2021.06.05
ひたり、ひたりと近付く足音に、フィガロは一旦気付かないふりをすることにした。音を立てないよう気を払ってベッドから起き上がった賢者が、次に何をしてくれるのかを見てみたくなったからだ。
賢者は、行動のたび、朝の挨拶を既に済ませてから再びすれ違うたびに、フィガロの名をその舌に乗せて、嬉しそうに、挨拶をしてくれる。それ以外にも、人ひとり分の空間を開けても、後ろを通りますだとか、ものを取るので、お邪魔しますねだとか。些細なことを気に掛ける子だな、と感じたのを思い出す。印象は、そのうちに、今日は、俺との間のどんなことを気にしてくれるのだろう、と楽しみに変わった。
ランプがわりに浮かせた小さな火に照らされる、ミチルからの手紙に集中している顔を装って待つけれど、賢者からの次はない。いっそ、諦めるまで焦らしてみようか。今日に増えたぶんを一通り眺め終えても、幼いころの南の兄弟がくれた似顔絵や、ファウストが寄越した、小言をしたためた手控えなど、暇を潰すものならいくらでも取り出せる。
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