押してだめなら押し続けてみるのはどうでしょうか 狂児の左膝の内側に青痣を見つけた。脚の間に抱えられて、暇つぶしに見ていたはずのテレビでは想定外に暇がつぶせず、うとうとしかけていたところで見つけた。寝苦しい夏の間は部屋着としてハーフ丈のさらさら素材のパンツを着用しているため、膝から下が露わになる。無防備に放り出された脚。刺青や普段からの活動時間のこともあってか、隠されていることが多い狂児の脚はひょっとすると僕のものよりも生白い。立てていた膝をさりげなく伸ばして、狂児がやっているのと同じように真正面に放り出して並べてみる。比べやすいように横に沿わせてみれば、そうすれば若干、狂児のほうが白いのか? というほどの差だった。
理解したところで特にカタルシスなどはない。きっと明日には忘れているであろう意味のない発見だ。ふくらはぎの側面、狂児の側に触れているほうがひんやりとしてこちらの熱を奪う。風呂上がりで冷房環境もお世辞にも十分ではないはずの中、自分よりも涼しげに見えるのはどうしてだろう。脚の間に挟まれて、開かれた狂児の胸に全面的に背中を預けている。通常よりも密着した姿勢でも、狂児から伝わってくるのは穏やかで一定の脈拍だけだった。
背中を預けているこちらからでは見えないが、きっと狂児は先ほどからもぞもぞと動くこちらの挙動には気がついているはずだ。狂児はこのテレビ見とるんやろか。僕が風呂上がったときからなんか見てたけど、この時間ってなんなんやろか。
あ、思い出した。青痣見つけたんやった。先ほどまで色比べをしていた膝を再び立て直し、一本だけになった狂児の内膝を改めて確認する。鮮やかな刺青とは違い、皮膚から浮かび上がるようでそれでいて沈みきった色をしていた。どこかにぶつけたりしたんやろうか。僕にとっては過不足のないこの四畳半も、狂児にとっては色々と不便なところが多いに違いない。けれどもどちらかと言うと規格外のままここに転がり込んでいるのは狂児のほうなので、郷に入ってはなんとやら、心掛けはあるようだった。現に今も、四畳半の限られたスペースの中、家具の隙間をぬって壁際に留まるその姿勢に確かな配慮を感じる。
畳の上で開いていた手をそっとからだのほうに引き戻す。今からやることに狂児は気づいているかもしれない。あるいはもしかして、案外テレビに夢中で気づかないかも。暇つぶしには最適な賭けの出現に逸る気持ちを整えるため、手のひらを一度ぎゅっと握りしめる。その動作によって整ったかどうかはよく分からなかったが、もったいぶることでもないとして、いよいよ狂児の膝に手を伸ばす。
人差し指を伸ばして、青痣が示すおよそ外側の境界線をなぞる。指先に触れた狂児の皮膚は相変わらずひやりと冷たく、風呂で浴びた水分もすっかり乾ききってしまっておりからりとしていた。そわりと手のひらを這わせてみる。触れるか触れないかの力加減でも、狂児は気づいたらしい。反射的にぴくりと膝を揺らしたので動きを一瞬止めてみたけれど、後ろから声がかかるようなこともなく、こちらの動きを止めるような素振りもない。くるくると円を描くように、痣のふちを指で何周かしてみせると、背後の狂児が深く息を吸い込んだ音が聞こえた。あたりをつけたところで痣の中心にまで指を持っていき、ぎゅっと肌を押し込む。
「イタッ!!」
「うわびっくりした」
「いやびっくりしたんこっちよ! え、なに? なんで?」
「青痣見つけてん」
「聡実くんて青痣押す派!? やめたがええで」
狂児はすっかり折りたたんでしまった脚を抱えて、なるべくこちらの魔の手から逃れようと距離をとる。四畳半の中で逃げ場がないことなど分かりきっているのでその無駄な抵抗を制して、今度は狂児と向かい合う形で座り込んだ。自分の脚を覗き込むように青痣の位置を確認するところを見ていると、どうやら痣の存在を知らなかったようだ。首を曲げていることで今度は普段は見えない狂児のつむじが目の前に晒される。はらりと流れる髪からは、当たり前だが僕と同じシャンプーの香りがするものだから、なんだか妙な気分になり今度はつむじを全力で押してみた。