手段は選ばず 毒に体を慣らすことは上級生として必須だ。その上で保健委員長である伊作の同室である俺は、他の奴らよりも毒に耐性があると自負していた。
「こら、早く手を退けなさい」
駄々をこねる子供を窘めるような言葉とは裏腹に、手を引き剥がそうとする力は強い。それを首を振って拒んで口元を手で覆ったまま、目の前に立つ男──雑渡昆奈門を睨む。
鍛練中に意図せず出会い、勝負を仕掛けたのは俺だ。勝負の最中に忍びから狙われていることに気付かなかったのも、俺だ。俺を庇ったりしなければ避けられたはずの毒矢を手に掠めたのは、この男だ。それに何とも思わないわけがない。直後に忍びを仕留めた男を引き留め、血液以外の液体で濡れる手の甲に吸い付き毒抜きをし──毒で口が痺れるという失態を晒している。
こんなはずではなかった。吸い出してすぐに吐き出せば、毒に慣らした体であればここまで影響が出ないと思っていたのに、手で押えていなければ半開きになったままの口から涎を垂れ流してしまう状態だ。
「そうやっていて良くなるものではないことくらい、わかっているだろう」
毒など受けた様子もない男が腹立たしい。俺が口だけに影響があるのなら、この男だって手に影響があっておかしくないはずだ。じとりと手を睨むが、強く吸い出したことで薄らと内出血している傷口に血が滲んでいる程度で、動きがおかしいようには見えない。
「んぇっ!? ぅゔっ!」
無理矢理手を引き剥がされたと思ったら涎で濡れた顎を掴まれ、いつの間にか手にしていた竹筒から水を流し込まれる。飲み込むよりも先に口の中へ指を入れられ、下を向かされて口内に流し込まれた水は全てボタボタと垂れ落ちた。
「もう一度やるから、飲まないように」
「っ! ゔっ! はぁッ、げほっ、げほ……」
返事など待たずに水を流し込まれて強制的に吐き出させられ、男の忍装束を掴んで咳き込む。少し舌が動くようになったかと思っていると、軽く背中を叩いていた男が再び顎を掴んで上を向かせた。
「っ!? う、んぅぅ……っ!」
半開きの口を塞ぐように唇を押し付けられ、舌と共に少しだけ水が流れ込んでくる。何が起きているのか理解が追い付かずに混乱している間にも、捩じ込まれた舌は口内を擦るように動き、少しずつ流れ込んでくる水の量が増えていく。口内に留めておけず口の端からダラダラと垂れ落ち、舌の付け根まで舌先で刺激されて喉が鳴った。その直後、口内を満たしていた水がぢゅう、と音を立てて全て吸い出され、唇が離れると男は水を吐き捨てて俺の顔を覗き込む。
「飲んだ?」
短く鋭い問いかけに首を振ると男は水を口に含み、再び舌を捩じ込んでくる。麻痺した口に対して効率的に毒を洗い流しているのだと理解は出来たものの、これでは俺が毒を吸い出した意味がない。面倒事を増やしただけだ。やるせない気持ちになりながらもこれ以上手を煩わせたくなくて、少しだけ舌を動かしてみる。一瞬動きが止まった舌はすぐにこちらの舌に絡み付き、流れ込んできた水に溺れそうになった。
「ぶっ、ぐ……っ、……」
必死に水を押し返そうと動かす舌を阻むように口内を蹂躙していく舌が腹立たしい。男の忍装束を引っ張って抗議すると、先程と同じように口内の水を吸い出されて唇が離れていく。
「はぁッ、はぁッ、ごほっ、ぅえ……っんぅ!」
男の忍装束を掴んだまま俯いて咳き込むと再び上を向かされ、唇を塞がれる。せめて咳が落ち着くまで待ってくれないか、と思いながらも流れ込んでくる水に身構えていれば、慣れたように捩じ込んできた舌が俺の舌を絡め取り、ぢゅうぅと強く吸い付いた。
「ゔッ!? ……! ~~~~!!」
片手で顎を掴まれているだけなのに、顔を逸らせない。毒を受けたはずの手を俺の体を支えるように背中へ回され、強く抵抗が出来ない。結局掴んだままの忍装束をグイグイと引っ張ることしか出来ず、唇を離された頃にはしっかりと掴んだ跡が残っていた。
「この毒は強い痺れを引き起こすが水に溶けやすく、水に溶けるとほとんど効果がなくなる。だからすぐに大量の水で洗い流せば問題ない──が、当然吸い出した方が手っ取り早いのは事実だ。助かったよ」
吸い出した唾を吐き出し、傷口を見せながら説明する男の取って付けたような言葉に顔を顰め、視線を落とす。そもそも俺を庇わなければ毒を受けることもなかったのだから、礼など言う必要がないだろう。
濡れた口元を拭い、舌と唇へ触れて感覚が戻っていることを確認していると、顎を掴んで上を向かされる。もう何度目になるのか考えたくもないと思いつつ、抵抗もせずに上を向いてやると予想通りまた唇を塞がれた。
「ん……むぅ……?」
毒を吸い出すつもりならさっさとしろ、と舌を伸ばすが今度は吸われず、表面を舐めるような舌先の動きに困惑する。もう毒は残っていないと確信しているということだろうか。それならこれは舌の動きの確認──いや、それならば喋らせるだけでいいはずだ。
つまりこれは、ただの口吸いだ。
「~~~~~~~~~~~~ッ!!」
引っ込めようとした舌は絡め取られ、喉元を撫でられて下を向けず、背中へ回されていた手はしっかりと腰を掴んでいる。逃げられない。そう確信出来る程度には力の差があることを自覚しているし、悔しいことに本気で抵抗をしたいと思っているわけでもないという自覚もある。
水など含んでいないのに水音が響き、口内に溜まっていく液体をごくりと飲み込む。先程は喉を鳴らしただけで射抜くような眼差しを向けてきたというのに、今度はまるで褒めるように指先で喉を擽られ、自分が出したとは思いたくないような声が漏れた。
「、ふ……んぁっ、、ぷはッ! はぁッ! な、に……かんがえ、て……!」
ビクッと体が跳ねると同時に唇が離れ、気恥ずかしさを誤魔化すように必死に息を吸い込みながら睨む。濡れた唇を拭った指先で俺の唇も拭った男は、随分と楽しそうな表情を浮かべて顔を近付けてきた。
「ご褒美だよ。毒を吸い出してくれたことと、私自身が毒を吸い出してあげたことへのね」
双方に利があるだろう? などと言って丸く収めようとする男に反論しようとして、それが出来る立場ではないことを思い出し口を噤む。黙り込んだ俺をどう思ったのか、男は僅かに首を傾げた。
「足りなかった?」
半ば本気で言ってそうな様子に反論することはせず、唇へ触れたままの指先を感覚を取り戻した舌先で舐めた。