バラの花言葉「バラの花言葉って知ってます?」
日差しもろくにささない廃ビルの奥の一室、家具らしい家具も少ない廃屋に似つかわしくない言葉と明るい声色は、同じく明るい色合いの服に身を包んだ阿久根から発された。僅かに当たる日差しを占領できるソフォに腰掛け、指先は小気味良くスマートフォンの画面を辿っている。デスペラードフォー、4人のならず者たちは残念ながら現在阿久根ともう1人、窓際の壁に背を預けて煙草をふかす有馬しか居なかった。つまり、大きすぎる独り言でなければ確実に話しかけられているのだ。
「あ?知るわねぇだろ、つか何。次のシゴトに関係あんのか。」
「ないですよ、ただの世間話です。まぁ有馬さんが知ってたら驚きなんですが──って銃に指をかけるのはやめてくださいね!」
貶すでもなく事実を述べ淡々と発した言葉は、短気な男の神経を逆撫でするに容易く、言い切る前にその手は懐に伸びていた。そこは彼の仕事道具である拳銃が仕舞われており、このように何か気に障ることがある度、スマホを取り出すかのように気軽に持ち出そうとする。しかし阿久根は臆することも無く、どこか冗談めいて肩を竦めて見せた。
「それで、花言葉なんですけど。さすが愛だの情熱だの幸福だの、くだらないものが羅列されてまして。しかも本数によっても意味合いが違うとか。こういうのって女の人好きなんですかねぇ?だとしたら詐欺の知識としては必要だと思いません?」
阿久根はソファから立ち上がり有馬の隣へ移動し、肩がぶつかる程の距離まで詰めるとスマートフォンの画面を見せる。そこにはバラの画像と多すぎるくらいの花言葉が羅列されていた。当の有馬は威嚇も適当いなされ、この距離まで詰められる侮りに苛立ちを募らせて舌打ちで返す。いや、苛立ちは、それを許している自身に対してであった。
「花言葉、ねぇ。ンなもん人間が勝手につけたもんだろ。キレイに咲くように管理して、キレイに咲いたら手折って値段をつけて売り飛ばす。そこに小綺麗な言葉を添えて?そんなもんが好きなオンナ、つうか偽善者の気が知れねぇな。」
「あはは、確かに。でもそれ、僕たちがまるで正義みたいに聞こえますよ。いいじゃあないですか、花言葉。意味の無いものに意味を見出して、深読みしたり感動したり?人間くさくて、どうしようもない。心に付け入る隙があるんです。ね、可愛いもんでしょう。」
スマートフォンのサイドボタンが押されると同時に鮮やかなバラの画像が消え、暗黒になった画面は鏡面となり歪んだ笑みを浮かべる持ち主を映す。こいつ、前はもっと上手に笑えてなかったか──。有馬が自身へ苛立ちを覚えたのと同じく、阿久根も自分たちに気を許しているのだと理解するには容易かった。仲間ではない、ただ同じ方向を向いて歩く同志、それが自分たちが共に過ごす理由なんだろう。
燃え尽き掛けている煙草を窓の外へ放り、懐から新たな煙草を取り出して口に咥える。火をつけ肺へ深く吸い込んでから、同じくゆっくりと時間をかけて紫煙を吐き出す。その煙に混じるように、誰に聞かせるでなく呟く。
「……ホント、誰よりもいい性格してるよ。燐チャン。」