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    hasami_J

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    hasami_J

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    デッドラインヒーローズ事件モノ。続きます。全三話予定の第二話。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。

    #ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話

    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話②』 自分は恵まれている人間だと思う。

     超人種としての能力のことを自覚したのは8歳を迎えた頃だった。母が闘病の果てに癌で死に、それから間も無くのことだ。日の光のもとに立った時、自分の体がぼんやりと光っていることに気づいた。
     最初は、日陰に入ればそう間も開かず落ち着く程度の光だった。直射日光の下で、キラキラと光る自分の産毛を見ながら、これは死んだ母が天使になって祝福をしてくれているのだろうかと、呑気なことを考えていた記憶がある。
     母の死で父は忙しそうにしていたし、自分は従来能天気な子供だったのもあり、そう深刻に受け止めてはいなかった。あるいは子供ながらに遠慮していたか、母の死で相応にショックを受けていたからかもしれない。とにかく、最初はそういうこともあるのだろう程度で、大して気にしていなかった。
     けれど光は徐々に強くなっていったし、日影へ逃れて光を逃がすための時間も、比例するように長引いていった。光の下にいる時は過剰な自信と楽観を抱いていたのに、光の届かない場所にいると過剰に精神が不安定になった。まるで自分が二人いるようだと思い、その比喩に、理由も分からずあっさりと納得していた。
     ある日、目を覚ました時に、ゾッとするほど大量の毛髪が抜け落ちていた。ベッドは朝日の当たる場所にあったので、それを見ても『あ、もうダメそう』と思っただけだった。そうしてすぐに、父へ事情を訴えた。最初の変化から、一月も経たない内の出来事だった。
     父は旧世代だったが、賢い人だった。自分の生い立ちの中で最も恵まれていたことを挙げるのであれば、それはあの人が自分の父だったことだろう。息子の申し立てを聞いた父は、その日の予定を全てキャンセルして、すぐに我が子を病院へと連れていった。「大丈夫だ」と頬に触れようとした彼の手が弾かれたように離れ、父が驚いた顔で父の手と自分の頬を交互に見ていた様から、自身の身に起きている異変が光だけではないらしいと悟った。その後で、あの人は何事もなかったように、自分と手を繋いで歩き出したのだけれど。
     病院に着いて、いろいろな検査をした。何の意味を持つものだったのか今でもよく分からないものもあった。だがその検査で出た答えはシンプルで、その日から自分の戸籍は超人種用のものに書き変わることになった。それらの手続きも、全て父がやってくれた。

     自分の故国は、一人一人の国民感情はさておき、国全体の施策としては超人種に対して排他的な国ではなかった。だが特筆して好意的というわけでもなかった。外部からの招致には慎重だったが、国内の資産を活用することは試みていた。日本をモデルケースにしようとしていたのかもしれない。
     国内で確認された超人種は、みなその時点で国の預かりとなり、国が営む収容所で生活を送る決まりだった。そこで自分の能力がどんなものであるのかを調べ、それを用いてどのように生きていくべきかを考えるのだ。後になって思えば、用意されていた選択肢はそう多いものではなかったと思う。だが家族とのやりとりや面会は許されていた。
     その待遇のことを、自分は特別差別的だとは思わない。もちろんそう思わない者も中には多くいたけれど…。
     だって、仕方がない。
     分からないものは危ないのだ。
     自分もまた、その施設で自分自身に関する多くのことを知った。体表から吸収した太陽光を体内で解析不能の光熱エネルギーへ変換し、周囲に対して無差別に放射する力。その力は自分の意志では一切コントロールすることができない、自動反射的なものであるという事実。加速度的に変化していく自分の肉体は、理論上は太陽と同温度までの熱量を放出可能になるだろうこと。
     制御弁の壊れたソーラーシステムだと誰かが言った。悪態だったのかもしれないし、皮肉だったのかもしれないし、同情だったのかもしれない。どちらだったとしても、昼の自分はそれを笑いとばし、夜の自分はそれを必要以上に反芻して泣いた。
     極めて早期の段階で、自分を検査に連れて行った父の判断は正しかった。あのまま呑気に力を隠しながら生活を送っていれば(それが出来たかはさておき)、いつか最悪の形で露呈することになっていただろう。父も毎週、自分のもとへ面会には来れなかったかもしれない。成長していくにつれ、自分の見目が幼少期の面影を残さぬほどに変質しきっても、彼は決して態度を変えなかった。最期まで。

     自分の力がどのようなものであるかを理解し、第三者の力によって能力の制御が可能になった頃合いに、選択の時が来た。選択肢はそう多くは無かったけれど、自分の未来を自分で決めることは許されていた。自分は父のような学者になるという夢を諦め、軍人になることを選んだ。自分の力は強大で、危険なものではあったが、だからこそ抑止力として役に立つだろうと思った。
     そうして子供が大人になるだけの時間が流れ、セカンド・カラミティで世界は変わった。多くの人が死に、多くの在り方が変化を余儀なくされた。自分の所属していた超人種部隊は解散し、国の超人種に対する接し方への議論が紛糾した。
     父はセカンド・カラミティで死んだ。
     僅かな肉体と遺品を棺にしまい、感謝と別れを告げて見送った。
     そうしてもうその国にいる理由がなくなった。
     あるいは、人間でいようとする理由が無くなったのかもしれなかった。

     自分は恵まれている人間だと思う。
     少なくとも、もっと悲惨で哀れな運命を歩んでいる者はいくらでもいるだろう。たとえば同じ部隊に所属していた、神経質で陰気な友人だとか。あれは可哀想な男だ。喪った肉親との記憶と、自らの力への罪悪感に自身を苛み続け、罰し続けている。そんな必要もないのに、そうせずには生きていけなくなってしまった。
     それに比べれば、自分はかなり、恵まれているほうだ。



     ソーラー・プロミネンスは目を覚ました。目覚ましのアラームが響いたわけではない。いつの頃からか、彼の体はその時間に起きるのが最適であると学習し、何をせずともその時間に目を覚ますことができるようになっていた。
     未だ夜の名残が残るか細い手足を引きずりながら、窓を開きバルコニーへ出る。東の空が紺と橙のグラデーションを描き、水平線の彼方に金色の糸が伸びていた。糸は徐々に面積を増し、膨らみ、半円へと形を変えていく。そこから放たれる光が、朝の訪れを告げていく。日の出だ。
     家の中から警告を告げるアラームが鳴る。一定時間以上、制御装置をつけずに屋外へ出ていた場合に鳴るよう設定されている。それに朝の挨拶を返しながら、寝室へ戻る。その頃には弱々しい夜の気配は消え、堂々たる巨躯を持った大男が、のしのしと室内を闊歩するようになっていた。

     鼻歌混じりに朝風呂を終え、キッチンで簡単な朝食を作り、リビングへ。自分にはやや窮屈な一人用のダイニングテーブルに腰を下ろし(嫌な軋みがした。そろそろ買い替え時か?)、テレビの電源をつけたところで、キッチンにコーヒーを置いてきてしまったことに気づく。立ちあがろうとして──背後から伸びてきた細い手が、テーブルにマグカップを置いた。
    「…………あれっ。もしかして、昨日呼んでた?」
    「いいえ? 勝手に入りました。おはようございます」
    「一声かけてくれよ。おはよう。でも鍵渡してたっけ?」
    「いいえ、勝手に入りました」
    「ていうか住所教えてた?」
    「いいえ、勝手に」
     プロミネンスの背後にいたのは、白い長髪を靡かせた優男だった。神秘的に伏せられた双眸と、浮世離れした雰囲気は、彼が魔術の徒であることを見る者へとそれとなく悟らせる。それでいて神々しさよりも胡散臭さが先立つのは、隠しようのない男の性が滲み出ているというより他になく。
     双方はしばし黙り込み、見つめ合った。沈黙が続いた。青年は微笑んだ。プロミネンスは肩をすくめた。そのまま立ち上がって警察に通報するために電話を取った。
    「あいやしばらく!」
    「オーケー、釈明を聞こう」

     魔術師の名はエルピトス。
     ソーラー・プロミネンスの知己である。
     指先をくるくると回した彼の手が、ひとつ握って開かれる。その一瞬で、エルピトスの手の中に、いくらかの書類が詰まったバインダーが現れた。
    「お急ぎのようでしたので、最速で情報をと思いまして」
    「どうだった?」
    「結論を申し上げれば、本件に猊下は無関係かと」
     エルピトスは普段、超人種扶助団体『星の智慧』に属し、日夜ナイ神父の為に辣腕を振るっている。
     もっとも、それは世に言う正常な価値観や信仰のためとは言い難い。彼は彼の独自の基準でナイ神父を、『星の智慧』を測っている。要は道化なのだ。その道化ぶりが故に、プロミネンスはエルピトスと知り合うことになった。
    「そりゃよかった、余計なことを考えずに済む」
    「他ならぬ英雄の頼みとあらば、このエルピトスの動かぬ理由がございません。めっちゃ張り切っちゃいましたとも」
     真面目なことを言ったかと思えば、すぐこれだ。プロミネンスはその様子を笑って流し、書類を受け取った。書類に記されたデータは、『星の智慧』が手がける幾らかの案件について、『外には出せない』ものばかり。
     彼に情報を頼んだのは昨日の夜だ。真面目にやれば、本当に有能な男だった。
    「何より」
     トン、とエルピトスの細い指先がテーブルを突いた。
     それだけで、家の中で稼働していた、超人種・ソーラー・プロミネンスを監視する全てのセンサーが一斉に沈黙する。プロミネンスは眉を顰めた。
    「おい、それはダメだ。何か起きた時に困る」
    「わずかな間だけですよ。この話の間だけ……恒星の英雄よ、昨晩は我が耳を疑ったものです。あなたが私を頼るなど……。何か気になることが?」
    「その褒め言葉、素面の時に聞くとチョー照れるね」
    「あなたがその気掛かりを共有できるのは、臨死に瀕した今世の中で、このエルピトスと、ここにはいないもう一人だけなのではありませんか」
    「……うーん、流石」
     有能な男だった。そして厄介な男でもある。彼の伏せられた双眸の下の目に宿っている色は、心配か、好奇か。
     プロミネンスはどうにか誤魔化す方法がないかを考えたが、ナイ神父すら翻弄する道化に自分が敵うはずがないと早々に諦めた。手にした書類をテーブルに放り、開き直ったように正直に告げる。
    「君が楽しい話かは分からんぜ。割とプライベートなことだし」
    「是非伺いたいものですな! コーヒー淹れても? 砂糖とミルクも欲しいです。ついでに私も朝ご飯にしますね、お腹減りました!」
    「この野郎がよ。いいよ」
     エルピトスは意気揚々とキッチンに立った。



    「教え子が死んだ。死体は俺が見つけた。ご家族と一緒にな」
    「なんと」
     プロミネンスのコーヒーは飲み干されていた。トーストも腹に収められ、暗かった窓の外は今や普通の朝の空だ。あと1時間もすれば、出勤するサラリーマンや、登校する学生の声が、ここにも響くようになるだろう。
    「ひどい死に方でね。親御さんはそりゃあ可哀想なもんだった。でも多分、それが正しい」
    「まるであなたは違うとでも言いたげだ」
    「それなんだよな」
     平和で、いつも通りの、日常の朝だ。だというのに、電気の落ちた室内で交わされているのは随分と血生臭い話題だなと思った。
     普通なら、こういう日に、こんな時間に、こんな話はしない方がいいのだろう。
    「彼女とは大体一年ぐらいの付き合いだ。うちのゼミの生徒で、話すことも多かった。子供の頃に事件に巻き込まれて、エンハンスドになった子でね。本人が望んでのものではあったらしいんだが。背中に大きな白い羽が生えてた。天使みたいでしょって胸張って、先生先生ってコロコロ笑う。良い子だったよ。──昔の俺なら間違いなく、その死に様に怒ったり、泣いたり、忙しかったと思う」
    「彼女の死体を見て、あなたは何を思ったのです」
    「『あ、死んでる』と」
    「なるほど」
     エルピトスは簡素な相槌だけを打った。そしてミルクと砂糖がたっぷり使われた自分のカフェオレに口をつけ、息を吐く。そして明日の天気を聞くような自然さで、続きを尋ねた。「ご家族には何と?」
    「話を合わせた。すぐに警察とG6へ通報して、その後色々あって、解放されてから君にまず連絡を」
    「なるほど。それを『問題』と認識できないのが、今のあなたの『問題』ですか」
    「……ま、そうなるね」
     食べ終えた自分の食器をシンクへ運ぶ。食洗機に放り込み、ボタンを押した。食洗機が動き出し、中の食器を洗い始める。それを見下ろしながらプロミネンスが告げた言葉は、彼らの事情を知らぬ者にはまるで意味のわからない、つながりのない言葉だったはずだ。
    「それでもさ、後悔はしてないんだよ」
     けれどエルピトスはそのつながりを知る者だったので、正しく言葉の意味を理解した。この世界には当人を除けば、ただ二人しかその気掛かりを共有できるものはいないだろう。彼が告げた言葉の通りだった。
    「この話、ラムダ嬢には?」
    「してないし、しばらくはするつもりも無い。あくまで俺の個人的な事情だし、いま邪魔するのは悪い」
    「エキスポですか」
    「良い顔してたよ。そっとしておきたい」
    「殴られますねえ」
    「三~四発は覚悟しとく」
    「……ふむ」
     エルピトスはもう一口カフェオレを飲んだ。そして考えるように、香りを楽しむように沈黙し──たっぷりの間を開けて、口を開いた。
    「足を運んで正解でしたね。あの日の戦いの中でも言いましたが、かつて何であったとしても、今のその身は人のはず」
     その言葉もやはり、彼らの事情を知らぬ者にはまるで意味のわからない、つながりのない言葉だった。けれどプロミネンスはそのつながりを知る者だったので、正しく言葉の意味を理解した。エルピトスからのそれが道化としての戯れではなく、英雄の輝きを望む者として、本心から告げている警告であることも。
    「片方をおろそかにすれば、その先にあるのは破滅ですよ」
     気をつけるよ、と言った声がどんな色をしていたのか、自信がない。

     駆動音が戻ってくる。超人種・ソーラー・プロミネンスを監視する全てのセンサーが一斉に稼働を再開する。後にはもう、双方の間に先の意味深な空気はなく、気やすい空気だけが残っていた。
     エルピトスはカフェオレを飲み干し、いいことを思いついたと言いたげな笑顔を向けた。
    「そういうことでしたら、人間としてのあなたのご友人を頼るのがよろしいでしょう! そろそろ顔を見に行くつもりだったのでは?」
    「ん? 何で知ってんの? 話したことあったっけ?」
    「いいえ? 勝手に!」
     プロミネンスは警察を呼んだ。



    「おおい、垂れ幕が裏返っちまった。ヨシダはどこだ? 呼んでこい」
     大勢の人間が忙しなく行き来していた。その忙しなく行き来する人々の中には、皮膚の色が違う者もいれば、手の数が違う者もいた。人にはない器官を有する者、身一つで空を飛ぶ者……大勢の超人種たちが、忙しなく行き来していた。ある者は会場の設営のため、ある者は施設の点検のため。
    「垂れ幕下げるぞ、上の方気をつけろよ」
    「オーケイ、やれ!」
     景気の良い掛け声と共に、ミスティックが上空に両手を広げる。彼が腕を動かせば、はるか上空にある天井の縁に引っかかり、裏返っていた垂れ幕が、一人でに動き出して正しい形へと翻っていく。──己護路エキスポの文字がオノゴロ・スタジアムに踊った。
    「邪魔、どいて」
     垂れ幕を見上げて口笛を吹く大柄な超人種を、冷たく容赦のない言葉が押し退ける。相手がその言葉を聞き届けるよりも早く、小柄な女性が人の壁の中から転がり出た。視線は手元のホログラム・デバイスへ向けられ、意識は耳もとのインカムに当てられている。
    「会場許可もぎ取ってきたわ。準備は? よし、じゃあ五分後にテスト始めるから。各部署に通達しておいて。そう、五分後よ。──ああ、ブランドン! ちょっと!」
     通りすがった白衣の男性の姿に、女性が声をかける。男はその言葉に振り返り、挑戦的な表情を浮かべた。
    「なんです? クイーン。こちらの整備データは全てお送りしましたが、まだ何か気に入らないところでも?」
    「そのあだ名やめて。あなたの結果は完璧だったわ。だからこれは私の提案なんだけど、次のテストで尾部駆動系の──…」
     女の言葉を聞き、男の挑戦的で自信に溢れていた顔が歪む。けれどそれはすぐに感心へと転じ、好奇の色に彩られた。「なるほど、そうなると──いや、良いね! すぐ試そう!」
     走り去っていく男の背を見届け、女──溟狠ラムダ(くらもと らむだ)は何時に無い爽快感を覚えていた。やりやすい。全てを説明せずともこの現場のスタッフの多くは彼女の意図を察するし、余計な根回しをせずともその意義を理解できる。自社ではこうはいかない。
     知識量の隔たりは人間性の隔たりだ。思考回路が違う存在のことを理解するには労力を要する。そのコストを払わなくていい相手とのやりとりは気楽で、やり甲斐があり、楽しい。欲を言えば彼女が何かを告げるよりも先に、先んじてそれを解してこちらに納得のいく指示を出せるだけの、王の如き存在が居て欲しい所だが──それはあまりに過ぎた欲というものだ。
     そうして浮いた労力は別の場所に費やせる。テストが始まるまでの五分の間に、他に為すべきタスクはあるか。ラムダが考えた時、会場の隅を走り回る別ブースのスタッフが意識の端に残った。直感じみたそれに顔を向ければ、G6の腕章をつけたスタッフの姿が目に留まる。ラムダの視線の先、彼らは何事かを手短に打ち合わせた後、別々の道へと散っていく。
    ──やっぱり、何か、隠してるわよね。
     それはなにも、今の二人がだとか、己護路エキスポ内のG6ブースがとか、そういう話ではない。この己護路エキスポ内にいる人々全体を包む、漠然とした何か。
     大方、国家の威信をかけた事業を成功に導きたいだとか、そのために関係者たちには余計な心配をかけたくないだとか、今は己護路エキスポに集中して欲しいだとか、そういうくだらない理由なのだろう。
     せっかくの良い気分が台無しだ。
    ──気に入らないわ。 
     ラムダは手元のホログラム・デバイスに小さく指示を出す。その指示に従い、彼女の宿泊ホテル内から超小型ドローンが幾体か、己護路島各地へ飛んだ。
     同時、ラムダのインカムに準備完了の声が入る。時計を確認すれば先の指示から三分も経っていなかった。「マジ?」思わず口唇が愉快気に歪み、即座に行動へ移る。
    「オーケイ、それじゃあ早速行きましょう。EN:Λy(エンヴィー)、起動開始!」
     これだけの人材が揃っているのに、片手間に世界が救えないなどと思われているのであれば、業腹だ。



     夜の帷に包まれた部屋だった。女性の部屋なのだろう。勉強机の上は整理され、鏡の前には使いさしのマニキュアが整頓されて並べられている。姿見の傍、オープンクローゼットには、部屋の主の嗜好が察せられる、上品でいながら愛らしい衣服が所狭しと掛けられていた。
     姿見の下方に、黄色のテープと小さなメモが貼られている──『血痕58』。
     かつて部屋の中央に置かれたカーペットは白く、毛足の長いものだったのだろう。しかしそれは今や変色し、乾き切り、見る影もない。中央に向かうにつれ濃度が高まるどす黒い血の痕が、その一部が不自然に切り取られていることも含めて、この部屋には存在しなかったはずの陰惨な空気を漂わせていた。
     ぶちまけられた血の跡は、カーペットのみには留まらなかった。ベッドの上には、より一層濃い惨劇の痕跡が残っている。ベッドの上で人型に貼られた黄色のテープと、入り口と窓に貼られたKEEP OUTの文字が、その部屋で起きた全てを説明していた。
     閉ざされた窓の鍵が、微かに震え出す。
     それはひとりでに、かちりと音を立てて、開く。
     窓が開く。夜の風が部屋へと入り込み、室内に篭っていた陰惨な空気が、束の間薄くなった。けれどそれもひとときだけのことだ。それはすぐに中和され、結局、拭えぬ惨禍の痕は部屋の中に残った。
     部屋の中に暗闇が現れた。夜の帷に包まれた部屋を、より強い闇に包み込むものだった。暗闇は部屋の中をゆっくりと動き回り、見聞し……最後に、ベッドサイドテーブルに置かれた写真立ての前で足を止めた。
     写真立ての中には家族写真があった。鳥を思わせる容貌の中年の男、指先に炎を灯した中年の女、そして背から白い羽を生やした若い女。皆、笑顔だった。
     暗闇はそれを見つめていたらしかった。そうして最後には、消えてしまった。



    「なんッなんだあの男は!! ふざけやがって!!! いきなりやってきて偉そうに!!! 何様のつもりだ!!!!」
    「お、落ち着けアマルガム。大丈夫だから、俺結局大丈夫だったから、ていうかあれってやっぱり俺の責任? 情報漏洩しちゃった感じ? うええん」
     ヤッベ、これどうしよ。
     ソーラー・プロミネンスが麻神学園大学部のキャンパスを出て、合流予定地であったガーディアンズ・シックス己護路島支部へとやってきたのは、もう三十分もすれば完全に日が沈むだろう頃合いのことだった。普段であれば体質のこともあり、これほど遅くまで大学にいることはない。ましてやG6からの依頼を受けている時であれば尚更だ。それはスグル・オスターマンという人物が日本国籍を得て、己護路島へと入島し、そして麻神学園大学部と雇用契約を結んだ時からそのように定めてある事である。今の彼は大学の教員であると同時、実験協力ならびに有事の際の優先的な能力提供を約束した移住超人種である。
     だが己護路エキスポは他ならぬその日本の国家的事業だ。普段は大学で教鞭を採っている職員たちも、あるいは学生であっても、優秀な者であればあるほどエキスポへと優先的に配されていった。それは誇らしいことではあったが、軋轢も生む。
    『どうせテクノマンサーばっかりじゃん』
    『テクノマンサーエキスポにでも改名しちゃえばいいのに』
     残された学生たちの中からそんな声が上がっているのを、ソーラー・プロミネンスは知っている。
     日々の業務に加え、空いた職員たちの席の穴埋め、そして学生たちのケア。教員の仕事はただでさえ忙しいものだが、それに加えて多忙が続いている。そしてそれは、何もプロミネンスの職場に限った話ではないだろう。
     予定よりも長引いた昼の仕事を終え、合流予定地へと向かった彼を出迎えたのは、怒り狂うアマルガム・オナーと、憔悴したディスチャージだった。何事かと話を聞いてみれば、プロミネンスにとって身に覚えがありすぎるトラブルの羅列だった。
     怒髪天をつくといった様のアマルガムが全身の水分を震わせて身を戦慄かせている横で、どんよりとした空気を放ちながらいかにもこれから仕事をクビにされますといった風情のディスチャージ。さらにその二人を作り出したのは、プロミネンスの依頼を聞き、行動を起こしたブギーマンであるようだ。
     地獄絵図である。
    ──素直に俺の知り合いですゴメンネって言った方が良いかな? いやでも絶対怒るよな〜……何してんだよあいつ。いやあいつならやる。やってきた。分かってたはずだろ俺。じゃあやっぱこれって俺から謝った方がいいか? いやでもなあ〜。
    「聞いているのかプロミネンス! ディスチャージが!」
    「もういい、もういいんだアマルガム、俺が全部悪いんだよ…」
    「ソダネー」
    ──もう黙ってようかなあ〜〜〜〜〜〜。
     事態が落ち着くのに三十分かかったし、その間にすっかり外は夜になったし、結局プロミネンスはブギーマンのことは二人に黙っていることにした。

     事情聴取の許可を得られた被害者の家族は、己護路島内にあるビジネスホテルで生活を送っていた。事件現場となったのは彼らの自宅であり、彼らの娘は自室で発見された。事件が起きてから三日程度しか経っていない今、彼らが変わらぬ生活を送ることは不可能であった。
     彼らが語った事件発覚に関する経緯については、概ねプロミネンス本人の認識と相違はなかった。違いがあったとすれば、被害者であったエンハンスドの少女自身の生い立ちについてを、細やかな情感と共に聞き届けられたことだろうか。
     事件現場である住居の玄関を開く。数日前まで人が住んでいたその家は、未だ生々しい故人の色が満ちていた。たとえばそれは、玄関先に置かれた、若い女性もののサンダルであるとかに。
    「忘れ物があったんだよ、教室に」
    「それでわざわざ家に?」
    「それだけじゃなかったんだ。お母さんの方、いただろ? そっちに元々用事があった。彼女は結婚するまで麻神の大学で教鞭を。要は俺の先輩って訳だ、専攻も同じ」
    「だから娘もお前の学部に?」
    「さあな。それは彼女しか知らない」
     無人となった教室に、ブレスレットの忘れ物があることに気付いたのは偶然だった。『島の外に行った時のお土産なんだ』と、嬉しそうに自慢してきた女子生徒のことを知っていたのも、彼女の母親に会いに行く予定があったのも偶然だった。
     予定通り、家を訪れ、彼女の母親と有意義な意見交換を行った。程よいタイミングでブレスレットの話を持ち出せば、母親もそれに見覚えがあったらしく、自室にいるはずの娘を呼んでこようと席を立った。
     悲鳴が響いたのは、その数十秒後だった。 
    「自室でか」
    「そうだ」
     部屋に続く扉を開く。未だ濃い血臭が三者の鼻をつく。……それと同時、奇妙な夜風が扉を抜け、廊下へ続いた。アマルガムが鋭い目を向ける。窓が開いている。
     強い舌打ち。
    「先を越された」
    「げ、まじか。あいつ?」
     ディスチャージが窓のそばへ近寄り、外を見回す。一軒家の二階から見下ろす景色の中に、あの不気味な暗闇の姿はない。そのことにほっと胸を撫で下ろすディスチャージの背に、アマルガムの不機嫌な声が投げかけられた。「ベッドの上に何かあるぞ」
     窓を閉めながら視線を戻せば、血塗れのベッドの上に、ひび割れたスマートフォンが放られていた。傍には走り書きが残されたメモがある──『メッセージアプリ。最上段。0368』。
     その文字を無言で眺めていたプロミネンスが、スマートフォンへ視線を向ける。
    「彼女の使ってた機種と同じには見えるな」
    「警察が押収してたんじゃないのか。……電源が入らないな。壊れているのか?」
    「ちょっと貸してくれ」
     ディスチャージはアマルガムの手からスマートフォンを受け取り、側面の保護カバーを確認する。そこが無傷であることを確認し、視線を室内へ彷徨わせた。勉強机の上に置かれた化粧ボックスに目が止まる。開けば彼の目論み通り、ピンセットがあった。それを用いて側面の保護カバーを開き、中のSIMカードを取り出す。
    「お、いいな。MicroSD付きだ。うまくいけば中のデータも見れるぞ。この機種なら多分……ああ、俺のでいける」
     自分のスマートフォンを取り出し(あの暗闇男から返却されたやつだ。壊れてなくてよかった)、SIMカードとMicroSDを移し替える。電源を入れれば、ついさっきまで、いかにもビジネス用といった雰囲気だった無骨な画面が様変わりしていた。愛らしいピンク色に天使の絵が描かれた壁紙が灯り、四桁のパスワード入力画面が表示される。ディスチャージは首を傾げ、まさかと思いながらメモに記されていた四桁の数字を入れた。……開いた。ホーム画面の中にメッセージアプリがあることを確認し、ディスチャージは複雑な気分になった。あのメモの送り主は少なくとも、自力でこれを成し遂げている。
    「……まあ、情報共有してくれるんなら別にいいけど……」
     そこまでやって、アマルガムが妙に静かなことに気付く。視線を向ければ、目を丸くしたアマルガムがこちらを見ていることに気付き、ディスチャージは今度こそはっきりと首を傾げた。
    「どうした?」
    「ディスチャージ、お前はテクノマンサーだったのか」
    「は?」
     指さされた先のスマートフォンを示され、年若い彼が言わんとしていることを理解し、ディスチャージは思わず吹き出した。
    「だったらよかったんだけどなあ。ただお前より歳食ってるだけだよ」

     メッセージアプリの最上段に表示されていたのは、恋人と思しき人物とのチャット履歴だった。短いスパンで行われているやりとりは気安く、二人の親密さを感じさせる。普段から顔を合わせている相手ではなかったようで、やりとりの中には頻繁に「会いたい」や「次に会う時には」といった言葉が見れた。
     彼女の恋人は、己護路島の外にいた。
     履歴をスクロールしていけば、二人のツーショット写真があった。身を寄せ合って笑顔で映る、白い羽を持った女と、彼女を抱きしめる旧世代の若い男。二人は同じブレスレットをつけていた。
    「知ってたか?」
    「まさか。学生の恋愛事情に首突っ込む教師がいたら嫌だろ」
    「この人物について調査を、」
     やりとりを遮るように、ピロン、と軽い音が鳴った。
     今まさに、このチャットルームにメッセージが入ったところだった。既読がついたことに気付いたのだろう。短い文言が、いくらか送られてくる──『大丈夫?』『この前話した店のことなんだけどさ、今度……』。
     何気ない、恋人同士の日常の延長の言葉が続いた。それにリアルタイムで既読がつくことに気付いたのだろう。相手のメッセージが続く。『今、話せる?』
     彼は彼女が死んだことをまだ知らない。

     ディスチャージは迷った。この何も知らぬ若者に、今真実を伝えるべきか否か。伝えるのであれば簡単だ。電話を繋げ、事実を全てを打ち開ければそれで済む。だが……。
     迷うディスチャージの肩に手が置かれる。振り返ればプロミネンスが彼を見下ろしていた。表情を持たない彼の顔は、彼が黙りこくってしまえば彼の感情を他者へ伝え得ない。プロミネンスは静かに首を横に振った。
    「まだ早い」
    「でも、」
     続く言葉が思いつかなかった。後ろから伸びてきたプロミネンスの手が、静かにスマートフォンの電源を落とす。
    「……どっちでも同じだ」
     アマルガムの声が背後からした。振り返れば、彼がベッドサイドに置かれた家族写真を見下ろしているところだった。
    「どうせもう、返事はこない」
     家族と故郷を失った彼の言葉は、ディスチャージにはあまりにも重かった。



     アマルガムの「さっさと別の被害者の現場に向かうぞ。暗闇野郎に先回りされるのは腹が立つ」という一声で、彼らは部屋を離れた。
     夜道を走るバスの中に人気はまばらだ。ちらちらと自分に向けられる乗客たちの奇異の目を感じながら、ディスチャージは手元の資料をぼんやりと眺める。
     被害者の少女の死体は自室で発見された。死因はショック死で、背中の皮膚と翼が全て剥がされていた。遺体に残された傷の痕跡から、それが生きながらにして行われた、苦痛を伴う施術であったことは明らかだった。
     切り離された彼女の翼は、皮膚ごとカーペットの上に捨てられていた。彼女の体は、その傍に置かれていたベッドの上に横たえられていた。打ち捨てられた翼の横に、血で書かれた文字が残されていた──『穢れた血』。
     第一発見者は部屋を訪れた母親だった。次いで、その悲鳴を聞いて現場に駆けつけた父親と、その場に居合わせたソーラー・プロミネンス。プロミネンスの指示で、すぐに救急と、警察と、G6へ連絡が取られた。そして今に至る。
     現場は警察が調査を行い、遺体や、血文字の一部、被害者の遺品は警察が押収していった。アマルガムは讃えるような目で見ていたが、ディスチャージが行ったようなことは、当然警察も行ったはずだ。その上で、メッセージアプリの恋人が何も知らされていないというのであれば……それは、そういうことなのだろう。
     あの暗闇は、それに異を唱えたかったのだろうか。警察が無関係と断じた、蚊帳の外に置かれた被害者の恋人に、何か意味があると伝えたかったのだろうか。あの暗闇の目には今、何が見えているのだろう。
     思索に耽るディスチャージの肩を叩く手があった。
    「アマルガムをこの件に関わらせて良かったのか?」
     側に立ったプロミネンスが、声を顰めて尋ねてきた。その言葉にディスチャージはマスクの下で困ったような顔をする。
    「お、俺に言うなよ……G6はいつでも人手が足りてない。あいつは……こういうのもどうかと思うけど、実際強いから」
    「確かに腕っ節は立つだろうけどな。この件であいつが冷静な判断を下せると思うか?」
    「それは……いや、大丈夫だ。あいつだって別に、まるきり子供って訳じゃない」
     プロミネンスの懸念が、侮りや不信に由来するものではないのだとはディスチャージも分かっている。その逆だ。かつて超人種への弾圧が故に故郷を喪ったアマルガム・オナーにとって、今回の一連はひどく苦いものに違いない。アマルガムの故郷に関する一連の事情を知っているプロミネンスは、純粋に彼を案じているのだろう。
     だがそれを差し置いても、アマルガムは優秀な人間だ。それにディスチャージは、アマルガムよりも気になることがある。
    「むしろ、お前の方が良いのかなあって思うけど」
    「俺?」
     心底意外そうな声をあげ、プロミネンスは首を傾げた。その様に、ディスチャージは余計に苦いものを覚える。
    「教え子だったんだろ。しかも第一発見者だ。そうでなくてもいま忙しいんだろ? 普通はキツい」
     例えば、これが警察だとか、何かしらの普通の捜査機関であれば、真っ先に捜査から外される手合いだ。それは冷静な目で捜査を行う事ができないからという客観的な判断と、何より当人の精神の保護の為に。
     だがG6はいつでも人手が足りていない。あるいはこの国そのものに。あるいは──ヒーローという存在そのものが、足りていない。
     ディスチャージは弱い。三流もいいところだ。いつまで経っても強くならない。等級だってギリギリ二等星に行くかいかないかだ。彼らのようなスーパーパワーはないし、小手先の技術と経験で、誤魔化し誤魔化し今日もヒーローをやっている。それだって別に誰かが褒めてくれる訳ではないし、誰の記憶に残るわけでもない。
     それでも別に、辞めたいとは思っていない。必要なのだ。そういう人間が。
    「キツかったらキツいって言ってもいいと思うぞ。俺たちだって居るんだし」
    「……そういうもんか?」
    「俺はそう思うけど……お前はどうなんだよ」
     ディスチャージの問い返しに、プロミネンスは黙った。彼には目も鼻も口もなかったので、黙ってしまえばそれだけで何を考えているのか分からなくなる。巨躯も相まって、迫力は尋常じゃない。見当違いのことを言って怒らせただろうかとディスチャージは内心ハラハラした。彼に殴られたら絶対勝てない。
     バスが次の停留所を告げる。その停留所名を見て、プロミネンスは頭の後ろをガリガリと掻きながら、決まりが悪そうに言った。
    「あー、じゃあ、すまんが一度帰っていいか。正直充電が不安でな、明日なら朝から付き合える」
    「え、まじか。いや良いけど。いま何%?」
    「4パー♡」
    「帰れ!」

     やりとりを、じっと見つめている者がいた。
     バスが停まり、ソーラー・プロミネンスは二人に別れを告げ、幾人かの乗客同様にバスを降りた。
     その人物もそれに続いた。



    ──教え子だったんだろ。しかも第一発見者だ。そうでなくてもいま忙しいんだろ?
    ──普通はキツい。
     そういうものか。
     そういえば、そういうものだった。
     すっかり暗くなった帰路を進みながら、プロミネンスは、先に告げられた言葉を反芻していた。
     理屈は理解できる。そういうものだということもわかる。ディスチャージの言葉が自分を気遣ってのものであるとも、よくわかる。
     だが実感が湧かない。
     辛いのだろうか? 苦しいのだろうか? キツいのだろうか?
     ここ数日の間、自分の心理状態は極めていつも通りだった。観測される数値にも変動はなく、いつも通りに安定している。自意識としてもそうだ。何を馬鹿な、いつも通りさ、と笑ってしまえばそれで良いのだろう。自分の心理状態としてはそれが一番近い。だが客観的な知識という名の共通認識がそれを阻害する。
     気遣う人々を、嘆く人々を、抗う人々を、薄い膜を挟んだような視点から眺めていた。彼らの情動を理解し、寄り添い、助けた。それが普通の反応だと、分かってはいた。自分のことに置き換える実感が無かっただけで。

     自分にも身に覚えがある。昔はそうだった。自分だけでは制御の出来ない力と、誰かの力を借りなければ生きていけないという事実に打ちのめされた。
     ソーラー・プロミネンスは制御弁の壊れたソーラーシステムだ。体表から吸収した太陽光を体内で解析不能の光熱エネルギーへ変換し、周囲に対して無差別に放射する力。その力は自分の意志では一切コントロールすることができない、自動反射的なものであるという事実。自分の肉体は、理論上は太陽と同温度までの熱量を放出可能になる。
     ただ生きているだけで、その身は世界を危険へ晒す。そういう超人種は、時々いる。
     中には完全に危険な存在として、一生を幽閉されながら終える者もいるだろう。プロミネンスも、一歩違えばそうだった。そうならなかったのは、親愛なる隣人たちの恩恵だ。
     最初にこの能力の制御装置を作ったのは、故郷の研究者だった。上昇し続ける熱量を、他者の力を借りることでコントロールした。それは少しずつ改良を重ねられ、所属と国籍が変わった今では己護路島の研究機関に委任している。
     今でこそ、それに感謝と、理解を抱いている。だがかつてはどうだっただろうか。自分は他人に迷惑をかけなければ生きていけないのだと、ただ生きているだけで誰かを苦しめるのだと、そんな嘆きを抱きはしなかっただろうか。

     いつから感じなくなった?
     故郷を出て、そこでエルピトスやラムダと共に己の遠い遠い過去を知った時?
     セカンド・カラミティの後、父の葬儀を終えたその時?
     あるいは──もっと昔から?

     制御装置からアラームが鳴る。その音にはたと我に帰る。残量が0%を示し、しまったと思った時には、身から放たれる輝きが尽きている。膨らんでいた悠々たる巨躯は風船のように萎み、黒く、カサついた、燃え滓のような弱々しい人型がぽつりと立ちすくむ。
     次の朝日が昇るまで、ソーラー・プロミネンスは無力になった。
     急激に込み上げる不安と弱音を飲み込み、溜息に転じて吐き出した。サイズが合わなくなった服を引きずりながら、もう目の前にまで迫った家の扉を目指す。帰ろう。そして朝を迎えて、いつも通りに……。

     背後から音がした。
     振り返った。
     強い衝撃が走った。
     殴られたのだと察した。誰かが目の前に立っていた。
     その姿は──。

     ソーラー・プロミネンスは意識を失った。

    〈to be continued.〉
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    hasami_J

    DONEデッドラインヒーローズ事件モノ。続きます。全三話予定でしたが長引いたので全四話予定の第三話になりました。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。
    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話③』 彼女の父親はサイオンで、母親はミスティックだった。
     二人は出会い、愛を育み、子を産んだ。
     少女は超人種ではなかった。
     何の力も持たぬノーマルだった。
     少女の両親はそれに落胆することはなかった。あるいは落胆を見せることはしなかった。親として子を愛し、育て、慈しみ、守った。
     けれど少女はやがてそれに落胆していった。自らを育む両親へ向けられる、不特定多数からの眼差しが故にだ。
     超人種の多くは超人種だけのコミュニティを作る。それは己護路島であったり、その他の超人種自治区であったり、あるいは狭い収容所の中であったりするけれど。
     旧世代の中にその身を置き続けることを選ぶ者もいるが、それは稀だ。
     誰よりも早い頭の回転を持つテクノマンサーに、及ばぬ旧世代が嫉妬せずにいられるだろうか。依存せずにいられるだろうか。その感情に晒されたテクノマンサー当人が、そこにやりづらさを、重さを、生き難さを感じずにいられるだろうか。
    15418

    hasami_J

    DONEデッドラインヒーローズ事件モノ。長くなりましたがこれにて完結。前話はタグ参照。
    メインキャラは自PCのブギーマンとソーラー・プロミネンス。お知り合いさんのPCさんを勝手に拝借中。怒られたら消したり直したりします。全てがただの二次創作。
    『ブギーマンとプロミネンスが事件の調査をする話④』 開会を数日後に控えた夜のスタジアムに、照明が灯る。
     展示品や出展ブースが並べられたグラウンドが、スポーツ中継の時は観客席として用いられる変形型座席エリアが、屋内に用意されたスタジオを俯瞰するVIPルームが、華々しい表舞台からは遠く離れたバックヤードが、そのスタジアムの中の照明という照明が光を放っていた。
     そこに演出意図はなかった。ただスタジアムに満ちていた闇を照らすことだけを目的とした光だった。かくして夜の己護路島内に、けばけばしいほどの光に包まれたオノゴロ・スタジアムが浮かび上がる。

     スタジアムの全ての照明が灯ったことを確認し、ラムダは制御システムをハッキングしていたラップトップから顔をあげた。アナウンスルームに立つ彼女からは、煌々と照らされたスタジアムの様子が一望できた。天井からは己護路エキスポの垂れ幕が悠然と踊り、超人種の祭典を言祝ぐバルーンが浮いている。
    20127