微睡む体温 かたり、と音を立てるのがわざとであると気付いたのはいつだったか。
少なくとも、『力量の差はあれど気配には気付けるのだ』という自惚れを容赦なくへし折った男に抱く感情が、強さへの執着だけではないと気付いたのは──つい最近のことである。
「ここまで接近を許すのは、生徒とはいえ忍者として如何なものかな」
予想よりも近い場所から掛けられた声に脈が跳ねる。しかしそれを押し殺し、バッと振り向いて動揺したように目を見開いてみせた。
「いつの間に……!」
寝間着姿で読書に集中していたように見せかければ、相手も多少は油断するだろう。書物と袖に忍ばせた暗器を悟られないようにしつつ、長身の男を睨み上げる。
タソガレドキ城の忍者隊を束ねるこの男は、同室である善法寺伊作に恩があるらしく忍術学園と──忍たま達とは敵対する意思は示さない。だからといって味方であるかと問われたら、時と場合によるだろう。そのため警戒を怠るべきではないのだ。
自分がこの男へ抱えている感情が、どういったものであっても。
「っ!?」
一瞬思考が逸れ、視線は外さなかったはずなのに音もなく男の手が首にかかる。生唾を飲み込んだ喉が、男の指に緩く圧迫された。
「──熱があるね」
「………………は?」
ドクドクと主張する脈が耳障りで、男の言葉を聞き損ねるところだった。
言われてみれば軽く頭痛がするし、体がだるい気もする。触れている男の手が心地よく思ってしまったのは、自身に熱があり男のかさついた手が冷えているからだろう。
「伊作くんがいないからといって、体調管理を怠るのはよくないよ」
自覚した途端に嫌な寒気がして顔を顰めると手が離れていき、無意識に伸ばしかけた手は咄嗟に自身の首へ当てる。名残惜しさを押し殺し、男の感触を消すように首を擦っていると、観察するように目を細め顔を覗き込まれた。
「……文句も言えないほど体調が悪いなら、伊作くんを呼んでこようか?」
わざわざ言わずとも伊作が今どこにいるのかを把握していることに、思わず眉間に皺を寄せる。情報が筒抜けであることへの不快感と、伊作が不在であることを知っていて何故来たのかという疑問で浮き足立ちそうな心を鎮めていると、それをどう思ったのか男は溜息を吐いて額をぺしりと叩いた。
「痛っ!」
「さっさと寝なさい。体調を崩してなくとも子供は寝る時間だ」
布団を捲って促され、抵抗すれば無理矢理にでも寝かせるつもりであることを察して渋々といった態度を隠さずに布団へ入る。
これほどまでに大人しくしていれば、相手にも隙は出来るはずだ。甲斐甲斐しく捲れた布団を整える様子を目で追い、暗器を仕込んでいた袖へ手を伸ばす。
「寝なさい、と言ったはずだよ」
仕込んでいたはずの暗器を見せつけるように懐から取り出して机へ置かれ、反射的に腕を出そうとして布団で抑え込まれていることに気付き、その全てに意識が向かなかったことに歯噛みをする。
体調不良というだけでは言い訳にならない、あらゆる差を痛感せざるを得ない現状がこの男との明確な距離に感じられ──それを悔しく思うこと自体が、腹立たしくて仕方がなかった。
散々曲者と言って勝負を仕掛けていた相手に背を向け、目を閉じると小さく息を吐く音が聞こえる。この場に留まっている必要などないのだから、さっさと帰ってしまえ。そう思いながらも気配を探っていると、突然目元を手で覆われた。
「あ!? な、にを、考えてんだ……!」
「眠れなさそうだったからね」
ビクリと跳ねた体を捩らせて仰向けになれば、目元を覆ったまま理解出来ない言葉を返される。何故眠れなさそうだからといってこんなことをするのか、一体何を企んでいるのか、何もわからない。だが、きっと聞いたところで答える気はないのだろう。
大きな手のひらから伝わる低い体温と、嗅いだことのある薬草の匂いが、暗くなった視界と共に眠りへ誘う。このまま眠るのは癪だという反発心よりも布団へ沈み込むようなだるさが勝り、緩やかに全身から力を抜く。
意識が落ちる寸前、僅かに手のひらへ擦り寄ればピクリと指先が動き、男の余裕を崩せたような気がして少しだけ笑った。
* * * *
かたり、と音がして瞼を開ける。遮られることのない視界は普段通りの天井を映し、数回瞬きをして衝立の向こう側の気配を探る。伊作は急遽薬を補充しに行っただけだから、戻ってきた音なのだろう。そう思ったのだが気配がなく、起き上がって衝立の向こう側を覗き込もうと体を起こせば、廊下から人が近付く気配がして視線を向ける。
「あれ? すまない留三郎、起こしてしまったかな」
微かな音を立てて部屋へ一歩踏み入れた伊作が驚いたように目を見開き、すまなそうに言うのを手を振るだけで応え、布団に寝転がった。
つまりあの音は、男が帰ることを知らせるためだけにわざと出した音だったのだろう。忍び込んだくせに何をするわけでもなく立ち去った理由を考えるのは、少々頭の動きが鈍い今は難しそうだ。だから今は眠ってしまおう。
そう思い寝返りを打つと、伊作が纏っている薬草の匂いとは異なる薬草の匂いがした。