太敦※付き合ってる太敦
「敦くん、」
「はい、何で…」
「何ですか」と問いきれなかったのは、振り向いた時に、太宰さんに向けられた機械の音に吃驚したから。シャッターの切られた音だ。僕の名前を呼んだ彼は満足気に「うふふ」と笑みを浮かべる。
「不意打ちで撮らないでください」
「ちゃんと名前を呼んだじゃないか」
「でも、僕、何もポーズとか撮ってないです」
写真って、ポーズを取る方が良いのではないかと、そう訊ねれば、太宰さんは首を横に振った。どうやら違うようだ。彼は機械を僕に液晶が見える方を向ける。そこには、先程彼に撮られた場面が写されている。僕が書類を持ちながら、振り返っている写真だ。
「写真は何でもポーズを取ればいいと思ったら間違いなのだよ。こうした、ふとした瞬間も収めたい、そんな気持ちになるから写真を撮っているんだ」
「ふとした瞬間…?こうして、書類を持ってる僕がですか?」
それでも、わからなくて重ねて訊ねる。太宰さんは呆れることなく、また笑う。細めた目が、口角が僕のことを愛らしいと可愛がる時と同じで、今もまた、僕のことを愛おしいと思ってるのだろう。自惚れたことを思っているのは仕方ない。彼が何時も愛おしいと僕に触れるから。自信のない、まだつけられない僕を彼は僕の分まで愛そうとする。
「そうだよ。この一瞬も私にとっては一等に好きな瞬間だ。一生懸命に働く様は可愛いと思う。けど、一生懸命だからこそ、私のことをちょーっと構って欲しいななんて、つい、敦くんのことを呼びたくなる」
「…何時ものことでは」
太宰さんは勤務中、書類仕事を見てあげると、自分の席から引っ張ることもあれば、僕の隣の席の椅子を引っ張って僕の隣にくっ付くように見守る。さり気なく、自分の書類仕事を紛れ込ませて、僕にやらせたりして、にこにこと見守るのだ。僕が指摘すれば、「敦くんがやってよお」なんて、間延びした声で押し付けてくる。指摘箇所が的確で、教えてもらってるからという理由があるからこそ、彼の分もやりがちだから、国木田さんにお叱りを受けることもある。
まぁ、書類だけではないのだけど…。手に持ってるのが書類だったから、ぱっと真っ先に浮かんだから、手元を見てしまう。
「其れがねぇ、違うのだよ。君は自分を客観視出来ないからね、分からないだけかもしれない」
「客観視…」
「そう、外見だ。意識したら、分かってしまうが、無意識故に出てしまうのだよ、敦くんの表情が、仕草が」
「…」
外見は流石に鏡を使わなきゃ見れない。僕は真逆と黙ってしまった。黙った僕に対して、彼は言葉を紡ぎ続ける。まるで、「そろそろ分かってきたようだね」と云うように。
「敦くん、私に呼ばれるの好きだって物語ってるんだもの」
楽しそうに笑う彼に、僕は身を縮ませた。
END
(見て、この瞳が大きくなったの。瞳孔が開いたわけじゃないけども、私に呼ばれて、瞳だけではなく、口角も一緒に上がってるの。正に花が咲くような、って表現だ)(やめて…)(やあだ)(…ぐ、)(ふふ、敦くん、私も好きだよ)(…言わなくても知っています)(そうだね)