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    _shikimi

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    _shikimi

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    本編終了後、建国初め頃(ふんわり)設定のライカブです。
    書きたいシーンがこの先にもあるので続きもいつか書けたらと思います。

    #ライカブ

    その気持ちの名前紆余曲折あった議会がようやく終わり、カブルーは思わず伸びをした。
    議事堂に参加した他のメンバーもめいめいに伸びをしたり目頭を抑えたり欠伸を噛み殺したりと気を抜いていて、一日の終わりらしい弛緩した空気がただよっている。
    日々たくさんの事が目まぐるしい速さで決まっていて、カブルーとしては何か重大な見落としなどをしていないか常に頭の片隅でぐるぐるしているのだが、『決定権を持つ者』こと『王様』ことライオスがいつも最後に
    「なんとかなる!頑張ろう!」
    と腕を上げてくるので、皆脱力感を覚えながらもそれぞれの仕事に戻るのである。
    そしてライオスの天性の運というかなんというか――多分きっと絶対有能な(自分を含めた)彼の周りの人たちのお陰で、今のところは大きなトラブル無く進んでいる。

    「まーライオスらしいっちゃライオスらしいんだけど……ほーんとマイペースなんだから」
    まるでカブルーの心を読んだように、隣のマルシルが呟く。
    つい彼女の方を見てしまったカブルーに、マルシルは彼女らしい人懐っこい微笑みを浮かべて
    「ね、今同じ事考えてた?」
    「……はい」
    「だよねだよね!特に宰相様はあれこれ気を配って大変でしょ」
    「みんなお互い様ですよ」
    「おおっ優等生!私さ〜ライオスが大人しくデスクワークしてる姿、全然想像できないよ〜。ちゃんとやってる?」
    「ははは……そうですね……マルシルさんのご想像どおりだと思います」
    急に何かに気づいたように瞬きしたマルシルは、慌てたように席を立つ。
    「うわっ……!私もう行かなくちゃ!それじゃ、今後も期待してるね、宰相様♡」
    さっと手を挙げるやいなや、マルシルは素早く議場の扉に向かっていった。
    彼女とすれ違いにライオスが近づいてくる。
    「やあ、お疲れさま」
    しまった、今のやり取りを聞かれただろうか。
    マルシルの独特な逃げ姿を思い出しながら、カブルーは内心舌打ちしたくなった。
    「なんか邪魔したかな」
    「え?特に何もないですよ」
    ぎくりとしながら返すと
    「そっか……なんだか楽しそうだったから気になって……」
    珍しく――とても珍しく、ライオスから遠慮の気配がする。
    「あ、いやごめん。深い意味は無いんだ」
    視線に気づいたのか、ライオスは咳払いをすると今度は少し真剣な瞳をこちらに向けてくる。
    なんだろう。さっきの議事録を見せてとか言ってきたら少し面倒だな。
    いつも彼の仕事の面倒を見ているので、もはや癖のように彼の思考を追おうとしてしまう。
    「帰ってゆっくり休んで」
    カブルーはじっとライオスの瞳を見つめてしまう。
    彼の瞳の中の感情は、昔よりは大分読めるようになったつもりだけれど、肝心な時にはいつまで経っても読めなかった。
    何か引っ掛かりを感じつつも疲れているのは確かなので、分析は後回しに決めた。
    「じゃあ、お先に失礼させて頂きますね」
    「うん、お疲れさま」
    議事堂を後にする時、カブルーは振り返って無意識にライオスを探してしまった。
    瞬間、彼と目が合って心臓が跳ねる。
    ライオスも驚いたようだったが、すぐに笑って片手を上げてきた。
    うわっなんだこれ。
    予期せずに隙を見せてしまったようないたたまれなさ。頭の中でもう一人の自分が暴れるのに任せ、カブルーは鞄の紐をぎゅっと握って階段を駆け降りた。

    その様子を少し離れた位置で見ていた人物がひとり。
    「あ〜こういうのって気づいちまうとな〜」
    彼は後頭部をガシガシと掻いて立ち上がる。
    「てか……寄りにもよって過ぎないか……?」


    「よう、宰相さま」
    王城を出てすぐ、少し高い声に呼び止められる。
    振り向くとチルチャックが門扉に寄り掛かりながらこちらを手招きしていた。
    今日はどうもペースが崩されるな、とカブルーは頬を掻いた。
    「珍しいですね。僕に声を掛けてくるなんて」
    「ちょっと時間いいか」
    チルチャックはこちらの返事を待たずに城の中に入っていくので、仕方なくカブルーもその後に続く。
    チルチャックは城に入ってすぐの小部屋に入って手招きした。カブルーがそこに入ると、彼はすぐに扉を閉める。
    「チルチャックさん……?」
    チルチャックはドカッとテーブルに座り腕組みして目を閉じた。緊張した空気が一瞬流れる。
    チルチャックは頭を掻きながら
    「あ―……いきなりすまんな。なんつうか……」
    彼にしては歯切れの悪い返事だ。
    急ぎ対応が必要なトラブルを伝えにきたのではなさそうなので、カブルーは少し胸を撫で下ろした。
    いや……でもだいぶ言い淀んでるのでまだ油断出来ない。
    「こう言うのはマルシルに気づかれたら面倒だからさ……その前に俺がって思って、つい声かけちまったが」
    何の話かは皆目検討がつかないけれど、チルチャックはまだ唸りながら本題を切り出してこない。これは長くなりそうだな、とカブルーは視線をチルチャックから外してなんとなく明るい方を――窓の外を見た。

    城の中庭、綺麗に整えられた花壇の向こうにライオスとマルシルがいた。
    マルシルも帰る前にライオスに引き留められたんだろうか。ライオスはいつの間に外に出たんだろう。
    マルシルはこちらに背を向けているので表情が見えないが、ふと動きを止めてライオスへ向かってそっと人差し指を差し出した。
    その指先には一匹の蝶。
    ライオスはおっかなびっくりとした表情で指を差し出す。
    蝶がライオスの指先に止まると、マルシルがくるりと回りながら手を上げて笑った。
    彼女らしい、場が明るくなる笑顔だ。
    その瞬間のライオスの表情に、カブルーは今の自分の状況を忘れて見入ってしまった。
    慈しむような穏やかで優しい表情。
    まるで暖かい光みたいだ。
    目が離せないくらいカブルーを惹きつけて胸を締め付けてくるそれへ、じわじわと自分の嫌な部分が侵食していく気配がした。
    あの表情を自分に向けて欲しくてたまらない――まるで子供のわがままのような感情を握り潰すように、拳をぎゅっと握る。
    「俺はさ、別にそんなにあいつに詳しい訳じゃないけど」
    その様子を横目で見ていたチルチャックがポツリと溢す。
    「あいつはさ……多分自分からは一生そういうの、目覚めない気がするぞ」
    カブルーは我に返ってチルチャックを見る。
    「でもあいつは妙に人を引き寄せるだろ?多分急に現れた誰かさんとかにさ、あっさり射止められちまったりするかもな」
    チルチャックは独り言のように続け、脚を組んで窓の外を眺めている。
    カブルーにはまだ逃げる猶予が与えられていた。
    外の二人はもういなかった。
    「なんの話ですか?」
    喉からやっとそれだけ搾り出した。
    できるだけいつもの調子に聞こえるようかなり注意を払ったつもりだ。
    でもこの人〈チルチャック〉の前ではあまり意味がないかもしれない。
    カブルーの様子を見てチルチャックが急に笑い出した。
    「いや、気のせいなら気にしないでくれ。あとな、別に面白半分で言ってる訳でも意地悪言ってる訳でもないんだ」
    テーブルからポンと降りたチルチャックはよーし、と言って突っ立ったままのカブルーの背中を叩き
    「明日で一区切りつくんだろ?その後に俺がささやか〜な呑み会を主催してやるからさ」
    「えっなんですか急に」
    いきなり全く違う話題を振られて、カブルーは混乱した。
    「いいからいいから。年長者には奢られなさい、若者よ」
    若者よ、のところでまた背中を叩かれる。さっきより少し強めに。
    チルチャックが何を考えているか全くわからないけれど、彼の表情や仕草から伝わる気持ちで更に混乱する。
    労り、励まし――あとは同情?
    「じゃあまた連絡するな」
    「はぁ……」
    もうとりあえずこの場が終わって欲しい一心でカブルーは返事をした。
    なんだかどっと疲れた。もう今すぐ呑みに行きたいくらいだ。
    肩を落とすカブルーの背後で、部屋のドアを開けようとしたチルチャックがもう一度口を開いた。
    「あっそうだ、確か酒強いんだったよな?んじゃ〜呑み会の時にさ、ほどほどのところで狸寝入りしてくれるか?」
    「え?」
    ますます意味がわからない。
    「その後はこのチルチャック先輩に任せなさい」
    ドアは一切の疑問を拒むように勢いよく閉じられた。

    翌日、カブルーは恐々と城へ向かったけれど、幸か不幸かチルチャックとは顔を合わせなかった。
    よく考えれば昨日はライオスが是非彼にも参加して欲しい議題だからとわざわざ呼びつけたんだった。
    その日仕事で関わる人の予定なんて全て把握しているのに。思った以上に揺さぶられている。
    落ち込んだ反面、気にしなくていい事に少し気持ちが晴れる。
    よし、いつもどおりだ、とカブルーは議場の扉を開き
    「こんにちは」
    と爽やかさを意識して挨拶する。
    「あ、ちょうど来た」
    「よぉ、お疲れさん」
    カブルーは笑顔のまま固まった。
    ライオスとチルチャック。何故。
    「じゃあそういう訳で、お前カブルーの事案内してきてくれよ」
    「わかった。ありがとうチルチャック」
    チルチャックが扉に――カブルーに向かって来る。
    ライオスはひらひらとその背中に手を振っている。
    チルチャックはまだ固まっているカブルーとは反対側の扉を開きながら、すれ違いざまに囁いた。
    「頼むぜ、名演技」
    そうしてするりと、扉の向こうに消えてしまった。
    後にはカブルーとライオスが残される。
    「カブルー?」
    静寂にライオスの声がよく響く。
    カブルーは慌てて扉を閉めて中に入った。急に時間が流れ出した感覚で意識がふわふわとしている。
    「カブルーも昨日チルチャックに誘われたんだって?呑み会」
    「え、ええ……」
    カブルーの上の空の返事を知ってか知らずか、ライオスは満面の笑顔で
    「初めてだよな、この三人で呑むの。君ともチルチャックとも最近全然呑みに行ってないし、いや!そもそも呑むのが久しぶりだし!俺嬉しいよ」
    早口に言って拳を振り上げている。
    「よ〜し!今日の議題はさっさと片付けよう!頑張ろうな!」
    「俺も楽しみですけど、仕事はしっかりこなしましょうね」
    カブルーはなんとか優等生の返事を引き出した自分を褒めながら、乾いた笑顔を絞り出した。


    モヤモヤしたものを抱えながらその日のスケジュールをこなし、あっという間に約束の時間が来てしまった。
    ライオスとは城門の前で合流する予定にしていたので、少し早めに向かうと珍しく先に彼が居た。
    カブルーは思わず
    「あれ?!早いですね」
    「うん。早いだろ」
    ライオスはマイペースにへらりと笑う。
    「すみません、お待たせしてしまって」
    「約束の時間より早いんだし……何も謝ることないと思うけど?」
    「それはそれとしても、仮にも王様を待たせてしまってますからね…礼儀です。礼儀として」
    「そうか、偉いんだったな、俺。じゃあ……気にしてはおらぬ!詫びは不要だぞ!……なーんて」
    いつもの調子のライオスと話しているうちに、カブルーもふと軽口が飛び出てしまった。
    ああ、なんだかこういう時間久しぶりだな。
    何も理解してない出来事とはいえチルチャックは奢りと言ってたし、まあいいか、と自分を流そうとする考えが内側から湧いてきた。俺の強みなんだろな、こういうところ。
    カブルーは少し満足してライオスとの会話を楽しんだ。


    飲み屋に入るともう既に何組か客が入っていて、店内は賑やかだった。
    カウンターから店主らしき男がこちらを向く。
    チルチャックが空いている奥のテーブルを指差すと、男は愛想良く笑って頷いた。
    4人席のテーブル。片側にチルチャックひとり。もう片側にカブルーとライオス。
    チルチャックが出来るならヤローを隣に置いて呑みたくないからよろしくな、と言ってきた結果だ。
    ライオスはまるで気にしてない様子で店内を見回しながらチルチャックへ話し掛けている。
    何もライオスの隣に座るのは初めてではないし、別に何も意識する必要はない。
    わかっているのに現場に着くとさっきまでの楽しい気持ちはどこに行ったのか、昨日のチルチャックとのやりとりを思い出してーーその上隣に座ったライオスのがっしりした腕が、彼があれこれ喋る度に自分の肩に触れてくるのでどうしても意識してしまった。
    そうだ。単なる楽しい呑み会ではないんだった。
    少しすると酒と温かい料理が運ばれてくる。
    乾杯して最初の一杯をカブルーが味わっていると、ライオスがカブルーの目の前に置かれた皿を覗き込むようにして
    「ここの肉炒めすっごく美味しいんだぜ」
    「あーお前好きだよなそれ」
    チルチャックはキープしている酒があるようで慣れた様子で店員の女性に目配せしてボトルを受け取り、手酌で二杯目を飲み干しながらにこにこしている。
    始まってみれば普通に楽しい呑み会だった。


    カブルーが五杯目の酒を半分くらい飲んだ頃。
    先ほどからまめまめしく注文を取りに来てくれる女性の店員に、カブルーが三人分の酒を追加注文したところでチルチャックがごほん、と咳をした。
    ハッとして彼の方を見る。
    チルチャックとバチっと目が合い、その視線からははっきりと読み取れる言葉があった。
    『そろそろやれ』
    カブルーは名残り惜しく思いながら、残りの酒を飲み干した。
    目の前のチルチャックの視線はますます力強い。追加でまたごほん、と咳までしてくる。
    「あれ?チルチャック風邪気味か?」
    「いや〜酒が足りないんだよ」
    熱々のドリアを掬いながらのんきに言うライオスへ、チルチャックは笑顔で返している。
    もうカブルーの方は向いていないが何か感じる圧は気のせいでは無さそうだ。
    やるしかないか……。
    なんとも言えない圧力に負けながら、それでも最後に頼んだ酒は味わいたくて、カブルーはぐっとグラスを傾けた。
    チルチャックが少し心配そうに
    「カブルーなんだか眠そうだな、眠かったら気にせず寝ちまえよ」
    直球過ぎる。あと演技が下手ではないだろうか。カブルーは吹き出したくなった。
    美味しい酒を飲んだお陰もあるのか、喜劇のようでだんだん面白くなってきてしまった。
    「お気遣いありがとうございます。なんだか今日は酒の回りが早くて……」


    「あれ?カブルー?……珍しいな、本当に寝ちまうなんて」
    「疲れてんだろ。毎日毎日トリッキーな王様に付き合ってればまあ仕方ねぇって」
    「俺?!ああまあ……思い当たらなくは無いけど……」
    テーブルに突っ伏し『狸寝入り』しているカブルーの頭上でボソボソとしたやり取りが聴こえる。
    今のところライオスはカブルーが寝たふりしているなんで思ってもいないようだ。
    美味しそうな音を立ててサラダを咀嚼する音。ごくごくとエールを飲み干す音は少し恨めしい。
    「なぁ、ライオス……」
    「ん?」
    「お前さ、こいつの事どう思ってる訳?」
    そういう事か!という気持ちとそれにしたってド直球過ぎる!という気持ちが瞬間的に爆発して、カブルーはテーブルの下で思いっきりチルチャックの足を踏ん付けてやりたくなった。
    「え?カブルーの事?……急になんだよ」
    「ごまかすなよ。お前さ、なんだかんだ執着してるだろ」
    「執着って……そんな大袈裟な」
    「宰相になって貰うのだってお前にしては珍しく結構粘っただろ?ダンジョン入ってた時の他のメンツとのやり取りに比べて妙に必死っつうか……」 
    ライオスの返事は無い。
    グラスをテーブルに置く音がやけに響いた。
    カブルーは自分の体がまるで鼓動のように脈動しているように思えて、身じろぎしないように必死にこらえた。
    「ま、こういうのって余計なお世話ってやつだよな。すまん、酒の席で調子に乗ったな」
    「よく見てるなぁチルチャックは」
    ライオスとチルチャックの声が重なる。
    「あんまり考えた事無いんだけど……でも言われてみれば確かにそうなんだよな」
    「え?」
    「俺、自分の感情とか相手がどう思っているかとかをさ、整理するの苦手なんだって流石に気づいたけど」
    ライオスが続ける。
    「カブルーはいつも俺の話す事、やる事に『俺が一番喜びそうな』返しをくれるって…いつだろう?気づいて……そしたらさ、何か俺もカブルーに返したくて、喜んで欲しくて。でもそう思う度に俺カブルーの事何も知らないなって。それに無理に合わせて欲しくは無いって伝えたいけど、でもそれでじゃあ……ってカブルーが俺から離れていく事を一回想像してみたら、結構辛いんだよな……」
    あれ、何言おうとしてんだっけかな?とライオスの戸惑う声がする。どこか幼さの残るような拙い一つ一つの言葉はとても真摯で、伝わる焦燥感にカブルーは目元が熱くなる。
    「……悪い。俺のどうしようもない横槍は忘れてくれ」
    チルチャックは低く囁いた。
    「いや、俺こそ一気によくわからない話を……ごめん。でも今チルチャックに伝えようとして話してみたらさ、なんか少しすっきりしたよ。俺、結局ごちゃごちゃ思うだけでちゃんと考えられてないんだなって」
    「お前がそう言ってくれてもさ、やっぱりおじさんは余計な事したなって反省しとくよ」
    「ふふ……チルチャック最近すぐ自分のことおじさんって言うよな」
    「おじさん胸がいっぱいで眠くなってきたし、お開きにするかな」
    「結局メシ、殆ど俺が食べちゃったな。カブルーに勧めたいやつもあったんだけど……」
    「また連れてくればいいじゃねぇか」
    とチルチャックが返す。
    起きるタイミングを完全に失っているカブルーの耳にごほん、とまたチルチャックの咳の音が聞こえた。
    「なぁ、ライオス。カブルーは……」
    「ああ、俺送ってくよ」
    「おお!助かるぜ」
    ぱっと明るいチルチャックの声。
    さっきの会話を聞いて一体どんな顔で一緒に帰ればいいんだろう。カブルーはこのまま家に瞬間移動したかった。
    「カブルー、ごめん、起きてくれないか」
    ライオスがカブルーの背中を優しくゆすってくる。
    ライオスは一体どんな顔でいるんだろう。
    ライオスの手のひらの大きさ。指の感触。熱。
    どうやっても意識してしまう気持ちを振り切って、カブルーはなんとかテーブルから身を引き剥がした。
    「ああ……あれ?すみません、寝てしまって」
    わざとらしくなってないだろうか。
    必死に演技する自分を俯瞰で確認する。
    「ごめんな。硬いところで寝かせっぱなしで」
    チルチャックが謝り、ライオスは
    「ほら、乗った乗った」
    当たり前のようにカブルーを背中に乗せようとする。
    「え?!いやそんな歩けますってば」
    「まあまあ、体調悪いのかもしれないし、大人しく乗ってくれよ」
    「いや!そんな全く大丈夫ですって!」
    「だだこねないでくれよカブルー。寒いし早く帰ろう」
    そう言われてしまうと自分がゴネているだけみたいじゃないか。
    チルチャックはにこにこと微笑んでいる。
    畜生。
    カブルーは仕方なくおずおずとライオスの背中に手を伸ばした。
    「失礼します……」
    一応自分も成人男性の端くれなんだけどな――とライオスの反応を伺ってみるけれど、ライオスはカブルーを背負った瞬間だけお、と小さく声を上げただけで何も気にしていないようだった。
    ライオスはそのまま二、三歩足踏みして
    「よ〜し帰ろう。じゃあおやすみ、チルチャック。また呑もうな」
    「ああ、またな。おやすみ」
    チルチャックは手を挙げて二人を見送る。
    途中でカブルーがすこしだけ後ろをうかがうと、チルチャックはそれを予期していたかのように両手を合わせてきた。
    『ごめんな』と口元が動いていた気がする。


    「あ〜美味かったなぁ……」
    ライオスが満足そうなため息混じりに呟いた。
    「こうしてるとさ、昔夜中寝付けないファリンと散歩に出たのを思い出すな〜大体途中で眠くなったファリンをおんぶして帰ってさ……」
    なんだかんだ、彼もほろ酔いなのかもしれない。
    ライオスはカブルーが何も返してこない事を特に気に止めていないようで、小さい頃のファリンの可愛さを力説していたが、しばらくするとカブルーが眠っていると思ったのか何も喋らなくなった。

    大きい通りから一つ路地に入る。
    すれ違う人々が少なくなって、背中越しで伝わるライオスの呼吸の振動がよく感じられるようになった。
    伝わってくる心地良い温度にもゆるやかにやわらかく包まれて、カブルーは今度こそ本当の眠気にとろりと浸されていく。
    そろそろ家だろうか。まだ名残り惜しいな。
    すっかり自分の体に馴染んだライオスの熱から離れたくなくて、自然とライオスの腕を掴んでいた手に力が込もってしまう。
    「なんだか名残り惜しいな」
    一瞬、自分がぽろりと溢してしまったのかと思った。
    カブルーがギクリと体をこわばらせたのがすぐにライオスにも伝わってしまったようで
    「あ、ごめん……起こしちゃったね」
    ライオスが酔ってるな俺、と照れくさそうに笑う。
    何か言おうと思うのに上手くまとまらない。でも。
    カブルーが口を開こうとすると
    「なんだか今この時間がすごくいいなって思って。いや、俺一人で喋ってただけなんだけど……」
    ライオスが立ち止まる。
    「でも背中で君が安心して寝ていて……お腹もいっぱいで……あとえーと、ほら月も綺麗だろ?帰るのが惜しいなって……」
    カブルーが耐え切れず吹き出す。背中越しにライオスが困惑している様子がありありとわかって愛おしかった。
    「ありがとうございます。もう歩けます」
    カブルーはライオスの背中から降りて彼と向き合った。
    ライオスは先程のカブルーの反応にまだ困惑が残ってるようだった。
    少し眉根を寄せている。
    カブルーは
    「あの、全くご存知無さそうなので『王様』の今後の為に豆知識としてお伝えしますと……」
    首をこくこくと頷かせるライオス。
    「『月が綺麗だ』と人に伝えるのは、東方では『貴方が好きです』って意味なんですよ」
    「ええ?!なんだそれ?!全然意味が合わないじゃないか……!」
    「ええ、そこが外国語の怖いところですね。貴方のお仲間のあの……トシローさんとかに言わないように気をつけて下さいね。勘違いされてびっくりしますよ」
    カブルーはにっこり笑ってライオスの反応を楽しく味わった。
    昨日からずっと乱されっぱなしだったペースを、ようやく取り戻せた気がする。
    ライオスは最初首を傾げながら固まっていたけれど急にハッとした顔で口元を抑え、カブルーを見つめてきた。
    「あの……考えたんだけど……」
    まさか掘り下げてくるとは思わなかった。
    "知りたがりのライオス"の面倒くさいスイッチを押してしまったかもしれないと身構えるカブルーに
    「俺、意味……合ってると思う」
    「え?」
    「えっとだからその……君に『月が綺麗だ』って言ったのは」
    ライオスがとても真剣な顔でカブルーの方に踏み出してきたので、思わずカブルーは後ずさってしまった。
    足元がよろける。
    少しの迷いもなく伸びてきたライオスの腕に支えられながら、カブルーはその言葉の終わりを聞いた。


    「合ってる」







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