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    nekotakkru

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    旧映画三作目~ザ軸

    #リョ三
    lyoto-3
    #SD腐

    歓声の中、両チームとも挨拶を交わして練習試合は幕を閉じた。本日の主役はすぐに本来のチームメイトに囲まれ、そんな彼を横目にこちらの主将も声を上げる。表情が幾分晴れやかなのは、試合後だからというだけではないのだろう。満足気であり、気合いの入った表情に宮城も釣られて口角を上げた。




    赤木の指示により部員それぞれが動き出す。後片付けをする者、先程の試合の反省点を振り返る者、まだまだ元気だから試合をやらせろと騒いで鉄骨をくらう者。
    そんな中、宮城はユニフォームで首元を扇ぎながら、時折流れる汗を拭いていた。用意しておいたスポーツドリンクは既にぬるくなっており、火照る身体からは湯気が出ているようだった。水分補給は勿論、今なら頭から被ってもいいと水を求め、体育館の出入口に目を向ける。目指すは寂れた水飲み場だが、今の宮城にとってはオアシスも同然だった。
    閉め切っていたはずの扉は少し開いており、薄暗い中とは対照的に明るく白い夏の光が差し込んでいる。その白の中へと、左足にサポーターを巻いた後ろ姿が飲み込まれるように消えていった。恐らくは宮城と同じ場所を目指すのだろう、それよりも目を引いたのは僅かに見えた青白い顔と硬い表情だった。その姿が一瞬、眩く誘う青い海に消えた一番嫌な記憶と重なる。
    どく、と大きく心臓が跳ね、あれほど熱かった指の先がじわりと冷えた。徐々に早くなる脈と同じように焦りが背中を押す。同じ場所に行くだけ、少し様子を見るだけだと、誰に聞かせるでもない言い訳を並べながら、宮城は逸る気持ちを抑え扉へと向かった。

















    「えっ」
    「ん?」

    三井の様子を見て、宮城は思わず声を上げた。その声に反応して、三井も宮城の方を見る。
    宮城の予想通り、三井は水飲み場で流しの縁に腰を乗せていた。既に水分の補給を終えたのか汗が流れている様子は無く、頭からは日差しよけとしてだろうタオルを被っていた。タオルの隙間からは見間違いではなかった青白い顔が覗き見え、しなやかな腕は赤と黒のサポーターが守る膝を抱き寄せている。
    部員達の中でも取り分け体力のない三井は練習後、疲れた顔を見せることは多々あった。だが今は、外気に反して恐ろしいほど顔から血の気が引いている。唇だけが紅を引いたように赤く浮いて見えるほどだ。いくら体力がないと言っても、練習試合でここまで酷い姿は見たことがない。それに加え、三井の手は左足の膝を庇うように摩っている。瞬間的に嫌な予想が宮城の頭を過ぎった。

    「おう、お疲れ」
    「ちょっとアンタ、足…!どうかしたの!?」
    「あん?」

    指摘され、三井は自分の足へと視線を落とす。撫でていた手に若干バツが悪いという顔をして、なんでもないと宮城に返した。素っ気ない態度に宮城が少しムッとして唇を突き出す。何かを抱えていながら塞ぎ込む三井に、何故だかどうしようもなく腹が立った。大股に近付き回り込むと左膝を庇う両手の手首を掴む。一瞬、三井の体が強ばった。

    「離せ」
    「嫌だね」
    「オメーに関係ねぇだろ」

    突き放すような物言いに、宮城のこめかみに青筋が浮いた。思わず掴んでいた手に力がこもる。また苦い記憶が、除け者にされ、一人残された記憶が砂嵐を帯びたビデオのように脳を過った。だがあの頃とは違い、もう感情任せに言葉を投げることは無い。短く息を吸い、深く、深く息を吐いた。屈んで跪くと、出来る限りの落ち着いた様子で三井を真っ直ぐに見つめる。宮城の真剣な眼差しに、三井が僅かにたじろいだ。

    「そう言って突っぱねて、またみんなに迷惑かける気かよ」
    「!」

    鋭い指摘に三井が思わず息を詰める。逡巡しているのか居心地悪く視線がさ迷い、暫し膝を見つめたあと、眉間に皺を寄せて目を閉じた。そのままやや俯いて沈黙が落ちる。余程言いたくないのかと、内心で狼狽するもそれでも宮城は辛抱強く言葉を待った。やがて、消え入りそうなほど小さな声で三井がぽつりと零した。

    「あいつ、あの中坊。もうバスケできねーんだな」
    「らしいスね」
    「膝の病気だってよ。聞いたか?」
    「一応…」
    「なんつーかよぉ」

    怖えぇよな。

    震えるように呟かれた言葉が辺りの音と共に消えていく。煩わしかった蝉の鳴き声がぐわんぐわんと耳鳴りへ変わった。
    奇しくも同じ箇所の故障、似た状況。それ故に、例の少年と自分とを重ねてしまったのだろう。どんなに医者に大丈夫だと言われても、一度ついた恐怖心はそう簡単に消えるものでは無い。先程から三井がやたらと膝を撫でているのもそのためだろう。心の傷が簡単には癒せないことを宮城は充分なほどに知っている。それなのに無理に暴き、引き出してしまった己の軽率な行動を後悔した。
    急速に口の中が乾き、引きつった肺が酸素を閉じ込める。乾燥する唇を舐めながらなんと声をかけようか言葉を探していると、顔を上げた三井と目が合った。瞳は不安に色付き揺れており、まるで迷子の子どもだ。それでも気丈に振舞おうとする姿に、あの日見た、洞穴で小さくなる兄の姿が重なった。
    あの時、自分は兄に何と言っただろう。そもそも、声をかけられただろうか。
    宮城はぐっと唇を引き結んだ。触れている三井の皮膚は汗で冷えたのかひんやりとしている。熱を送るように今一度、腕をきゅう、と優しく握ってから膝を撫でる三井の手に己の手を重ねた。また僅かに三井の体が強ばる。それを安心させるようにゆっくりと撫でた。体格は三井の方が大きいのに手の大きさは変わらず、寧ろ厚さのある宮城の手の方が大きく見えて思わず、ふっ、と笑ってしまう。笑みを浮かべる宮城に三井が怪訝な顔をみせた。

    「大丈夫スよ」

    自分でも驚くほど柔らかい声ではっきりと言ってやる。子どもをあやす様に優しく優しく触れながら、今度は三井の目を見て伝える。

    「大丈夫」

    宮城の言葉に、三井の目が見開かれた。影が差していた瞳が、まん丸と純粋に宮城を見つめてくる。膝、触っても?と尋ねるとやや躊躇って、三井が自身の手を退けた。ゆっくりとサポーターをずらし、現れた膝を眺める。手術痕なのだろうか、一本の線が他の皮膚よりも少し白んで刻まれていた。触ってみると質感も異なり、痛々しさを実感する。ガラス細工に触れるよりも丁寧に、その傷を労った。

    「アンタとあの中坊は違うでしょ。あいつはあいつで、三井サンは三井サン」
    「っそりゃあ、そうだがよ…」
    「もし万が一、アンタがもう走れないって言っても、オレがちゃんとボールを届けてやりますから」
    「!」
    「アンタがシュート決めてくれんなら、俺がこれから一生かけてパス出すっスよ。だから、三井サンは安心してゴールだけ見てて」

    ね?と言って笑ってやれば三井がくしゃりと顔を歪ませた。何かを飲み込むように一拍おいて、おう、とぶっきらぼうに返される。鼻をすする音は聞こえないふりをした。



    暫く無言が続き、意識していなかった蝉の声が再び活気を取り戻す。盗み見た三井の目元は赤かったが、顔色は随分と良くなっていた。どれ程そうしていたのか、引いたはずの汗はしっとりと肌を濡らしている。そろそろ戻らなければ、赤木あたりにサボっていたのかと怒鳴られるだろう。だがどうにも名残惜しく、宮城は撫でる手が止められないでいた。そして三井もまた、ちらちらと視線を体育館に向けてはいるが未だに膝を宮城に預けている。その様子に信頼を得られたようで、じんわりとした喜びが胸を満たした。

    「なぁ、そろそろ戻らねぇと」

    少し眉を下げながら、三井がおずおずと提案する。言葉はなくとも、この時間を離れ難いと思ってくれているのが伝わり、さらに喜びを助長する。
    徐ろに膝裏を持ち上げると、宮城は唇を寄せて膝に触れた。少し硬い皮膚と、手術痕のつるりとした皮膚の感触に、汗の湿っぽさが伝わってくる。頭上からは驚いた、鼻から抜けるような声が降ってきた。口付けてから、宮城もはっとして固まる。恐る恐る顔を上げれば同じように目を見開いた三井と目が合った。あんなにも青白かったはずの顔は今は耳まで赤くなっている。が、そこに嫌悪の色は無い。

    「はは、すげー顔。ど?元気出ました?」

    咄嗟に挑発的な笑みを作れば三井は簡単に乗った。きっ、と眉を吊り上げて宮城を睨みつける勇ましさに、先程の弱った姿は微塵も感じない。平素の、二人の姿だった。

    「いきなり何すんだテメェ!」
    「何って、誓いのキス?一生、なんて言っちゃったし」
    「ハァ!?バカじゃねーの!?おまっ、バーカ!!

    「はは、小学生かよ。元気になってよかったッスね」

    ヒラヒラと手を振りながら立ち上がり、お先にと声をかけて体育館へと向かう。後ろからはいまだに三井の騒ぐ声が聞こえるが、振り返る余裕はない。先程から痛いほどに心臓が鳴っているのだ。ぎゅう、と胸の中心を握ってどうにかやり過ごそうとするが、触れたところは今にも飛び出しそうな程に脈打っている。
    ただ元気づけたいと、これからも一緒にバスケがしたいと伝えたい一心だった。それがまさか、衝動とはいえ、あんなことをしてしまうなんて。







    「あ、おかえりリョータ。あれ?水飲みに行ってたんじゃないの?顔赤いよ?」

    体育館に戻るなり、安田に指摘され咄嗟に腕で口元を隠す。蝉の声よりも五月蝿く、体育館の中よりも熱い心臓を抑えながら、小さく「平気。ただの日焼け」と精一杯強がった。

















    ◇◇◇◇◇

    『カウントッーー三点!ファウル、ワンスロー!!』

    どおっと地鳴りのような歓声は会場中を包み込んで建物を揺らした。びりびりと痺れるような感覚が皮膚を叩いて刺激する。凄まじい音に押されて鼓膜は痛いほど震えているのに、自分の心臓の音の方が遥かに大きく聞こえた。会場に負けない興奮が、胃を焼いて身体に火をつけたように熱く湧き上がる。叫びたいほどの熱を抑え、ただ一心に相手を見つめる。
    視線の先には自分と同じく炎のような赤いユニフォームを着た十四番。無様に転げ、肩で息をしながら、永遠のような時間をかけて体を起こす。その姿はお世辞にも格好良いとは言えないのに、どういう訳かスポットライトが当たったように視線を奪われてしまう。
    ようやく上体を起こすと蹲り、サポーターの巻いてある片膝を抱き寄せる。愛おしげに撫でると徐ろに唇で触れた。その一連の動きがあまりにも神聖に見えて、ぞわり、と鳥肌が立つ。
    呆然と立ち尽くす宮城に気付き、三井は緩慢に顔を上げた。見せつけるように膝をぽんぽんと叩いて不敵に笑う姿に、快感にも似た電流が背中を這い上がる。

    ああ、駄目だ。

    爆発した熱が体を衝動的に動かした。走り寄り、大きく息を吸うと、興奮を、歓喜を、言いようの無い感情を、雄叫びに乗せて吐き出す。今なら喉も潰れていいと、腹の底から声を出した。
    興奮冷めやらぬまま三井に手を差し出せば、予想よりもしっかりと握り返された。その強さにまだ余力が残っていると思い、力強く引っ張り上げる。ところが三井の身体は持ち上がった勢いのまま、宮城の身体に寄りかかった。思わず背に手を回して受け止め、抱き合う形になってしまう。耳元で聞こえる掠れた呼吸音も、汗で濡れる身体も、全てが限界を訴えている。

    「お前の、」
    「え?」

    絞り出したような声が歓声にかき消される。もう一度、と強請るように支えた手で背を叩くと、首に腕を回されてぐっと距離が近くなった。耳にかかる吐息がこそばゆくて身動ぎしそうなのを何とか堪える。

    「お前の、言った通りだな…へへ…」
    「は、何?何の話スか?」
    「ちゃんと届いたな、お前のパス。…ゴール、見てて良かった」

    言われて、観客の歓声と、いつしかの蝉の声が重なった。戯れのようなあの誓いを信じてくれていたことに、じわりと目頭が熱くなる。堪えるように奥歯を噛んで三井のユニフォームを握りしめると、応えてくれたのか一際強く抱き寄せられて、そっと熱が離れていった。あの時と同様に疲弊仕切った顔をしているが、あの時と違い、目には執念の炎を宿している。つい見とれていると、ふいに三井が足を止め、笑みを浮かべ前を見据えた。つられるように宮城も視線を同じ方向へ向ける。二人の視線の先には赤い頭の十番。背中の痛みに耐え、顔を歪めながらもこちらを凝視している。鼓舞するように、腕を前に掲げる三井に倣って宮城も同じポーズを決めれば、対面する問題児も同じように腕を掲げ生意気に笑った。
    チームメイトは誰を見ても満身創痍で、辛く、苦しく、まるで荒波に呑まれたような状況だ。それでも、この先に光があると信じて止まない。

    「勝つぞ、宮城!」
    「トーゼン!」

    試合はまだ、終わらない。








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