ジェイ監小ネタ① 何度も授業を抜け出すグリムに、とうとう頭に血が上った私はその不満を体中から発散させようと勢いよく両手を振り上げた。
ガリッ
左手に思わぬ衝撃を受けて、振り上げた手を見上げると。色違いの眼が弧を描き、これはこれはとニタリと笑った。白く滑らかな肌には私がつけたと思われる真っ赤な一筋の傷が残っていた。ひえっと思わず喉から小さな悲鳴が零れる。
授業前の教室にわざわざやって来たジェイド先輩は、おそらく手作りであろうプラカードを私の首にかけた。一晩で仕上げたとは思えない完成度に、こんなものまで魔法で作れるのか、それとも自身で作ったのか。そのしっかりとした厚みのプラカードを逆さまに読んでため息をつく。
「本当にやるんですね」
力なく言う私へジェイド先輩は機嫌よく約束ですからと答え教室を後にする。後姿を見送って、がくりと肩を落とし重い足を引きづって、エース達の元に戻る
「なになに。あれって、お前のせいだった訳??どーんまい」
「あー。なんていうか、大変だったな」
はやし立てるエースと気遣ってくれるデュースに複雑な笑みを浮かべて席に座る。ジェイド先輩の思い付きのおかげで、その日一日は大変だった。
授業に来たクルーウェル先生には露骨に眉をひそめられ、授業で一緒になったフロイド先輩には面白い事すんねと褒められ、廊下ですれ違ったケイト先輩にはマジカメのネタにされそうだったけど全力で回避した。
そして、食堂では眉を吊り上げたリドル先輩に捕まった。
「君。それはどういう事か、説明してくれるんだろうね」
寮長の中で一番最初に親しくなったせいか、リドル先輩は監督生を身内のように扱う事がある。端的に言うと、保護者ぶりが発揮される。魔法の使えない私が実害をこうむることは無いにせよ、怒りをため込んでいるリドル先輩はとても怖い。
「それが、こちらに書いてあるとおりでして」
おずおずと差し出したプラカードにはこう書いてある
『ジェイド先輩の顔に傷をつけたのは私です』
眦を持ち上げた表情に、しょんぼりと視線を下げる。そわそわとした爪先が落ち着かなく、床から浮く。今すぐにでも逃げ出したい気持ちが表れている。
「ジェイドに借りを作るなんて、君の気が知れないよ。よくよく気を付けるんだよ。彼は厄介だからね」
そう締めくくられたリドル先輩の小言は長く続くかと覚悟していたが、女王のルールと何故かよく切れている角砂糖を買うために短時間で終了した。
コツコツと離れた足音にほっと溜息を吐く。午後からも出会う人に何を言われるかと思うと憂鬱だが、それよりも約束を破ってジェイド先輩に追加のペナルティをかせられる方が恐怖だ。
「わざとじゃなかったんだけどなぁ」
振り上げた指の先にジェイド先輩が居るなんて偶然にしては不幸が重なりすぎていると、昨日の夜から何度繰り返したか分からない自分の不運を呪う。
その様子を遠目で眺め、ため息をつきながらアズールが聞く。
「なんでお前、わざわざ顔の傷を残したんですか。簡単な魔法でも、メイクでも消せるでしょう?」
昼食を口に運ぶ手を止めて、ジェイドは笑った。
「愛する人からもらった印なんです。わざわざ消すなんてもったいない事はいたしません」
鋭い歯を大きく見せて笑う姿に、アズールは肘をついて監督生に憐れみの視線をおくった。
偶然なんてある訳ない、終始ジェイドの思惑通りだったに違いない。
こんな男に目を付けられるなんて本当に
「なんて、不幸せな人なんでしょうね。同情しますよ」
思わずこぼした言葉は、昼時のざわめきに吸い込まれた。