「Look(こっちを見て)」
菅原と及川のPlayは、いつも決まったCommandから始まる。Subである及川は、Domである菅原のCommandに従い、すぐさま視線を合わせる。すると菅原がニコリと笑う。それだけで充足感があり、そして、これから始まることに期待で胸が膨らんだ。
「おいで」
トントンと菅原が座っているソファーを叩く。菅原は二人掛けのソファーの片側に寄って座っているから、隣に座れということだ。視線はそのまま、テーブルを挟んで向かいに立っていた及川はすぐに隣へと腰掛けた。すると、隣に座っていた菅原は甘えるように
及川の膝に乗る。そうして、わしゃりと及川の髪を撫ぜた。頭を抱えるようにして、両手で頭を撫でられる。「良い子、良い子」と上から降ってくる声に及川は上機嫌だ。Commandを出す菅原も同じようで、ふふふと声を漏らして頭を撫で回し続けている。
及川はSubとしての欲求が弱い。だから躾もお仕置きもあまり好きではない。とはいえ、Subである以上ある程度の欲求は生まれるので、難しいところだった。何せ、Domの連中ときたら支配欲が強い人間が多い。及川の容姿や能力も手伝って、これまで出会ってきたDomは酷かった。曰く、加虐心を煽るのだとか。自分より優れた人間を屈服させるのが楽しいのだとか。そんなものは知らないと一蹴したいところだが、それは人によりけり。Domの本能が手伝っていると言うならばどうしようもない。詰まるところ、相性が悪かったのだ。
そんななか出会ったのが菅原である。同じ地区のバレーボール部員であったため、試合で何度か顔を合わせたことがあった。そのときはお互いの性質は知らず、なんやかんやあって、卒業後に再開した際知ったのである。互いにパートナーがおらず、それじゃあ試しに付き合ってみるかと今に至る。
最初は警戒していた及川だったが、それは杞憂に終わった。いざ付き合ってみると、菅原も及川同様、Domとしての欲求が弱かったのだ。ただたた簡単なCommandを出され、優しくされて、褒められる。こんなに心地の良いことはなかった。初めに決めたセーフワードも一度も使ったことがない。