美しい人 あれだけ広範囲に火傷を負っているのだから触れられるのは嫌なのかと思えば、あちらから触れてくる頻度を考えるとむしろ好んでいるように思える。散々好きなように触れさせていたため多少気を許したのか、男は見えにくいように灯りを背にして包帯を解き、「触っていいよ」などと言う。
影になっているとはいえ、その皮膚が正常ではないことくらいひと目でわかる。男の強さに反して、触れたら簡単に傷を付けてしまうのではないか、痛むのではないかと思わずにはいられないほどに、脆く見える。
「触れたくないのならやめようか」
恐る恐る伸ばした手が触れる前に、男はあっさりと離れようとする。あまりの呆気なさに呆然としてしまったが、男にとっては慣れた反応なのだと気付き顔を顰めた。
「触れたくないなんて言ってないだろ」
俺は別に、火傷を負った肌を不快に思ったことはない。何故そんな火傷を負ったのかこの男が俺に語る気はないのだろうし、俺も知りたいわけではない。それでも一つ、確かなことがある。
この男は、肌を焼くほどの熱に、痛みに、勝ったのだ。
恐らく俺の想像なんて及ばないほどの苦痛を伴っただろう。もしかしたら数ヶ月は動けなかったかもしれない。今も目に見えない場所に後遺症があるのかもしれない。それでもこの男はこうして息をして、動き、会話をし、忍びとして生きている。
「あんたのその体は誇るべきものであって、恥ずべきものではないはずだ」
こんなこと、俺が言う必要はない。わかってる。でも、例えこの男自身であっても、その体が耐え抜き勝ち得た今を軽んじるような発言は許し難い。
「そう真っ直ぐに褒められると照れるね」
照れた様子もなく笑みを浮かべる男はきっと、子供の戯言程度にしか思っていないんだろう。僅かな苛立ちを抑えて手を伸ばし、肌へ触れる。触れたことのない感触の中に、様々な古傷が感じ取れた。
「……この体は、忍びとしても人としても、美しいと思っている」
武士であれば傷の部位によっては恥だなどと言うが、忍びにとっては生きていることが最重要であり、傷は生き抜いた証だ。これだけ傷が付くほど狙われても生きているという時点で、この男は忍びとして優秀なのだとわかる。
引きつった肌は確かに見た目が良いとは言えないが、この男が死に抗ったという目に見えてわかる証だ。それを醜いなどと思えるはずがない。
「俺は、ん……っ?」
肌から視線を上げ、間近で男の顔を見上げると灯りが消され、指先で唇を撫でられた。のんきにそんなことをしてくるのだから、何か気配を感じたというわけではないのだろう。暗さに慣れてない目では何も見えず、何度も瞬きを繰り返しつつ男から離れようとすると、唇をゆっくりと撫でてくる。
「………………困った子だ」
溜息混じりに言われた言葉の意味がわからず、眉寄せると唇から指が離れ、少しかさついた唇が触れる。軽く触れただけで唇は離れ、抱き寄せられて肩口に顔を埋めてきた。抱き締めるようなことをしてくるのは珍しく少し戸惑ったが、また拒絶してると誤解されたくはなくて肌を撫でるように背中へ手を回すと、今度は首元へ頬を寄せてきた。
「……こんなことしてくるの、珍しいな」
「キミがあんまりにも褒めるから、照れくさくて顔を上げられないだけだよ」
普段通りの体温と脈であることがわかるように触れ合いながら、わざわざそんな嘘を吐かなくてもいいのに。そう思ったが、組頭という立場上、何か言い訳でもなければこんなことは出来ないのかもしれない。
「部下からは似たようなこと言われないのか? あの人達、あんたのこと大好きだろ」
「生きていることを感謝されることはあるよ」
部下にまでわかるほどの無茶をした結果の火傷なのだろうか。それとも、火傷を負う以前を知っているからこそ言えないのだろうか。少なくともこんな言葉で『照れる』などという表現が思い浮かぶ程度には、言われ慣れていないのは間違いない。でも、それはおかしいだろう。傷も火傷も生き様も、忌避されるものではない。この男の自覚の有無に関わらず、他人がそう伝えてやるべきだ。
この男の過去を知らず、この男の部下ではない俺だからこそ、それを伝えられる。
「言っておくが、俺は別に褒めてるつもりはないからな。ただ事実を言ってるだけだ。雑渡昆奈門という男の生き様は美しいと、んぅっ」
「……まったく、塞いでいないとすぐそうやって褒めるのなら、ずっと塞いでしまおうか?」
「だから、褒めてな、んっ、んん……っ、あ……!」
頭を引き寄せて唇を塞がれ、するりと髪紐を解かれる。少し呆れたように言う男へ抗議しようにもすぐに唇を塞がれてしまい、抱き締めたまま酷く丁寧に寝かされた。
暗闇に慣れた目に映った男の顔は照れているというよりも嬉しそうで、言っていることを理解されないのは不服ではあるものの、わざわざ否定しなくてもいいかという気持ちにさせられる。
「…………褒められたくなったら、いつでも褒めてやるよ」
顔を覆う包帯に手を伸ばして言えば目を瞬かせ、少し笑って素直に包帯を解かれていく。酷い火傷の痕が残る顔に触れると、その手に頬を寄せて男は口を開く。
「そうだね、またキミに褒められたくなったらお願いするよ」
言葉と共に唇を塞いできた男の頭を、褒めるように撫でてやった。