Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    かがみのせなか

    @kagaminosenaka

    主に悪魔くん(平成・令和)の文と絵を作っています。作るのは右真吾さんばかりですが、どんなカプも大好きです。よろしくお願いします。

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 25

    かがみのせなか

    ☆quiet follow

    令和3話『強欲』の後のエピソード。
    ※ネタバレ注意!!
    一郎に一言言いたくて書いたやつです。

    #令和悪魔くん

     警察への説明が終わり研究所へ戻ると、草色の小さな背中が来客用のソファに腰掛けて待っていた。二人が部屋入ると横顔で振り返り、お帰りなさいと迎える。
     昨日の今日だ。何の用件で来たのかは訊くまでもない。
     メフィスト三世だけこんにちは伯父さんと応えると、お茶を用意しにキッチンへ消えた。一郎は無言で真吾の背後を回ると、書斎机に腰掛けた。
    「お疲れ様、警察からの帰りだろう?大変だったね。」
     湯を沸かす間三世は一旦部屋へ戻り、テーブルの隣に立った。
    「今日で一通りの説明は終わって、今後は確認したいことが出てこなければ呼ばれる事は無いとの事でした。」
    「じゃあ一旦は落ち着けそうだね…よかった。」
     真吾は神妙な顔でこっくり頷く三世を気遣う。
    「三世くん、体調は大丈夫かい?」
     どこまで分かっているんだろう、と三世はドキリとする。まさかお姫様抱っこで運ばれたことまで知っているのだろうか。
    「だ、大丈夫です!」
    「そう…」
     沸騰した湯に呼ばれて三世はキッチンへ行き、真吾はふぅっと息を吐いてソファに凭れた。一郎は珍しく用件の切り出しをせっつくことをせず、腕を組んでじっと真吾を観察していた。
     二人はどちらも口を閉じ暫し静寂が降りた。三世が紅茶とお茶菓子をトレイに乗せて戻ると、部屋にふわっと豊かな香りが広がる。
    「ありがとう。いい香りだね。」
    「アールグレイのいい茶葉が手に入ったので…それで伯父さん…」
    「うん、昨日の件で話を聞きたくて。疲れているのにごめんね。」
     三世が向かいに座るのを待ってから、真吾は続けた。
    「とてつもなく大きな魔力を感じたから、すぐに駆けつけようしたんだけど、圧力がかかっていて路を通せなかったんだ。随分怖い思いをしただろうね、悪かったよ。」
    「圧力」
     始めて口を開いた一郎に真吾は頷く。
    「後付の推論だけど、恐らく建物を中心としたごく狭い空間に、外部からの干渉を遮断する力が働いていたんだろうと思う。所謂バリアってやつだね。魔術の発動は出来るけど路が開かない。木製の扉を壊してみたらその向こうにコンクリートの壁があったんだ。」
     三世は青い顔をして俯く。恐ろしい体験を思い出させてしまったと真吾は慌てた。
    「辛い事を思い出させてしまって、ごめんよ三世くん。でも、一体何があったのか教えて欲しいんだ。」
     三世は一郎に一瞥を遣り、ゆっくり説明を始める。
     食通を自負する依頼人の話を聞くために屋敷へ出向いたこと。その依頼の内容と、用意されていた罠。そして、悪魔召喚。
     誤魔化しも言い訳も真吾には不要だ。事実をあるがままに話すのを黙って最後まで聞き終えると、そうか、と一言呟き、真吾はやっと紅茶に手に取った。
    「喚び出したわけではなく、現れたんだね?君たちが呼ばれる前に行われたと云う悪魔召喚は失敗したと云う話だけど、それがトリガーになったのか、一郎の召喚術に興味が湧いてからかいに来たのか…」
    「どのタイミングでメイドの体を乗っ取ったのかは分からない。兎に角僕の召喚は失敗した。」
    「いずれにしても、サタンは彼の言葉通り、自発的に現れたと見ていいね。」
     真吾は確かめるように頷く。
    「一郎、今回二度助けられたね。一度目は魔術失敗、これは皮肉にもサタンに。二度目はサタンとの対峙、これはね依頼人に助けられたんだよ。とても気まぐれに、偶然に命を拾ったんだ。」
     真吾は一郎に目を向ける。
    「三世くんは止めてくれた。なのにどうして召喚をやめなかったんだい?」
     義父は敢えて訊いている。自分の口から説明させることで反省を促すのが目的だ。一郎は躊躇うこともせず答える。
    「好奇心だ。自分の力を試したかったのもある。魔術への理解度を証明する良い機会だと考えた。」
    「得たものはあるかい?」
    「得たもの」
    「二人の…大切な友達の命を危険にさらす代償に見合う果実が得られたかい?」
     真吾の口調は穏やかなままだが、目の前のテーブルに罪と毒薬の器とをそっと並べて置かれるような怖さがある。三世は背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
    「サタンは君たちを見付けてしまった。君の心臓を見付けてしまった。一度知られてしまったらもう今後ずっと僕達は彼の気まぐれを警戒するしかない。一郎、君は分かる筈だよ。行動に伴うリスクを。何を最優先にするべきかを。恐れるべきものは正しく恐れないといけない。」
     そんな事になっているなんてと、真吾は両手で顔を覆う。三世は汗が止まらない両手で膝の生地をギュと握り締めている。
    「伯父さん、俺が居ながら…俺は何も出来なかった。」
    「違うんだよ三世くん。君には心から申し訳ないと思っているんだ。本当に無事でいてくれてよかった。二人が今ここにいつもと変わらず居る事が奇跡になってしまった、それが僕はとても悲しいんだよ。」
     真吾は冷めきった紅茶を飲みきると、テーブルに戻す。
     じっと真吾を見詰める甥を安心させるように微笑むと、ふと思案する目になる。
    「紅茶、とても美味しかったよ、ありがとう。これからの事、考えておかないといけないね。サタンの言葉を彼の本心とするなら、今後どんな形で干渉して来るかわからないから。」
     真吾はそう言うとソファから立ち上がる。ソファに立て掛けていた杖を手に取る。真吾は部屋から出ていく前に一度、黙って見送る一郎を振り返った。
    「一郎、人の命の価値は簡単に変わるものだ。でも、僕達の大切な息子達の命の価値を軽んじないでくれないか。」


     玄関の扉が閉まる音を聞くと、三世はふらりとソファに重い体を沈めて頭を抱えた。微かに肩が震えている。
     一郎は書斎机の椅子に深く腰掛けると、天井を見上げた。
    「…伯父さん、助けに来るつもりだったんだ。」
     三世のぽつりと吐き出された言葉に涙が滲む。一郎は黙って聞いている。
    「サタンの障壁があってよかった。屋敷に来れなくてよかった。」
     伯父さんにまで何かあったら…とその先は言葉にならず、呻くような声が小さく震えた。


          

                  二〇二四年五月三日 かがみのせなか

     



      


     
    Tap to full screen .Repost is prohibited

    related works

    recommended works