一つの小さな浮島のように海を漂う艦の中は彼女の体内も同然である。海の上にあってもっとも安全で、もっとも悍ましい場所と言えるだろう。とは言え「内側」に入ってしまえばそこが海の上であることも忘れてしまうほどに「建築物」である。深く考えることに益はない。
「おかえりなさい、坊や」
食堂のドアが開くと、慎ましくテーブルについていた女の形の存在が表情を明るくしてバウロを迎えた。たっぷりとした唇が屈託なく笑みをつくり、両腕を広げれば肉感的な胸が抱擁を待っている。
「ただいま、ママ。もう起きてたの?」
「ええ、ええ。あなたが戻るのを待っていましたよ」
大袈裟に腕を広げて抱き返せば、それはいとも柔らかく、甘い温度の匂いのする女の肉体である。
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