再録本用 ボツ原稿一、使わへんもんばっかり
「へ!? プレゼントですかぁ!? ホサに!?」
アルファードの車内に、那須原の叫び声が響く。
勢いよく振り向いた那須原は、ただでさえ青い顔をもう一つ青くして、怪物を見る目で聡実を見た。
「しーっ、声が大きいです!」
聡実は慌てて身を乗り出し、助手席の那須原に一生懸命”静かに”のサインを送る。聡実はハリアーの窓越しに富士野と狂児の様子を伺ったが、二人は車外の前方で何事か真剣に話し合っていて、こちらの話に気付いた様子は無かった。
ほっと息をつき、聡実は後部シートにもたれかかると、ピーコートの厚い袖で顔を半分覆う。
「もうすぐクリスマスやないですか? せ、せっかく、けっ、けっこ……お、お付き合いすることになって、最初のアレやし、何かその、贈ろかなと……」
徐々に声を小さくしながら、首を上着の中に引っ込めていく聡実に、那須原は戦々恐々と声をかけた。
「な、何を贈るつもりです……?」
聡実はよろよろと顔を上げた。
心底困っているという表情だった。
「それが、なんも思いつかんくて……」
その淡紅色の唇が次の言葉を紡ぐより先に、那須原はタブレットを盾にして、助手席スペースの限界まで後ずさった。
「ぼ、僕に相談してもムダですよ! 僕は知りません! 何も知りません! 何も! 知らないですから!」
「で、でも、扇谷さんに聞いたら『そういうことはナスが詳しいでぇ』て言うてたんですけど……」
ギジギジと歯ぎしりの音を響かせ、那須原は呻いた。
「あの適当無責任男ぉ……」
「那須原さんやったら、狂児さんが今まで女の人とかにどんなもの贈られてたか知ってるから、参考にするのに聞いてみたらええて……」
「な、なんで僕がそんな殺伐とした夫婦の離婚危機みたいな話に巻き込まれなあかんのですか!」
那須原が目を剥いてのけ反ると、聡実は視線を泳がせた。
「いや、僕らまだ結婚してな…………ちゃうちゃうそうやなくて、あの、そ、そうですよね……へ、変なこと聞いてしもてすみません……」
「あ!? いや、違います、怒ってないです! 本当に!」
聡実の眉尻がみるみる下がっていくのを見て、那須原は慌てた。ついいつもの調子で拒否してしまったが、自分の言い方はキツイことで定評がある。あの恐ろしい若頭補佐の恋人に対して、今の言い方はマズかったのではないか——那須原は若頭補佐からの“お叱り”を想像して震え上がった。早く挽回しなくては、と、盾代わりのタブレットを膝に下ろす。
「……ほ、本人には欲しいモン聞いてみたんですか?」
聡実は肩を落とし、俯いた。
「……聞いてみたんですけど、逆に、『聡実くんは何が欲しいん?』て聞かれてしもて……狂児さんが欲しいモン教えてもらわれんかったんです……」
「あぁ……」
若頭補佐はそういうところがある、と那須原は苛立つ。こちらの質問にきちんと答えず、自分の知りたいことを引き出したら、後は煙草の煙で有耶無耶にしてしまうのだ。何度その手で誤魔化されてきたことか。たとえそれがヤクザ稼業で培われた、生き残るための手練手管だとしても、そうと"分かっている"自分たちに対しても使われるのは、どうにも腹立たしい。自分を見せないということは、相手を信用していないのと同義だと那須原は思う。それがまさか、この青年にまでそういう扱いだとは。あんなに熱烈に伴侶であると紹介したくせに、あの傲岸不遜が人の形になった男ときたら、本当にいけ好かない。
「……僕、カラオケ大会であんな大口叩いたのに、狂児さんのこと、まだよく分かってないことが多くて。食べ物の好みは何となく分かるんですけど、それ以外が全然で……。きっと皆さんの方が狂児さんについて詳しいと思うんです」
「まあ……それは……確かに」
「せやから、何か、何でもええので、狂児さんについてお話聞けたらと思て……」
那須原は、この青年のことはまだよく知らない。何せ、先日のカラオケ大会で初めて“岡聡実”を認識したばかりである。あのとんでもない告白劇を繰り広げた青年と、今目の前で頬を染めて困り顔の青年が、まだしっかり結びつかない。顔合わせから一週間程度の付き合いでは、話す時の加減も距離感も掴めず、お互い手探りの状態である。
それでも那須原は、この青年が“とてもいい子”であると"分かり始めていた"——あの恐ろしい若頭補佐には勿体無いほどに。青年も相当覚悟が決まっているようだから、そんなことはないと思うが、万が一若頭補佐に無理矢理従わされているのなら、警察にでも駆け込んで青年を保護してもらおうとすら考え始めているぐらいであった。
だから那須原は、聡実の相談に乗ることにした。プレゼントなど、贈ったことも贈られたこともないし、若頭補佐など只々恐ろしいだけだが、この聡実という青年の味方はしてやりたかった。
「……参考になるかどうかは分かりませんけど、ホサが去年のクリスマスに貰てたもんやったら、分かります……よ?」
聡実がぱっと顔を上げた。那須原は、聡実の期待の眼差しの眩しさに思わずタブレットを盾にしようとして——やめた。
車外を窺いながら、助手席のシート越しに二人は顔を寄せ合う。
「……なんや、去年はたっかそうなモン貰てましたよ」
「ど、どんなん貰ってました?」
不安げな聡実の様子に、那須原は何となく子犬を連想した。尻尾を下げて耳を寝かした、小さくてふわふわした生き物——ポメラニアン。
「……ごっつい金のチェーンのネックレスとか」
「……金のチェーンのネックレス……?」
「……ブランドもんのごっついサングラスとか」
「……サングラス……?」
「でっかいダイヤの嵌まったごっつい指輪とか」
「ダイヤの指輪?」
那須原は最初、聡実が気落ちするのではないかと不安だった。落ち込ませたいわけではない。しかし、那須原の予想に反して、徐々に聡実の口元は緩み始めていた。
「あ、あと、真っ赤なでっかい薔薇の花束」
「薔薇の花束!」
聡実の口元がいよいよ緩む。どこに笑うところがあったかと不思議に思いながらも、那須原は続けた。
「あと、なんや絵とか壺とか。それもまたごっついやつ」
「つ、壺!? そ、それで……狂児さん何て言うてました?」
聡実の頬は緩みに緩みまくっていた。堪えきれない笑みを口元に浮かべながら、那須原に続きを促してくる。
「『ほんまに嬉しい! おおきに!』て全部受け取っといて、全部僕に『ほかしといて〜』言うて丸投げですわ」
「く、くくっ」
聡実はとうとう吹き出した。声を抑えてはいるが、くつくつと笑いながら肩を震わせている。
「な、何か面白いところありました?」
本気で理由が分からず、那須原は狼狽した。事実を列挙しただけなのに、何が面白かったというのか。
聡実はふうふうと息を整えると、小声で言い放った。
「やって、"狂児さんが使わへんもんばっかり"ですやん。ホンマに困ったんやろな、て」
——ほぉん……?
那須原は感心した。
一見ギラギラとして精力的な”男らしい”印象が強く、そういうモノを贈られがちな若頭補佐であるが、下について働けば、その本質が見えてくる。あの恐ろしいカシラホサの中に潜んでいるのは、そういうギラギラとは真逆のモノ——巨大な虚無の穴であるということが。金もダイヤもその穴の前ではその辺の石ころ以下のカスになってしまい、カシラホサの記憶にも残らないのだった。
——ちゃんと分かってるんやな。
この青年はきっと、ちゃんと若頭補佐の本質を見抜いている。これまで群がってきた、凡百の人間たちとは違って——。
那須原は、この聡実という青年が、若頭補佐の伴侶とに見合う人間であることを実感し始めていた。
そんな那須原の内なる評価など知る由もない聡実は、車外の二人がまだ話を続けているのを確認してから、抑えきれない笑いを口元に浮かべたまま那須原に尋ねた。
「き、金のネックレスて、あれですよね、あのごっついやつ! や、ヤクザがよぉ着けとる、あの……あれ!」
「あれです。あんな趣味悪いん、どこで買うてくるんですかね……僕はあれを売ってる店があることも、買ってくる人間がいることも信じられんですけど」
「金のネックレス、サングラスに、ダイヤの指輪つけて、薔薇の花束持った狂児さん、く、くくっ……」
口元を押さえて笑み崩れる聡実はやはり子犬のようで、那須原は何となく——何となく、もっと笑わせてみたくなった。
「……扇谷さんが全部着けた写真ありますけど、見ます?」
去年のクリスマス、狂児が貰ったクリスマスプレゼント、もとい高価なガラクタを押し付けられて片付けに難儀する那須原を、扇谷と鷹島が手伝ってくれた時に撮った写真である。酒も入っていたので馬鹿三人で馬鹿盛り上がってしまったが、後で見返すとあまりにも酷い写真で、嫌になって放置していたのだった。まさか役に立つときが来るとは。
「見ます見ます!! …………ふ、ふは、"ホンモノ"や……!!」
タブレットの画面いっぱいに映る「コテコテの大阪ヤクザ」と化した扇谷の写真は、何度見ても、お手本のような不審者だった。薔薇を咥えてポーズを決めた写真など、本当に酷い。
しかし、写真を見て楽しげに笑う聡実に、那須原は、何故か気分が——上向くのを感じた。どうも、この青年がしょんぼりしているところを見るのは"面白くない"。こうやって笑っている方が、ずっと——。
バン!
「ひあ!?」
「あひ!?」
突然助手席の窓が叩かれて、那須原と聡実は同時に悲鳴を上げて飛び上がった。
「な〜す〜〜は〜〜〜ら〜〜〜〜〜く〜〜ん」
「ギャ――――ッ!!」
「わあああああ!?」
窓ガラスにビッタリ顔を寄せてニイイ…っと嗤う狂児の顔は、それはそれは恐ろしかった。
「狂児さん! ビックリさせんといてください!?」
後部ドアを開けて乗り込んできた狂児のために奥へ退きながら、聡実は憤慨した。
「おん、ゴメンゴメン。なんや二人で盛り上がっとるみたいやったから、なんの話しとるんかな〜て気になって」
さり気なく聡実の肩に手を回しながら、狂児は首を傾げる。
「ほんで、なんの話してたん?」
「……狂児さんには内緒です」
「エ〜、そんなこと言わんと教えて〜!」
運転席のドアを開けて乗り込んできた富士野が、気の毒そうに那須原の肩を叩く。
「おーい那須原、そんな驚かんでええや……」
那須原は、タブレットを固く抱きしめたまま、ふらぁーっとシートに倒れ込んだ。
「な、那須原ぁ!? ……き、気絶しとるぅ!?」
「えっ!? なんで!? 那須原さん、那須原さん!?」
富士野と聡実が慌てて声をかけると、那須原は白目でひくひくと痙攣しながらうわ言を漏らした。
「……コロサ……ナイデェ……」
「あ〜……カシラホサ、やり過ぎですわぁ……」
富士野がため息をつくと、狂児は悪びれもせずにそっぽを向いた。
「俺なんもしとらんも〜ん」
「いやコドモやないんですから……」
富士野が狂児を諌める横で、半目で虚空に向かって謝罪を続ける那須原。
「モウシワケ……アリマセン……」
「那須原さ〜ん!!」
那須原が精神的ショックでイッてしまったため、この日の聡実の情報収集は、とにかく中途半端に終わってしまったのだった。
二、もっと大事なこと
「……ということがあって、全然話が聞けなかったんです」
むくれ顔の聡実に、鷹島は笑いを堪えるので精一杯だった。
「それでアイツ寝込んだんか……哀れやなあ……」
鷹島は、昨日富士野に担がれて帰宅し、布団に放り込まれたまま朝まで唸り続けた可哀想な同僚のことを思い返す。いい加減慣れればいいのに、那須原はいまだにカシラホサ恐怖症を患っているのだった——よほど出会いが悪かったらしい。
「でも、とにかく、値段だけ高くて似合わんモンばかり貰うとったてことは分かりました」
大学のオープンテラスの片隅で、鷹島と聡実は小声で会話を交わしていた。鷹島は、私服のスカジャン姿ではなく、いかにも学外のベンチャー企業で働いていそうな格好をしていた。明るい茶髪も、軽くセットすることで、周囲の景色にうまく溶け込んでいる。
学内での護衛は、見た目と年齢の観点から、主に那須原と鷹島が交互に勤めている。聡実が講義を受けている間は、二人は図書館や学内のベンチで待機していることが多かった。犬たち、聡実、そして狂児はそれぞれ互いの現在地をスマホのGPSとGPS発信機の二つで相互に把握しているので、何事もなければ、各自思い思いに行動することが許されている。犬たちは、聡実には告げていないが、GPS以外にも各自がそれぞれの手段で聡実を見守っており、特に大学構内では必要以上に聡実に接触しないように計らっていた。
というのも、鷹島と那須原は、服装と髪型さえ工夫すれば大体何にでも成りすますことができるが、問題は身長二メートル近い片目に眼帯のオジサンと、身長二メートル近いライオン頭のゴリラであった。幾ら二人とも気配を消すのが異様に上手いと言っても、うっかり何かの拍子に目撃されようものなら、不審者として通報されかねない外見の二人である。"そんなの"が身辺をうろついていたら、聡実の楽しいキャンパスライフが滅茶苦茶になってしまうのではないか——という鷹島の懸念と提案により、緊急時以外は大男二人は学外で待機することとなったのだった。
何もかもまだ始まったばかりだが、まあうまく行っているのではないかと鷹島は思う。いくら聡実の覚悟が決まっていると言っても、それまでの生活や人間関係を突然失って、精神の平衡を保てるかどうかは分からない。変化というのは、できるだけゆっくりな方がいい。例え、人生というものが、ある日を境に激変するものであったとしても、その心構えをする時間ぐらいはあって然るべきだ——と、鷹島は、自身の過去を顧みて思うのだった。
鷹島のこの計らいにより、聡実の人間関係——特に、入学以来一番仲がよく、そして色々と世話になったという二人、丸山と白江との関係も変わらず続いた。
聡実は、狂児の許可のもと、二人にだけは、ある程度の事情を話していた。もっとも、かなりぼかして伝えたおかげで、丸山は、狂児のことを国際的な大企業の社長か御曹司だと思い込んでいる。一方で白江は——全てを察し、全てを慈しむ女神のような微笑みを浮かべて「良かったね」と聡実の手を握ったのだった。
二人は鷹島たちを見て、最初こそ驚いていたものの、それこそ「友だちの友だち」の距離感で上手く付き合ってくれている。犬たちの方でも同様に、つかず離れず、顔見知り程度の距離を保っていた。本来知り合うはずのない、違う世界に住む者たちは、聡実を中心に、不思議な関係を築き始めていた。
鷹島が把握しているところでは、今日は二人はこの後聡実と合流して、三人で昼食を一緒に食べる予定になっている。それまでの隙間時間などに、聡実はこうして犬たちと行動を共にしているのであった。
鷹島は、若者二人から昼食を共にする誘いを受けていたが、柔らかく断っていた。鷹島の方では深入りしないよう注意を払っているが、若者はそれを簡単に飛び越えようとしてくる——物怖じせず、それでいて相手を不快にさせない思いやりを持って。恐らく、育った環境の差であろうと鷹島は考えている。早くに両親を失い、探偵を生業とする師匠に拾われて、裏社会に片足を突っ込みながら育った自分とは違う、明朗で清廉な若者たち——。二人と接していると、鷹島は何とも言い難い気分になるのだった。
「……それで、鷹島さんにも聞いてみよと思て」
聡実の囁きに、鷹島は我に返った。
余計なことを考えている場合ではない。今は聡実の——聡実にとってはごく重大で真剣な、しかし鷹島からしてみれば非常に可愛らしい悩みの相談に乗ってやっている最中だった。
「ウンウン、何でも聞いてや。分かることやったら何でも答えるしな」
コーヒーを一口啜って聡実の話を待つ。——まあ、大体何を聞かれるかは予想がついていたが。
「……狂児さん、最近、何か欲しいモンの話とかしてませんでしたか」
スゥー。
フゥー。
煙草を吸って吐く程度の間を置いて、鷹島は頬杖をついた。
——さて、何て答えるんがええんやろな?
鷹島は狂児のことは"よく"、聡実のことは"それなりに"知っている。狂児が喜びそうなもので、今の聡実に手が届く、聡実にしか贈れないものにも大いに心当たりがある。しかし、それを直接教えてはいけないことも分かっている。こういう物事は、本人が自分で辿り着かなければ、何の意味もないのだから。
——よっしゃ、ヒントだけ言うといたろ。
「せやなあ、最近よぉ欲しい欲しい言うてるんは……"時間"かなあ」
「時間ですか……」
物ではなく概念を提示された聡実は、眉を寄せた。
「『時間足らん、時間欲しい、かぁーっ何で俺んとこばっか変な案件寄越すねん時間ないっちゅうねんアホンダラ』言うて苛々しとる。……なんでやと思う?」
鷹島が問うと、聡実は首を捻った。
「年末だからですか?」
「年末……」
鷹島は笑った。
——この子、これ素で言うとるんやからスゴイわ。カシコのはずやのにそういうことにはうっといねんな。アレか、経験値が足らんのやろな。もっと分かりやすう言うたろ。
「それもあるけど、"もっと大事なこと"に使う時間が足りんのやて」
「もっと大事なこと……?」
聡実がさらに首を捻る。鷹島は笑いながら、人差し指で聡実の胸元をちょんちょんと指差した。
「"岡くんと一緒に過ごすための時間"」
聡実は沈黙した。
見る間にその顔が赤くなり、わなわなと唇が震える。
「な、何言うて……」
「ホンマのことやで」
鷹島は苦笑して肩を竦める。最近の若頭補佐の愚痴なんだか惚気なんだか分からない言葉は、鷹島からすればかなり面白いのだが、聡実にとってはまあ——効果てきめんだった。
「岡くんと一緒におる時間も足りへんし、一緒におったらおったで時間があっという間に過ぎるんやて。そんなん言うとるん、今まで聞いたことないで。もうな、ホサの頭ン中は岡くんでいっぱいなんやろなぁ」
聡実はますます顔を赤くし、頭を抱えた。
「そ、そんなん言うてるんですか……あの人……」
「言うてるんよ、これが」
鷹島は微笑み、残り僅かなコーヒーを全て飲み干すと、ニッと笑ってみせた。
「でもな、“時間”ってモンは、"自分で作る"もんで、誰かにプレゼントしてもらうもんやないからなぁ」
聡実は顔を上げた。
「"自分で作る"?」
鷹島は片眉を上げた。
「そ! せやから、プレゼントするんならもっと他のモンがええんちゃうかな。補佐が喜ぶ、ホンマに欲しいと思てる、なんかエエ〜〜〜モン」
「それが分からんから聞いとるんです……」
再び顔が下がってしまった聡実が無性にいじらしくて、鷹島はもう少しヒントを与えてやることにした。
立ち上がって聡実の肩に手を置くと、耳元で囁く。
「難しく考えすぎやで。君からやったら、何貰てもホサは大喜びしはるて。ネクタイでも、手袋でもな。……でも、テキトウに選んだもんは贈りたない。そうやろ?」
聡実が顔を上げると、鷹島はニッと笑った。
「せやったら、もう少し考えてみたらええんちゃう? まだ"時間"はあるし、ギリギリまでたぁーくさん考えてみ? ——せやな、参考になるかどうか分からんけど、センさんと富士野のオッサンにも聞いてみたら?」
「えっ?」
「まあセンさんは碌なこといわんやろけど、富士野さんはホサとの付き合いもそこそこ長いし、年も近いし、何や役に立つアドバイスくれるんちゃうかな」
「……はぁ……」
聡実が曖昧に頷いたのを見て、鷹島はポンと肩を叩いて言った。
「ほな、そろそろご飯行ってき。お迎えも来とるし」
「お迎え!?」
聡実が慌てて辺りを見回す。
聡実の友人たる若者二人——丸山と白江は、すぐ近くのテーブルに座っていた。二人の視線を受けて、ひらひらと手を振っている。
「お疲れ岡ピ〜。相談終わった?」
「お疲れ様です鷹島さ〜ん」
「あっ、え、いつの間に……?」
顔を赤くしたまま慌てる聡実を後に残し、鷹島は若者二人に軽く笑いかけると、カフェテリアに背を向けた。
「ま、とにかく昼飯食うてき! 腹が減っては戦はできんで!」
友人二人に挟まれ、白江に「岡ピ、すごい愛されてんね〜」と慈愛の目を向けられて「いや、違う、そうなんやけどちゃうんやて、ちゃうねん……」と何故か一生懸命言い訳をする聡実の声を聞きながら、鷹島はカフェテリアを後にしたのだった。
*** *** ***
「あ、センさん聞いてました? そういうわけやし岡くんに絶対変なこと言わんといてくださいよ? ……いやいやいや、ダメですよ絶対、R指定系のアドバイスだけは絶対やめてくださいね!? ……そうかもしれませんけど、今そのアドバイスしたらホサにめちゃくちゃ怒られますよ絶対!! ダメ! オモチャも禁止っすよ! んあああああ普通のアドバイスでエエんですって! 相手ぇ堅気の大学生っすよ!? おクスリもアカンに決まっとるやろ! 常識的に考えろや! ハァ!? 知るかっゲホッゴホ、頼むから普通の、フッツウ〜〜のアドバイスしたってくださいよ!? 今日絶対帰りに聞いてきますから! 頼みますよ!? 大人らしい常識あるアドバイスですよ!? はあ!? 『絶対』何回言うたかとかど〜〜でもエエですからね!? はあ、あー、もー……信じてますよ、ホントに……はい……ほな……」
インカムのマイクをオフにしながら、鷹島はぐんにゃりとベンチに座り込んだ。
——大丈夫なはずや。センさんもいっつもふざけとるわけちゃうもんな。知りおうてちょっとの堅気の子ども相手にドぎついアドバイスはせんはずや(多分)。常識なさそうに見えて常識ちゃんとあるし(多分)、岡くんでは思いつかん視点からの話ができるんは、俺らん中やったらセンさんが一番上手くて適任のはずなんや。岡くんと仲良ぉなるエエ機会でもある。その辺ちゃんと分かってるはず——頼むでセンさん、頑張れよ岡くん!!
背筋を伸ばし、頼れる同僚の顔を思い浮かべて拳を握りしめる鷹島は、知らない。
通信を切った途端、扇谷がスマートフォンで「セクシーランジェリー」を検索し始めていることなど——。
三、今、この時を
「ほぉおん、贈り物……プレゼント……、ん〜……フッフッフッ」
運転席の扇谷は、額に手を当てて、某ドラマの警部補のような怪しい笑いを漏らした。
帰宅の途中、鷹島が狂児のお遣いでフロント企業に顔を出すことになったため、ハリアーの車内には扇谷と聡実だけが残されていた。
鷹島は学内に入るため、いつもそれなりに身なりを整えているが、扇谷は今日も普段通りの格好——カーキ色のミリタリージャケットに、ブラックのカーゴパンツ姿で待機していた。別段派手な装いというわけではないが、プロレスラーのような体型と二メートル近い身長、たてがみのような黒髪は、やはり否が応でも目を引く。しかし那須原曰く「あのデカイオッサンたちは気配を消すのがアホみたいに上手い」とのことで、富士野も扇谷も日中は気配を消して大学の周囲を哨戒しているらしかった。本当にそんなことが可能なのか、聡実にはどうにも信じられなかったが、学内で二人の噂を全く聞いたことがないのも、また事実であった。
今日は扇谷が運転手を勤めるシフトだということで、鷹島が助手席を使っていた。犬たちは独自のシフトで代わる代わる聡実の護衛を勤め、または狂児について東京での諸々の補佐をしているのだという。休日はちゃんとあるのかと聡実が尋ねると、鷹島は笑った。
笑って、どこかに行ってしまった。
……それ以来、その話はしていない。
さて、鷹島の帰りを待ちながら、聡実は昼間に言われたとおり、扇谷にも改めて話を聞いてみた。
元々、扇谷には、真っ先に相談をしていた。扇谷はいつも適当なことを言って那須原に噛みつかれているが、その軽妙さが、却って深刻にならずに何でも話せる気安い雰囲気を作り出していた。“狂児へのクリスマスプレゼント”などという面映ゆい相談をするのに、扇谷は一番適任であるように思われたのだ。しかしその時は、那須原に話を聞くよう言われたので、結局まだ何も聞けていなかったのだった。
「僕、クリスマスに狂児さんに何か贈りたいと思ってるんですが、何を贈ったらええか分からんくて……狂児さん、最近、何か欲しいモンの話とかしてませんでしたか」
……と。
扇谷はうんうんと大げさに首を縦に振ると、冒頭の言動のあと、それはそれは楽しそうに満面の笑みを浮かべて言ったのだった。
「プレゼント言うたら、そらもうアレしかないやろ……!」
運転席の扇谷は、自信たっぷりに親指を立てた。
「『プレゼントはワ・タ・シ』っちゅうやつな!!」
「……ええ……」
聡実は引いた。扇谷の言葉があまりにもあんまりだったので。
——鷹島さんが言うてた通りや……。この人碌なこと言わんな……。
ドン引きする聡実に構わず、扇谷は爆弾発言を続けた。
「よぉあるやん、全裸にリボン巻いて迫るやつ」
「よぉあるんですかそんなん!? いや聞いたことないですよ!!」
「エ〜? ほんならミニスカサンタぐらい布地あったら足りる?」
「ミッ……隠せてる範囲が問題なんと違いますからね!?」
「あゴメン、確かに逆バニーの方がウケるかも」
「ウケてどうするんですか!? ……いや逆バニーて何です……?」
扇谷がとんでもないことを言い続けるので、聡実は目眩がしてきた。何が面白くてクリスマスにそんな格好をせねばならないのか。そして最後の“逆バニー”とは一体何なのか。
「ええ〜、でもホサ、めっちゃ喜ぶと思うでぇ?」
「狂児さんはそんなんで喜びません!!」
きっぱりと否定したものの、聡実は内心ちょっとだけ……本当にちょっとだけ心が揺らいだ。案外……もしかして……ひょっとしたら……喜ぶ……かも……。
「いや喜ぶかもしれませんけどやりませんよ僕は!!」
揺らぎかけた自分を脳内で思い切り張り倒し、聡実は真っ赤な顔で叫んだ。しかし扇谷は動じず、明るく笑うばかりだった。
「やってさあ、ホサって、変なもんばっか貰っとるやん? 似合いもせん、使いもせえへん、お高いガラクタばっかりさあ。去年もぜ〜んぶナスに丸投げしとったし。もうな、"物なんか貰ても嬉しない"んやと思うんよ」
いきなり話の方向が180度変わったので、聡実はどう返事をしたら良いか分からなくなった。
「"物より思い出"、って言うやろ。物も大事やけど、それよりもっと大事なことがあるんちゃう? まあ、オレは何貰ても嬉しいけどな! 分厚〜い封筒とか欲しいな!」
それか重た〜いジュラルミンケース! などと嘯いて、扇谷はまたからからと笑った。
聡実は笑わず、考え込んでいた。
——似合わないものばかり。
——一緒に過ごす時間。
——物より大事なもの。
何か掴めそうな気がした。
扇谷は黙り込んだ聡実から視線を外し、フロントガラスの向こう、すっかり日の暮れた東京の街を眺めながら言った。
「オレらヤクザは、まあ割といつ死んでもおかしないやん?」
口元は笑みの形を作っていたが、声の響きは静かで重々しく、古寺の鐘の音のごとく車内に反響した。
突然の重い言葉に、どう返事してよいか、聡実にはいよいよ分からなくなった。
——そもそも、扇谷という人間のことも、聡実にはよく分からなかった。適当なことを言ったかと思えば、突然真面目な話を始める。扇谷との会話はそれこそジェットコースターのように緩急が激しく、しっかり掴まっていなければ振り落とされるか跳ね飛ばされて何処かへ放り出されそうな気がすると同時に、うまく噛み合えばひどく楽しい気持ちにもなる。その楽しさが忘れられなくて、ついついまた話をしてしまう——。
聡実は、ふと、かつてのカラオケボックスを思い出した。ここも、あそこも、広さは違うが密室だった。密室の中に狂児と二人きりで、色々なことを話したものだった——。
——ああ、少しだけ似とるんや。
聡実はぼんやりと考える。
——扇谷さんて、少し、狂児さんに似とる。昔の、出会った頃の狂児さんに。
扇谷は、聡実が返答に詰まっているのを特に気にした風もなく、外を眺めながら話を続けた。
「ホサぐらいまでンなると、危ないオシゴトやら現場に行くことは少なぁなるけど、それでもな。オレらなんかもっとそうや。いつ死んでもおかしない。明日死ぬかもしれんし、明後日、いや、今日死ぬかもしれん。それもど〜〜せ碌な死に方やないねん、碌なことしとらんもんな。因果はいつか巡ってくる。そういうモンやで。せやけど、それがオレらやねん。ヤクザなんてそういう生き方しかできへんアホばっかりやで。それやのに、大事なモンなんか持ってどうすんねん、てオレは思うワケ」
聡実は思わず顔を上げたが、扇谷は相変わらず前方を見据えていた。
「生まれてくる時も、死ぬ時も、人間は身ひとつや。何貰うても、死んだら持っていかれへんやん。せやけど思い出は、いつまでも残る。誰にも盗られへん。思い出は、自分だけのもんやからな。せやから物なんかいらんねんて。カシラホサもそう思ってるんちゃう」
「それは……そう……なん…………?」
聡実は口ごもった。
確かにそうだと納得しかけてから、いや待てと踏みとどまる。扇谷の言わんとしていることは分かる、が、しかし何か違う気がする。それを言葉にしたいのに、扇谷の声が車内に反響して、聡実の思考を揺さぶってくる。
バックミラー越しに、扇谷の黒い目が弧を描く。
"何か答えなければならない"。
聡実は奇妙な焦燥感に駆られた。
"今"、"答えなければ"、"何か途轍もないことが起きる"——そんな気がした。
だから聡実は、半ば必死になって、口を開いた。
「扇谷さんの言うことも……分かるような、気がします。僕はまだ、狂児さんの仕事の事とか、ヤクザの事とか、なんも分かってないですけど。でも、それでも、すみません、何か、何かが違うと思います。……もっとこう、なんていうか、物より思い出も分かるんですけど、そうじゃなくて、僕は、その……」
うまく言えない。もどかしい。
焦って口籠もる聡実を見て、扇谷は薄く口を開いた。しかし、結局は何も言わないまま、再び口を閉ざした。
——待ってくれとる。
しかし、焦燥感に追い立てられるあまり、頭で考えたことを言葉にしようとすると、途端にぼやけてしまう。
その霧のようにぼやけた思考の中で、聡実は、狂児のことを思い浮かべた。
出会った雨の日。
別れた夏の日。
そして、再会の春。
歌声轟く、冬。
いくつもの季節が過ぎた。
思い出——思い出ならたくさんある。
いいものも、悪いものも。
全て越えてきた。
その果てに辿り着いた、今。
"だから、何か贈りたいと思ったのだ"。
「僕は」
聡実は目を細め、扇谷と同じように、フロントガラスの向こうへ視線を向けた。東京の夜景は、キラキラと輝いて、美しかった。
「僕は、狂児さんが何を大事に思って生きてきたのか、まだよく分かりません。欲しい物が何なのかなんて、もっと分かりません。もしかしたら、扇谷さんが言うとおり、贈り物なんていらんて思てるかも……僕が聞いた時もはぐらかされたので、その可能性はすごく高いと思います」
思い出すと、少し寂しくなる。
好きなもの、欲しいものを教えてくれないのは、"自分を対等の存在と見ていないから"――与えるものと与えらえるものとして捉えているからではないか。確かに自分はまだ何の力もない大学生で、お金だって狂児に頼りっぱなし、護衛の犬たちまでつけてもらって、それで対等な関係だとはとても言えないだろう。
それでも。
「それでも、僕は、狂児さんに何か贈りたいと思います。狂児さんが欲しいと思っているものを贈って、狂児さんを――喜ばせてあげたいから。いつかの未来に思い出す〝思い出〟としてやなくて、今この時を、幸せやって感じて欲しいから」
扇谷は、聡実の言葉をじっと聞いていたが、やがて前を向いたまま口を開いた。
「答え出てるやん」
「え?」
「オレの長話いらんかったや~~~ん!!」
「ええ!?」
扇谷は振り向くと、白い歯を見せてニカッと笑った。
「やるやんオカくん、その意気やで。ま、あんまり言うとおもんないし、オレからの話はこれでおしま~い! てかそんだけ分かっとんやったら大丈夫やで、オレの出る幕無かったな、ぬはは!」
大口を開けて笑う扇谷に聡実が目を白黒させていると、助手席の窓が数度叩かれる硬い音がした。
「おっ、タカお疲れ~!」
扇谷がロックを外すと、鷹島が素早く助手席に滑り込んでくる。ちらっと聡実の顔を見て、ぎろっと扇谷を睨みつけた。
「センさん……変な話しとらんですよね……?」
「なんや変な話て、オレはとってもマジメ~~な話したやん! なあオカくん!」
「ホンマか岡くん、正直に言うてええで! センさんにセクハラされんかったか!?」
「あ、はい、いや、ええと」
「なんや人聞きの悪い、オレはそんなん言うてませ~~ん! んもう、タカってば疑い深いんだから!」
裏声で喋りながら、扇谷は鷹島の肩をばんばん叩いた。
「いだだだだ力強すぎっすよ!! はぁ、岡くん、気ぃつけや。このオジサンいっつも適当言いよるでな」
「いえ」
聡実は表情を緩め、バックミラー越しに扇谷を見つめながら首を横に振った。
「とても良い話をしてもらいました。ありがとうございます」
「どういたしまして〜!! ほれ見ぃ〜〜!! タカの心配性〜〜」
「ええ……」
疑いの目を向けられたまま、扇谷は車を出発させた。
クリスマスまで、あと少し。
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いかがでしたか? やばくないですか? どうですこの読みにくい文章!! 読み返すたび死にそうです!! この酷い文章を心に刻み、また新たな創作の糧としてまいります!!! あっそろそろ恥ずかしさが許容範囲を越えそうなのでここらで失礼します!!! グエーーーーっ!!!