圭藤♀なんとなく、以外のなにものでもなかった。
するすると無意味にタップする指先が、見知らぬ誰かの楽しそうな思い出を爆速で流していったから。
今日は学校も部活もお休みで、朝から君の声すら聞いていないから。
机の上に広げた課題は真っ白で、ペンを握る気力が湧かなかったから。
『葵ちゃんの顔見たいよー』
やるべきことはもちろんほっぽって、勝手にそんな文章を送っていた。
すぐには既読にならないメッセージに、そういえばちょっと前にもこんなことをしていたなあと思い出す。
かわいい恋人の自撮りが欲しくってジタバタと駄々をこねていたら、結局届いたのは隠し撮りの俺の寝顔だった、みたいなやつ。なつかしい。あれから君ともずいぶんいっしょに時間を過ごして、形のある思い出もわんさか増えた。
きっと、こんなによく晴れた朝には家族全員分の布団を干していることだろう、とデータフォルダを開きながら思う。
あ、そういえばこないだの動画送ってないな。葵ちゃんがなんかニャンニャン変なこと言ってたやつ。何してるんだろ〜って後ろから撮ってたら「そこにいんだろネコちゃんが!」って真剣な顔して振り向かれて、ネコちゃんだと思ってたのはただのゴミ袋でふたりでおなか抱えて笑ってた。
どれだっけーと画面をスライドしていると、ポコンッと気の抜けた音が響いた。
鬼の早さで通知を叩けば見慣れた顔の見たことのない姿、ではなく、
「んっ!?!?」
待ち望んでいたかわいい彼女の、ちょっと予想外すぎる一枚。
自分のお家なんだろう、生活感あふれる洗面所らしき場所で、鏡に向かってスマートフォンを向けている。掃除でもしていたんだろうか、いつも通り金髪をゆるく結んで、口に、Tシャツの裾を咥えている。
口に、Tシャツの裾を、咥えている。
えっえっなにこれなにこれ、どういうコト!?
そのせいでもちろんブラも、おなかも、おへそも肌色がぜんぶ丸見えだ。えっ、てかブラかわいー、俺見たことないやつかも。エッチかと問われればすぐには頷きにくいけど、こんなんでいいのかな感満載の、ちょっと困惑したような表情もたまらない。
とりあえず写真を保存してしまってから、ハッとなって自身のメッセージまでさかのぼる。
いやいや、今回は俺“えっちなやつ〜“とか指定してないんですけど!葵ちゃんが自主的に送ってきてんですけど!なんで!?どうして!?どこで覚えたのこんなこと!?
「ちょっとちょっと、葵ちゃん!」
こらえきれずに通話ボタンを押してしまう。
『いや、こういうんが嬉しいのかと思って』
「うっ、うれしくは……あるけど!そうじゃなくってー!」
君の顔も、君の声も、手に入れることができてしまった、君に会えない日。