書きかけ影菅ワンドロ・ワンライお題「変身」で書こうとしてた文
(影菅未満)
影山は祭に興味なんてなかった。むしろ言われて初めて存在を知ったくらいだ。存在を知ったところで行きたいとも思わなかったし、だからなんだ、と気持ちが動くこともなかった。それでも影山は、こうして指定された時間に指定されたこの場所に遅れることなく、むしろずいぶんと早い到着を果たしていた。
只今の時刻は19時15分少し前。見渡してみたが、案の定影山以外の部員はまだ来ていない。意図せず一番乗りしてしまったが、これは影山が祭参加に浮き足立ったための結果では勿論ない。部活後の自主練習が禁止されたため、少しでも身体を動かしたくて仕方なしにランニングを兼ねて来たせいだった。
いい具合に心拍数と体温の上がった身体を夏の盛りの頃では考えられない程に柔らか苦なった風が撫でる。何か飲み物を持ってくればよかった、と影山は思った。しかし、なんとなく先に屋台に行くことや待ち合わせ場所から離れることは躊躇われた。それからやはり、この時間がどうにも無意味に思えてしまい、少しでもボールに触っていたかった、と改めて惜しくもなった。しかし、どうしようもない。だって影山が此処に居るのは、一週間程前に先輩から命じられたためなのだから。
烏野排球部メンバーで祭に行く。集合場所は境内入口階段下、鳥居の向かって右柱前、19時30分。
それが影山が二年生の先輩である田中より頂戴した指示内容だ。
影山の耳には、提灯が飾られた通りに入った頃より軽やかな祭囃子や人々の活気ある賑わいが届いていた。宵闇には、神社外周路から石階段その上の境内へと等間隔で灯された提灯が、ぽってりと丸い橙色で浮かび上がっている。その光は穏やかな風に時折ゆらゆら揺れて、時間を持て余しぼんやりと佇む影山と、それとは対照的に彼の目の前を逸る足取りで楽し気に過ぎていく人々の輪郭を同じように照らした。
昼から始まっているというこの祭は、深まっていく闇の濃度に伴って特有の熱気と高揚を加速させ存分に熟していた。その空気が場を満たしている。誰も彼もが、非日常の賑わいの中に在る。それでもやはり、影山の心は凪いでいた。場の気配を理解はしても、その中に在ってさえ彼にとっては他人事で興味関心は芽生えなかった。
実際のところ祭参加の指示を頂戴した時の影山は、こんな時期にそんな場合か、と思ったし、必要性を全く感じなかった。バレーボールに少しも関係がないからだ。だから心に浮かんだのは、なぜだ、という強い疑問と否定の思いばかりだった。今もそれはあまり変わらない。それでも彼は、先輩の指示だからという理由ひとつだけで、こうして馬鹿真面目に祭に来て排球部の皆を待っている。
これはあの時、影山がその表情から提案者の田中に心中を目敏く見咎められてしまったせいだった。結果として提案であったはずのそれは、先輩からの凄みのある顔での絶対参加の指示という強制力が伴うものとなってしまった。珍しいことにあの月島からすら表立った拒否や否定はなかったようで、むしろなんだか部全体が賛同する雰囲気ですらあった。そのため、最下学年の後輩の内の一人である影山の口から内心そのままの疑問も否定の言葉も出るはずがなかった。体育会系縦社会の気質は、バレーボールが、その部活動が、生活全てのど真ん中にある影山のその身にずいぶんと染み付いていた。その結果だった。しかし、影山が本心の表明をしなかったとしても賛同しているわけではなかったので、言うまでもなく顔に全部出てしまっていた。
こいつ興味ねぇな、当日本当に来る気あんのか。そう田中に思わせてしまった影山が悪いのか。この熱い先輩は、冷めた後輩に火をつけようとして自分が着火したのかなんなのか、隙あれば影山を捕まえては繰り返し言ってみせた。
「祭、楽しみじゃねぇか。三年生にとっては高校最後の夏だ。一緒に行けるチャンスなんて、それこそこれが最後なんだぞ!」
それはそうか、としか影山は思わなかった。三年生達は次の春には高校を卒業するから次の夏はいない。三年生の卒業後について影山は何一つ知らなかったけれど、その時には彼らが居ないということは知っている。それは、深く考えるまでもなく当たり前の、ただの事実だった。だから、田中がどんなに熱く“最後の夏”、“祭へ一緒に行く“ことを語ろうとも、西谷がそこに加わって二人がかりでこようとも、その意味と必要性はピンとこなかった。部活でだってほぼ毎日会うし一緒なのになんで今さら祭なんか、と影山の中で困惑が深まるばかりだった。山口と月島の潜め声での会話をたまたま聞くまでは。
「田中先輩と西谷先輩があんなに熱心なのって、清水先輩とお祭に行きたいからだよね」
「決まってるデショ。あの人達わかりやす過ぎるんだよ」
さすがの影山も祭に情熱を燃やす田中と西谷の二人が、マネージャーである三年生の清水に特別な好意を持っていることは知っていた。月島の言う通り、彼らはいつだって全力でわかりやすく意思表示していたから。
そうか、特別だからか。“最後の夏”は特別だから、部活という日常以外で、特別な清水と“祭に一緒に行きたい“のか。結局、排球部の皆んなで一緒に行く意味までは理解できなかったが、清水の参加率が上がるとか、思い出とか、そういうことだろうか。意味なんてどうであれ、どうせ影山は行くしかないのだからあまり深く考えなかったけれど。
祭行きが部内で明確に確定事項になった頃、田中と西谷の両先輩から浴衣所持者は浴衣着用の上参加(甚平も可)のお達しが出た。祭だから浴衣、の図式はなんとなくわかったが、それをわざわざ指定される意味とは。清水先輩の浴衣姿が見たいだけだろう、と山口と月島が再び推測していた。日向に至っては、一層楽しみを増した様子でやかましかった。影山は浴衣なんて持っていない。面倒なことにならなくてよかった、と内心ほっとした。
祭の日が近づくにつれ部活前や終了後の皆の間にワクワクとでも言えるような空気のようなものが見え隠れし始めていた。三年生達は一・二年よりもずっと忙しいだろうに思いの他乗り気で、そうなれば後輩達が楽しみを遠慮する理由も必要も一切ない。それをぼんやりと眺めるばかりの影山を取り残して、毎日は過ぎていった。
===以下メモ===
<どこかに入れる>
影山「俺が来なくても、よかったんじゃないっすかね」
田中「何言ってんだ。お前が来れば先輩が喜ぶだろ」
喜ぶのか。影山は思わず目を瞠った。それは、思いもよらないことだった。自分が居ることで喜ばれるなんてこと、あるんだ。脳内でいくら反芻しても、あまりよくわからない。当惑した影山は、部活中と変わらず裏表のない様子でさも当たり前の事実を述べただけ、といった顔をしている田中を見返すことしかできなかった。
<各展開メモ>
🟠合流①:影山の後、菅原。他はまだ。一人待つ影山の元へ菅原が来る。時刻19:20頃
散々周囲に指摘されてきたため、影山は自分の目付きが悪い自覚が少なからずある。そのため行き交う人々の顔を眺めているわけにもいかず、見るともなしに緩く落とした視線を遠くその先に投げていた。そんな彼の視界の端に、するりと入って来る気配があった。気付くまでは希薄、しかし気付いてしてしまえば目で追わずにはいられない、そんな猫のような確かな存在感。どうしようもなく、目を引かれた。それは、提灯の橙色にその縁を染めながらも白い、白い裸の足だった。それが、一歩、一歩と左右交互に繰り返される歩みで、確かに影山の方に近づいてくる。それから、二歩分の距離を置いて彼の前で止まった。改めて見れば、その足指の間から甲にかけて黒黒とした下駄の鼻緒がきちりと食い込んでいる。そのせいで、白が一層際立って見えるのか。
幽霊みたいだ、と影山は思った。幽霊なんて実際に見たことなかったけれど、あまりに現実感がなかったから。
だから、その輪郭を確かめるために視線でなぞった。足先に行儀良く並んだ爪、丸く突き出た踝、引き締まった足首を掠める見慣れない広がりの裾。体の線を拾いながら覆うその布は、淡い光源に染まって色を変えて見せていたが水の色を淡く重ねたような白で、それこそ清流のような青の筋が幾つも流れ描かれている。薄い腰下に一閃、黒に見間違うほど深い紺碧の帯。明るい昼時よりも闇に印象を強くした白い肌。見覚えのある形の首元から顎先、するりと通った鼻筋を辿ると、橙色の灯を写して見知らぬ色になった丸い双眸と視線が重なった。その片側の眦には、印のようなほくろが一つ。影山はその人を知っている。
風が吹いて、立体的に陰影を揺らして、少しばかり非現実的で、でも現実で、もちろん幽霊なんかではなくて、実体がある。烏野高校排球部の三年生の先輩。ポジションは影山と同じセッター。副主将の菅原。春より数ヶ月かけて共にバレーをしてきた。バレーを通して知ったはずのその人だった。そのはずなのに、しかし今はあまりにも見知らぬ誰かのようで。
この人は、誰だ。
「よ! 早いな影山。ちゃんと来たんだ。えらいえらい」
目の前の菅原のようで見知らぬ誰かが、馴染みある菅原の声と調子で影山に言った。はっとして瞬きを数度、影山は改めて結んだ焦点でその人を見た。それからようやく発することができたその名は、意図せず探り気味な音になってしまう。
「……す、がわらさん……」
「おう。菅原さん、ですよ?」
「あ、いや……お疲れさまっす」
「うん。お疲れ。他はまだか? ……てか、影山ジャージで来たんだ」
「ウス。ランニングして来たんで」
「ええ〜マジか。こんな時までお前。……さすがだなぁ」
※学校での様子と変わらない菅原の顔に、影山はホッとする。普段と違う場所、服装だから違って見えるからだと自分の心の不可解な部分を結論づける。
🟠続々と集まる烏野メンバー
▽浴衣:
3年)清水、東峰、菅原
2年)縁下、成田
1年)月島、山口、谷地
▽甚平:
2年)田中、西谷
1年)日向
▽私服:
木下、影山、澤村
清水の浴衣姿を見て落涙する田中、西谷。壁を作って周囲からガード。冷ややかな清水の視線。清水は谷地に一緒に屋台を見てまわろうと提案。お供する田中、西谷。追う三年男子。
妹にお土産を選ぶ日向。影山と小競り合い。
一緒に来たのに結局は各々屋台に走る。
月島と山口、成田と木下と縁下他もぼちぼち歩いて、花火見る場所で改めて合流。
🟠花火のシーン:色とりどりの花火。菅原の白い横顔に映る色。それを見つめる影山。
火薬が爆ぜて、夜空に大輪の花が咲く。空気を揺する爆破音は身体の内側まで響き渡るのに、影山の耳に届くのは何故かひとりの声だった。
「影山」
かき氷が溶けてしまう、と呆けたように突っ立っている影山の手元を指して菅原が言う。
ーーーーー
「でも、お前が来てくれてよかった」
「……よかった、スか?」
花火が夜空に尾を引いて登っていく。それからまた、鮮やかに爆ぜる音と火薬。
「うん。嬉しい」
花火ではなく影山を見て菅原が笑う。その笑顔を花火が彩る。時間が止まったかのよう。返す言葉を失う影山には、やっぱり打ち上げ花火は届かない。その目には、咲いて消える花火の光に明滅する菅原のことだけが見える。
「こういうの、部の皆んなで出かけたりとか。初めてなんだけどさ。やっぱ、すげぇ楽しいし」
「ここに影山がいなかったら、寂しい」