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    do__kkoisho

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    漂要

    「うーん……」
    保存食を齧りながら次のパターンを入力する。
    ……結果はエラー。
    だとすると、前提条件から見直さないといけないかもしれない。設計書を開き直して該当箇所を見つめる。そうなると現地での調査も必要かな。フィールドワークを行うならプロジェクトのリスケもしないと。いくつかのプロジェクトを並行しているからあまりしたくは無いけど、厳正な結果のみが意味を持つ。ここは少し無理をしてでも。ああ、テスト機の再開発も必要だ。部品の在庫確認や発注もしないと。
    よし、明日からの方向は決まった。あとはチームのみんなで話し合って詳細を詰めていけば。
    「わっ」
    「っ!?」
    肩に重みを感じて突然後ろから声を掛けられた。
    ガタンッ、と飛び跳ねたせいで椅子が大きな音を立てた。
    振り返れば何故か僕と同じくらい驚いた顔をした漂泊者がいた。それがおかしくてつい吹き出してしまう。
    「驚いた。なんだ、君だったのか」
    「ごめん、ここまでびっくりされるとは思ってなくて」
    端末をスリープモードにしてからくるりと椅子を回転させて向き合う。
    そういえばどうやって家に入ってきたのだろう?戸締りはきちんとしていたはずだ。
    「相里がインターホンに気づかなかったため、ソウリが漂泊者の応対をしました」
    ふわふわと浮いて漂泊者と僕の間にソウリが割って入った。漂泊者もうんうんと頷いている。
    「漂泊者は月樹屋の社員であり、相里の恋人であるため、家に招き入れることは妥当だと判断しました」
    「ってさ」
    少し屈んだ漂泊者は笑いながらソウリの頭頂部を撫でた。
    「あ……うん、そう、だね」
    ソウリは事実を述べただけなのに何故こうも頬が熱くなるのをだろう。冷たい右手を頬に当てると気持ちがいいくらい熱くなっている。きっとそれは見た目にも現れているだろう。恥ずかしくて両方の手で頬を覆うことにした。
    「ソウリはいつから俺と相里が付き合ってるって知ってたんだ?」
    「月追祭が終わった頃です。その頃の相里の様子は普段と違っており、また家でも漂泊者の話題をよく」
    「お茶くらいは用意があるから!漂泊者、えぇと座る場所……はごめん、ないからベッドで良ければそこでひとまず休んでてくれるかい?ソウリ、手伝って」
    「わかりました」
    漂泊者とソウリの会話をさえぎって立ち上がる。床に放置したままの研究資料を踏まないように飛び越えて冷蔵庫に向かう。
    漂泊者がベッドの方へ行ったのを視界の端で見届けてから、ソウリに向き合う。可愛げのある表情を映すモニターをつん、と指でつく。
    「そういうの、漂泊者本人には内緒にしていてほしいな」
    「『そういうの』とは何を指しているのでしょうか」
    「それは……僕が家で君たちに漂泊者のことを話していたことだよ」
    「わかりました。しかし、理由が不明です。彼との出来事の話題であれば、何も隠さなくても彼自身がよく知っているはず」
    「……恥ずかしいんだ」
    「理解しました。以降、漂泊者との会話に相里の話題は極力控えます」
    「ありがとう、助かるよ」
    冷蔵庫から市販のお茶を取り出す。ソウリが出してくれたカップに注ぐ。お茶請けになりそうなお菓子はこの家には無いのは申し訳ないけれど。
    お茶を冷蔵庫にしまって部屋に戻ると、ベッドの上にも乗せたままだった資料を枕元にまとめてくれていた。
    「いつ来ても凄いことになってるな」
    「散らかっていて本当にごめん。片付けだけはどうしても苦手で」
    カップを漂泊者に渡して隣に座る。
    ソウリはふわふわと移動して僕の反対側、漂泊者もうひとつ隣に降りた。
    「相里みたいななんでも出来る人にこういう所があるとなんというか、その欠点すら可愛く思える。確か……ギャップ、というんだったか」
    「そ、そう……?でも、良くない所ではあるからね。収納ボックスを新しく買った方が良いのかな、でもそのボックスを置く場所が無いか」
    見渡す限りの資料と研究ツールの機械、端末。研究院では首席の名前と同じくらい有名な部屋。漂泊者も初めて家に来た時は「モルトフィーから聞いていた」と言ってあまり驚かなかったっけ。毒舌な彼が何と形容したのかは気になるけれど、聞きたくは無いかな。
    「そうだ、ここに来た理由を聞いていなかったね」
    と言って少し体を漂泊者の方に向けるとお互いの膝が触れ合った。あ、と声が漏れたけれど、漂泊者には聞こえていなかったようで、カップをサイドボードに置いてから足元に置かれた重そうな袋をガサガサと鳴らして持ち上げた。
    「これ。またちゃんとご飯食べてないんじゃないかと思って」
    差し出されたそれはレトルト食品や日持ちがしそうな瓶入りのおかずなどがたくさん入っていた。僕も中身が減っていないカップをサイドボードに置いて受けとった。
    「今日、白芷の所へ検診に行ってたんだ。その時に他の研究員から、あなたが家でも研究を続けていてまともな生活を送っているか心配だと聞いて」
    「それで、こんなに?」
    嬉しいような、恥ずかしいような。
    確かに家には保存食ばかりで、さっきもそれを食べていたけれど。
    以前後輩から「首席は自分のことに無頓着です」と叱られたっけ。自分の苦手なところは部屋の片付け‎だけだと思っていたけれど、どうやらもっと広い範囲での問題だったようだ。
    「ありがとう。とても助かるよ。見ての通り、食事より研究を進めてしまっていてね」
    「だと思った。片手間でも食べられるものも多いから役立つと思う」
    細かな心配りが嬉しくてすぐにキッチンへしまいにいった。自分が買ってきた時はそんなこともせずにデスクの横に備えておくことが多いけど、食べるのが少しもったいないくらい嬉しいこれは大切に扱いたい。
    ベッドに戻って彼の隣に座り直す。ほんの少し、さっきより近くに座った。
    「まあ、でもそれは都合の良い言い訳」
    「えっ?」
    「本当は最近会えていなかったから少し寂しかった。そんな時に研究員から話を聞いてそれなら、と思って」
    そう言った漂泊者は手を伸ばして僕の頭に手を乗せた。そのまま髪を整えるように優しく撫でた。
    「えー……っと……」
    「会えていないから、こうやって撫でるのも出来なかった」
    ソウリを撫でた時からというもの、僕が子供みたいに少しだけ彼に嫉妬してしまってから、漂泊者は事ある毎に僕の頭を撫でるようになった。別に頭を撫でられることに対してじゃなく、漂泊者と触れ合ったことに対してのそれだったけれど、彼は僕を喜ばせようとこうやって撫でてくれる。
    撫でる手が髪を滑る度に指が耳に触れてこそばゆい。ただそれだけのはずなのに回数を重ねれば重ねるほど耳から熱が広がっていく。
    撫でられるのは嫌いじゃない。恥ずかしさはあるけれど、好きな人に触れてもらうことが嫌な人はいないだろう。
    少し前に気付いたのは、僕の頭を撫でる漂泊者の顔が数少ない彼との記憶の中で一番穏やかな顔をしていて、僕はその表情が大好きだということ。
    一歩街の外に出れば危険と隣り合わせで、僕の仕事もそれに対するものだと言うのに、そんなことを忘れるような穏やかな時間がここにある。
    ああ、そうか、まるで。
    「照れてる?」
    自己分析に飛んでいた思考を漂泊者の声が引き戻した。
    少しだけ悪戯っぽく笑って、僕の顔を覗き込んでくる。
    「照れてはいない……訳じゃないね。もう子供じゃないし」
    「でも、嫌じゃない?」
    「そうだね。照れよりも嬉しいが大きい」
    素直に気持ちを伝えると、漂泊者の身体が突然固まってしまった。手は耳のすぐそばにあってくすぐったい。
    「どうかしたのかい?」
    高揚する気持ちは自分の行動範囲を広げる。
    少しだけ甘えてみたくなって、ほんの小さな悪戯心で、首を傾けて彼の手に擦り寄せてみた。柔らかな体温が耳を包んで頬に触れた。
    その手はするりと僕の頬に添えられて。
    あれ、これは。
    「…………」
    「……、今のは相里が悪い」
    一瞬前まで僕の唇に触れていた口がそう言った。
    「僕が、悪い?」
    「そういう可愛いことをされると我慢できなくなる」
    手は頬に添えられたまま。
    そんなつもりはなくて、少しだけ優しい彼に甘えたくて、ちょっと予想外なことをしてみたらどうなるのかなって好奇心があっただけで。
    キスは何度もしているけれどまだまだ慣れなくて。
    漂泊者は眉根を寄せて口を歪ませて少しむっとした顔で細く声を出した。
    「今日はいつも頑張っている相里を労うために来たのに」
    「えっ……?」
    「そういうことをされると……困る」
    少し視線を下に向けると、僕に触れていない方の手は彼の膝の上でぎゅっと握られていた。
    恋愛事情に疎い僕でもわかる。いいや、彼と過した時間が彼への理解を高めてくれて、どんな気持ちで僕を見ているのかもわかる。
    漂泊者ばかりに頑張らせるのは不公平だ。
    「会えなくて寂しかったのは僕も同じだよ、漂泊者」
    僕の頬にくっついたままの手に自分の手も添える。僅かな勇気を出してもう片方の手を伸ばして彼の握られた手に触れる。
    「せっかく来てくれたんだ、もう少し……もっといてほしいな」
    彼の気遣いを受け取らないのは少し申し訳ないけれど。
    お互いに我慢していたらまたいつこうやって過ごせるか分からない。
    「ソウリはスリープモードに入ります。用がある場合は起動シークエンスを実行してください」
    「わっ!?」
    2人してベッドの上で跳ね上がった。
    そんなことは認識せずにデスクまで浮いて行ったソウリに感謝する。頼れる相棒のとして接していたのが功を奏したのか、AIは空気を読むということを理解してくれたらしい。
    雰囲気が一転して2人して笑う。妙な緊張感も無くなってどちらともなくベッドに寝転ぶ。
    「研究は?」
    「今日できる分は終わったよ。明日、チームのみんなと話し合いをして、という所かな」
    「なら、明日に響かないようにする」
    「あはは、研究者は体が資本だよ?多少は大丈夫さ」
    手を伸ばして今度は僕が彼の頭を撫でる。彼の優しさの壁を取り払うように、僕の気持ちに応えてほしいと伝わるように。
    「今日は僕が悪いんだろう?なら、僕のせいにしてしまえばいいさ」
    「相里もそういうこと言うんだな」
    「うん、僕も自分自身が意外。だけど、そうさせたのは君のせい。だからお互い様ということでどう?」
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