デートではありません目の前に差し出されたいちごタルトがのった皿。

きょとんとしていると

「さっきこっちも気になってただろ？」

さもそれが当然だと言わんばかりにばかみたいに明るい笑顔を向けられる。
その度に俺は心の中に何か暖かい毛布のようなものに包まれているような、陽の光に照らされた植物にでもなったような気分だ。

それでも流石にケーキの1口目を頂くことに躊躇していれば

「ほれ、ケーキはなここのとんがった1口目が1番美味いんだぜ？」

そう言ってもう一度差し出されたケーキにそっとフォークで1口サイズにして口に入れる。

口に広がるいちごの酸味と甘いカスタードが絶品だ。

「美味い…ありがとう」

今まで食べたケーキの中で一番、という言葉は照れくさくて心の中にしまっておく。

バースデーケーキを買って帰る話　澄んだ色の空には薄い雲が流れていた。時折吹く静かな風が、ぼうっと空を眺める乾の金糸を揺らした。
　チリンチリン、とベルの音が鳴るのと同時に、乾の隣で木製の扉が開いた。店内から出てきた幼馴染は焼き菓子の甘い香りを纏っていた。

「お待たせイヌピー」
「ん」

　九井の手には大きな紙袋があった。中身は予約していたバースデーケーキだ。今日は十月十八日で、乾の誕生日だった。

「今年のケーキってどんなの？」
「帰ってからのお楽しみだよ」

　九井はベ、と舌を出して歩き始めた。追いかけて、ケーキを持つ手の反対側に並ぶ。見慣れた道の街路樹は、葉の色が変わり始めていた。酷暑と呼ばれた夏が終わり、束の間の秋が訪れていた。
　建物の影に差し掛かったとき、ひゅうっと冷たい風が吹いた。街路樹から葉が舞い落ちる様子を目で追っていると、隣の九井がぶるりと身を震わせた。