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    John

    ガンヤンと天ヤム万歳20↑文字書き
    今はサチマル沼にずぶずぶ
    尻叩き用、活動メインはpixiv

    https://www.pixiv.net/users/67336437

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    POIPOI 31

    John

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    サチマル続きました。
    次回より続編シリーズスタートです。

    #ワンピース女性向け
    #ワンピース腐向け
    #二次創作
    secondaryCreation
    #サチマル
    #腐向け
    Rot

    Colorless Earth無色の地球儀 大勢が船縁を叩き、靴の踵を思い思いに鳴らして焚き付ける。

     手拍子は不規則で拍子なんてものはあってないものだから、それが逆に乱れる心臓の音が何かの様だった。飛ぶ野次の中に、止める言葉が一切ないうえに、どちらに賭けるか海の上では使いようがないのは確かだが、右に左にどちらの勝利に賭けるかベリー札を握り締め口々に声を張り上げる野太さに、ビアンカはパイロットケースを両手に抱き締めて右往左往を繰り返す。


    「誰か、サッチの野郎に賭けてやれよ!アイツがカワイソウだろうが!!」
    「マルコが相手じゃ、まず無理だね。おれも勝ちはマルコに」
    「賭けになんね〜〜おい、一対一じゃなくてタッグを組めよ!!ビスタがサッチに着いてやれよ!」
    「マルコ隊長ー!!応援してます!!サッチさん、負けても飯は美味いの作ってくださいー!!」


    「あわわわわ…な、なんでこんなことに…、」
    「どうしたの、ビアンカ。そんな真っ白い顔で…具合でも悪い?」
    「ハルタさん!!」
    「医務室行く?」

     声の主へと反射的に顔を上げれば首からボキッと嫌な音がした。したが、頸筋を摩りながらも、視線は天才剣士と名高い青年に釘付けである。 
     厳密に言えば、呑気にその手に握られている紙袋から口元に運ばれるナッツに対してだ。香ばしくローストした後に、たっぷりの蜂蜜と絶妙な具合で塩と砂糖をまぶされたそれは魅力的だが違う。

    「なに、腹減ってんの?食べる?」

     違う、そうじゃない。

    「ハルタさぁん…何で皆、こんなに盛り上がってるんですかね、喧嘩が始まろうとしてるってのに、どうして誰一人として止めようとしないんでしょう」

     自分のところにまで回って来た、賭け金で雑に満たされていく空き箱を丁重に押しやってビアンカは思わず寄ってしまう眉間を抑える。ミックスナッツ入りの袋を掴んでいた手をポケットに突っ込み、サッチ側に賭けると紙幣を数枚押し付けるハルタに向けるのは若干非難の混じった瞳だ。

     当の本人達と来てみれば、自然に仲間のクルー達によって大分遠巻きながら作られる人壁のリングの中央で、相手を実に機嫌悪そうに睨み付ける一番隊隊長と、その向かいで念入りに屈伸運動をする四番隊に編成されたばかりの馴染みの顔があるばかりだ。

    「何で?」
    「いやだから、何で止めないのかって」
    「何で止めるんだよ、喧嘩だろ?皆の前で公平じゃん、何か衝突した時に陰でぐちぐち言ったり溜め込むより、拳で分かりあう。そっちの方が解決早いだろ?」

     一見、良いことを言っている風ではあるが、そのハルタが先程から口にしているナッツは観戦用として配られていたものだ。完璧に、仲間同士の諍いを娯楽にしている節があるその様子は、いまいち説得力が欠けている。

    「だからって…!そもそも何が原因なんですか、サッチさんとマルコ隊長は…、」
    「盃交わした義兄弟なのにって?」

     少し違う。ビアンカが言葉にしかけたのは、もう少しだけ特別な関係性だったが、流石に自分の迂闊さにすぐに口を閉じて曖昧に相槌を打つ。音楽家達が自分達の出番とばかりに持ち出してくるフィドルやら、バンジョーやら、アコーディオンにマンドリン。朝の澄み渡った空気の中でビアンカは天を仰いで心の中で叫ぶ。


    「( サッチさん…、マルコさんのことが好きなくせに何やって…本当にあんた何やってるんですか〜〜!? )」」



          ✳︎



    ─── だからですねェ…!!私は降りたくないんですよ、この船を…私はァ…、マクガイ船長のことが好きなんです、わかります!?分かりやがりますゥゥ!?

    ─── わかるわかる、ビアンカちゃん飲み過ぎィ。ロッサ、水取ってくれそこの水。

    ─── ミルクガール、そこのウワバミと同じペースで飲むなんて無理よ。大人しく水飲んで寝ちゃいなさい。あたしは自分の意思でヤブサカに着いていけるもの、オーホッホッホ!

    ─── 煽るな煽るな〜?

    ─── ぐ、ぐやじぃ…、誰も分かってくれないんです…私が本気でマクガイ船長のことお慕いじでるっで…、この気持ちは憧れも尊敬も入ってますよ!?入ってますが、恋ですよ、恋!!一途な恋心を分かってくれないんれすぅ……、どうしてェ…?歳が一回り違うかられすかァ…?

    ─── おれだって酔う時には酔うのよ?酔いたくない時は酔わないだけで。

    ─── それ、普通じゃないわよきっと。

    ─── あんたら二人とも、何聞き流してるんですか…可愛い妹分を慰める気概はないんですか、鬼!悪魔!!…マクガイ船長が好きィ……。


     べっしょべしょ、めっそめそと泣きながらビアンカが握り締めるのは普段パイロットケースの中に収められているヘッドフォンだ。能力を上手く扱えなかった頃、要らない雑多な電波まで吸い取ってしまい狂いそうだと泣いた少女を救ってくれたのが特注のそれだ。幼い子供が親から与えられたぬいぐるみを抱き締めるように、ビアンカはマクガイに与えられたそれを抱き締める。年季の入った精神安定剤、そういった類のものだった。

    ─── フゥ……諦め切れたら楽なのになァ。おれだってなかったことにしたいわ、要らねェもんこんな重たい感情さぁ〜。まだビアンカちゃんは良いじゃん、マクガイ船長は確かに歳大分上だけど、男女だろ?可能性あるよ。

    ─── あらサッちゃんは初恋は女相手だったんでしょ?どっちも愛せるってステキじゃない。あと十年もしてごらんなさい、あんた…多分女より男にモテるタイプに成長するわ♡

    ─── 他の野郎にモテてもなァ…。

    ─── それそれそれですよ!!もっと若くて良い男が見つかる…じゃねェんですよ!!私は…私は、世界で一番格好いい男のマクガイ船長が好きなんですからァ〜〜!!

     ライトニング海賊団の船室内で酒を酌み交わす三人が三人親しくなった理由と言えば、皆が恋をしている、それだけの共通点に限る。サッチにとっては、ビアンカはその見た目がどうにも郷愁を誘う面差しだったのが親しくなるキッカケのようなものだったが、完璧な余談である。

    ─── あ、二日酔いになってもいいけどな、ビアンカちゃん。マルコの船の電波受信だけはマジで頼む!アイツがいるタイミングで帰りたくねェんだ、マジで。

    ─── ふぁ〜〜!!!さっさと告白してさっさと振られたら良いじゃないですか〜?そうしたら思い切りもつくでしょうが、ねぇ〜!?

    ─── おまっ、デリケートなお兄さんの心を刺しにくるな!!そりゃ最終手段だ!!

    ─── デリケートって言うよりバリケードの方がお似合いですゥ〜!!

    ─── やァ〜ね、醜い争い。五年も離れてたっていうのに、逆に想いを募らせちゃってサッちゃんもサッちゃんよ。サクッと押し倒してみたら?

    ─── マルコはさ、押し倒される体幹してねェのぉ…。



     それぞれの片想いに乾杯、それで盛り上がれる三人組だったからこそ、そこに浮ついた話は一切ない。それぞれが、それぞれに恋焦がれる相手があり、現状実っていない恋なのだからシンパシーを感じてしまう。
     だからこそあの晩、しっかりとビアンカはジャミジャミの実の能力を駆使してモビーディック号一番隊隊長の船を特定し、そこからの帰還連絡を一時的に入りにくくする小細工を用意周到にやってのけたのである。兄のようであり、そして同じ実らない恋仲間という薄っぺらく強固な絆を証明する為に。

     それがまさか。
     サッチでも想像出来なかった距離を、新世界の夜の空を渡ってくるとは思わなかったビアンカは危うく卒倒しかけたし、ロッサは逆に大笑いをしていた。

     彼、あるいは彼女の性格が悪いのではない。
     五年離れても失せない想いが、どのような形にせよ少しでも動いたら良いとの考えるロッサにとっては良い切っ掛けに思えたのだ。

    「( 確かに嫌われてしまえば吹っ切れるだなんて無責任なこと言ったけど、あれは酒の席での冗談でしょうが〜〜!! )」

     なまじっか、覚えているだけに妙な罪悪感にビアンカの背中には嫌な汗がだらだらと落ちていく。ここに来てしまえば皆が兄貴分ではあったが、やはり五年間で培われた関係性は特別だ。

    「すごい顔してるな、心配?」
    「心配ですよ、止めない皆さんもそうです。これじゃお祭り騒ぎ…!」
    「そ、お祭り騒ぎにしてるんだよ」
    「えぇ……!?り、理由も聞かずに!?」
    「聞いたって、おれ達に話してどうにかなるなら、最初からどうにかしてるよ」


     拳を握り締め落ち着かないビアンカに対し、ハルタはどこ吹く風とナッツを宙高く放り投げて、口で軽々とキャッチする。木製の手摺に背を預けて、すっかり上層階は観覧席だ。

    「だって、どんな争い事だって─── こんな派手な喧嘩にしちゃえば、何かしらの決着はつくだろ?」
    「……っ、」
    「ガキじゃない。ここまで大型になってる時点で隠す資格も二人はもうないし、それなら…あれ、納得しなかった?」

     くるりと背を向けたビアンカが、肩越しに僅かに視線を落とすも直ぐに顎を引いて向ける背は人の波に埋もれていく。

    「納得はしました!このお祭り騒ぎも…けど…、自分の未熟さを思い知っているところなので、……、少し頭を!水に漬けてきます…」
    「水に」
    「冷やすとも言います!!」


    「おっ、ビアンカ〜!元ライトニング海賊団の馴染みだろ?サッチに賭けねェのか薄情なヤツだな〜!」


     そのまま颯爽と消すはずの背中が、飛んでくる野次に暫くふるふると震えたかと思えば鼻息も足音も荒く戻ってきた手のひらに握られているのは数枚のベリー札だ。

    「サッチさんに!!五万ベリーー!!サッチさーん!!負けやがったら承知しませんよ!五十万ベリーにして返して下さい!!!」
    「あはっ、剛気〜!がんばれ、サッチ〜おれも賭けたよ、サッチに〜」

     元々が大分拗らせているのだ。
     いっそのこと、ねじれに捻じれて元の輪に戻らないものか。


    「……勝っても負けても、どっちでも良いけど…これ以上どうにかならないでくださいよ…、」


     箱に押し付けた紙幣はどうなったとしても惜しくない。それでも盛り上がれば盛り上がるほど沸き立つ熱気に、ビアンカの僅かに寄せた眉は下がっていくばかりだった。



          ✳︎


    ─── ちょっと待ちなさいよ、マルコ!サッチ!何であんたらが争ってんの!!

    ─── 聞き耳立てて因縁付けてきたのはこっちだってんだよ、ベイ!!盗み聞きは褒められたもんじゃねェだろ!

    ─── コックのくせに忘れたのか?火ィ落としちまった後の厨房で火の使用があれば、その晩の不寝番達に連絡が行く。今日が偶然おれで、確認に来ただけだ…ってェの!!

    ─── イテーーーーッ!??人様の頭にいきなり頭突きかます!?

    ─── ベイがしがみついてるからだろ、見て分からねぇか!!

    ─── ンだと…!?

    ─── あぁ、もう!!あんたら、いいかげんにしなさい!!!


     鶴の一声ではない、一撃だ。
     今にも一触即発だった弟達を止める一番簡単な方法として愛ある拳を使った姉を責めてはいない。だが、おさめるべき矛は二人同時に気絶したとしても、どうにもおさまってはいないのだ。

    「おれはよ、マルコ。もう盗み聞きしたことについては怒ってねェのよ。ベイとそりゃ他人に聞かれたくない話をしてたし、お前がどこから聞いてたかにもよるが、当番で見回ってたってのもわかる。だから、おれが何に対してテメェに腹を立ててるのか、理解してからじゃねェとダメなわけだ」

     通常海賊と大抵名乗る荒くれ者達が手にするのは、カトラスと呼ばれる長さ七十センチメートルばかりの小回りの効く片手剣である。船上で、そして海上で扱うには適した長さのそれらとは違い、サッチが腰に交差するベルトより下げているのは百センチメートル程の長剣だ。何より身軽さを重視する靴の踵を軸にして向き合った瞬間には既に兄弟分に向かって、左手にした抜き身の刃は突き付けられている。

    「"お分かり"?」

     刃を突きつけられて、何一つ動じることはない。
     まったくその通りではあったが、腕組みしたまま瞳を閉ざし、片眉を上げ切っていたマルコの顔の半面をめらめらと温度のない炎が纏わり付くのは決して再生の為ではない。

     こめかみをひくつかせる苛立ちが悪魔の実の能力を制御することすら妨害している、そのせいだ。

    「分かるわきゃねェだろ、そもそもベイとの話なんてもんはひとっつも聞いてねェ。おれが聞いたのは、お前の、サッチの、ガキの頃からひとっつも変わらねェ横暴さだけだ。─── おれにタトゥーを頼んだのは構いやしねェ。海賊がシンボルを刻みたけりゃ船医者の誰かに頼んで刻む、普通だからな。盃交わした仲だろ、いまさら他人行儀に断ったりはしねぇよ。ただな、」

     薄く見開かれた瞳が既に燃えている。

     グラディエーターの脚先を音をなく踏み出するその姿に、十代頃の若い船員達がひとり、二人とその圧に当てられて尻餅をつく。見上げる眼差しのひとつひとつが逆に一番隊隊長への畏怖と憧れの金色で照らされていた。



          ✳︎


     

     盃を交わした義兄弟達は、共に一億超えの賞金首。白ひげ海賊団の輝ける若星達だ。
     歳の近さもあって、文字通りの新星スターなのである。古参のマルコ、航海士の心得も船医としても将来は有望、しかも自然ロギア系よりもさらに稀有な動物ゾオン系幻獣種、フェニックスとなれば眩しさに直視できない

    「テメェのくっっっっっだらねェ感情の捨て場所に、オヤジのマークを選んだってのが、おれァ許せねェんだよ、それをしかも言わずにおれに彫らせようとしてたな?冗談じゃねェ!!そんなもん背負わされるオヤジの身にもなれ、サッチィ!」

     サッチも極端に若い面々からの支持という点ではそれほど負けてはいない。
     悪魔の実の能力者は一言で言うならば"化け物"だ。良くも悪くも、桁外れの力を一瞬にして手に入れて活かすことの出来た面々が新世界には名を連ねていく。今、四皇の内の一人である白ひげことエドワード・ニューゲートもその多分に漏れないが、その中でも非能力者。
     それでいて、何と本職はコックだという億超えの若者を自分に重ね、いつかは自分も羽化すると夢をみる新入り達も増えている。


    「下らねェっつった?今、下らねェつった?」
    「言ったよい、もう一回言うか、下らねェ。捨てるならさっさと一人で捨てろよい、おれにその片棒担がせんな」


    「お、始まるか…よーし、お前ら下がってろ!!いいか、この船の掟をもう一回思い出せ!!仲間殺しは御法度だが、争い事はとりあえずおれ達の前で拳で解決しろ!!」

     ラクヨウの青空に響き渡る声と振り上げる拳。
     フィドルの弓が勢いよく弦に下ろされると共に、楽隊が奏でるのはテンポ激しい戦闘の音楽だ。  

     サッチの両手が、長剣を鞘に戻す。次に抜いた時、それが勝負の始まりだ。
     炎纏う掌を添えたマルコの首が、コキッと鳴らされ戻る。




    「サッチ!マルコ!両名……オヤジの名前に誓って…海賊らしく派手にやれェ!!」


    無色の地球儀


     男は大体、いつも通りの時刻に、いつも通りのベッドの上で目を覚ます。
     朝がまだ始まるか、夜が終わったのは確かだが朝が来たというにはもう少しばかり待たなくてはならない明け方に身体を起こす。昨夜、合間に起きてしまったのはニ回。これでも、自分の叫び声や嗚咽をどうにか押し殺しての夜や、音もなく意識もなくただ溢れ出る涙のせいで間抜けな溺死寸前になった数年の日々を思えば随分とマシになってきた方だった。

     片手を伸ばし、掴んだ枕元の時計に薄く細めた目をやる。

    文字盤が指し示す時刻は午前二時を少しばかり過ぎた頃。

     一度額に手をやって、項垂れるように垂れていた髪を掌で雑に掻く。そのまま未練がましく白い枕に埋もれるようにして寝返りを数回打ったが限界だった。スッキリとは言えない目覚めであっても、ここから再度眠りに就くにはどうにも難し過ぎる。そもそも、何もしないで時間を費やすというのは苦手な"せかせかとした"性分で生きてきたのだ。降参、とばかりに男はもう一度顔全体を掌で覆ってから勢い良く寝台から起き上がる。

     陸の上で暮らすというのは、思っていた以上に身体を慣れさせるのが大変だった。自分という人間は、産まれこそ陸の上───だと思われるが。記憶もなければ当時を知る人間も居ないので確証はないが───であったが、生きてきたのは海の上、船暮らしだったのだから船酔いという言葉があるなら次第に陸酔いになったのも当然だと、そう自分に言い聞かせなければ済まない程の覚束なさがあった。
     今は、違う。
     良くも悪くも、少しずつ慣れてきてはいる。
     予感ではなく、確信していた。もう自分が、海の上で暮らすことはないだろう。この村で出来ることなら一生を終えたかったが、それすらどうなるかは分からない。自分の中に常に糸を張り詰めさせていなければ、時折その不安定ながらに縋る支えがプッツリと切れてしまいそうになる。

     男は部屋の灯りをつける気にもなれず暫く二日酔いに似た面持ちのまま、ぼうっと視線だけを窓の外へと投げ掛ける。忙しない性格ではあったが、何もしないことと物思いに耽けるのとでは趣が違う。かつては潮風に揺れるラットラインにしがみつき、水平線の彼方から昇る朝陽の輝きに胸を熱くした。今、熱くなるのは目頭ばかりというのは歳のせいと一概にするのは笑えない。

    「───……、」

     男の視線がすぐそばの窓越しに空を流れる星を追う。
     流星自体は珍しいものではなかった。だが、こんなにも山の向こうへと雨の様に連なって消えて行く星々は、命を燃やし尽くして消えて行った家族達を連想させて仕方がない。届くはずもない天に掌を伸ばす。




    「─── 会えるもんなら…もう一度……、」
     
     


     会いたい。
     たった四文字の言葉を、一体何度繰り返し呟けば

     星達は願いを叶えてくれるのか───。




          ✳︎



     意外にも、先手を打ったのはサッチの方だった。その双剣自体は最上大業物12工、大業物21工、良業物50工そのいずれにも当て嵌まらないが為に業物には分類されない。古の名刀が作り出した刀の類ではないが、最初から業物かどうかはサッチが求める理想の武器としての必須条件ではなかった。この手に馴染むかどうか、それが全てだ。

    「いくらお前だからって、言って許されることと許されねェことがある!分かってんだろ、今のは許さねェ方だ…!!」
     
     ギィンッッ…!!!

     抜刀の瞬間を目視出来た者が何人居たか。左右の刀から交差する斬撃を真正面からマルコは片脚で防ぐ。鉤爪との間でその凄まじい重さと風圧とが取り囲む男達の間で触れるもの全て巻き込み持って行こうとする旋風と化す。

    「へっ……良い刀使ってんじゃねェか、馬鹿サッチにしちゃあ…まァ流石だよい」
    「そりゃ、どーも…褒めてんのか、貶してんのか!!」
    「貶しちゃいねェ、おれはいつだって認めてるんだお前をな。守ってやるべき───、」

     マルコの攻撃は翼を駆使しての空中戦でこそ真価を発揮する。とはいえ、船上、しかもオヤジが"兄弟喧嘩"の条件として出した"モビーを傷付けねェこと"に則ったとしても誰が不死鳥に鎖を付けられるものか。

     高く掲げられた右の鉤爪越しに拮抗する刃の向こう、眉根を寄せるサッチを観察するかの様な青い瞳が鮮烈に煌めいては顎に目掛けて容赦のない足刀が襲う。

    「───庇護対象弱い奴だ」
    「それもう、マジでやめろ!?いくつになった、二十歳を超えて…まぁだ分かんねェのかよ!義兄弟としてのお前も…おれは大切にしてる!それと、何でもかんでも手ェ引いてやんなきゃならねェガキの姿をいい加減、引き剥がせ!」

     サッチの斬撃に、囃し立てていた仲間達から驚嘆と賞賛の声が上がる。危うく厨房で取っ組み合いになり掛かるのを制止したのが兄弟達なら、仲良く喧嘩して来いと甲板に二人を放り出したのは父親だ。その偉大な背中を持つ男がどちらかに肩入れするつもりは今の所ないらしい、終わったら呼ぶ様にと至って男同士の拳のぶつけ合いが例え、ドンパチ派手なものになっていたとしても。

    「億超えになって、気が大きく、なったかよい…!そんなの、この新世界には掃いて捨てる程いるだろ!」
    「限りなく謙虚だわ!!何で…何でそんなこと言うんだよ、おれは…!この船に乗っていてェから、強くなろうと…」

     逆手に刀を握り締めたまま、サッチは片手を甲板に着くと光放つ衝撃波をその場からトンボを切って躱わす。


     お前の為に強くなりたかった、は欺瞞だ。


    「( だからって…!!)」

     
     サッチは下唇を噛む。
     加減されているのは分かっている。マルコが本気で、自分に殺意を持ってそのままに攻撃を繰り出して来たなら、どれだけ死力尽くしても"五分ごふん"だ。"五分ごぶ"ではない。
     分かっている。懸賞金なんてものは、政府にとっての危険度であり、その人間の価値ではない。それも、新世界には億を超えない犯罪人を探す方が砂漠から砂粒を探すより難しいことも分かっている。

     モビーを壊すんじゃねェぞと野次が飛ぶ向こう。
     ゆっくりと脚を下ろしていくマルコは苛烈で、自分は虫だ。焦がれて引き寄せられたところで、焼かれて灰も残らない。


     幸せになってくれれば良いと思っていた。


     マルコが、五年間の間に誰か恋人でも作っていてくれたなら、特別な相手を作ってくれていたなら流石に諦めがついただろう。マルコが選ぶ様な女だ、美女なのは間違いないだろうが心根もこんな捻じ曲がっていない、凛として強く逞しく、マルコを支えられる優れた女であるべきだ。あって欲しいとこの五年間の願いは最早"呪い"に近かった。

    「じゃあ話せよ、どこのどいつだい?強くなりてェって言葉に嘘がねェなら、下らねェ嘘なんて吐くな!」
    「なっ…、危ねぇ…!」
    「未練たらたら、諦めきれてないって顔で…、いいかサッチ、お前が、どこの村娘と恋に落ちようと、どこの娼婦に入れ混じまおうと…そりゃお前の勝手だよい、おれは知らねェし、知りたくもねェ…鳥肌が立つ」

     マルコの掌から、憤りの焔が上がる。
     サッチにとっては酷なことだった。告げるつもりはなかったが、自分の気持ちを伝えていたなら果たして痛快なまでにここまで切り捨ててくれただろうか。

    「だが、家族っていうなら話は別だ。そんな未練がましい気持ちはさっさと捨てちまえ、捨てられるんだろ?………ビアンカか?まさか、ロッサか?」

     サッチの喉奥がカッと熱くなる。剣を握り締める拳が周囲の音が一瞬全て遠くなる程の激情に震える。

    「───アイツらには、心の底から愛してる相手がちゃんと居る!!いくらマルコだとしても、それ以上は侮蔑と取るぜ…!!」
    「取りゃあ良いだろ、オヤジのマークを墓標にするって時点で、おれに対する侮蔑だとは思わなかったか?」

     売り言葉に、買い言葉。

    「………はァァ…、分かったよ。おれが、誰かを好きになるのも───、その誰かを…諦める為には…」

     
     理解して止められるならば、この海に争いは起こらない。

    「───この海で一番大きな背中に縋りたいくらいだってのも!お前にとっての侮辱になるなら…もう言葉で話すことなんかねェよ!」

     サッチは逆手に握り直した左の刀を振り被る。
     迎え討つマルコの脚がおそらく終止符となり得る斬撃の乱れ打ちの仕草に入っても、止めるつもりはなかった。




     二つの力が、真正面からぶつかり合う。
     
     






    「"漆黒ル・ノワール "!!!」

    「"鳳殲火ほうせんか "!!!」





    ドンッッ……!!





          ✳︎


     

    「………おい、大丈夫か!!」

     この歳を重ねた男にとって周囲を照らし出すランタンの灯りなんてものは、およそ必要がなかった。だが、自然界ではおよそ生まれない特有の焔の色に心優しく純朴な村人達を不用意に驚かせたくはなかった。

    「………んが…、」
    「……村のヤツらじゃねェな、しっかりしろ。おれの声が聞こえるか?」

     夜を駆ける流星の、その一つが余りにも近くに落ちたように見えたから薄い上着を肩に引っ掛けて脚を急がせて来たのである。村への入り口である洞窟を抜け、滝を抜け浜辺に足を踏み入れる。いつもと変わらない浜の光景に一旦は被害はなさそうに思えたが、胸を撫で下ろす暇もなくうつ伏せになっていた青年に手を掛ける。

     
    この村の人間ではない───


     それだけで男の肌がひりつく程に警戒させる理由になるものだったが、鼻先に飛び込む慣れ切った鉄錆の香りに半ば牽制も含ませながら掌より揺らめく炎を立ち昇らせる。この村で、この能力を持っている男を前にして、もしも目的が目的であるならば下手な小細工は通じないと───、そう告げる筈だった唇が凍り付く。

     青く揺らめく焔の下に、片腕を掴み起こした青年の閉じられた瞳。緩く開かれた口元と、その目元の三日月に刻まれた六針の縫い跡。



    「───……嘘、……だろ…、」



     男の二つの瞳に映る青年の、じわり、じわりとシャツが赤く染まっていく。見間違えるはずがない若者の姿を前に呆然と立ち尽くす男の名前はマルコ。

     "元"白ひげ海賊団一番隊隊長。
     不死鳥のマルコと呼ばれた男の姿が、そこにはあった。






    TO BE CONTINUED_
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    Replies from the creator

    John

    DONEサチマル続きました。

    ここまでお読みいただいたことに、感謝の念が尽きません。少しだけ私の語りにお付き合い下さい。

    私は海外の児童向けの小説を読むのを趣味にしているのですが、子供の頃に好きだった作品の作者の作品を読み漁る日々が続いていました。うまい!うまい!活字がうまい!!と貪る中で、この作品は面白いけれど私にはちょっと向いてなかったかしらん、と頬杖をつきなが(以下pixiv掲載)
    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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    Q.Did you find it 心の中で、ほんの僅かに気持ちが揺らいだ。
     小石一粒、大海原に投げ込んだところで構いはしないだろうか、と。人生、最後の最後に思い残してしまったら台無しになるだろうか、と。
     そうして、すぐに打ち消した。死に際で左右される様な生き方ではなかった、胸を張ってそう言える。断言出来る。

    「( なぁ、おれと心中してくれるか? )」

     眉一つ、呼吸一つ乱さずとも答えは返ってきていた。
     この気持ちを抱いて、海の底まで持っていく。

    「( だよな、たった一人じゃ旅は楽しくないもんな )」

     だからこそ、言わなかった。
     何一つ、いつもと行動を変えることもせず、いつもの様に宴を終えてからの行動は単独で。誰にも怪しまれることがなかった。勘の良い兄弟子にも、好物に囲まれて顔を綻ばせる弟分にも、敬愛する父親にも、勝手に心の片方を預けてしまった男にも。
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