嘘から出た真 嘘をつく日なんてものを一体誰が考えたのだろう、とそれほど興味もなく思いながら様々な企業による嘘を紹介しているネットの情報から視線を上げると、向かいに座った彼──留三郎と目が合う。
エイプリルフールの存在よりも余程不可思議と言える輪廻転生を経て再会した彼は、昔のように曲者と騒ぐことはない。さり気なく前世の話をしてみてもよくわかっていないような反応しか返って来ないことから、記憶がないのだろうと判断した。別にそれ自体はおかしなことではない。尊奈門は生まれた時から記憶があったようだが、陣左は記憶がないままだ。陣内は初デートの最中に思い出して、相手が前世の妻だったことに安堵したと言っていた。
(留三郎が記憶を取り戻したら、こうして会うことはなくなるだろうな)
そう思いながらも昔の彼を懐かしく感じてしまうのは、あの頃の方が強い感情を向けられているという自覚を得られていたからだろう。
目が合ったまま無言でいることが不思議なのか、僅かに首を傾げる様子は今の彼にとっては年相応の仕草だ。昔であれば成人間近な年齢だというのに、と残念に思う一方で、留三郎の子供らしい一面を見れることに喜びを覚えているのだから、我ながら強欲だ。
「私達、前世では恋人同士だったんだよね」
今日という日だからこそ言える嘘だ。前世でそんな関係だった事実はない。ただ、そんな関係にしたいと思っていたのは事実だ。
何も覚えていないのなら事実としてしまえと思って言った言葉は、少々飲み込むのが難しかったのか留三郎の動きをしばし止める。半分ほどコーラが残ったグラスの中でカラリと氷が音を立ててようやく動いた彼は、口元を押さえて顔を背けた。
「ふ……っ、くくっ、こい、恋人って……!」
店内だから静かにしようと必死に抑え込んでいるのだろうが、そんな涙が出るほど笑うことだろうか。不思議には思うが、笑っている留三郎を見るのは嫌いじゃない。少し温くなったコーヒーを一口飲み、エイプリルフールだとネタばらししようとすると、涙を拭った留三郎が笑いながら口を開く。
「っはは……ぜ、前世は、俺が、片思いしてただけだっただろ……!」
半ば落とすようにガチャリと音を立ててカップをソーサーへ置くと、留三郎は表情を固まらせて口元を覆う。失言だったという自覚があるのならば、彼の発言は嘘ではないのだろう。
つまり、記憶があるということだ。
「……いつから記憶がある」
「……………………最初から」
観念したように告げた彼に深い溜息が漏れる。随分と取り繕うのが上手くなったものだ。それも前世の経験があるからだろうけど。
「何故記憶がないふりをしてた?」
「…………と……が…………ない……」
俯いて呟く彼に聞こえる声で喋るように無言で促すと、顔は俯いたまま視線だけでこちらを睨み、息を大きく吸って顔を上げた。
「あんたが! そうでもしなきゃ俺のことなんて見てくれないだろ!」
怒鳴るように言われ、記憶の件を追求することで目を逸らしていたことを直視せざるを得なくなる。彼は──留三郎は、本当に前世から私を好いていたのだろうか。
店内で大声を出してしまったことに気付いた様子の留三郎の手を掴み、陣内へ目配せをしてさっさと店を出る。当然後で怒られるだろうが、こういった時ばかりはこちらも監視付きで助かったと思ってしまう。
「おい、ざ……っ、雑渡、さん……!」
記憶があることを知られたことから、普段のようには呼びにくいのだろう。それを無視して路地裏へ入り、留三郎の友人達が追って来られないように進んでいく。彼らは想像以上に留三郎に対して過保護だ。捕まると面倒なことになる。
いくつかの道を抜け、角を曲がり、立ち止まって振り返ると留三郎は肩で息をしていた。大した距離でもないのに息切れをするとは思っておらず、わざとなのかと疑いながら掴んだままの手を動かし、脈の速さを確認して嘘ではないことを知る。
「体力落ちた?」
「あ、あんた、が……っ足、長すぎて……、歩幅、違いすぎ……!」
必死に呼吸を整えようとする留三郎の背中を撫でながら、確かにその違いは大きいかもしれないと納得していると、数回深呼吸をした留三郎が顔を上げ、顔が近かったことに驚いたのか後退ろうとしたので抱き寄せた。
「はっ!? えっ、あっ、な、何して……っ!?」
「まさかエイプリルフール以外にも嘘をつかれていたとは思わなかったよ」
腕の中で身を捩っていたが、私の言葉でピタリと動きを止める。騙していた後ろめたさはあるのだろう。しかし、真意は恐らく伝わっていない。
「私が言った恋人同士だったというのは嘘だけどね、キミの言う片思いも嘘だよ」
「は……? いや、俺があんたのことを、その…………す、好きなのは、別に嘘ってわけじゃ、んっ」
言葉の途中で黙らせるように唇を撫で、視線を合わせるように上を向かせる。こうして間近で見ると、記憶があることを明かした後だからというのもあるが、昔のような苛烈な感情ではなくとも深い感情を向けれているのはわかる。
だが、それでは物足りない。もっと強く求めてほしい──私と、同じくらいに。
「片思いじゃないってことだよ」
額に、鼻先に、頬に、首元に口付けていくと、じわじわと赤みを増していく。このまま食べてしまおうか。そんなことを考えていると、胸元でスマホが震える。どうやら優秀な部下達は追い付いたらしい。
「留三郎、これはエイプリルフールなど関係がない言葉だけど、聞いてくれるかな」
名残惜しく思いながら唇から指先を離し、耳元で囁くとゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。緊張しながらも言葉を促すようにスーツを握り締める姿が愛おしく、耳へもキスをすると留三郎の体は面白いほどに跳ねた。
「ぅあ……ッ!?」
「ふふ……好きだよ。ずっと昔から、ね」
つい笑ってしまったが、今まで嘘をつかれていたのだからこれくらい許されるだろう。背中を軽く撫でて体を離そうとすると、背中へ腕を回されてぐいっと強く引き寄せられた。
「留三郎?」
「…………記憶がないふりはした、けど……雑渡さんと一緒にいたかったのも、会いたかったのも、会えて嬉しかったのも、全部嘘じゃない……俺だって、ずっと昔から、好き、だった……」
耳元で言われては、どれだけ声が小さくなっても聞き取れてしまう。これはやはり据え膳なのではないかと思ったが、追い付いた留三郎の友人達が殺気立っているのがわかる。留三郎を連れ帰ろうとしたら走ってくることだろう。友達思いで何よりだ。
「積もる話は今度にしよう。次の約束があって嬉しいのは本当なんだろう?」
「う…………はい」
揶揄うように言えば顔を赤らめながらも肯定し、照れ笑いを見せる。熱持った頬を撫でるように触れ、唇の端に口付けを落とすと少し離れた場所から悲鳴が聞こえ、胸元のスマホが再び震えた。
彼らにもエイプリルフールを満喫させてあげられたことに満足しつつ、首筋まで真っ赤に染めて硬直した彼の手を引いてその場から離れた。