れおといちか3「いい曲を聴かせてやろう!」と今日も今日とて打ち合わせや約束もしてないのに、神出鬼没なライオンに驚きつつも、作曲をしている彼に教えて欲しいと前のめりの姿勢で聞く私がいた。曲作りはまだまだで、伝えたい音楽はこれでいいのか。メロディーづくり、歌詞、骨組みしたけども、肉付けで結局は悩んでしまう。またしても、最初っからになることだってある。咲希とデビュー曲を作った時も感じていたこと。どうして伝わらないのだろうとモヤつきにもやついてしまったことはきっと、この先も忘れないだろう思い出。とはいえ、またいつかぶつかるんだ。お互い曲げられないことがあるのは知ってるから。でも、乗り越えられる。寄り添って、話して…もうあんな悲しいことは言わせたくないから。初めから書き直すのは私だけなら、まだしも。一緒に作る音楽だから、初めからはしたくない。させたくない。
真剣な顔を無意識にいていたからか、曲を流そうとしていた月永さんに、「そんな気難しそうな顔すんなよ、気楽に聴いてくれ」と言われた。
そして流された旋律はアップテンポで、同時に人の声。
「え??まって…え???ホンモノ??」
瞬間、衝撃が走る。まさに、この歌詞の出だしのビビビビビというワンフレーズ。この曲を知ってるかと言われたら、大まかなことくらい。誰が歌ってたか。いつの話か。
たった数日もない、とあるシブヤの音楽の祭典にてコラボユニットが出来たこと。DI:Verseというらしいユニットは司さんや神代さん、小豆沢さんが一緒に歌っているという東雲くんに青柳くん。4人は知っている人だった。これも驚いた。だって、お世話になっている人がいるっていうこともそう。そして、そこにアイドルの4人もいて、8人はお互いがお互いを高めて、魅せ合っていた。音楽のジャンルが違うから、新鮮さも感じられる。特別映像として、公式がSNSに流して、当然だという流れでバズった。
この件に関して特に司さんは、「企業秘密だ」と言いつつも、他の話せる範囲内はほとんど興奮状態で咲希に話していたらしい。家族だから、まぁ、その日あったことは嬉しいと思ったのなら話すだろう。
けど、これは…はたしていいのか。
「そう!おれが作った!」
「〜〜〜ッッ!?」
いや、いやいやいや、よくない。デモというものでは??しかも、これ…っっっ
「れ、レンとKAITO…」
「ああ!今回、使用するのはこの2人がいいかな〜って思ってさ」
「とても大変世話になっております」
「ど、どうした!?いきなり、ああっ、女の子が地面に膝つくな!ばっちいぞ!」
公園の芝生の上でも土なのは違いない。私は相手が作曲家で有名、アイドルという肩書きなのは知っていた。けど、今回ばかりは違う。こんなことがあっていいのか。ミクが好き、大好き。曲の数だけミクがたくさんいる。いろんなミクの声がある。感情がある。毎日のように動画サイトを確認、サブスクも好きだけども、CDショップだってかなりの頻度で行く。ライブだってそうだ。こんなの、
「お金払わせてください」
「くれるなら貰う〜!って、違う!いらない!!」
あなた様があなた様だったということが、今になって身をもって知った。今にも地面に額がつきそうな距離。彼は直ぐに額と地面の小さな隙間に手を差し込んできた。私の額につくはずだった土が、彼の手の甲についてしまった。
「無礼なことをして申し訳ございません。切腹します」
「時代が変わったな!?お前は何もしてないぞ!?」
一緒にベンチに座ってたはずの彼も、膝を地面につけていたから、ゆっくりと私の両手を掴んで優しく立ち上がらせる。「ほら、いいこいいこっ」と私をベンチに座らせて、戻す彼の目を見ることはできずに、斜め下を見てしまう。顔を覗くようにその視界にすら入ってくるペリドットの瞳。
「おまえ、この前聴かせた曲はすごいすごい素晴らしい曲です!拍手〜♪からの、このコードの部分は?どうして生まれたんですか?ここも走るかと思ったら、ゆっくりになるんですね!?転調させてる、音階が〜!って感じで喜んでたじゃん。今回も聴かせたら、いい反応くれるんだろうなって思ったのに、どうしてそんな挙動不審になっちゃったんだ?」
前半はキラキラいっぱいな表現。後半は悲しいですと、こちらに訴えるような表現で問いかける。
仕方ないじゃないですか。好きなものは好きなんですから。お得意の「言わないで、妄想するから〜」となれば良いのに、今回はしてくれない。ことあるごとに霊感を気にするのに。
「そ、それは…」
「それは?」
眉を下げて下から覗かれてるから、彼が上目遣いの状態で続きを促す。綺麗な顔していて、さすがアイドルと現実逃避をしてしまいそうになるが、私の場合、彼の今の肩書きはアイドルを取っ払っていた。
くっと歯を食いしばる。顔まできゅっと梅干しを食べた時の顔になってるだろう。
「作曲家として有名だと知っていても、ボカロPなの知らなかったからですよ!」
「おお?」
「表向きにあの曲はボカロPが提供したって話で…っっ、クレジットに載りますよね!?」
「あ〜、」
「前から、その方のミクの曲やリンにレンの曲が好きで…」
「ふぅ〜ん?」
手を合わせる。指の腹と腹を合わせて揉む。そわそわとしてしまう。相手に失礼のないようにとすら思考が真っ白になっても、それだけは守らなきゃと思ってもまとまらない頭。私の中のオタクが顔を出している状態だ。
彼が驚いている。何となくわかって気がしてきた。最終的にはもう楽しんでいるような声色という変化に私が気が付かないでいる。
「この前のフェスで知り合いが歌ってた曲に、その好きなボカロPが提供したらしくて…」
「そうかそうか」
「それも、わずかな時間で制作したって聴いて…、」
「そうだな〜」
「いや、制作時間もそうですが、ユニットのメンバーのこともあって、お互いのファンも虜にするような歌詞。知らない子でもそれは、おいでって言われたら、行っちゃうような」
「わははっ!嬉しいけども、行ったらまずいだろ!」
「現地に行ったわけではなく、限定公開を見たんですけども、動画越しにも伝わる熱も伝わってきて…これは負けるなー!なにくそー!ってなるんじゃ…とっ」
「なにくそも女の子なんだから〜って言いたいけど、まぁ、使うやつは使うか」
「お前は悪口に関して不慣れっぽいけどさ」という言葉は聞こえてこない。ひたすら伝える想い。
「曲作って欲しいか?」
彼が何となく放つ言葉。ぴたりと止まる私の口。それはどういう意味でなんて、考えなくてもわかる。羨ましいなら作ってやるという話だろう。都合良い話に持って行くと、きっとそう。
「…そうですね、作って欲しいという気持ちはあります」
これは嘘じゃない。自分たちの曲を作ってくださるとしたら、どんな曲になるのかなと思うだろう。わくわくする。気分が高揚する。彼に応える音楽を奏でようと思う。
「けど、今はその時じゃない」
「ーーなんで?」
淡々とした声。どうやら、彼は品定めをしていたみたいだった。月永レオという人物、自分をどう私がラベリングするのか、見たかったのかもしれない。最初は驚かせといて、ボカロPである自分として、印象が変わるのではないかと。なら、もう関係はこれっきりだというように。
「考えなくても月永さんならわかると思います」
「駆け出し中のやつに曲あげたら、そりゃニュースにもなるだろ。それに、おれはお前たちに合わせた音も作れる。他の曲だって聴いた。特に…そうだ!そう!SToRYは寄り添ってんのに、爽やかで疾走感溢れて、これぞ青春ってわかりやすいと思うぞ」
「Trickstarの奴らが好きそう!っていうか、スバルや『ゆうくん』が好きって言ってた!」と話す彼に、あの4人組ユニットに知られてたんだと嬉しい気持ちになる。あのユニットが好きというより、音楽の業界にいるから徐々に周囲に知られて行くのが嬉しい。そんな気持ち。さらっと流れるように言い退けてくる月永さんの言葉には、棘もあるけども。
私たちの音も作れる。嬉しい言葉だけど、悔しい。
「私は…私たちはあなたという音楽で成り立ってるLeo/needではなく、私たちとして音を奏でたい。」
「一曲くらい…」
「月永さんの音を乱雑に扱いたくない」
「…乱雑に扱わないだろ、絶対に期待以上に応えてくれるのに」
「でも、音楽に大切に向き合ってるのは分かった!」とにまにましだす。私の頑なに断る様子がお気に召したようだけども、こっちはこっちで神様だって内心で叫んでるんです。
「好きな作曲家を前にしても、断る姿勢は偉いぞ」
「胸が痛いですけど…」
「まぁまぁ! そのうちとっておきの大作用意してやるよ!」
「それなら、構わないだろ〜?」と、いつかの未来をふんわりと約束してるように思うけども、「はやく来いよ」と言われてるようで、口角が上がった。
「はい!」
END
(でも、個人としては歌ってみたでも良いから、出して欲しいのがあってな)(!?)(ええーっとこれ!)(…勘弁してください)(ああっ、芝生の上でまた膝つくなって!おまえ、本当に今日アクセルとブレーキぶっ壊れてるな!?)
(おぉ!一歌じゃないか)(いちか…?)(司さん、こんにちは…って、その隣の…もしかしてですが)(あ、あぁ)(その認識で間違っていないぞ。彼は守沢千秋さんだ)(はじめまして、星乃一歌です)(…)(守沢さん?)(いや、月永が言ってた一番星は君のことだったかと思ってだな…)(…(なんか、嫌な予感))