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    hasami_J

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    hasami_J

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    デッドラインヒーローズ事件モノ。続きます。全三話予定でしたが長引いたので全四話予定の第三話になりました。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。

    #ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話

    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話③』 彼女の父親はサイオンで、母親はミスティックだった。
     二人は出会い、愛を育み、子を産んだ。
     少女は超人種ではなかった。
     何の力も持たぬノーマルだった。
     少女の両親はそれに落胆することはなかった。あるいは落胆を見せることはしなかった。親として子を愛し、育て、慈しみ、守った。
     けれど少女はやがてそれに落胆していった。自らを育む両親へ向けられる、不特定多数からの眼差しが故にだ。
     超人種の多くは超人種だけのコミュニティを作る。それは己護路島であったり、その他の超人種自治区であったり、あるいは狭い収容所の中であったりするけれど。
     旧世代の中にその身を置き続けることを選ぶ者もいるが、それは稀だ。
     誰よりも早い頭の回転を持つテクノマンサーに、及ばぬ旧世代が嫉妬せずにいられるだろうか。依存せずにいられるだろうか。その感情に晒されたテクノマンサー当人が、そこにやりづらさを、重さを、生き難さを感じずにいられるだろうか。
     触れるだけで誰かを傷つけてしまう可能性を持つサイオンが、満員電車に揺られ続けられるだろうか。同じ空間を共にする不特定多数の人々は、それに恐怖を感じずにいられるだろうか。警戒せずにいられるだろうか。その感情に晒されたサイオン当人が、そこに悲しみを、苦しみを、生き難さを感じずにいられるだろうか。分かってくれない旧世代に、落胆を感じずにいられるだろうか。
     でも、仕方がない。
     分からないものは危ないのだ。
     分からないものは怖いのだ。
     分からないものは腹立たしいのだ。
     分からないものは苦しいのだ。
     分からないものは、どうしていいか分からないのだ。
     それは互いに、どちらもそうで。

     少女の両親は少女の為に、己護路島を出た。そしてその身を不特定多数の前に晒し続けた。少女は旧世代の子供たちの通う学校へ通い、旧世代たちの街で暮らした。己と両親だけが世界の全てであった頃は良かった。けれど徐々に、世界の広さを知ると共に、それだけではないのだと分かってしまった。
     少女は落胆した。自らを育む両親へ向けられる、不特定多数からの眼差しに。そして他ならぬ自分自身に。
     変化を望んだ少女は、当たり前のように悪い大人の毒牙にかかり、ありふれた事件の被害者となり、そして幸運にも一命を取り留めた。両親は悲しみ、少女は励ました。そして自分の胸の内で、喜んだ。父のような羽を得た。母の面影が残る顔のまま。
     そして彼ら一家は己護路島へ戻った。今から十年以上前のことだ。

     そうした経歴を持っていた少女が、何故旧世代の青年と、秘密の恋に落ちたのか。
     過去の己の選択を悔いたのか。未来に向かって願うものでもあったのか。
     あるいはただ──男と女が出会っただけだったのか。
     それはもう、物言わぬ天使しか知らぬこと。




     己護路エキスポに誘致された科学者たちの為に用意されたビジネスホテル。その三階にエレベーターの到着ランプが点る。ブライアンは欠伸をしながら歩き出す。一日中駆けずり回って、体全てが鉛のようだった。それでいながら頭は冴え冴えと回転し、部屋に戻っての作業と明日以降の動きについて思考を続けていた。疲れきっていたし、明日もこの疲労が続くことは確定していたが、それでも口元には笑みが浮かんでいた。充実していた。
     全てを説明せずとも、この現場のスタッフの多くは彼の意図を察するし、余計な根回しをせずともその意義を理解できる。相互理解へのコストを払わなくていい相手とのやりとりは気楽で、やり甲斐があり、楽しい。
     何より彼にとって有り難かったのは、現場に君臨する聡明な女王の存在だ。彼女はブライアンが何かを言うよりも先に、先んじてそれを解し、こちらに納得のいく指示を出す。それどころか自分には予想もしていなかった提案と発想で、常に彼の数歩先を行き、導いてくれる。
     ブライアンとてテクノマンサーだ。そこに悔しさがないわけではない。だがブライアンは自分よりも賢いと思える人間を、文字通り初めて目にした。これまでの彼の世界に彼女のような存在はいなかった。だから悔しさよりも、信頼と安堵が先に立った。
     彼女はまさしく女王だ。
     疲れ切った足を引きずりながら、部屋のドアを開ける。カードキーを差し込めば自動で明かりが灯った。シャワーを浴びて、部屋で簡単なタスクをいくつかこなしてから、明日に備えて眠らねばならない。それと例の件についても──目まぐるしく回転する彼の思考は、頬を撫でた不自然な空気の揺れに止まった。
     窓が開いている。
     海風にゆらめくカーテンの揺れを眺めながら、ブライアンは困惑した。記憶力には自信がある。朝、確かに窓を閉めて自分は部屋を出た。部屋の掃除も立ち入らぬよう依頼してある。ならばこれは──…。
    「!」
     頭上の照明が明滅を始める。
     チカチカと言うには遅い、ゆっくりとしたペースで照明が明暗を繰り返す。その明かりがブライアンを不安にさせた。LED照明に球切れはない、こんな明滅の仕方はおかしい、内部の電子回路の故障? この時期の、世界の要人を招くことが明らかな、宿泊施設で──?
     音もなく照明が消えた。ビジネスホテルの一室が暗闇に包まれる。窓の外には己護路島の夜景が、生活の光が見える。停電ではない。
     ブライアンは踵を返し、ドアに手を伸ばした。カードキーを引き抜き、ドアノブを掴んで、一目散に部屋を逃げ出そうとした。
     その手を誰かが掴み、万力のような力で地面へ叩き伏せた。彼は自分の手足が不自然な軋みをあげ、開かれた指が不自然に反り始めるのを見た。ブライアンは悲鳴を上げた。自分の喉から上がっているはずの悲鳴が、ひどく遠くから聞こえた気がした。
     ブライアンの体が一人でに引き摺られていく。ドアから引き離され、ベッドサイドに置かれたデスクスペースの前へ。まるでホラー映画のポルターガイストだ。ベッドとデスクの間、ビジネスホテルの狭い床に、ブライアンは磔にされる。
     ずず、ずず、と、何かを引きずるような音がした。音はベッドの下からもたらされていた。半狂乱になったブライアンがそこに視線を向ければ、ベッドの下に隠していたプライベート用のラップトップが、ひとりでに自分のもとへと近づいてくるのが見てとれた。
    「よせ……やめろ……」
     ブライアンは弱々しく懇願した。誰に向けたものではない、この不可解なシチュエーションそのものに当てた懇願だった。俯せに磔にされた彼には、すぐ背後に消灯した部屋よりも尚暗い暗闇が立ちはだかっていることに気付けてはいないのだ。
     ブライアンの前にプライベート用ラップトップが引き摺り出され、歪な音を立てながらひとりでに開く。ぼんやりと灯ったモニターの明かりの中に、パスワードの入力画面が表示される。ひとりでにキーボードが文字を打つ。「やめてくれ!」ブライアンの懇願は届かず、誰にも教えていないはずのパスワードが解錠された。
     モニターいっぱいに全てが映る。
     メールソフトが起動する。ひとりでにキーボードが文字を打つ。白紙の画面に言葉が浮かぶ。

    『話せ』

     「嫌だ…」掠れた声のブライアンは、かろうじて声を絞り出した。「できない」弱々しく、ほんの僅かに、けれど必死に首が横に振られる。「今更、止めることなんて…」
     暗闇は倒れ伏したブライアンへ手を伸ばす。先にあるのは、彼の誇りが詰まった、常人よりも秀でた頭──…。
    『そこまでよ』
     女王の命令が如き鋭い声が、室内へ響いた。



     鋭い痛みで堪えきれない呻きが漏れた。その自分の声で、ソーラー・プロミネンスは目を覚ました。眩しい光が真っ向から当てられており、目が眩んだ。昼ではない、と直感的に悟った。
     体に力が入らなかった。全身からは耐えず酷い痛みが走っており、何らかの暴行を受けたらしいことを察する。滲む視界が焦点を結び像を成す。感覚のない手はあらぬ箇所からあらぬ方向へと曲げられてはいるものの、切断はされていないらしいことを察して少しだけ安堵した。
     光源は、自分の前に立てられた大型の照明スタンドだった。テレビ撮影や、ステージの設営に用いられるような大型のものだ。それがごく至近距離から、最大光量を自分に向けているらしかった。じわじわとした熱気がプロミネンスにも伝わってきた。夜の彼の肉体が耐えうる光熱は、常人よりも少しマシ程度だ。
     痛々しいほど白い視界の中で、少しずつ周囲の状況が分かってきた。自宅だ。暗いリビングの中で、自分はダイニングチェアに縛り付けられている。誰かが室内を行き来している、複数人だ──像が結ぶ。皆、顔を粗末なずだ袋で覆っていた。
     彼らはチームだった。各々が各々の役目をこなしている。慣れた手つきでラップトップを操作し、部屋に備えられたセンサーにハッキングを仕掛けて改ざんを施しているもの。風呂場に何かを運びこんでいるもの──ちらりと目に入ったそれは、大量の着火剤だった。鈍った五感が少しずつ働きを取り戻していく。ガソリンの匂いがした。部屋の片隅に、空のガソリンタンクがまとめられていた。
     カチンという軽い音がして、ゴオオとノイズのような音がした。白く揺れる視界の中に青白いものが入り込み、それが肩に押し当てられた。熱よりも先に切り裂かれたような堪え難い痛みが身を襲い、反射のような絶叫が漏れた。折れた手足が自分の意識外で暴れるが、厳重な拘束が緩むことはなく、自らの肉体を痛めつけただけだった。
     苦痛の時間がどれだけ続いたのかは分からない。おそらくはほんの一瞬のことだったのだろう、だが体感としては永遠のそれだ。やがて再びカチンという音と共に、青白いものが消え、離れていった。押し当てられた箇所の感覚がなく、肩全体が抉られたように痛んだ。押し当てられていたものはガスバーナーであったらしいと、そこで気付いた。
     誰かがプロミネンスの肩を抑え、覗き込んだ。激痛に呻きが漏れるが、それを相手が気にした風はない。ぐわんぐわんと揺れる意識の中で、複数人の人間の声がする。「どうだ?」「火傷跡が確認できる。回復する様子もないな」「夜ならって話はマジだったか」「これならいけそうだ」。
     カチンと軽い音がした。ゴオオとノイズのような音がした。
     ガスバーナーの炎の色が変わる。
    「何度まで耐えられそうか確認しておけ」
    「確実に焼こう」



    「だから、忘れてたわけじゃないんだ。すっぽかした訳でもなくて。言ったろ? 急な出張が入ってどうしても……ああっ! 待ってくれ、俺の話を──…!」
     妻からの通話は無慈悲に切られた。
     慌ててかけ直すが、冷たく耳慣れたなアナウンスが響く。お使いの電話番号は、電波の届かないところにあるか、電源が入っておりません……。
     深夜のG6己護路島支部の踊り場で、ディスチャージは溜息を吐いた。
     今しがた電話の向こうで怒らせてしまった相手のことを思い、どう対応したものかを考える。けれど結局良い案が浮かばなかったので、諦めて思考を放棄した。やらなければならないことは他にある──それが現実逃避であることは自分が一番承知していた。

     捜査の拠点にと借り受けた会議室に戻る。室内ではアマルガム・オナーが入島者記録に目を落としているところだった。事前の話通り、己護路エキスポの関係で、己護路島に入島している旧世代の数は常以上に多い。
    「今からでも戻った方がいいんじゃないか」
     邪魔にならぬよう静かに扉を閉めるディスチャージに、アマルガムが振り返らずに告げた。ディスチャージが誰と電話を終えてきたのか、お見通しといった声に、曖昧な苦笑いを浮かべて話を逸らす。
    「こんな時間じゃ船は出てない」
    「いつ伝えられなくなるか分からないぞ」
    「それは誰が相手でも同じだろ。この件で口論はしたくない。他にやるべきことがあるよな?」
    「現実逃避だ。腹が立つ」
    「……ごめん」
     話題逸らしは失敗した。二の句が告げられず、ディスチャージは沈黙という卑怯に逃げる。身内を失ったアマルガムの言葉は重く、苦しい説得力に満ちている。反論など出来ようはずもない。けれどそれで引けるのならば、妻との関係もここまでこじれてはいなかっただろう。
     彼には自分がひどく傲慢に見えているのだろうなと思った。あるいは慢心しているように見えるのかもしれない。いずれにせよ、良い感情をもたれていないのは確かだろう。何故そんな自分をアマルガムが好んで連れ回すのかはディスチャージにもよく分からない。たまたま知り合っただけの、不出来なヒーローもどき以外に、頼るべき相手を知らない刷り込みのようなものかもしれない。だとしたら……早く目を覚まさせてやるべきなのか。
     重々しい沈黙に満ちた室内で、先に口を開いたのはアマルガムだった。
    「ディスチャージ、明日の朝一の船で本土に帰れ」
    「アマルガム」
    「お前を連れてきたのは間違いだった。いや、G6の連中がお前をつけろと煩かったんだ。跳ね除けるべきだった。俺はひとりでも……」
    「俺は邪魔か?」
     溢れた言葉は、本当は告げるつもりはなかった。何を当たり前のことを、と自分に呆れた。容赦のない彼の言葉に甘えたようなものだ。
     アマルガムは問いにすぐには答えなかった。逡巡のような沈黙の後、呟くような掠れ声が、小さく届いた。
    「……そんなこと言うな」
     ああ、気を遣わせた。
     他人を真っ向から否定するのは意外に勇気が要るものだ。自分の判断に対する絶対の自信と、社会的規範から足を踏み外す覚悟が無ければ、明確な拒絶は向け難い。善良で理知的な存在であればあるほどに。
     だから人が何かを拒絶するとき、多くの場合は言葉ではなく、態度に滲む。曖昧な気まずさと、一抹の礼儀を滲ませて、ただ目を逸らすだけ。
     それは時に優しさで、時に卑怯となる。ディスチャージは悩んだが、今回は言ってみることにした。彼にも少し、思うところがあったので。
    「他人のこと考えてる余裕が自分にあるのか、ってのは、まあ……わかってるよ。でもそれって別に、俺だけの話じゃないだろ。お前だって、プロミネンスだって、誰だって、自分のことが忙しい」
     バスで別れたソーラー・プロミネンスの背を思い出す。自分が何故気遣われているのかまるで分かっていなさそうだった男。天使の少女の部屋で見たアマルガム・オナーの横顔を思い出す。もう二度と戻ってこないものの意味を、痛々しいほど熟知していた青年。
    「それなのに全部任せっぱなしっていうのは、なんていうか……フェアじゃない」
     みんな、みんな、自分のことが忙しい。誰にだって自分の物語がある。華やかな力を持つ彼らは、多分自分なんかよりも、多くの苦しみや生き難さを噛みしめてここにいる。それでも彼らは勝ってしまう。強くて有能だから。
     でも、だからといって、その上に他の誰かの苦しみを投げつけ、背負わせ、見なかったことにしていいのだろうか。それは本当に仕方のないことなのだろうか?
    「……」
     アマルガムは何も言わなかった。ディスチャージは途端に申し訳なさと恥ずかしさに潰されそうになった。自分ごときが何を偉そうなことを言っているのか。
    「まあ、うん。足手まといってのは否定できないけど……現に暗闇野郎にはワンパンされたし……俺がいるだけでこの島だと人目を引くし……邪魔だどっか行ってろって分にはまあ否定できないというか仰る通りですっていうか……俺は所詮プライベートとの両立が出来ないクソザコ……身の丈に合わない無茶をゴリ押ししてるヘンチマン……」
    「まだそんな自意識過剰なこと言ってるのか」
    「ヘンチマン以下」
    「違う」
     うじうじとし始めたディスチャージに、アマルガムは呆れと怒りを滲ませた視線を向けた。溜息を漏らす。
     本当は、このことはディスチャージに言うつもりはなかったのだ。気付いていないのであればそれでいいと、黙っていてやろうと思っていた。だが、言わねば分からないというのであれば、言ってやるしかない。
    「気付いてないようだから黙ってたが、あの視線はお前に向けられたものじゃないぞ」
    「へ?」
    「俺やプロミネンスに向けられたものだろう」
     ディスチャージにとって、それは予想だにしていなかった言葉だった。アマルガムの思考回路が全く理解できず、硬直する。だが頭のどこかで、何かが引っかかった。
     この違和感はなんだ?
    「え、っと……何でそう思う?」
    「この閉鎖的な島の住人や、それに近い見目の存在が、明らかに余所者だって分かるお前相手に馴れ馴れしくしてるんだぞ。村の中にいる奴らからしてみれば珍しいだろ、おかしな話じゃない」
     アマルガムの見解は、彼が人里離れた閉鎖的な村出身だったが故にもたらされたものだ。須くの普遍的な正解ではあるまい。だがそれはディスチャージには微塵も存在しなかった視点であり、アマルガム・オナーにとっては話題に出すまでもない当たり前の話だった。
     引っかかりがピースの形になる。ディスチャージの頭の中で仮説が過ぎる。
     暗闇は何故、あのスマートフォンを自分たちに残していった?
    「待……待てよ、だからなのか? だからあの恋人が必要だったのか?」
    「ディスチャージ?」
    「あッ、アマルガム! ちょっとそっちの資料取って! 三人目以降のやつ!」
     様子が変わったディスチャージに気圧され、アマルガムは思わずその指示に従った。アマルガムから渡された被害者資料を眺めていたディスチャージは、デバイスを取り出してキーワードを打ち込んでいく。所属会社の資料、個人のSNS、匿名で秘匿性の高い場所、個人と個人のつながり。
     調べれば調べるほど、ピースの形が整っていく。それはやがて、開いていたことにすら気付けなかった穴にぴたりとはまった。
     ディスチャージは手を止めた。
    「……共通点、分かったかも。えっと、多分だけど、いややっぱ穿ち過ぎかもしれない。こういうのって思考バイアスっていうか、誰でも当てはまるのかもしれないし、大体こんなことであんな、」
    「言え」
     自分がテクノマンサーだったら、この調査にテクノマンサーが参加していれば、警察が積極的に公開調査を行っていれば、もっと多くの人がこの事件を知っていれば、もっと早くこの結論に辿り着けたのではないか?
     信じたくなかった。何故これを見落としていたのか? いいや、その答えは分かっていた。信じたくはなかったが、理解せざるを得ない段階に到達していた。
    「……余所者(ハービンジャー)じゃなく、知性動物超人種(アップリフト・アニマル・パワーズ)でもなくて、民間人でも殺せる程度の能力の超人種で、それで……」
     何故これを見落としていたのか?
     答えは簡単だ。
    「……身近に、親しい旧世代がいる超人種」
     偏見だ。
     アマルガム・オナーが眉を潜める。その顔を見て、ディスチャージは重い息を吐いた。
     旧世代に迫害される可哀想な超人種というレッテルを、他ならぬ自分が持っていた。

     最初の被害者は、超人種の権利に纏わるNPO法人で活動していた。同僚には旧世代も多く、長い休みには度々皆でレジャーに行っていた。
     二人目の被害者は、超人種であることを隠して一般商社に勤めていた。創立間もないベンチャー企業であり、旧世代でありながら代表を務める人物は、被害者とは学生時代からの親友であった。
     三人目の被害者は、妹が旧世代だった。関係は良好で、来週行われる結婚式に招待されていた。妹の夫も旧世代だった。
     四人目の被害者は、毎週末、インターネット上の友人たちと趣味のネットゲームに興じていた。グループの中には旧世代が多く居り、先月は共にオフ会を楽しんだという。
     最後の被害者は、島の外に恋人がいた。恋人は旧世代だった。

     その先の意味を察したアマルガムが、顰めていた目を見開く。
    「じゃあ、あのメッセージは」
    「そうだ」
     被害者たちの超人種としての力を冒涜するような殺し方。
     傍に置かれた『穢れた血』という言葉。
     危ないから、怖いから、腹立たしいから、苦しいから、どうしていいか分からなかったから、そういう仕方のない断絶からもたらされた悲劇だと思っていた。けれど現実はもっと残酷で、もっと理解のできないものだった。
    「全体に宛てたものじゃない。共同体のはぐれ者に向けられたもの。つまり、」
     より強い拒絶が根底にあった。
    「犯人は超人種だ」



    『そこまでよ』
     開かれたホテルの窓の先、掌に収まってしまいそうなほどに小さなドローンが飛んでいた。女の声はそのドローンから放たれており、小型のドローンは小さな銃口を室内の暗闇へ向けている。
     その部屋から、数部屋離れた、同じフロアの別の部屋。
     溟狠ラムダは、眼前のモニターを睨みつけていた。
    「きな臭いと思ったら今度は不審者が同僚を襲撃? 勘弁して。彼から離れなさい」
     モニターの中に映るのは暗闇に沈んだ別の一室だ。己護路エキスポで同じブースを担当している、エンジニアのブライアンの部屋。部屋の主は床に引き倒され、彼の目の前には起動状態のラップトップ。
     そして、彼の背後には画面に映らない暗闇が在った。
     言葉とは別に手足は動く。暗闇の解析とデータの収集を開始する。
    『名乗りなさい』
     否定を許さぬ居丈高な声が告げる。
     威圧に屈した訳ではないのだろう。だが室内の暗闇は、しばらくの沈黙の後──何を思ったか、問いに応えた。
    「──…僕は暗闇」
     陰鬱な声だった。聞く者に深淵を思わせる、幽鬼のような声。
    「──…僕は恐怖」
     意図してやっているのならとんだ役者だ。だがそうでないのなら……。
    「クローゼットの中、ベッドの下、カーテンの隙間。僕はどこにでもいる。どこからでも見ている。どこからでもやってくる。悪い子のところに──」
     ラムダの手元の計器が解析結果を出す。それの告げる情報に、ラムダは思わずモニターから目を離し、結果を二度見した。記されている情報は何も変わらなかった。

    「──…『ブギーマン』は来る」

     モニターに再び目を戻した時、画面の向こう、先までただ理不尽な闇があっただけの場所に、一人の男がいた。よれたトレンチコートに、穴の空いた薄汚れたずだ袋を被った、ホラー映画の殺人鬼もかくやといった風情の人物。
     顔が見える訳ではない。ただずだ袋の、目のような位置に穴が開いているだけ。その中の顔が見える訳ではない。だがラムダには、そのブギーマンを名乗る男が、ドローンを通して此方を見つめているのだとひしひしと感じた。
    「……ポエムだったら他所でやって頂戴、ごっこ遊びに構ってやってる時間はないの」
     挑発の言葉とは裏腹に、ラムダは薄暗がりに包まれたその部屋で起きている事実に内心で舌を巻いていた。てっきりその男は、光源の操作や、物質への干渉といったサイコキネシス能力を持つ超人種、あるいはもっと大雑把に、魔術の理に在る存在かと思っていたのだ。だが違う。その部屋で起きている事象は、ただ単一の現象が、ただ意味不明な精度と意図で以て、極めて奇怪なバランスを保っているだけに過ぎなかった。
     事象の地平線を越える重力の干渉、それに伴う空間の歪みと、光源の歪曲。
     光の歪みは一般相対性理論から導かれる現象である。一般相対性理論の正当性を証明した現象のひとつだ。
     光は重力にひきつけられて曲がるわけではなく、重い物体によってゆがめられた時空を進むために曲がる。対象物と観測者の間に大きい重力源があると、この現象により光が曲がる。これによって曲がった光が結んだ像が観測される現象は重力レンズといわれているが、その男の作り出した空間にそれはなかった。光は闇に飲まれ、どこかに消えている。
     それが意味することは、情報の伝達が一方的な事象の地平面が存在し、漸近的に平坦ではない方の時空の領域に光が飲まれ、脱出できなくなっていることを意味する。
     宇宙空間に於いて近似の現象を引き起こす、光でさえも脱出不可能な天体を、ブラックホールと呼ぶ。それと同等の重力が生み出されているというのに、周囲の器物や人物に影響が及んでいないのは、それが理性によるコントロール下にあるためだ。光でさえも脱出不可能なほどの重力がその空間に干渉していると同時に、人・物・あるいは目に見えぬ分子に干渉しないよう意識的な操作が為されている。
     あの男が望めば、一瞬にしてあのホテルの一室は、否、この島の全てが、あるいはもっと広い領域が、小さな六面ダイスに圧縮されるだろう。
     出来ない、と考えることもできる。だがそれは楽観が過ぎる気がした。少なくともあの男は、自分の身を隠すか、顕にするかを、自らの意思で選択せしめている。そこにどんな理由があるのか、何故こんな使い方をしているのか、合理的な理由が分からぬのが不気味ではあったが。
     これがただの人間というカテゴリーに配されるのであれば、なるほど学会が紛糾するわけだと、ラムダは仔細を考えることを放棄した。ただ目の前にいるのが、紛れもない零等星クラスの実力を持つ超人種であると簡素な結論を出しただけだ。
    『どうして庇う』
     ブギーマンは足元に転がる男を示し、尋ねた。
    『君は気付いてる』

     モニター越しの糾弾に、ラムダは目を伏せた。
    「……そうね。忌々しいけど、その通り」
     隠匿の悪意を感じ、動き出したのは昼。片手間の調査で、全ての事象と、その裏の真相に気付いたのは、夜を迎えて間も無くのこと。
     過激な選民的思想を持つ超人種たちの一団が、インターネットの奥深くで意見の交流を行っていたこと。『正しいことではない』と内に秘められた鬱屈と凶暴性は匿名という環境で加速し、誰にも言えない悪意の掃き溜めは熱を帯びた。裏でそれを扇動した分かりやすい悪がいたのか否か。いたとしてもおかしくはない。だがいなかったとしても不思議ではない。各地に点在しているだけだった匿名の悪意は、『己護路エキスポ』という一つのキッカケが故に一所に集まり、形を成した。
     誰かの悪意のある書き込みと共に標的の写真が上がれば、誰かの悪意がそれを後押しした。あるいはその悪意は些細なものだったのかもしれない、ただ自分の持つ知識や技術をひけらかしたいだけだったのかもしれない。だってこの事件は報道されていないのだ。知っているのは関係者と、調査を行う限られた者だけ。画面の向こうの現象が、実際に起きている現実なのか、誰かが作ったよく出来た虚構なのか。分からないのだ。分からないから、仕方ないのだ。匿名の集合知は言い訳を得ながら加速した。彼ら自身も、もう戻れなくなるほどに。
     ブライアンもその集合知の一人だった。何が彼をそうさせたのかを、ラムダは知らない。そこまで調べてやる義理はない。
     ただ止めるだけだ。
    『なら、何故』
     モニターの向こうの暗闇が尋ねる。その背後でブライアンの呻き声が聞こえる。
     ラムダははっきりと答える。
    「無意味だから」
    『意味はある』
     ブギーマンの声もまた断定に満ちていた。
    『過ちには罰を。行いには反省を。人に最も効果的な学習は恐怖だ。ここで学べば、もう二度と繰り返さない』
    「その男にそこまで面倒みてやる義理はないわ。それに、それを行うのは個人であるべきじゃあない。貴方は王じゃない」
    『僕は恐怖だ』
    「本気で言ってるなら狂人のそれね」
     ブギーマンは何も言わなかった。ただ破れた布の隙間から、モニターの向こうにいるラムダを、じっと見続けただけだった。その様と、彼が作り出したこの空間全てに目を向け、ラムダは察した。
    「……ああ、『本物』だったの。それは失敬」
     彼がラムダの想定した通り、重力を操作できる超人種であったとして。
     だったとしても、暗闇を名乗る意味はないのだ。それほど高度な技術を用いて、あの奇妙な暗闇を作り続ける合理的な理由はどこにもないのだ。もっと簡単で、もっと効果的な方法が、いくらでもある。少なくともラムダには、わざわざそれだけの労を払い、無意味なやり方にこだわるブギーマンの理屈は全くもって『分からない』。
     だがそのラムダには『分からない』理屈を、ブギーマンは本気で信じ、本気で実践を続けている。自らを個人ではなく、現象であると定義づけ、滑稽なロールプレイを続けている。それが正しいと、そう在るべきだと、本気で信じている。彼にはその理屈が『分かる』ので。
     理解できぬ道理に殉じる様は、その道理を理解できぬ者からしてみればただの狂気だ。
     なのでラムダは議論をやめた。無駄なことは趣味じゃなかった。ブライアンと同じだ。付き合ってやる義理はない。時間がないのだ。
    「じゃあザ・ブギーマン。思想の議論は時間の無駄だわ。実際に発生してる現象への対処を優先したい。狂っててもそれだけの理性があるなら仕事はできるでしょ、手を組みましょう」
    『僕だけで足りる』
    「あなただって分裂は出来ないでしょ。……出来ないわよね?」
     不機嫌な唸り声のようなものがずだ袋越しに漏れ聞こえた。この会話で、彼にとって未知の情報をラムダが持っているのだと察したのだろう。愚かな訳ではないようだ。悪くない。手を組む相手は便利な方がいい。
     ならばあとは畳み掛けるだけだ。
    「新しい被害者が生まれようとしてる。私はそれを今、他機でリアルタイムに観測してる。でもこのドローンの武装じゃ足りない。今だって貴方がその気になれば簡単にこのドローンは無力化されるでしょう、その程度の武装しか積んでない。もう一つの方であれば、私の立場なら簡単に介入できる。でもそれをすると、こっちの被害者まで手を回せない。……私の中の優先順位はもうついてる」
    『君を信じる理由がない』
    「出来なきゃ死体が一つ増えるだけよ。太陽が堕ちるのはあなたも寂しいでしょ」
     ラムダにとって、それは半ば賭けだった。彼女の手元、別のモニターには、意識を失い、無力な夜の姿となったソーラー・プロミネンスが、不特定多数の超人種によって自宅へ連れ込まれている様が見えている。彼らが車の荷台から物騒なものを下ろし、彼の家へと運び込んでいる様も。時間がない。本当に。
     だが、そうしたラムダからの情報を、この狂人が信じる理由があるか否かは……。
    『──なに?』
    「……あいついい加減ダチ選んだ方がいいわ」
     狂人の小さな動揺を見、ラムダは自分が賭けに勝ったことを理解した。時間がない。追及を避けるように話題を切り上げ、ドローンの投影に自身の顔を映し出す。暗闇の中に現れた小柄な女の映像にブギーマンが動きを止める。
    『場所を送る。デバイスは?』
    「ない」
    『じゃあそのドローンをあげる。その代わりこっちのことは私たちでやるわ。ブライアンの処理もね。あなたは関わらないで、さっさと消えて頂戴』
     画面に灯ったソーラー・プロミネンスの自宅へのルートと、リアルタイムで送られているその地点の映像を見せられて尚、ブギーマンは内心では迷いの中にいた。この女が嘘を吐いて、目を逸らそうと時間稼ぎをしているだけだったら? この映像があらかじめ用意された偽物でないと、どうして分かる? だが、もしもこの情報が本物であれば……。
     そういったブギーマンの逡巡は、ドローン越しにもたらされた、独り言じみた囁きで消える。
    『……同類だと思われたまま終わるなんて御免よ。せっかく、せっかく──…』
     ブギーマンはドローンを掴み、窓から飛び出した。



     暗闇はドローンを連れて消えた。
     現場からの通信が途絶したことを確認し、ラムダは深い息を吐きながらキーボードを叩いた。伸びたブライアンが転がっている部屋のドアと窓を閉ざし、外部ロックをかける。これで彼は正気に戻っても、ラムダが許すまであの部屋から出て行くことはできない。
     やるべきことを終え、ラムダは目をきっちり三秒だけ閉じた。その三秒で同僚の裏切りに踏ん切りをつけ、テクノマンサーは次のタスクのために動き出す。
     ブギーマンへの言葉は嘘ではない。やらねばならないことは多く、ラムダが一人で片付けるのは難しい。だが全て真実を明かしたわけでもない、取ろうと思えば別の手段も取れただろう。
     それを選ばなかったのは。
    「いや助かりました。私は無力ですので、現場でどうこうするのには向いていなくって。やはりこの手のことは英雄に委ねるに限りますな」
    「ほざけ」
     一連のやりとりを背後で見守っていた魔術師エルピトス──ラムダにブギーマンとプロミネンスの関係についてタレ込んだ道化──が、もう良かろうとばかりに軽口を開く。彼の右頬は赤く掌型に腫れていた。ラムダは舌打ちをしながら、荷物をまとめる。必要なものはラップトップ、関係者証明書、それから。
    「あんたにはまだ働いてもらうわよ」
    「話聞いてました?」
    「安心して。殴り合いなんてハナから期待してないわ。あんたにしか出来ないことをやってもらう」
     ラムダは自身のスマートフォンをエルピトスへと投げつける。顔めがけて放たれたそれを涼しい顔で受け止めて、道化はしげしげと画面を見つめた。G6への連絡先が表示されている。
    「ナイ神父の名前でも何でも使ってG6を動かしなさい。無能なノロマどもでも使い道はあるのよ。活用しないなんてもっての他、全部使うの。私の指示通りに動いてもらう」
     それだけをエルピトスへ告げ、ラムダは自室を飛び出した。オノゴロ・スタジアムはホテルの目と鼻の先だ、走れば五分で到着できる。
     ブギーマンへの言葉は嘘ではない。ラムダが一人で全てを片付けるのは難しい。だが、取ろうと思えば別の手段も取れただろう。例えば今、G6で捜査に当たっている二人のヒーローにこの情報をタレ込むだけでいい。仲間思いで心優しいヒーローどもは、プロミネンスを助けるために現場へ向かう。それだけで彼は助かる。
     だが、それをすれば、もう一つの案件は自分一人だけで片付けなければならなくなるだろう。出来ないわけではない、むしろ簡単だ。足手まといどもの邪魔が入らない分、その方が楽かもしれない。だが。
     それをすれば、他ならぬG6の立場はどうなる?
     身内を守ることだけを優先し、より大きなものを守れなかったレッテルを貼られる、仲間思いで心優しいヒーローどもの立場は?
     ラムダは常に完璧な結果を求める。それは他人にも、そして自分にもだ。片手間で世界を救うと決めたのであれば、それは完璧に遂行されなければならない。エレベーターの一階ボタンを殴りつけ、ラムダは苛立ちも顕に吐き捨てた。
    「総取りよ。私たちの有能さを見せつけてやるわ」

     エルピトスは肩を怒らせて立ち去ったラムダの背を見届け、晴れ晴れとした満面の笑顔を浮かべる。そして神を讃えるように大仰な身振りで立ち上がると、手渡されたスマートフォンをタップした。数度のコール音の最中に咳払いをし、喉のコンディションを整える。
     深夜受付窓口につながる。コールスタッフが機械的に要件を聞こうとする声を遮り、『いかにも切羽詰まっている』といわんばかりの声で叫んだ。
    「大変だ! オノゴロ・スタジアムに爆弾が仕掛けられた! 今すぐ助けに来てくれ、ヒーロー!!」



     ディスチャージとアマルガム・オナーのもとに、血相を変えたチェインが駆け込んできたのは、彼らが議論に結論を下した直後だった。
     一般市民からの通報があり、オノゴロ・スタジアムに爆弾が仕掛けられたとの情報が入った。現場の警備員とは連絡がつかず、異常事態と判断。すぐに現場に急行してくれ。
     かくして、ディスチャージとアマルガムはG6を飛び出し、オノゴロ・スタジアムへ向けて全力で駆け出している。
    「なんで爆弾!? なんでオノゴロ・スタジアム!?」
    「俺が知るか! なんでG6はいつもこう唐突なんだ!!」
     ディスチャージはプロミネンスへ電話を繋ぐが、虚しいアナウンスが響くばかりで彼が出る様子はない。眠っているのかもしれない。呼び出したとしてもこの時間帯では、彼の協力を求めるのは酷だろう。ディスチャージは連絡を諦め、走ることに集中しようとし──その首根っこを傍の青年に掴まれた。蛙が潰れるような音がした。
    「遅い! 飛ぶぞ!」
     返事は聞いてもらえなかった。アマルガムが作り出した水の膜による翼が羽ばたき、空気を捉え、二人の体は夜の己護路島上空に飛んだ。
     一気に上空へと舞い上がったアマルガムは、前方に佇む夜のオノゴロ・スタジアムを確認する。消灯時刻をとうに過ぎたスタジアムは暗く、常夜灯と思しき明かりがちらほらと見えるだけだ。遠目からでは人がいるのかいないのか、それすら分からない。
     あの場所に本当に爆弾が仕掛けられようとしているのだろうか? なんのために? 何故オノゴロ・スタジアムに爆弾を? それは自分達の調査と関係があるのか? この通報をした一般市民とはそもそも誰だ? 信用できる相手なのか?
     多くの疑問がアマルガムの脳裏を過ぎる。誰かの掌の上で転がされているのではないかという疑念があった。例えば本当は今、別の場所で本当の事件が起きていて、自分達はその目眩しの通報に騙されているのではないか。何かを隠されているのではないか──そうしたアマルガムの疑念は、唐突に灯ったオノゴロ・スタジアムの照明によって払われた。夜の己護路島に早すぎるエキスポの照明が灯り、暗い夜の中にスタジアムが煌々と浮かび上がる。
     少なくとも、あそこで何かが起きている。それは確かだ。
     冷たい夜の海風が頬を切る。ディスチャージの首根っこを掴む腕に力を込め、アマルガムは飛行速度を早めた。ディスチャージから上がった情けない悲鳴は無視をした。

    〈to be continued.〉
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    hasami_J

    DONEデッドラインヒーローズ事件モノ。長くなりましたがこれにて完結。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いさんのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。全てがただの二次創作。
    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話④』 開会を数日後に控えた夜のスタジアムに、照明が灯る。
     展示品や出展ブースが並べられたグラウンドが、スポーツ中継の時は観客席として用いられる変形型座席エリアが、屋内に用意されたスタジオを俯瞰するVIPルームが、華々しい表舞台からは遠く離れたバックヤードが、そのスタジアムの中の照明という照明が光を放っていた。
     そこに演出意図はなかった。ただスタジアムに満ちていた闇を照らすことだけを目的とした光だった。かくして夜の己護路島内に、けばけばしいほどの光に包まれたオノゴロ・スタジアムが浮かび上がる。

     スタジアムの全ての照明が灯ったことを確認し、ラムダは制御システムをハッキングしていたラップトップから顔をあげた。アナウンスルームに立つ彼女からは、煌々と照らされたスタジアムの様子が一望できた。天井からは己護路エキスポの垂れ幕が悠然と踊り、超人種の祭典を言祝ぐバルーンが浮いている。
    20127

    hasami_J

    DONEデッドラインヒーローズ事件モノ。続きます。全三話予定でしたが長引いたので全四話予定の第三話になりました。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。
    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話③』 彼女の父親はサイオンで、母親はミスティックだった。
     二人は出会い、愛を育み、子を産んだ。
     少女は超人種ではなかった。
     何の力も持たぬノーマルだった。
     少女の両親はそれに落胆することはなかった。あるいは落胆を見せることはしなかった。親として子を愛し、育て、慈しみ、守った。
     けれど少女はやがてそれに落胆していった。自らを育む両親へ向けられる、不特定多数からの眼差しが故にだ。
     超人種の多くは超人種だけのコミュニティを作る。それは己護路島であったり、その他の超人種自治区であったり、あるいは狭い収容所の中であったりするけれど。
     旧世代の中にその身を置き続けることを選ぶ者もいるが、それは稀だ。
     誰よりも早い頭の回転を持つテクノマンサーに、及ばぬ旧世代が嫉妬せずにいられるだろうか。依存せずにいられるだろうか。その感情に晒されたテクノマンサー当人が、そこにやりづらさを、重さを、生き難さを感じずにいられるだろうか。
    15418