにな。 喉から手が出る程欲したって手に入んねぇ奴もいるのに。…誰かから想われるってのは当然の事じゃねぇだろ」

    「…」

    「ン、あぁ だから簡単に言やぁお前を否定してねぇって事だ。…多少理解出来るよ、手に入んねぇモンに執着しちまう気持ちも それで心が傷んじまう気持ちも。……選ばれなかった悔しさも。誰だって愛してぇし愛されてぇさ ましてやそれが惚れた相手なら尚更な ハア…だから騒ぐな」

    「………​────ッ!」


    そこまで言ったと同時に上げていたピアーズの顔が一気にくしゃりと歪み 大粒の涙が溢れ出す。 さっきよりも強く、堰を切った子供のように ーわぁん! と泣き出してしまった。 再度テーブルに突っ伏して組んだ腕の中に顔を埋めている小さい体の横に座っていたジェイクは何も言わずにぐりぐりと頭を撫でて待つ。 いつ落ち着くのか、どれ程経ったか、 等は分からないが一度心の蓋を開けてしまえば中のものを全てぶちまける迄止まれないと経験で知っている。 無言の室内にはとめどなく溢れる感情の奔流に任せた苦しそうなピアーズの声だけが響いていた。 すんっ ぐすっ…ぐす っふ、ひぐっはあ、と堪えられない嗚咽と鼻が垂れるのか啜る音がして普段見え隠れする色の白い項も赤い。 …きっと今、全力で泣いている。自分の気持ちを涙で吐露しているのだ。 それだけ真剣な想いだったのだろうな…。 ピアーズの様子を眺めて、こんなふうに泣ける程…、誰かを全力で想えるのはいいな。いつか自分も運命の人にそれだけの熱量で愛されてみたい、その逆も…。そしてゆくゆくはあの憧憬の中の存在になりたい。そうジェイクが物思いに耽っていると「……っごんッ、」と声がした。酷い声にはっとして自分の脳内から意識を移せば、ひっくひっくと肩は跳ねているがようやく話せるくらいに落ち着いて来たピアーズは顔を上げて言った。



    「……愛してた、から 愛されたかった…。 同じ熱量で想いあってみたかった それが無理だってんなら…嘘でもまやかしでも良い、離したく…なかった。」


    無駄になった行き場のない愛情がキラリ。ぽとぽとテーブルに小さい水溜まりを作っていた。 勿体無いな…。それは誰かが喉から手が出る程に欲しているものなのに。 返す言葉もなくその愛の行く末を案じているとピアーズが再び呼び掛けた。



    「…お前に会う前にさ、皆に散々叱られたんだ、既婚者に惚れたお前が悪い。距離を置かないからそうなるってな。 …俺だってそう思ってたし、叱られて安心した所もあった。…けど 誰もこの気持ちなんざ分からねえ癖にって心のどっかで思っちまっててそんな自分にも苦しかった…。 お前は……俺を否定しねぇんだな」

    「まァな それに興味もねぇからな。」

    「………、俺はきっと奪えるなら奪ってた。 でもそれってやっぱモラルに反してるだろ…。なあジェイク お前は俺に 悪い事しなくて良かったよって言うか…?」

    「言うかよバカか俺なら奪うぜ。周りにとやかく言われたってどんな手段を使ってもな、愛してたんだろ 綺麗事並べて何の価値があんだよ 悪い事をしなかった、それで守れる自分の立場っつうのはその惚れた女以上の価値があんのか」


    ピアーズの持って来ていた酒瓶から自分の口にギリギリ合いそうなものを選び、開けて飲む。…うーん、正直言うとクソ不味い。ハズレだったかもな。 本日何度目か分からない溜息をついて瓶を見つめていると長時間の無言の後、ふふ、ふは…っ と笑い声がした。 遂に壊れてしまったか? ジェイクがチラリと目線を下げるとピアーズが組んだ腕から顔を横に逸らしてこちらを見ていた。 目と目が合った瞬間、あはは。と潤み腫れたその瞳が更に細くなる。 「…いや怖ぇよ急に何笑ってんだ」「んーん」そう首を振って返された。



    「ねぇな…と思ってさ。 自分で言うのもなんだが俺の恋愛スタイルは激重らしいんだよ。だからまさかお前が俺と同じタイプだとは思わなくて…驚いたんだ。そんなヤツ、今まで出会った事無かったからな。……へへ…それに俺もお前の意見と同じ事考えた事あるぜ。 ンだよ、大っ嫌いだってのに似てるところがあんのかよ」

    「そりゃどうも 今ん所俺も大大っ嫌いだけどな」

    「マジかよ そこも一緒じゃねぇか 俺も大大 大っ嫌いだよ」

    「大が1つ増えてんぞ、ざけんじゃねぇこんなバカみてぇな時間にヘビーな話を聞いてやったんだ…そこは俺への態度を改める所なんじゃねぇのか、おい寝んなピアーズせめて出て行け!」

    「ンー…やだね ここでねる………おまえがでてけ」

    「家主の俺が出ていく意味が分かんねぇだろうが!」


    幾分気持ちが紛れたのかはたまた酔い潰れたのか…何せ体力を使い切ったらしいピアーズはうとうとし始めた。押し問答を繰り返したが遂には涙の膜を張ったオリーブグリーン色の瞳を、とろ…とさせて床の上に転がってしまった。酒の効果なのか喚き散らした成果なのか丸めた体をほんのり染めて寝息を立て始めている。 ……マジかよ有り得ねぇだろなんて事だ最悪だ…。このままこいつを寝かせておけば朝起きた時また顔を合わせる必要がある。非常に、激烈に面倒だ…。勘弁してくれ 「おいてめぇバカ犬、起き……」ジェイクが再度叩き起こそうとその体を揺すった時に、ピアーズがほんのわずか「さみしい」と呟いたのだ。 ……心の声が漏れた。そういう表現できっと合っている。掠れて風でも吹けば掻き消されてしまいそうな程小さくてささやかな声。閉じられた瞼を彩る豊かな睫毛は水滴で輝いていた。…あぁ痛いくらいに分かってしまうその気持ち。まるで小さい時の自分を見ているようだ。昔はよく寂しさと不安で1人泣いていた。その時 誰か撫でてくれたらいいのにと思った事もある。ずっと自分も抱えてきた感情だ…、同じ気持ちに苛まれているピアーズを無下にも出来ず揺する手を止めて寝室へ歩く。毛布を用意してやるのだ。 ジェイクはすうすう寝息を立てるピアーズに厚手の方をかけるとそのまま自分もソファーに横たわった。薄い毛布じゃ少し肌寒いのもあり、より一層大きな溜め息が出る。まったく厄介な男だな…。くるりと寝返りを打つと丸まっているピアーズと背中を付き合わせてソファーの背もたれに顔を向けて呟いた。



    「しょうがねぇよな。 …いいぜ、一緒に居てやるよ 一人ってのは寂しいもんな…。」


    一体これはどちらに向けた言葉だったのだろう。自分にも、分からない。そうして瞼を閉じてから少し経った。 …疲れたな…と頭の中を整理していけば紐付けられて勝手に掘り返されて行く記憶たち、そういえば部屋に自分以外の寝息が聞こえるなんてほぼ一度も無かったように思う。 母と眠らなくなってから 本当に数えるくらいしかない。 夜遊ぶだけの関係なら 眠る前に別れるからだ、なし崩しだが すうすうと聞こえるその音を聞いていたら何故だかこちらまですごく眠たくなってきて、心が落ち着いていく。…気持ち、いいな…。じんわりと手足が暖かくなって、2人分の体温で部屋の温度まで上がっている様な気がした。 …今までこんなにも早く睡魔が訪れた事は無かった…、ジェイクは柔らかいその眠りへの誘いに従ってゆっくり、ゆっくりと意識を遠のかせて行った。











    カーテンから僅かに漏れる日光に瞼が自然に空いていく。どうやらあれからぐっすりだったらしい。 ぐーっと体を伸ばして「痛…」と声を漏らした。やはりソファーで寝るものではない。凝った首を手でほぐしつつ時計に目をやれば時間は昼前。…本日がオフで良かった、寝過ぎたな…。そう安堵した所に「ぉはよ…」と声をかけられて、ビクッ!と肩が跳ねる。 日常、一人暮らしであるジェイクにとって寝起きに声をかける者など居ないからだ。声の主の方へ目を向けるとピアーズが床に座っていて固まる。ぼーっとしていた頭を働かせ、昨日の眠る前の出来事を改めて思い出した。 そうだそうだ、そうだった。鮮明になっていく記憶、 犬猿の仲、水と油と周りからもよく言われる、馬と鹿の関係であるピアーズが持ってきた重過ぎる内容。皆に叱られて縋る思いでここにやって来た事。 それがバカみてぇな時間で、散々喚いて泣いて…酔い潰れたのをそのままにしてやったんだった…。まだ居たのか。


    「…おう」


    ジェイクは額を押さえ頷いた。家を出てからというもの、目が覚めて、自宅で他人に挨拶をされた事も無かったのでなんとなく違和感があったのもあるが、とにかく気まずい。 挨拶を返し合う様な仲ではないし、何よりお互いの本質に似通った部分があると知ってしまったからだ。隠している心に同調するのは恥ずかしいものがある。それはピアーズも同じなのかいつの間にやら人の家の冷蔵庫を勝手に漁ったらしく、ミネラルウォーターを片手に「…うん」と返事をした。 静寂に包まれる室内には外の楽しげな声が入り込んで、矛盾により一層気まずさが込み上げる。 無言がいたたまれず「てめぇ何勝手に人ん家の冷蔵庫漁ってんだよ」などと吹っかければ「お前だからいいかなと思って…」とピアーズは答えた。どういう意味だ、そう言おうと顔を見て吹き出す。



    「だはっ、っあはははは!ーーっひぃ、ぶっさ…! パンパンじゃねぇか!前見えてるか? つか顔も浮腫み過ぎだろ!」


    笑い転げるようにソファーでのた打てば「るせぇな!そりゃあんだけ呑んで泣いてたら目も無くなるし顔も腫れんだろうが!痛ぇし声も出にくいしからかってんじゃねぇよ!」と反論してくる。 確かに寝起きだからもあるのだろうが酷い声だ。元々掠れ気味ではあったものの、もはや声より息漏れの方が多い。はあはあ、寝起きからジェイクが腹を抱えて身をよじればピアーズはぷいっとそっぽを向いてミネラルウォーターを口に含んだ。 場が少し和んだ所で「さっさと帰れ」と手を上下に振ると 一瞬の沈黙の後、「流石にこのツラで外歩くのはごめんだぜ。…なあ、つか腹減った。なんか作れ」等とほざいたのだった。



    「調子に乗ってんじゃねぇよ、どうして俺がそこまでてめぇを甘やかしてやんなきゃなんねぇんだ?」

    「んじゃあ俺が作るからキッチン貸せ」

    「嫌に決まってんだろ、俺は帰れっつったんだ、オラ とっとと用意しろ」


    立ち上がりクローゼットから取り出した上着を投げて渡すが受け取ろうとはせずに地面に落ちた。 よれた服に囲まれて不機嫌な顔をしているピアーズとお互いに見つめ合った後、ふんっと音がして顔ごと目をそらされた。



    「……やだ」

    「ハア?」

    「嫌だっつったんだ、聞こえてねぇのかよハゲ。頭が悪いと耳まで悪くなんのか? 帰んねぇ今日はここに居る。だから飯作れ」

    「……身長差があり過ぎて、俺の耳に届く迄時間がかかんだよチビ。それだけムカつく減らず口が叩けるんだ、家まで帰れるだろ。それともなんだ? パピーちゃんはお家までのエスコートが必要か?生憎俺は犬も猫も嫌いでね、てめぇに繋ぐ首輪も紐もねぇんだ…お散歩は諦めて1人で帰りな」

    「もし俺がマジの子犬ちゃんだったとしても、てめぇにゃ飼われたくないね。お互い様じゃねぇか良かったな? …あっ、そうだ肉かパスタが食いてぇ さっさとしろよ」


    そう言いながら床に転がってしまったピアーズは瞼の上に滴の垂れるペットボトルを置いて「ー…冷てえきもちいい…」と黙ってしまった。 言い返そうとした瞬間、隙間から見える瞳が濡れていて…水滴がついたのではなく涙なのだと分かってしまい、浮いていた青筋も上がっていた肩も下りる。……最悪だ。せっかくのオフをゆっくり過ごそうと思っていたのに。やっぱり非常に、激烈に面倒な事になった。あの時叩き起して摘み出していれば良かった。 傷心しているのを盾に好き勝手言いやがって…。そうしてりゃ俺が何でも言う事聞くと思うなよ。そうは思うものの、涙を隠すピアーズを見るとやっぱり境遇だったり気持ちを自分と重ねてしまうジェイクはピアーズが来てから止まらない溜息をまた吐いてキッチンへ向かう。リクエストまでしやがって。 そもそも家で料理はあまりしない、何か作れるものがあっただろうか。 渋々冷蔵庫や棚の中を確認して、ベーコンとパスタを発見した。牛乳と卵と玉ねぎと…ツマミのために買っていたチーズがある。カルボナーラくらいなら今からでも用意出来るか…。鍋に汲んだ水に火を掛けて目分量の塩を入れる。鍋が沸騰する迄の間にベーコンを刻んでいて ふと気になり、ピアーズに声を掛けた。



    「昨日の事、どこまで覚えてんだ?非常識な時間に押し掛けた事は当然分かってんだよな?」

    「……全部覚えてる。俺は酒で記憶が無くなる事はねぇんだ、バカにはなっちまうけどな。 昨日はさ…まあ言った通り振られたんだよ。んで 放心状態の中、家に居たんだけど…現実味が湧いて来たんだろうな…涙が止まんなくなっちまって一人で荒れてたんだよ 」

    「なるほどね…」

    「 元々クリス達と飲もうって日でさ…それを断って変に思われんのも嫌だったから向かったが そりゃもう楽しめる状態じゃあなくて 必死に普段通りやってたけど ダメだった。」

    「はっ 雑魚かよ」

    「るせぇな雑魚だよ。しょうがねぇだろ……仲間内の恋愛相談に乗ってたら泣けちまったんだ。 …心配かけたくねぇから強がって大丈夫ですよ!なんて笑ってたんだがその内クリスが俺達じゃ手に負えねぇ問題だってレオンさんを呼んじまった。」

    「あー…なんか想像つくな。確かにその手の話はおっさんよりレオンの方が適任か、自覚あんのが笑えるぜ」

    「殴るぞ。クリス、な。 そっから俺の話になっちまって、相当叱られて… 彼女を悪女だって俺の為に怒ってくれてた。クリスは お前が真っ当な道を選べて良かったと安心してたし。 俺は……それが有難かったけど、嬉しくはなかったんだよな……。なんか言えば言うだけ、励まされれば励まされるだけ苦しくてさ…。」

    「そりゃな、お前からすりゃ所詮は御託だろ。心は動かねえよ。理解されねぇのは辛い。」

    「いや…わがままだろ…。最悪なヤツだよ、俺は。だって早く終わんねぇかなって…そればっかり思っちまってて、皆と居るのが煩わしかったんだ。皆…俺の為に言葉をくれたのにな。」

    「はっ、ンな下らねぇ事考えてんのか?やっぱりイイコちゃんだぜてめぇ…俺なら説教はごめんだねってすぐに席を外してる。お前の為だなんて言われた言葉が本当に俺の為だった事、一度もねぇからな。アイツらの自己満だよ自己満。」

    「そう、なのかな。……分からないけど、そんな中でふとさ…、お前が浮かんだんだ。俺と合わねぇジェイクだったらどう言うだろうって。もしかしたら殴り合いになってさ、そんな事も忘れられんじゃねぇのかなとか…考えて、気付いたらレオンさんに聞いてお前の家に上がり込んでた。 」

    「……」

    「……何やってんだ、頭を冷やしなって殴られてケンカしてって想像してたのに、そしたらお前が言うんだよ、分かるってな。あれだけ人が居て…親身に話を聞いてくれた中でも、誰も共感なんざしなかったのに、まさかお前から同調されるなんて思わねぇだろ…。 …、正直、嬉しかったよ。 …ありがとな。 」

    「...嫌に素直だな……調子狂うぜ止めろよ気色悪い。俺とてめぇの間に、必要ねぇ言葉だ」

    「ふうん、捻くれてっと人の感謝も受け取れなくなるんだな……可哀想に、性根の悪さがツラに出てる」

    「ンだとてめ、」


    出来上がったカルボナーラを皿に盛り付け終わって振り返れば「へへ……」っと柔らかな顔で笑うピアーズが後ろに立っていた。リビングの窓から差す光を浴びて髪や体の輪廓を溶かしキラキラと光の粒を反射させている。 何故だかその瞬間に心臓がバクっと跳ねて口篭った。完全に油断していた。気づかなかった急な接近に思わず後退り「な、んだよ……」と落としかけた皿を強く持ち直した。背中がキッチンにくっつき、ひやりと冷たい…。 「どっちにしようかな」そう皿の中身を見比べて、ニンマリしたと思ったら爪先立ちになり、迷わず多い方の皿をジェイクの手から奪い取る。



    「俺が多い方!お前は小せぇ方で充分だ、足りなくなったら皿でも齧ってろ」

    「体の大きさに合わせて盛り付けてんだ、てめぇが小せぇ方に決まってんだろ返せ。デブになりてぇのか?」

    「残念だったな、もう口つけちまった」


    ふふん、勝ち誇った顔。言い返すピアーズは皿に乗ったフォークで半熟の卵を刺し、黄身を割る。じゅわ……と崩れ、パスタに広がって麺に滴り絡んで行くのを巻き取って口に入れた。「っうま……」見開かれた瞳がうるり、と輝き細くなった。ぷっくり膨らんだ頬が咀嚼によって次第に小さくなっていく。 粉チーズやブラックペッパーがふんだんに掛かった所は後で味わいたいらしくベーコンをそこへ乗せて避けていた。椅子にも座らず立ったままソースと麺だけで一口、二口…と進める手に「ツラは良くても行儀が悪いな」等と言ってみせるが聞いてもいない。ご機嫌そうにテーブルへ自分の分だけを運んでソファーを陣取った。勢いよく座った体がソファーのバネで弾み、無邪気に見える。そしてまるでお前は床だと片足をトントンと踏み鳴らしてジェイクを呼んだ。



    「…逆だろバカ、俺がソファーでお前が床だ」

    「いいや間違ってない、俺がソファーでお前が床なんだよ。 ソファーもそう言ってる。お前の汚ぇケツを乗せるのは懲り懲りだってな」

    「へえ?物の声が聞こえ出したって?いよいよ本気でイカれちまったな。病院は何処がいい?残念だが名うての獣医に知り合いは居ねぇぞ。」

    「あぁそうかいそりゃ大変だ、俺には関係もねぇ話だが獣医さまもさぞ驚くだろうぜチンパンジーの診察は初めてだってな。専門医に掛からねぇとどうなる事やら知らねぇぞ」


    お互いに腹すら立たない様な軽口で時間を過ごし、ジェイクは自分の皿とピアーズの皿を見比べた。食べるのが早い、大盛りの麺は次々胃に送り込まれ、もう半分をきっていた。ようやく楽しみに取っておいた所を口に入れたのか「っん〜……」っと目を瞑って堪能している。大した量を口に含んだ訳でもないがまた頬がぷっくり膨らんでいて、口の中の許容量が小さく狭い事が分かった。その顔を上に向けて、舌の上で解けて行く食材達の味を感じ取って美味そうに咀嚼する。しゃく…と玉ねぎの音が小さくして、飲み込む事で徐々に口腔内のものを減らし終えると少しソースがついた唇をペロッと舌で舐めた。



    「まさかお前、縦幅じゃ勝てねぇからって横幅で勝負するつもりじゃあねぇだろうな」

    「誰が誰に負けてんだ? それにチビだっつう話ならぶん殴るからな、俺はアメリカ人の平均身長だ。てめぇがデカ過ぎるだけなんだよ」

    「へーへーそうかい、俺からすりゃお前とは男と女くらいの差が…っいっ!てぇなてめぇ!」

    「ムカついたから手が出ちまった。俺は悪くないな、ムカつかせたてめぇが悪いんだ。」


    肩に衝撃が来て拳を握っているピアーズに殴られたのだと理解する。皿をテーブルに置いて飛びかかってやろうか、そう睨み付けると「さっき俺に行儀が悪いっつったな? てめぇで言ったんだ、飯食ってる時くらいお利口にしろよ」などとさも常識人ぶってジェイクに注意した。「非常識なてめぇに常識を説かれるなんざ嘆かわしいねえ…」と返せば「今から学べよ、チンパンジーでも分かるさ、簡単な事だろ」そう笑われて、ぶちっと何かがキレた気がした。…よし、殴ろう。決断は早かった。傷心しているだろうと考えて相手をしてやり、飯まで作ってやったのにこの言い草。今回の一件、貸し借りでとやかく言うつもりは無い。 ...ただ仇で返すなと言いたい。この暴力を神が許さなくても俺がそれを許させる、さあ殴る。ジェイクがぎゅっと拳を握るとピアーズが食べ終わり、満足そうに皿を置いて「っはあ…美味かったごちそうさま」と言った。綺麗になった皿を1度見てから向き直る。 そして振りかぶった瞬間、ピアーズはジッと何も映っていないテレビの画面を眺めていた。肩へ拳が当たる寸前に、ジェイクの手はピタリと止まった。 ……名前を呼ばれたからだった。



    「なあジェイク」


    顔を付き合わせ、呼び掛けてくるピアーズと目線が交わった。 見えたその表情に思わず息を飲むだけで咄嗟の返事が出来ず、言葉を詰まらせていると再度「なあジェイク」と名前が呼ばれる。首を傾けてジェイクの瞳を覗き込むピアーズは眉を下げ、柔和な笑みを携えていたのだ。とろりとした瞼と目尻で密集した瞬きするたびに揺れる長い上下の睫毛、その隙間から覗くジェイクを映した瞳は水膜感でうるりと光っていた。



    「なんつうツラしてんだよ...」


    胸がギリギリ締め付けられる。...やめろ、そんな顔で笑うな。まるで、まるで...。



    「……相手をしてくれて助かる。今さ、...この下らねぇやり取りで思い出さずに済んでるんだ。 たまには役に立つもんだなお前も。...明日になったら出てくよ、…悪かったな。」


    ─あぁまるで鏡を見ている様だろうが。虚勢を張って、普段のあの人好きされそうな微笑みをジェイクに向けるこの姿は、日頃...傷付いた時に強がり振る舞う自分を見ている様だった。顔や瞼の腫れは引いて来ていたし声も少しはマシになっていた。 ...だがその表情がすぐに作り物だと理解出来る。 ピアーズは「むしろ1日この俺と一緒に過ごせるんだ、光栄だよな?」なんて笑っている、目も…口も……。 ジェイクに白い歯を覗かせて。 ...だがそれら全てが偽物だった。言葉さえも作り物だ。 ...たった1人、大切な人を失う。それだけで真っ暗闇に飲み込まれて、全てを失ってしまった気がするのだ。愛とはそれ程までに大きなモノで、人々の根幹だとジェイクは思っている。そしてそれが無くなってしまう…そんな喪失感さえも…分かる。 ...母が病に倒れ、息を引き取った時...大した設備も無い病院の鏡で顔を洗った自分は、今のピアーズと全く同じ顔をしていた。 こんなにも広い世界で一人ぼっちになってしまった。...酷く傷付いた心の柔らかい部分がこれ以上壊れてしまわない様、必死に悟られまいと強がっていた。だけどその中には後悔と不安と...どうしようも無いそんな孤独感しかない。思い出してとてつもなく...胸が、痛む。やめろ重なる、やめろ思い出す。より自分が孤独であると感じてしまう。普段の様にスカしているツラを見る方が腹が立つだけ余っ程マシだ。バカだと言え、そしたら返す。罵り合っている方が互いを重ね合わずに済むのに。 ジェイクはぐっと唇を噛んだ。 ......理由はどうあれ、どちらも別れ。大切な人と二度と会えなくなるのは同じで...失いを知って、喪失感に苦しむのは耐え難い事だ。 1人で居る辛さが分かる。自分もずっと抱えていたモノだった。 ...ピアーズにも、この気持ちが、分かるのか。



    「へっ...。さっきのてめぇの言葉、そっくりそのまま返した方が良さそうだな」

    「…ハァ?何言ってんだ、俺は別に何とも思っちゃいねぇよ。一つあんならただ今のてめぇとはやり難ぇっつう事だけだ。」

    「なあジェイク」

    「うるせぇな、ンだよ」

    「......寂しいよな。」


    言い終えて、あはは。そう笑っているピアーズはジェイクの「それはてめぇだけだろ」という言葉を待たずにテレビの方へ体ごと向けた。いつの間にか日が落ちかけており、外から差す光はとろみのあるオレンジ色になっていた。 さっき迄は白く発光していたピアーズ自身の輪廓は夕暮れでぼやけて、このまま景色に溶けてしまいそうだった。 時間だけが浪費されていく、そしてー静寂。互いの呼吸音だけが響いていた。ようやく目線がそらされて、縛るものも無くなったというのに満足な呼吸が出来ない。 隠していたつもりだったが...きっと同じ寂しさを持ち、同じく愛に飢えていると見透かされていた。洞察力のある男だ、最初の受け答えで自分がどう感じてピアーズと接していたのか露見されていたのだろう。 口の中が乾いて、喉が硬くなる。つける悪態も思い付かない。 居心地が悪いな...。黙り込んだままテーブルに並んだ食後の皿をみつめていた。すると ...そうだ、と何かを思い付いた様子のピアーズがその皿を持って話し出す。



    「お前さあ、普段テレビを観るか?」


    いきなり明るい声音でリモコンを探している事を伝える。 ソファーのバネの力も借りて立ち上がり、手に持った自分の皿だけをシンクへ置いた。コックを捻り、出て来た水に晒すと「今持って来んなら洗ってやるよ」等と言う。空気感を断ち切るその言葉に「飯を作らせたんだ、皿くらい黙って洗え。勿論俺の分もな…取りに来い」そう返した。 さっき迄のやり取りを終える事が出来て安堵から肩を撫で下ろしたのは癪なので黙っておく。



    「たっく、お客さまはもてなすのが普通だろ」

    「あぁ確かにな、客ならそうかも知れねぇが俺はてめぇを招いちゃいねぇ。って事はだ、てめぇは客か?」

    「あぁそうかよ。んで? テレビは観るのか?」

    「…観ねぇよ、インテリアみてぇなモンだ。リモコンなんざどこに片付けてるかさえ思い出せねぇ。ここが拠点だと決めて家具を一式買い揃えた時から行方が知れねぇんだ。まあ不自由はねぇしな」

    「ンだよそれ、ならなんで買ったんだ」

    「普通あんだろ。だからだよ」


    ジェイクの手から皿を受け取り、洗い終えたピアーズがいい事を思い付いた!と笑う。



    「じゃあさ、宝探ししようぜ」

    「宝探しだあ?何言ってんだお前…部屋ん中を荒らしたらタダじゃおかねぇぞ、って…あ!てめ…!勝手に漁んな!」


    返答も待たず辺りのチェストを勝手に開けて行くピアーズを制止する。特別見られて困るモノを隠している訳ではないのだがガサゴソと詮索されるのは誰でもいい気持ちはしないだろう。 ジッとにんまりしている顔を覗き込む。すると掴まれたままの手とは反対の手で人差し指を振った。何やら一つ提案らしい。



    「今の俺はな ジャンクな物が食いてぇんだ。分かるよな?そう、ピザ。コーラと一緒にデリバリーして貰える所がイイ」

    「は…?知るかよンなの、俺には関係ねぇ…っつか! 食ったばっかだろうが…どれだけ食い意地張ってんだ。」

    「あの量じゃ足らなかったんだよ。 …...だから負けたら晩飯を奢る。これは真剣勝負だぜ、先に見付けた方の勝ち。当然お前の家なんだ…有利なのは分かるよな?」

    「俺がその勝負を引き受けなきゃならねぇ理由は晩飯だけか? 」

    「傲慢な野郎だ、ならこうしよう。俺が負けたら晩飯も奢るしデザートも追加してやる。お前もそうしろ」

    「てめぇが食いてぇだけだろ。メリットにもなんねぇな。交渉のつもりならこれも付け加えやがれ、てめぇが負けりゃその場で帰れ。」

    「…いいぜ?俺は負けねぇからな。てめぇに晩飯奢らせて、デザート食ったらその後ベッドで寝てやるよ」

    「言ってろ。…速攻でカタ付けてやる」


    どうせこのまま無言で居ても気まずいだけ。今すぐお帰り頂くことも叶いそうにないのならいっそ、元より売られた喧嘩は買う主義だ、遊んでやっても良い。大の大人が2人も室内でリモコンを捜索する姿は客観的に見れば滑稽だと思う。 それでも時間経過と共に勝負と名がつけば熱中していくもので、気付けば案外楽しくなっていた。 ピアーズが言った様に至って真剣…記憶を頼りにウロウロ探し歩き、ここか?そこは違う。…ちっ、コンポのかよ…。 これは?それはブルーレイプレーヤーのリモコンだ。なんてお互いに言い合いながら引き続き心当たりの場所へ戻った。



    「あったか?」

    「見つからねぇもんだな」


    …テレビのリモコン捜索を開始してから早2時間。奮発して買ったデザイン性がお気に入りのデジタル時計には"18"と表記されていた。そこまで広いという訳でもない癖に、捜し物をしている時だけは途方も無く感じるというのは人類共通の意識だろう。



    「思い出せ、たっく…呆けが来るには早ぇだろ。目星くらい付くのが普通なんだ」

    「必要じゃねぇモンの事なんざ一々覚えてられねぇんだよ。それに帰って来たって寝るだけだ。お前だって同じ様な生活じゃねぇのか?偉そうに説教垂れんな」

    「バカ言え、俺はお前と違って整理整頓は得意なんだ。片付けたモンが何処にあるかぐらい把握出来てる。…けど、実際ベッドがあるならそれでいいってのは分かるな」

    「だろうが何せそもそもだ」

    「あぁそうだそもそも家に帰れねぇ」


    …ガサガサ言わせながら玄関へ移動したピアーズが声をあげた。チェストを漁る自分の手元から目線を移すと玄関のドアを背にリビングへ向かう短い廊下でピアーズは立っていた。左側にある小部屋のドアノブを握っている、…あぁ倉庫か。ジェイクは顎を擦った、そういえばまだ見ていなかった。そして生活を振り返っても殆ど足を踏み入れて居ない為…可能性はある。確か最後に使用したのは入居初日だった筈。チェストを閉めて倉庫に入って行ったピアーズをゆっくり追う。



    「そういや中にダンボールはあるか?」

    「あるぜ山程な。今そこを探ってる」

    「だよな、引っ越してきてそんなに経ってねぇんだ。2ヶ月前位か…その後すぐに長期で他国に行ってたから片付けも進んでない。 あー思い出したくもねぇ事思い出しちまったじゃねぇかバカ犬、何嗅ぎ当ててくれてんだ」

    「俺の鼻の良さに感謝しろハゲ。現実と向き合えるチャンスだ丁度良いじゃねぇかこの際片付けちまえ、野郎の一人暮らしなんざたかが知れてる。たったこれだけなんだでバラしちまえば2〜3時間で終わんだろ。」

    「ふざけんな。 ただでさえ俺はてめぇの襲来で心身疲労状態なんだぜ、これ以上休みの日に疲れる事はごめんだ。」

    「ついでみてーなモンだ、ろ……っあ!」


    家電が入っていたであろう空き箱を手際良く解体していたピアーズが1つの箱を開けて止まった。その瞬間嬉々としながら掴んだ物を天高く掲げたのだ。まるで勝ちを確信した様子、勝者の振る舞いだった。 橙色の灯りが眩しい。目を細め「マジかよ…」そう呟いた、これが2人の勝敗を分けるフラッグになるリモコンかどうかを確認すべく、ジェイクが身を乗り出せばピアーズはそのリモコンに チュッと唇を寄せて頬擦りしてから見せ付けた。自慢げに口角も上がっている。


    「あった…!見ろよコレ!フィルムがまだ付いてる、コレは絶対の絶対…!テレビのリモコンだろ!?」

    「……そう、だな…。間違いなくリモコンだ…〜〜ッはあ…クソッ…!…最悪だ!」

    「見つけたんだよ俺が!〜〜へへっほらな? 言った通りだったろ俺が勝つって!こういう勝負事に負けた試しがねぇのさ、勝利の女神も俺に惚れ込んでる!」



    勝った!勝った!と足を踏み鳴らしてはしゃぐ姿に額を押さえ、その場に座り込む。もう少し早く倉庫を思い出していたら…いや、元来ゴミはすぐに捨てるタイプだ。だからこんな物を放置していた事にも驚きを隠せないし、廃棄していないのが悪かった。…買って設置したまま長期の国外任務に着任していたのも忘れていた。あぁ言われた通りに家電の箱の解体を行っていれば出し抜けた筈。ジェイクは唸りながら自分に落ちている影に気付く。ハッと額から手を退けて、眼前に迫るニンマリ顔のピアーズと目が合った。



    「……出て行く気は?」

    「無い!」

    「何でだよ…!癪に障るが頭も下げてやる、頼むから出て行け!」

    「やだねきちんとお前は約束通りピザにコーラとフレンチフライズを付けてデリバリーの注文、コンビニまで走ってスニッカーズのアイスを買え! そしたら俺はアイスを楽しみに風呂入ってテレビを見ながら食うしその後ベッドぐっすり寝るんだよ!負けたてめぇは黙って勝った俺の言う事を聞きな!」

    「ハア!?さり気なく風呂まで入ろうとすんじゃねぇよ!大体欲張り過ぎなんだてめぇは…!人様の家で家主より寛ぐなバカ!寝室にはぜっっってえ入れねぇぞ!?」

    「じゃあベッドは諦めてやるから風呂は貸せ! 最大に譲歩してやる」

    「マジで教えてくれ…どうすりゃそんな自信満々に上から物が言えるんだ…」


    1度許してやったのが間違いだった…。ジェイクは項垂れながらスマホを取り出した。デリバリーの指定時間を聞くとピアーズは少し考えた後1時間後と答える。ウェブサイトを見るジェイクの横に並びスマホで店とメニューをリクエストしてきた。パスタの食べ方でも感じたが食にこだわりを持っているらしく「サラミがこれでもかってくらい乗ってるのじゃねぇと食わねぇ、後ブラックペッパーな。これはマスト…っあ、それがイイそれにする」なんて言いながらジェイクが注文を終えるまで鼻歌を響かせていた。 スマホを閉じて「これで満足かよ」と舌打ちで返すとピアーズが立ち上がる。



    「届くまで1時間な、2人で片づけりゃ終わった頃にピザが食える訳だ。どうすんだ?1人だとわざわざオフに倍の時間をかけて片付けなきゃなんねぇ。…手伝ってやってもいいぜ?」



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    Replies from the creator

    LIL Little(LL)

    DOODLE昼休み1時間でワンドロ小説書いた。ミピ〜。
    白痴言い難い話。ジェイクはあれが上手い。…あれというのは セ で始まって スで終わること。 6歳も年下の…しかも同性に喘いでる所なんて見せたくないと思うのに、口から「あ」とか「ん」とか声が漏れてしまう。どこまでも身体はあさましい。1度知った快感を忘れる事は難しくて気付くと考える余裕すら奪われている、肌をまさぐるジェイクの手から与えられる刺激を敏感に感じ取っては勝手に登り詰めるのだ。迫り来る高潮に呑み込まれる感覚。抗いは無意味だった。そして何時だって「嫌なら言え、すぐに止める」だなんて卑怯な事を言う。本当に腹が立つ。ことが終わって文句を言えば「嫌だと言わなかった」と言われ、「嫌」だと言えば途中でも本当に止めてしまう。この男は、そういう男だ。卑怯でズルい。天秤にかけて選ばせて言い訳もさせて貰えないだなんて。……これでは自分がジェイクとのあれを受け容れている様ではないか。ただ少し抗えないだけなのに、ピアーズは思う。今日だってぐちょぐちょのでろでろにされてもう反論すら出来ない所、そっと優しく口と鼻を大きな手で塞がれた。 突き上げられている最中の出来事で息苦しさとそれを凌駕する快感が押し寄せる。「ふーーッ♡ ーーッ♡♡ふーーーッ♡」「う〜〜ッ♡ ふッ♡ ぅんッんうッ♡♡」呼吸を遮る逞しい腕を震える手で持ち、首を振る。やめてくれ、中がぎゅうっと収縮を繰り返している。その度に頭が背筋が、内腿が中が、ビリビリと痺れてたまらないのだ。だからやめて。呼吸も満足に出来ず、大きく息を吸ってもジェイクの手が酸素の供給を許さない。「ッ♡ 〜〜〜ッ♡ ふっ♡ う♡ふーーッ♡♡ッ♡」「……怖くねぇか? 嫌なら覚えてるな?タップ3回、すぐにやめてやるよ」「〜〜ッ♡んー〜〜ッ♡〜……ッ゙……♡」ちかちかと視界が明滅を始め、体が脱力していく。突き上げる度に鳴っていた肉同士のぶつかる音。それも聞こえなくなった。大きな自分の鼓動も聞こえない、自分自体が心臓になったかの様だ。だがそれさえも分からなくなりつつある、身体が熱くて気持ちよくて脳髄からシュワシュワ微炭酸に浸かった様な妙な感覚が襲う。やめてくれジェイクやめて、嫌だ。苦しいよ、もう一度首を振って、弱々しい手でジェイクの腕に 1回、2回……とタップする。「やめるか?」愛しそうにその姿を見つめるアイスブルーの瞳に映った自分の姿を見て、指先を戦
    2011

    LIL Little(LL)

    SPUR ME今書いてるクソ長いジェイピアの話
    ーAM4:00


    そろそろ人々が寝起きする時間帯になってきている。 個々の生活によって街並みに明かりが灯り始めるという事だ、きっと煙草でも吸おうとベランダに出れば見渡す限り人の住処にちらほら光が見える筈だ。それはまるで地上に輝く星、命の灯火。人々の営みそのものだ。灯り始めた街の明かりがとても好きだった。煌々としていて綺麗だとも思っていた。そして自分もその輪に連なる一つだと感じさせてくれる時間。 ジェイクはそんな光景を眺めているのが好きだった。 ……いや光景というよりは憧憬、だったのかも知れない。

    あのたくさんの灯の中には暖かくて幸せな家族たちが居る。帰れば母親が出迎えてくれて、宿題を済ませると用意してくれたお菓子を食べながら父親の帰りを待つ。ただいまと笑う父親に飛び付いて今日の出来事なんかを話すのだ。兄弟姉妹もいるかもしれない。 きっと一家団欒と過ごし、テーブルを囲んで夕食を摂りつつ他愛無い話で笑いあっている。 そして両親に頭を撫でて貰い、おやすみ、とベッドで大きなテディベアを抱いて眠るのだろう。幸せな夢を観ているに違いない。 あぁ想像するだけでじわりと熱を持つ、憧れという気持ちが溢れ出す。…あの灯りの中はジェイクにとって幸せの象徴だった。 人々は皆そんな過去を持って生きている。それら全てに愛があり相手が居てこそ紡がれていく関係。 ……自分は知らない繋がり…。 そういえば幼少期…顔も知らない父親はいつ帰って来るのかと、玄関でずっと待っていた事がある。 今日がダメなら明日かな、明日じゃないなら明後日かも知れない。そう座って待つ床が冷たくて、芯からすっかり冷えた体を母は摩りながら謝っていた。 …言われなくても分かっていたのに、そんな事をしても誰も帰ってきやしない。…本当に馬鹿なガキだったな。 ……全て自分には無かったものだ、どうしたって手に入らない。 それが理解出来てからより一層寂しさが付き纏うようになった。 だから…好きだった街の明かりも、1人では無いと感じられるこの時間も… 心の底からの安堵に至らないものになってしまった。だけどそれを表に出すことはできなかったし受け止めてくれる人も居なかった。 …何故だろう、皆同じ世界で産まれ生きているのに。…自分だってこの繋がりの中で存在しているのに、どうして自分には与えられなかったのか…。 世界から切り離さ
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