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    nekotakkru

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    #おそ松さん
    theLatePineTree
    #長兄松
    elderBrotherPine
    #速度松
    speedLoose
    #パーカー松
    hoodedPine
    #馬鹿松
    horseLushPine
    #紅松
    redPine





    六つ子なんていい事がない。
    同じ日に産まれて同じ顔で自分たち以外からは区別がつかない、なのに兄弟の順番はしっかりあってその中でもぼくは末弟に当たる。この弟というポジションがなかなかの曲者で、普段は平等だなんだという割に、争いが起ころうものなら『弟』と言うだけで一番に虐げられたりもする。一番下は可愛がられていい、なんて傍目からの感想でぼく自身はどうもピンとこなかった。




    あれはいつだったかのおやつの時間。
    両親は仕事、兄弟達は出かけていて、ぼくと長兄であるおそ松だけが家にいるという珍しい日だった。ぼく達兄弟は人数の多さから何かを食べる時間というのは、戦争でありサバイバルであり弱肉強食の世界を意味する。ありつけたものだけが勝者なのであって、普段は容赦のない戦いが繰り広げられているけれど、その日は二人だけなのもあって比較的平和なおやつの時間となった。
    母さんが置いていってくれた煎餅を齧りながら、くだらない話をしてどんどん食べ進めていく。和気あいあいとしてたのもそこまでで、気がつけばお皿には煎餅が一枚に伸びる手が二本。ぱっと顔を上げると鏡のように同じ顔をしたおそ松と目が合った。よりにもよって兄弟一ケンカの強いおそ松と対峙するなんて、と冷や汗が流れる。それでも煎餅を譲る気はなくて相手を睨めば、向こうもまったく同じように睨んできた。

    「おいトド松、僕が先だ」
    「こればかりは譲れないよ、おそ松が諦めなよ」
    「僕は長男だぞ、弟なら譲るべきだろ!」
    「ならぼくは一番下の弟だよ!譲ってよ、おそ松兄ちゃん!」
    「えっ…」

    途端におそ松が固まった。ぼーっとした顔の後、少しずつ耳が赤くなっていく。なんでそんな顔をするのかすぐには分からなかったけど、少し遅れてぼくも気付いた。ぼく達は兄弟であっても六つ子だからそう意識したことは無かったけど、今確かにぼくはおそ松のことを兄ちゃんと呼んだ。普段は兄だ弟だとケンカをしても、今みたいにはっきりと兄ちゃんと呼んだことはない。

    「……ね、ぼくに譲ってよ。おそ松兄ちゃん」
    「や、やめろよ」
    「いいでしょ、おそ松兄ちゃーん」
    「やめろって!わかったから!」
    「やったー!」

    真っ赤になってそっぽを向くおそ松を見ながら、遠慮なく煎餅に手をつける。納得のいかない顔をしてたけど、おそ松から譲ってくれたんだから関係ない。なんだか初めて勝てたような気がして嬉しくて、いつもよりも顔が緩んでいたと思う。にこにこしながら煎餅を齧っていたら、不意に頭を撫でられた。いきなりどうしたんだろうとおそ松を見たら、呆れたように笑ってる。その顔が今まで見たことがないような、なんだかとっても兄らしい表情でどきっとしたのを覚えてる。もしかしたらおそ松はわざと譲ってくれたんだろうか。頭を撫でられるって、こんなに気持ちいいものなんだ。もっと撫でてくれないかな。そんな考えがぐるぐるした。

    「あーあ、普段からそうやってお兄ちゃんに甘えたら可愛いのに」
    「……本当?じゃあこれからもお兄ちゃんって言ったら、優しくしてくれる?甘えてもいい?」
    「おー、いいぞ!このおそ松兄ちゃんに甘えなさいっ」

    えっへんと胸を張って、歯を見せながら笑うおそ松につられてぼくも笑う。撫でている手がなんだか温かくて、同じ体型のはずなのに随分と大きく感じた。
    あの時に気付いたんだ。今までのぼくは弟であることが嫌で、所詮六つ子なんだからと甘えることを諦めていたことを。でも違う。本当は誰よりも甘やかされたいし優しくして欲しいと思ってた。弟であるぼくをちゃんと見て欲しかったんだ。
    それからぼくは他の兄弟の呼び方も変えた。一人一人がぼくの兄であるんだというように、全員に『兄さん』をつけるようになった。はじめはみんな照れていたのに、次第に慣れてしまって。特別ではなくなったけれど、それでも確実に兄さん達の意識は変えられたと思う。だって、最近は少しだけ、本当に少しだけど優しくされるようになったから。




    「ねぇおそ松兄さん、お願いがあるんだけど」
    「なんだよ。金なら貸さねぇぞー」
    「そう言わずに~。かわいい弟のお願いだよ?」
    「……ったく。しょうがねぇなぁ!」

    うん。末っ子っていうのも、そんなに悪くないのかもね。



    ───────────────────





    頭を使うことは苦手だ。
    カッとなったら口よりもまず手が出るし、言葉にするよりも早い。力づくで解決出来ない事なんてないと思っていたし、兄弟の中じゃ一番力が強かったから先頭を切って飛び出していくのが自分の役割だった。



    「……松。……ラ松」

    「カラ松!」
    「うっ…。あれ、おそ松?」
    「やっと起きた。派手にやられたなぁ、お前」

    なんだか視界がぼーっとする。二、三回頭をふればすっきり目が覚めると同時に体の所々がズキズキ痛んだ。何が起こっているのか整理するために今朝からの行動を思い返す。
    今朝はいつも通り朝食のおかずを取り合ってから登校して、つまらない授業を受けた後にみんなで野球をすることにして、はじめに空き地に向かってた十四松とトド松が泣いていて……。

    「そうだ!野球ボール!」

    泣いている兄弟の話によると、近所の上級生に野球ボールを奪われたらしい。それだけでも許せないのにそいつらはおまけとばかりに弟達を殴ったそうだ。話を聞き終わる頃には飛び出していて、見つけた奴らに殴りかかっていた。いくら力が強いと言っても大人数には適わなくて、三人目を倒したあたりから記憶がない。

    「ボールなら取り返したぞ。ほら」
    「あいつらは?」
    「逃げてったよ。チョロ松たちは先に帰ってる」

    そう言っておそ松が取り返したボールを見せてくれる。あたりを見渡してみても奴らがいないことに気づいて、ほっと胸をなでおろした。よく見るとおそ松は擦り傷程度でオレほど酷いケガをしていない。ということは、他の兄弟達も大したケガはしていないだろう。よそとケンカをする時は、決まっておそ松が指示を出してオレ達はそれに従う。そうすればまるで一人の人間みたいに連携が取れて勝つことが出来た。いくら力が強くたって使える頭がないんじゃ意味がない。オレにはきっと一生できないことだと思う。

    「まったく。大勢でケンカする時は俺達の方が得意なんだから先走っちゃダメだろ」
    「うん。ごめん、おそ松」

    おそ松の手を借りて立ち上がり、肩を組んで歩き出す。同じ体格で同じ年齢なのにおそ松の姿はなんだか頼もしくて、反対にオレはボロボロの姿が情けなくて思わず涙が出そうになった。
    成長するにつれて六つ子という意識の中から兄弟であることを少しずつ自覚した。四人の弟がいる立場なんだと誇らしくなったと同時に、長男のおそ松の存在の大きさを知った。特に兄らしいことをしてもらった記憶はないけれど、気がつけばみんなをまとめて引っ張っていたのはおそ松だ。 なんだかんだで頼りになるその姿はいつしか憧れに変わり、少しでもそれに近付きたいと思った。けれど名前は行動にまで影響するのか空回りばかりでうまくいかず、今回も結局助けられている。どうしてオレはいつも、こうなんだろう。

    「うわっ!どうしたカラ松!?痛いのか!?」

    突然おそ松が驚いた声を上げた。つられてオレもびっくりして肩が跳ねる。その拍子にポロポロと数滴の雫が零れた。堪えたと思っていた涙が溢れたらしい、一度決壊してしまったら止まらなくてついには声を上げて泣いていた。
    いきなりの事におそ松が隣で戸惑っているのが分かる。少しの間おろおろとしていたけど、ふと何か思い出したのかポケットを探り出し、取り出したそれをオレにかけてきた。途端に視界が暗くなり、かけられたものがサングラスだと気付いた。薄暗い視界の向こうではおそ松が笑っている。

    「…これ」
    「さっきの奴らからガメたんだ。戦利品ってやつ。これなら、顔が見えないだろ?あいつらにはそんな顔見られたくないよな」
    「…っ」
    「これつけてたらバレないし、俺にだって分かんないからさ。カラ松にやるよ」
    「あ……りがとう…」

    ああもう本当、これだからおそ松は凄いんだ。
    格好よくて羨ましくて悔しいのに、嫌いにはなれなくて尊敬ばかりが大きくなる。オレはきっと一生かかってもおそ松みたいにはなれないんだろうけど、それでもずっと追いかけるから。いつかは胸を張って弟を守れる、格好いい兄になるから。



    「それにしても似合わないなー、それ」
    「えっ…」

    今はもう少しだけ、甘えててもいいかな、おそ松兄さん。



    ───────────────────





    ボクは話すのが好きだ。歌うのが好きだ。動くのが好きだ。
    ボクは気持ちを伝えるのが苦手だ。言葉にするのが苦手だ。落ち着くのが苦手だ。

    話したいことは沢山あるのに言葉がうまく見つからない。落ち着こうにもドキドキしちゃってうまく息ができない。焦れば焦るほど体が動いちゃって、落ち着きがないと注意された。
    ボクには同じ顔の兄弟が五人もいてみんな普通に話ができる。だからボクも普通に話せているものだと思っていたけど、どうやらそれは違ったみたい。一人で家族以外と話す時はどうにもその悪いクセが出ちゃって、気がついたら話を聞いてくれる人は誰もいなくなった。それでもボクはおしゃべりだから、みんなに話を聞いて欲しくて色んな人に話しかけるんだけど、やっぱりうまくいかなくて。一度、「おそ松ってそんなに話すの下手だっけ?」と言われてからボクは話しかけるのをやめた。だって、ボクのせいで兄弟に迷惑はかけたくなかったから。
    人と話すことをやめた途端、ボクはとっても怖くなった。もともと六つ子だから誰かに間違われたり名前を呼ばれないなんてことはよくあるんだけど、その中でもボクは一等名前を呼んでもらえない十四松。話さないと、自分を主張しないとそのまま消えてしまいそうで怖かった。だけど人と話すのも怖くって、どうしていいか分からなくって、いつしかボクは言葉の代わりに涙が出てくるようになった。泣き虫と言われるのが嫌だから、神社の裏の茂みの中、誰にも分からないようにたくさん泣いてから家に帰るのが普通になった。




    その日もボクはいつもの場所で泣いていた。うまくできない自分がイヤで嫌いで悲しくて、毎日なんでこんなに涙が出るんだろうと思いながらも止めることはできなくてそのまま涙を流してた。そんな時、かさりと何かが近くを通った。驚いて顔を上げたら、そこにいたのは同じ顔。ボクに負けないぐらいびっくりしてる。

    「じゅ、十四松?」
    「おそ松…」
    「どうした、そんなに泣いて。誰かにいじめられたのか?」

    ぶんぶんと顔をふって否定する。見られたくない姿を隠したくて涙を拭くけどどうにもうまくいかなくて、言い訳をしようにもまたいつものクセで言葉がちゃんと出てこない。はくはくと口を動かしていたらおそ松に顔を包まれた。そのままむにむにと弄られて最後にぐっと上に上げられる。

    「笑え」
    「ふぇ?」
    「無理して話さなくていいから、笑ってみろよ。お前が泣いてると俺が泣いてるみたいで嫌なんだよ」
    「ほ、ほめん……」
    「大丈夫、ゆっくり聞いてやるから。十四松の言いたいことぐらい俺、わかるよ。だって六つ子だろ?」

    歯を見せながらにっかりと笑う顔はボクと同じだけどボクのじゃなくて。真似するようにボクもにっこりと笑ってみせる。それが分かるとおそ松の手が離れてそのまま頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。笑えと言われたから笑っているけど涙は止まらなくてポロポロと零れる。でも今度は悲しいからじゃない。すごく、嬉しかったんだ。ボクの言葉が届いてるって言ってくれたことが、すごく、すごく。



    あの時たくさんたくさん泣いたから、ボクはもう泣くのをやめた。代わりにずっと笑ってるようになった。たとえ兄弟が泣いていても、ボクが笑っていたらつられて笑ってくれるかもしれないから。おそ松がボクにしてくれたことを今度はボクが兄弟達に返したかった。
    相変わらず話すのは苦手で伝えたいこともまとまらないけど、でも兄弟達は聞いてくれる。ならボクはいつまでだって笑っていられるよ。




    「あ、おそ松兄さん!」
    「おーう。どうした十四松?」
    「あのね!うんとね!えーっと!」
    「おいおいちょっとは落ち着けよー。ちゃんと聞いてやるからさ」

    今日もたくさんいいことがあったんだよ!



    ───────────────────





    真面目なんてクソくらえだ。
    六人の中の一人、悪餓鬼集団の中の比較的マシな奴、それが僕のポジションだった。小さい頃はそれでよかったし、マシとは言ってもそれなりに悪いことだってした。でもいつしか単独で行動することも多くなって、一人一人がバラバラになり始めた頃、僕に残ったのはどういうわけか真面目というレッテルだけだった。
    別に真面目だったわけじゃない。いつも六人でいたから、いざ一人になった時何をしていいか分からなかっただけだ。ただ毎日を平凡に、目立つことは好きじゃないから大人しく無難に過ごしていた。それがどういう訳か他の奴らは『真面目』という言葉で僕を評価した。
    それもまだ、いい。所詮は人の決めた事。僕自身が気にしなければ、耳に入れなければ、心を動かされなければなんの意味もない。ところがそうもいかなくて、あいつらは僕の一番触れて欲しくないところを抉ってきた。

    『兄弟の中で一番真面目なのは君だよ』

    そんな訳ないだろ、僕とあいつらは全く同じの六つ子なんだぞ。全員等しく平等で、比べられるものじゃない。いつもみたいに聞き流せばいいのにそれが出来なかったのは、言葉の裏の嘲笑が見えたから。僕を褒めているようで、他の兄弟を馬鹿にするのが許せなかった。言葉でどんなに飾ったって、兄弟を引き合いに出すということは僕を嗤っているのと同じこと、そこに踏み入られることだけは我慢ならなかった。
    だからといって僕に何かできるわけじゃない。僕達を知る人間は多くて、その全員に怒りをぶつけようと思えばとんでもない労力と時間になるだろう。だったら一つだけ、一番簡単な方法がある。

    僕がこの世から消えればいい。

    比べられるぐらいならその存在をなくせばいい。僕達に必要なのは個性であって比較じゃない。そうと決まれば行動に移すのは簡単で、学校の屋上を目指した。閉鎖してある扉は昔とった杵柄というのか、針金であっさりと開けることができた。吹く風は冷たくてもうすぐ冬を思わせる。曇っている空も相まって、死ぬにはいい日だと思った。金網へと足を一歩出した時、ふわりと煙の匂いがした。この匂いはよく知ってる、家で父さんが吸っている煙草の匂いだ。ぐるりと辺りを見渡して煙を追えば、入ってきた扉と真反対の所に同じ顔が座っていた。

    「ぅわぉっ!びっくりした、なんだ一松か」
    「おそ松…。何してんの」
    「見りゃわかんだろー?大人の階段登ってんのよ」

    そう言って得意気に煙草を見せてくる。僕が先生に密告することを考えていないのか、言われたところで何か対策があるのかは分からなかったけど、おそ松は隠す様子がなかった。随分と吸い慣れてるところを見ると昨日今日で覚えたことじゃないらしい。僕達にばれずに吸っていたあたり流石と言ったところか。よく考えれば、誰にも見つからないような場所を見つけるのも、こいつが一番うまかった。

    「一松はなんでここに?」
    「ちょっと自殺しに」
    「へぇー……ぇぇえええ!!?」
    「何」
    「おまっ、なんでそんな淡々としてんの!?自殺ってなんで!?」
    「別に。でも、今日はする気なくなったから」

    いくら僕だって家族のいる前で死ぬのは躊躇ってしまう。トラウマを与えたくないし死ぬ時は静かに死にたい。騒ぎが起きるのは僕の意識のないところでして欲しい。
    今更教室に戻るのも馬鹿馬鹿しくて僕はおそ松の横に腰を下ろした。家では意識してなかったけど、父さんが美味そうに吸っていた煙草に興味が無いわけじゃない。じーっとおそ松の煙草を見つめていたら、にたりと笑った後に新品の煙草を差し出された。なんにも言わずにそれを受け取る。口に咥えたらゆっくり吸ってみろと言われたから言われるままにしたら火を点された。一瞬の清涼感の後の苦味に噎せそうになる。それを堪えてふーっと息を吐けば上手い上手いと茶化された。成程、美味しいとは言えないけど癖にはなりそうだ。

    「へへ、これで共犯だな」
    「何それ、セコい」
    「そう言うなって。……なぁ知ってるか?煙草って吸わない人に比べて死亡率上がるんだって」
    「知ってるよ。もっと言えば副流煙の方が体に悪いんだってさ」
    「マジかよ!……じゃあさ、ずっと俺と一緒に煙草吸ってたらお前死ぬ必要なくね?」
    「えっ…」

    目を見開く僕におそ松がさも名案だという顔をする。確かに寿命は縮まるだろう、でもそれは何十年の中のほんの少しだ。それじゃあ解決策にならないという言葉は口まで来て止まった。煙草を咥えていたからじゃない、その緩慢な自殺をいいと思ってしまったからだ。
    結局僕には死ぬ勇気がなかったんだ。誰かに止めて欲しかったけど、ひねくれてる僕はそれを素直に聞くことは出来ない。おそ松がそんな僕を見越して言ったとは思えないけど、明け透けなその提案は有難かった。

    「…それいいね。そうするよ」
    「おー、そうしろそうしろ!」



    結局僕は死ぬことが出来なかった。いや、今現在も緩やかに自殺を進行中だ。思い切って飛び降りることも出来ない愚図で間抜けでゴミみたいな僕だけど、やっぱり兄弟といるのは居心地良くて自分にも価値があるのではと錯覚してしまう。これはどんなに人に評価されたって得られないものだ。

    「おそ松兄さん、煙草?」
    「ん?おお」
    「待って、俺も行く。約束でしょ」
    「え、なんか約束したっけ?」
    「あー、忘れてるならいいから。さっさと行こ」

    兄さんのおかげで、僕はもう少し生きられそうだよ。



    ───────────────────





    「ねぇ、おそ松兄さん」
    「なぁ、兄貴」
    「あ!おそ松兄さん!」
    「ちょっと、おそ松兄さん」

    「んー?どした?」


    気がついたら僕以外の兄弟はみんなおそ松のことを兄として呼んでいた。六つ子の僕らに年の差はなくて順番としての兄弟序列はあったけど、それが顕著になってきたのは僕達に個性がついた頃だった。兄弟なんだから兄さんと呼ぶのは普通と言えばそうなんだけど、どうにも僕は慣れなくて、他の兄弟達と違っていつまで経っても兄さんと呼べないでいた。
    だって僕にとっておそ松は兄というより相棒だから。昔から何かと二人で計画を立てて、時には他の兄弟達と敵対したって側にいた。良いことも悪いこともずっと二人でやってきたのに、今更兄として接するなんて出来ない。どうしていいか分からない気持ちはそのまま距離になって、いつの間にか僕はおそ松とつるむことをやめていた。
    おそ松と組まなくなって僕の毎日は良く言えば平凡、悪く言えば退屈だった。少しずつ大人に近付いているんだから落ち着くのは当然なんだけど、それでも何か物足りなくて。成長するにつれて学んだ常識は僕を雁字搦めに縛り付けた。

    あの日はよく晴れた卒業式の日だった。いよいよ社会人としての一歩を踏み出す日、もう子どもに戻れない別れの日の朝のことだ。騒がしい朝食を済ませて学校へと向かう時間、いつも先頭を切って歩くおそ松の姿が見えなかった。他の兄弟に聞いても知らないと言うし、人数の多い我が家ではいつの間にか人がいなくなってもなかなかすぐには気付けない。気にしても仕方ないかと僕も学校へ向かおうとしたら、携帯が鳴った。確認してみるとおそ松からで、出てみるとなんだか興奮している。

    『チョロ松!さっさと学校来いよ!誰にもバレないように屋上集合な!』
    「おそ松?一体何を…」

    尋ねる前に電話は切られてしまった。久しぶりにした会話は随分と短いものだったけど、妙に心臓が早く鳴った。あのおそ松の声音は知っている、懐かしい感覚が僕を駆り立てて、思わず学校まで走った。




    「チョロ松、こっちこっち!」

    屋上へと上がるとおそ松がバケツに囲まれて座っていた。いつから学校に来ていたのかとか、なんで屋上の鍵を開けれたのかとか聞きたいことは山程あったけど、一番はバケツの中についてだった。僕の認識が間違いでなかったらバケツから飛び出しているのはロケット花火。どこに隠し持っていたのか季節感が合わないそれは、まるで砲弾のようにバケツの淵から顔を出していた。

    「おそ松、それどうしたの?」
    「へっへー、イヤミの奴に保存してもらってたんだよ。せっかくの卒業式なのに何にもなしじゃつまんないだろ?式が終わって卒業生が出てきたらさ、一斉にぶちまけてやろうぜ!」

    そう言って鼻を掻くおそ松の顔は完全にいたずらっ子のそれだ。僕がよく知ってる、活き活きとした表情。
    常識的な意見がやめろと、何を馬鹿なことを考えているんだと怒鳴る割に、一切言葉に出てこない。おそ松の側にへたりと座り込みながら口角が上がるのを抑えられなかった。久しぶりの高揚感、みんなの驚く顔を想像しただけで声を出して笑いたくなる。今の僕は六つ子とは別の意味でおそ松と同じ顔をしているだろう。

    「なぁ、なんか昔に戻ったみたいだよな!」
    「えっ…」
    「ほら、こうしてチョロ松と何かするの。昔はよく二人で悪戯考えたりしてただろ?なのにお前最近付き合い悪いよなー。なんで?」

    なんで?そんなのこっちが聞きたいよ。僕はずっとおそ松と対等だと思ってた。なのに兄弟達から兄と慕われて、僕を置いてどんどん先に進んで行ったんじゃないか。おそ松が兄さんになってしまったら、僕だって弟に戻るしかない。六つ子だけど、六つ子なのに、同じ位置には立てないんだ。

    「だって…。もう、子どもじゃないんだから……」

    ぼそりと呟いた言葉は自分に対してのものだ。分かってる、おそ松のことを兄さんと呼ばないのは僕の我侭だ。本当はいつまでだって馬鹿をやっていたいし、みんなの兄じゃなくて僕の相棒のままでいて欲しい。けれど嫌でも体は成長して、どんどん大人に近付いて、もう昔みたいには遊べないんだ。それが堪らなく寂しい。

    「そんな寂しいこと言うなよぉ。お前は俺の相棒だろ?」

    心を読まれたのかと驚いて顔を上げたら、おそ松が不服そうに唇を尖らせていた。ゆらゆらと前後に揺れながら、チョロ松は頭が固いだの一生遊んでいたいだの好き勝手にぼやく。まるで子どもみたいなその態度と言葉に、何かがすとんと胸に落ちた。
    成長したのは体ばっかりで、良くも悪くもおそ松の中身は変わらない。唐突に兄らしくなったわけじゃなくて、生まれた時からずっと兄としていつも一番前を歩いていたんだ。僕達はそれに気付くのが遅かっただけで、きっとこいつはこれからも変わることはないんだろう。だったら何も寂しがる必要はない。だって、おそ松の中では今も僕は相棒のままなんだから。
    燻っていたものが取れて心が軽くなる。悩んでいたことが馬鹿らしくなって思わず吹き出したら、今度こそ笑うのを堪えることが出来なかった。笑い続ける僕に何がおかしいのかと怒るおそ松も、呆れたのかいつの間にか同じように笑っていた。

    「しょうがないなぁ。おそ松がそこまで言うなら、これからも相棒でいてやるよ。お前すぐ無茶するから、俺が見てないと駄目だもんな!」
    「なんだよ、偉そうだなぁチョロ松は」
    「あ。式、終わったんじゃない?」
    「お!じゃあそろそろ…」

    騒がしくなってきた足元に目を向ける。おそ松が投げて寄越したライターを受け取ると目だけで合図を送った。狙うは呑気に別れを惜しむ兄弟友人教師その他大勢、そしてこれから来るだろう平凡な毎日へ。

    「「いくぞ!」」

    高い音と共にロケットが飛び出した。







    「だーかーら!長男なら率先して職探せって言ってんだろ、おそ松兄さん!」
    「えー、長男関係なくない?俺ら六つ子だし、今日はチョロ松が長男やっていいよ」
    「良いわけあるかぁ!」

    今日も僕は弟として、相棒として兄の側にいる。




    ───────────────────

    吾輩は猫である。名前はまだな……。いや、つい最近名前をもらった。『エスパーにゃんこ』略して『パーにゃん』、もしくは『一松の友達』というのが吾輩の名前になった。果たして名前と呼べるのか吾輩には検討もつかないが、なかなかに気に入ってはいる。
    その名付け親は今、吾輩を抱いているこの男だ。おそ松、と呼ばれなんでも兄弟の中の長男という存在だそうだ。猫の世界では同じ日に生まれても、同じ顔が生まれるというのはなかなかないのだが、どうやら人間は違うらしい。顔が同じだと親でさえ区別がつかないと聞いたが、吾輩は間違えたことがない。何故なら同じとはいえ微妙に匂いや雰囲気が違っているし、撫で方にもそれぞれ特徴があるからだ。
    おそ松は吾輩の頭を混ぜるように撫でる。よく撫でてくる一松に比べ少々乱暴だが、嫌いではない。だが今日はいつもと違うようだ。撫でる手に少し元気がない。騒がしいこの男にしては珍しいことだった。

    「はぁ。あーもーなんだよあいつらぁ。また俺のことほったらかしてさー」
    『遊びに行くなら俺も連れていけよなぁ』

    無意識に出た言葉は吾輩の意図したところではない。これはおそ松の本音というものだ。ひょんなことから吾輩は人の心の中が理解できるようになった。それだけでなく、理解したそれを人語にして話すことも出来た。人間というのは心の中を暴かれるのを嫌うらしく、吾輩が話すとまるで鬼のような顔で追いかけてきたりするのだが、ここの兄弟はそれを面白いとして戯れにしていた。時には戯れとしてではなく、酷く落ち込んだり不満が溜まったりすると吾輩に言葉をこぼすこともあった。今回は後者らしく、さっきから溜息ばかりを吐いている。

    「大体さ、なんでいっつも勝手に行動するわけ?」
    『昔はいつも一緒にいたのに』
    「トド松は俺をナメきってるし」
    『たまに素直に甘えてくるのはいいけど』
    「カラ松は格好つけてばっかで俺の話聞かねぇし」
    『無理して飾らなくてもいいのにな』
    「十四松はすぐ暴走して力加減知らねぇし」
    『楽しそうだからまぁ許せるか』
    「一松はたまに俺のこと無視するし」
    『構われて嬉しいの隠すなっての』
    「チョロ松なんていっつもガミガミガミガミ、母さんより口うるせぇ!」
    『俺が馬鹿しすぎないように心配しすぎ!』
    「……」
    『全部言わないでくれる?恥ずかしいんだけど』

    そうは言われてもこれは吾輩のせいではない。無意識に口をついて出てしまうのだから、仕方がないというやつだ。またひとつ盛大な溜息の後にちょっと黙って、とおそ松が吾輩の口を塞いだ。たとえ一人といえど、人間というのは己の本音と向き合うのは苦手らしい。吾輩には理解出来ないが、特に乱暴される訳では無いのでおとなしく口を覆われている。

    「そもそもあいつら兄さんとか呼んでくる割に全然兄と思ってないし。都合のいい時だけ長男なんだからとか言うけど六つ子だから!同い年だから!なのに俺ばっかり責められるっておかしくない?もーやめたい。長男やめたい。一人っ子になってちやほやされたい。甘やかされたーーーーい!!!」

    おそ松の叫びは部屋中に響いて消えていった。暫くの静寂の後にふーっと長く息を吐いておそ松の手から開放される。そのまま頭を掻き混ぜられた。いつものおそ松の撫で方だ。乱暴だが、優しい手つき。まるで包み込まれるような感覚だった。
    満足したのか先程の気の抜けた表情ではなく、よく見るにこやかな顔になる。吾輩を静かに降ろすとおそ松は立ち上がった。体をほぐすように伸びをして、気怠そうに頭を掻きながら玄関に続く襖へと向かう。いつものおそ松だった。表情は背を向けられているので分からないが、それ以外は、いつもの姿だった。

    「聞いてくれてありがとなー。さって、俺もどっか遊びに行こうかねぇ」

    吾輩には人間の心の機微は分からない。今おそ松が何を考えているかは分かっても、どういうものなのかを表す言葉を知らないのだ。ただ、一つだけ言えることがある。吾輩は静かに口を開く。


    「「「「「ただいまー」」」」」


    玄関の扉が開く音の後、五つの声が聞こえた。吾輩のよく知るこの家の兄弟達の声だ。ドタドタと歩く足音に続いておそ松の前の襖が開けられた。同じ顔が六つ並んでいる。やはり吾輩からすれば、全員同じには見えなかった。

    「あれ?おそ松兄さん今から出かけるの?」
    「え、あー…」
    「丁度良かった、今からオレ達と命を掛けたゲームへの招集をかけるところだったんだ」
    「んん?」
    「みんなで野球しようぜ!Fooooo!」
    「あ、そういう事」
    「面倒臭いけど十四松がやるって聞かないから」
    「…なるほどね」
    「おそ松兄さんがいなきゃ始まらないでしょ?さ、行こう」
    「……ああ」






    一人増えただけだというのに、入ってきた時よりもさらに騒がしく出ていった。残された静けさに寂しいとは思わない。撫でられるのは好きだが吾輩は静かなのも気に入っている。きっと、暗くなる頃にはまた騒がしくなるのだから今はゆっくりと昼寝を楽しもう。欠伸をすると口が妙に動いた。先程吐き出しそびれた言葉が出てくる。


    「全く、お前らはそんなにこのおそ松兄さんに構って欲しいのかー!」
    『でも、あいつらに兄さんって呼ばれるのは、俺だけなんだ』

    吾輩の口から出た言葉は、なんとも温かいものだった。


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