ヒモと配信者①ぼくの家に住み着いてる男がいる。
家からほとんど出ないでゲームばかりしてる男。時々フラッといなくなるけど、1週間くらいしたら必ず戻って来てくれる男。とんでもなく美しい顔と、美しく黄金に輝く髪の毛を持つ男。
カフェ勤務から帰宅。
今朝閉めたはずの家の鍵が開いている……と言うことは。
「あぅばーん。おかえりー」
ドアを開けると、中から大好きな声が聞こえてきた。
帰ってきてたんだ……!つい口元が緩む。
「ただいま、さにー!」
リビングから出てきたサニーが両腕を大きく広げたので、遠慮なくハグしにいく。サニーはぼくが帰ると、なぜか毎回必ず抱きしめてくれる。これがあるから頑張れるんだよね。
「今回はちょっと長かったね、さにぃ。2週間近く?遠くへ行ってたの?」
「うん、ちょっとね」
いつもこんな感じで濁される。どこへ行ってたとか、何をしてたとかは、何も教えてくれない。
でもこれでまた、1ヶ月はどこへも行かずにぼくと一緒にいてくれるだろうから、いいんだ。気にしない……ようにしている。
「さに、ちょっと痩せたんじゃない?ごはんちゃんと食べてた?」
ほっぺをツンツンと突く。あまり口うるさく言いたくはないけど、体だけは大事にして欲しい。
「うん、大丈夫。今日からあぅばんといっぱい食べるからすぐ戻るよ」
「そうだね!ちょうど今日はたくさん買い物して来たんだ。良かった、早番で。すぐにごはん作るね」
さっさとキッチンへ向かう。サニーはリビングへ戻ってソファーにごろりと横たわる。
家にいる様子を見る限り、サニーは仕事をしていない。うちにいない時に少しは稼いで来るようだが、それは大事に貯金するように言ってある。生活費くらいぼくが払えばいいんだ。ぼくは近所のカフェで働きながら、配信者としても多少稼ぎがある。サニー1人養うくらい、平気だ。むしろ、ぼくを頼りにしてくれて嬉しい。
ぼくが料理してる間、サニーはテレビ画面で動画を観ようとしている。オススメ動画の中からどれを観るか物色しているようだ。
あ、最近ぼくのお気に入りの配信者『オニオン』の動画ばっかり観てるの、バレちゃうかも。
「あぅばーん……な、なんか、この人の動画ばっかりオススメに出てくるんだけど……」
サニーが苦笑いしている。やっぱりバレちゃった。でも、この人顔出しはしてないけどサニーの声にちょっと似ていてかっこいい…なんて思ってることは隠しておこう。
「あぅばん、この人好きなの?」
あぁぁ、掘り下げないで欲しい!
「あーうん。最近ちょくちょく観るかな」
わざとテンション低めに答える。
「ふーん」
サニーはそれ以上突っ込まず、別の動画を見始めた。良かった。
本当はここ最近急激にハマって、好きどころか「最推し」として崇めている。同じ配信者として憧れや尊敬もしている。実はグッズも買った。何より、サニーがいない間、寂しさを埋めてくれる存在なのだ。そんな存在を、実生活で密かに想っているサニーに知られるのは、なんだか恥ずかしい。
そう、ぼくらの関係はいわゆるヒモと飼い主みたいなものだ。ただの同居人でもなければ、恋人でもない。ハグ以上の接触もない。
数年前、ぼくのカフェの常連だったサニーと仲良くなり、それから今のような関係になるのにあまり時間はかからなかった。サニーは甘え上手で、ぼくはそんなサニーを放っとけなかった。
ずっと一緒にいるうちに本気で恋をしてしまったけど、この気持ちを口にするつもりはない。いいんだ、今のままで。出来るだけ長く一緒にいられたら。
ぼくはサニーが家にいる間はなるべく配信頻度を減らしている。だけど、以前から決めてあったコラボ配信は別だ。今日も、せっかくサニーが帰って来てくれて嬉しかったのに、仲の良い配信者とコラボ配信をすることになっている。
「ごめんね、さにー。今夜はしばらく部屋に篭るけど、先に寝ててね」
明日はカフェがお休みの日だから、きっと夜中遅くまでやることになるだろう。
「うん、配信がんばって、あぅばん」
サニーは笑顔で答えてくれた。
かわいいな、優しいな、好きだな……
その日の配信中、奇跡が起こった。
友達でもある配信者とゲームをしながら雑談をしていたら、ぼくのチャンネル「にゃんコロチャンネル」のチャットにぼくの最推し、オニオンが現れたのだ。
「え、うそ……オニオンさん?!えっと…『このゲームゆるいわりに難しいよね。がんばって、にゃんコロくん、うーちゃん』あっっっっありやとっございましゅっ!!あ、噛んだ!!ありがとうございます!オニオンさん!がんばります!!」
途端にチャットがざわつく。
『にゃんとオニオンが絡んでる!』『にゃん、焦りすぎ』『オニオンがコメントするなんて珍しい』『盛大に噛んだね、にゃん』
ぼくの心もざわつきまくりだ。
「うわ、わぁぁ、おにょーーー、オニオンさん……」
もはやまともな言葉が出てこない。
「おい、どうした、にゃん?」
と、うーちゃんも驚くほどに。
チャットは察した。
『にゃん、オニオン推しだったんだね』『にゃん、オニオン好きすぎでしょ』『オニオンとコラボ、いつ?』
翌日は遅くまで寝てしまった。昼前に起きるとサニーはまだ寝ていたので、先に起きてコーヒーを淹れる。その匂いに誘われたのか、サニーもすぐに起きて来た。
「あぅばーん、おはよぉ」
「おはよ、さに。コーヒー飲むよね?」
サニーは頷きながら洗面所へと消えていく。
ぼくはサニーのコーヒーを淹れてから、ソファーに座ってスマホをチェックする。Xを開けると、ぼくのフォロワー達がザワザワしていた。昨日のオニオンとの件だ。
「あー、しまったなぁ……」
もっと冷静に振る舞えたら良かったのに。
「何がしまったの?」
サニーがリビングに戻って来た。
「ううん、なんでもない。コーヒーここだよ」
サニーもぼくの隣に座ってコーヒーを啜る。
「うまい。さすがカフェ店員」
「へへ、店長って呼んでくれる?」
「え、店長なの?」
「そだよ。前の店長が海外に行くことになったから、今はぼくが店長」
そっか、がんばってるんだね、とサニーは微笑む。あぁ、かっこいい……一生ぼくの家にいてくれ……
「昨日の配信、途中まで観てたよ」
と言われてギクリとする。まさか、あのシーン観てないよね??
「昨日のあの人、来てたじゃん。オニオンだっけ?」
バッチリ観られてる!!!恥ずかしい!!!
「あ、あぁ…」
曖昧な返事しか出来ない。
「あぅばん焦ってたね」
「うん……あ、あんな有名な人とは普段絡みがないから……」
あぅばんだって有名じゃん、とサニーは呟くように言う。
「ありがと、さにぃ。最近ちょっと登録者数増えたんだ。へへへ」
オニオンの足元にも及ばないけど。まぁオニオンは神だからな。配信歴も違うし。比べようとも思わない。
「ねぇ、あの人の何がいいの?」
唐突に聞かれて、焦る。
「え?あぁーなんだろう。何がって言うか…ぼくの持ってないもの持ってる感じで…配信者としてすごいなぁって」
嘘ではない。ただ、サニーに似てる声がたまらない、なんてことは絶対に言えない。
「歌もうまいし」
サニーに似た声でぼくの好きな歌を歌われた時、完全に心を奪われた、とも言えない。
「そうなんだ…」
それきりサニーは黙ってスマホを触り始めた。
でもぼくは、オニオンのちょっと口が悪くてかっこいい声も好きだけど、サニーの甘えるようなふにゃふにゃした声が何より大好きなんだよな……などと考えながらふとスマホに目を落とすと、XにDMがいくつか届いてることに気がつく。大事な連絡もたまに来るので、隈なくチェックしておく。
「!!!!」
うそ……オニオンからDM来てる!いつ?……ついさっきじゃん!!
『昨日は突然コメントしてごめんね。いつか俺ともコラボしてくれない?』
と言う、シンプルかつとんでもないメッセージだった。手が震えて、変な汗も出て来た。
あ、ダメだ、神を待たせるわけにはいかない。すぐに返信しなければ。
『ぜひ!!!よろしくお願いします!!!!』
びっくりマークだらけのパッションメッセージを返してしまった。
ぼくの鼻息が荒くなったせいだろう、サニーがぼくの顔を覗き込んで
「あぅばん?どうかした?」
と心配そうに聞いてくる。
「ううん、何もないよ」
平静を装う。隠す必要はないんだけどね。なんかオニオンの話をする時のサニー、あんまり機嫌が良くない気がするから……オニオンのこと好きじゃないのかも?だから、わざわざ言わなくてもいいよね。
なんだか今日はサニーの様子がおかしい。難しい顔をしたり、顔を歪めて考え込んだりしている。かと思えば、ぼくをじっと見つめたり微笑んだりもしてくれる。どうしたんだろう?
今日は夜の配信まで何も予定がなかったので、サニーと近所のカフェにごはんを食べに行ったり、ふたりでゲームをしたりして一緒に過ごした。こんな風に1日中一緒にいられるのは数週間ぶりだ。ぼくは心底嬉しかったけど、サニーは昨日帰って来たばかりだし、疲れてるのかな?ストレスでも溜まってるのかな?ぼくが癒してあげられたらいいんだけど……どうやって?
「ね、さに、マッサージしてあげようか?」
それくらいしか思いつかなかった。
「ええ?なに、いきなり」
サニーは驚いて目を見開いている。
「なんか疲れてそうだったから……いらない?」
「いる!!!」
慌ててサニーがぼくの腕を掴む。
「どこが疲れてる?」
と聞くと、サニーは少し考えて
「肩…かな」
と答える。
ぼく、マッサージは結構得意なんだよね。
サニーの肩は分厚くて硬かった。確かにかなり凝っている。
「気持ちい?」
「うん、気持ち良いよ、あぅばん。上手だね」
と褒められる。嬉しいな。もっとやってあげたい。
「このへんは?」
「ん、いいね、気持ち良い」
「背中のほうも凝ってそうだね」
「ん、あぁ、そこ…」
「気持ちい?」
「ん、あぅばん上手……」
「他のところは?腰とか脚とかもやろうか?」
「ん…………いいや。肩しか凝ってないよ」
そっか。残念。
「またいつでもやってあげるからね」
サニーを養って、ごはんを作ってあげられるだけでも嬉しいけど、もっともっとサニーの支えになりたいんだ。サニーの辛そうな顔はもう見たくない。
思えば、出会った頃のサニーも今日みたいによく難しい顔をしていた。辛そうな顔も、泣きそうな顔もよく見かけた。人が信じられなくなりそうとか、家に1人でいたくないとか、泣き言も多く、それでぼくが見兼ねてうちに来るように言ったんだ。
ぼくの家に来てから、みるみる顔色が良くなり、笑顔が増えて嬉しかったんだよな。
サニーは優しく微笑みながら
「あぅばんありがとね」
と、ぼくの頭をぽんぽんしてくれた。こんな風にしてくれるなら、毎日だってマッサージしてあげたい!