一歌ちゃんがとあるライオンに出会う話「楽譜?」
学校から家に一度帰って路上ライブを今日もこなす。反省点を見つけて次までに修正したい。美点を見つけて更に生かせるようにしようなどと頭で考えながら、帰路に着く。暗い夜は街灯の灯りとスマホの灯りが頼りで気をつけなければ、踏んでしまうところだった。
真っ白いコピー用紙みたいなのに手描きで五線譜が描かれている。ちょっと歪な線もあるけども、描いた本人からしたら分かるから構わないだろう。楽譜が読める人も本人よりは時間は少しかかるけども、慣れれば読めると思う。
「わぁ…、」
ただ、その楽譜は一枚のみではなかった。お菓子の家の2人の兄妹がやっていた、帰り道が分かるようにと一定の距離を歩いたらお菓子を置き前へ進むと同じような光景が広がっていた。一定の距離…までではなく、距離が近かったり、遠かったり、真横になどと言ってしまえば、あちらこちらに楽譜が散乱している。
大事なものなんじゃ…!?
レオニードとして活動し、ミクに曲を歌ってもらったりして、軽くは読めるとはいえ、人が作った曲の楽譜はページ数がないと初見では読めない。ここに咲希や宵崎さんがいたら、話は変わるだろうけど、何枚目って教えてくれると思う。自分の今いる場所から近い順に急いで拾い上げていく。もしかしたら、書き上げた本人が戻ってくる可能性だってあるけども。
勝手に触ってしまってごめんなさい!でも、ここ車も通るからっっ、目を瞑って欲しいです!
「…っと、あとは、」
とりあえず、近くのものは拾い集めたけど、まだあるかもしれない。スマホの機能であるライトを周囲にあてる。
「あった」
横断歩道はないけども、道路を挟んで一個向こう側のところ。砂利の上に落ちている。
いや、なんでそんなところに。車が急発進、加速してくる可能性だってある。日中なら子供が駆け出してくるけど、夜だから大丈夫…なんてこともない。轢かれないように左右を見てから渡る。
「♪〜」
渡ったところで微かに聞こえる鼻歌。ほとんどみんな帰ってるから、誰もいないような場所で歌えるから歌おうかなと思って歌ってるのかな。気持ちはわかるなぁ。聞かれるかもしれないけども、今だけ…みたいなの。
「…あ、」
と思ったら、その人が楽譜を書いたご本人だということがわかった。楽譜がその人の周りにも数枚落ちている。この際、声をかけてしまおうか。集中しているところ悪いけども…。持って帰れないものだから。ギターケースの持ち手を握る手に力を入れてギターを背負い直す。おそるおそる男性に近づいてみる。
「あ、あの」
「♪〜」
聞こえていないようだった。五線譜に音符を乗せていき、曲を生み出している彼の瞳に写る世界は周りを写さずにいる。ただこれから出来上がる曲にわくわくしているのだろう。
すごい集中力…。宵崎さんが食べることを忘れて曲を作ってる状態みたいだ…。
でも、声を掛けなきゃ。こんなに集中している人の楽譜、最後まで一枚見つからないってなったとき、困るから。
「あのっ!」
「おわぁ!?」
オレンジ色は飛び上がった。まるで猫のように飛び跳ねて後ろへと下がる。その際、彼が跳ねて中途半端にしてしまった楽譜が彼の手から離れて行き、地面へと落ちる前に私は拾い上げた。楽譜と一緒に彼が持っていたペンも彼の手から離れてしまって地面へと転がる。楽譜は拾うことが出来ても地面に落とした音で私はペンに気づき、急いで拾いあげて彼に向き合う。
すると、「がるるる」と唸る声。続けて、「なんだ!?なんだ!?おまえ〜!?」と急なことで警戒心を見せるオレンジ色。ううん、髪はオレンジでも、瞳は翠色。その瞳で睨まれた。
それはそうだよね。急に声かけられたら驚いてしまう。それも知らない人に。
「間違えてたらすみません。楽譜、これあなたのだと思って、」
「楽譜??あっ、おれのだー!」
「おまえ、集めてくれたんだな!良いやつだな!」と夜なのに結構な大きい声で言われると、褒められてるのに恥ずかしい気持ちになる。同時に、どこか司さんみたいだなとも思えてくる。楽譜を彼に渡せば、「ふんふん」とまとめていくから、用は済んだだろうと彼から離れた。
「では、私はこれで」
「おまえ、何背負ってるんだ?」
「えっ、」
まさか帰れない展開のようだった。じーっと観察するように私の背負ってるのケースを見て聞いてきた。多分、中に入ってる楽器だって気づいてるはずなのに。威嚇していたのが嘘みたいで、楽譜を手にしたまま、私の背中へと回り込む。勝手に触られたくなくて、背中に回られないように彼と向き合うようにすれば、彼はむっと頬を膨らませた意地悪してるわけじゃないのに。
「おまえ、意地悪だな!」
「意地悪じゃないですよ!知らない相手に急に見せてって言われても嫌なだけです!」
やっぱり言われる言葉に言い返した。ぎゅっとギターケースを持つ手にまたしても力を入れ直す。これで諦めてください。これがもし私じゃなくて志歩だったら嫌だ。まだ私で良かった。今この場所で起きた出来事は話さないようにしよう。路上ライブであった出来事は話してねってバンドにも活かせるからと話していたとはいえ。
「ん?」
なのに、断った理由も言ったのに、おかしなことを言うなという反応を取られた。なんで。
「おまえのことを知ってるぞ」
「え、」
「あとセナみたいな自意識過剰なこと聞きたくないけど、おれのこと本当に知らないのか?」
「え、」
どういうこと。せなって誰ですか。知らない人の名前を出されてきた。私が戸惑っていると、彼は困ったように眉を顰めて、電柱横に置いていたチャックを閉めていない開けっぱなしの鞄をひっくり返した。ばさはさと物を無慈悲に地面へと落とす様を見て、扱い雑ですけど平気なのかと震えてしまう。スマホとか、機械とか何か…あと、割れ物とか…。
「あの…帰っても…」
「ダメだダメだ〜!!おれは許さないからな!」
「ええ…」
拒否権がないなんて。
ギターを触れなかったからってことですか。私が知らなくて貴方が私のことを知ってるのに、私が貴方のこと知らないって答え出したからですか。
もしかしたら、彼の言葉…彼の友人?らしき人みたいに話せば、自意識過剰になるけども、路上ライブでお客さんとしていた?
だとすれば、彼は一際目立つから忘れないはずなのに…。
「おまえ、Leo/needのギターボーカルだろ」
「!」
「ギター弾いてくれよ!」
「いやいやいや、だからとはいえ、そんな流れになりませんって!」
「インスピレーションの邪魔をするつもりかぁ!?おまえ、わるいやつに頭いじられちゃってるのか!?」
悪いやつに頭いじられてないです!
彼のアクセル全開な言葉に誰かブレーキ役を買って出てきてもらいたい。Leo/needを知ってるなんて嬉しい。まだ軌道に乗ったばかりだけども…それでも嬉しいことだった。確かにギター弾きたくなるけども、場所と時間が悪い。そして、彼と2人でスタジオ行くか、カラオケに行くか。または彼を引き連れて路上ライブを行うか。前者はもちろん初対面だから、あまりしたくない。だとしたら、後者。
「そうだっ、おまえに声を掛けられて今まさに完成しそうな曲だってあったのに〜!これじゃ、おれのことをモーツァルトが笑っちゃう!おまえは嫌いだ!モーツァルト!あっちいけ!」
ぐさりと刺さる言葉。完成しそうだったってことは続きを書こうにしてもどの音を使おうとしか忘れてしまって、最初にいいと思った音が消えてしまったということ。モーツァルトが嫌いだと嘆く彼にもう一度謝ろう。彼に届かないというなら、もうそれは仕方ない。ギターを弾くしか手はない。だけど、今日は遅い。別日に…。次の路上ライブの時に…。
「すみません、本当に」
「そうだ!」
「うっ、」
威張って言うんだ…と彼の態度は気になるけども、言えない。もう私の後ろに回ろうとしても、同じようにかわされるからと彼は私のギターケースを指で指した。
「だから、弾いてくれよ」
「…分かりました」
「ほんとうか!?ありがとう〜!だいすきだ⭐︎」
「だいす…っ!?やめた方がいいですよ!?安いと思われますから!」
初対面の人に向かって、好意をすぐさま伝える彼に指摘する。指摘された本人は気にしてなさそうに、「じゃあなぁ〜」とひっくり返してから、すぐに物を探せたのだろう。スマホを取っていた。
咲希だっていって…な。あれ、言うかも…?私たちが止めてるだけ?言う前に…わからない。似たタイプではあるような気がするけども…。
「これ、弾いて!好きなんだよ!この曲!」
「!」
彼がスマホで見せてきた曲名。それはレグルスだった。本当に…知っているんだ。キラキラと目を輝かせている。弾いて欲しいとリクエストする曲名のように、彼の瞳に星が宿ってるみたいだ。でも、曲を指定してまでだなんて…。
「聴いたことあるんですか」
「ある!おれと同じだって思って聴いた!」
「同じ…?」
曲の歌詞に共感を持ってくれた…ということですか?
突拍子のない男性に振り回されるから、これにも何かあると思って考える。共感する曲で良かった。背中を押された。歌詞ではなくても、曲調が好きとかドラムがカッコイイとかあるのかもしれない。
「んん〜?これもわからないか〜?」
「はぁ…。でも、好きな曲と教えてくださるのは嬉しいです」
「仕方ないな!教えてやるよ!」
男性は月をバックにして笑う。綺麗だと思うけども似合うのは明るい太陽だなとどこか違うことを考える。教えてくれるのは、レグルスと何があるのか。
「おれの名前と同じなんだ」
「月永レオって言うんだ、おれ」と告げた男は目を細めた。
夜の月。永遠の永遠。カタカナのレオ。どこかで見たことがある字面の名前。聞いたこともある。けど、どこでそれをなのか。
結局答えが出ずに、困惑している彼は「やっぱりだめ〜?バンド一直線ってなら知らないのかも〜??まぁ、それでもいいか!いつかおれたちのことも知ってくれるだろーし」と自己完結をする。
そして、自分の中で解消した後、誰だと悩んでいる私に近寄った。
「なぁ、弾いてくれよ!特大サービスで歌もつけてよ!今宵のお星さま!」
私は次の日知ることになる。彼がスーパースターだったということを。
END
(やっぱりだめです。別日にしてもいいですか)(なんで〜!?なにがだめ!?)(月永さんがその何歳かは分かりませんが、わたしが捕まるからです)(えっ…?ああ!ほどーか!)(うっ)(おれがいるから平気だって)(そういうわけには…っ!)(だったら、別日に!な!?お願い〜お願いお願いっ)(…あ、明後日、駅前で路上ライブ…するので…)(レグルスは!?歌うのか!?)(すごい…推してますね)(だから、愛してるんだってば〜!)