桜遥が棪堂哉真斗に堕ちるまで - Day06 - ~ 2 weeks love progress ~下記のストーリーを埋めていく予定です。
※更新頻度とは連動していません
■ 1日目 来訪 ※公開済み
■ 2日目 烹炊 ※公開済み
■ 3日目 接吻 ※公開済み
■ 4日目 呼名 ※公開済み
■ 5日目 寝顔 ※公開済み
■ 6日目 逢瀬 ※この話
□ 7日目 未足
□ 8-10日目 空白
□11日目 残声
□12日目 悋気
□13日目 初夜
□14日目 後朝
■ 6日目 逢瀬
「は~るか~♪ 今日は寿司食いに行こうぜ」
今日も今日とて棪堂哉真斗は、桜遥の家を訪れていた。
桜も大分慣れてしまっていて、家に帰ってドアを開けて自分以外の靴が有っても、気にしなくなっていた。
「……毎日毎日、飽きねぇな……」
本心を口にして心から呆れてみてはいるものの、嫌悪や拒絶の気持ちが一切湧いてこないことを、桜自身無意識に理解はしているのだ。
本当に勝手に家に上がられるのがイヤならば鍵を掛ければいいだけだし、夕食を共にするのがイヤならば『迷惑だから来るな』とキツく言えば、恐らく棪堂は来なくなるだろう。
けれど桜がそのようにしないのは、心のどこかで棪堂との食事を楽しみにしているからだ。
さすがに5日も連続で飲食をともにしていれば、自分がどう感じているのかも判ってくる。
「いい加減、事前に連絡して来いよ」
連絡先の交換はしているし、桜が夕飯が不要な場合には事前に連絡をしたのだ。
ならば棪堂も、来る前に連絡をしてくれれば、桜の心構えも出来るというのに。
「判った。明日からは先に連絡するな」
棪堂はあっさりと承諾すると「それより……」と、いそいそと桜を居室へと引っ張っていく。
「今日は『デート』だから、制服から着替えてくれ」
棪堂の使った単語に、桜の顔が思わず熱くなる。
「で、で、で、『デート』ってなんだよっ!」
過剰に反応する桜とは対照的に、棪堂はニヤリと笑ってその反応を楽しんでいるようだ。
「『好きな子』と外食すんだから『デート』だろ?」
さらに直接的な単語を出したものだから、桜は耳まで熱くなった。
「す、す、す、『好きな子』とか、言うなっ!」
棪堂はヘラヘラと笑いながら、桜の制服を脱がせてハンガーに掛けると、頭の先からつま先までを一眺めした。
よくよく見てみれば棪堂の恰好も普段のラフな感じではなく、ハイネックのインナーにジャケットを着ていて、いかついタトゥーが大分隠れている。
「中はTシャツしかないんだろ?」
「まあ、下はこれでいいか」
「とりあえず、ジャケット羽織れば問題ねぇだろ」
桜が棪堂の恰好を眺めている間にも、テキパキと桜の衣服をチェックすると、見慣れない薄い布地のジャケットを手渡してきた。
「なぁ」
怒涛のように喋り行動する棪堂の言葉が途切れたため、そこでようやく桜は口をはさむことが出来た。
「ん?」
「お前にばっか奢られるの癪だから、今日はオレが出そうと思ったんだけど、高ぇ店は無理だぞ……」
すると棪堂は、一瞬ポカンと間の抜けた顔をする。
「え?え?何?気ぃ使ってくれてんの?」
しかし、すぐにニヤニヤといつもの緩い表情に戻ったため、桜は少し不貞腐れて頬を膨らませた。
それを見て棪堂は、ふっと柔らかく微笑むと、桜の頭にそっと触れた。
「オレが好きでやってることだから、遥は気にしなくていーの」
「推し活ってやつ。遥に美味いもの食わせて、美味いなぁってしてる顔が見たいだけ」
棪堂の言ってる意味は判るが、しかし何故それを桜にしたいのか、桜自身がイマイチ判らない。
「なんでそんなこと、オレにしたいんだよ……」
桜の言葉に、棪堂はぱちくりと大きく瞬きをした。それから、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「オレがこんだけお前に惚れたっつってんのに、通じてねぇの……?」
『惚れた』『会いたい』『特別』、確かに、そんな言葉をいくつも聞いた。
人間関係に疎い桜とて、それが好意の現れであることくらいは判るつもりだ。
それに棪堂は、桜にキスをして来たくらいだ。恋愛的な意味での好意だと、桜にも伝わってはいる。
棪堂が抱いている好意自体を信用していない訳ではなくて、『それが何故桜なのか』が判らないのだ。
この街に来て、風鈴に通い始めてからは、理不尽に嫌われることは無くなった。
けれどもこの街を出てしまえば、自分を嫌悪し忌避する人間が多く居ることも知っている。
それほど多数の人間に嫌われる存在を、『好きだ』ということが理解出来ないのだ。
「何でオレなんだよ」
「何でも何も、遥が好きだからに決まってんだろ」
桜の問いに躊躇なく答えた棪堂の顔を、今度はちゃんと見れなくなってしまった。
今まで、面と向かってそんなことを言う人間はいなかったのだ。
「それが判んねぇんだよ……」
桜の独り言のような呟きには返答せずに、棪堂は桜の顔を覗き込んだ。
「腹減ってるだろ?」
訊かれると同時にぐぅと腹が直接返事をしたため、棪堂の口元は緩み、桜の頬は熱くなった。
「人間、腹減ってるとネガティブになるからな……。 行くぞ」
棪堂はニコニコしたまま桜の手を引いて家を出た。
アパートから商店街とは反対の方へ進んだため、どこに向うのかと思っていれば、少し離れた広めの道路へと出ると、棪堂は停車していたタクシーへと迷わず向かった。
「ほら、乗るぞ」
「……それで行くのか?」
高校生の桜には、移動手段の中にタクシーの選択肢は無い。
棪堂はふっと表情を緩めた。
「オレと一緒のとこ、見られねぇ方がいいだろ?」
その笑顔には一切の卑屈さや後ろめたさが感じられず、心の底から純粋に事実を言っているだけに見えた。
「……」
棪堂の表情と言葉のギャップに桜の胸がチクリと痛む。
『お前と一緒だって思われたく無いんだよ!』
それは過去に桜自身が、散々言われた言葉では無かったか。
何度も何度も言われ過ぎて何も感じなくなってしまっていたが、痛みを伴う言葉だったことは覚えている。
同じ言葉を自ら使う棪堂は、確かに風鈴やこの街に対して、取り返しの付かないことをした。
風鈴の生徒は良い感情を持っていないのは当然で、そんな棪堂と一緒にいる桜を見れば、桜のことも悪く思うかも知れない。
棪堂がどこまで考えているかは判らないが、桜の立場が悪くならないようにと慮った言葉であることは察せられた。
タクシーに乗って15分程で到着したのは、ケイセイ街の、まこち町とは反対側に隣接するエリアで、繁華街ではあるようなのだが、ケイセイ街のような雑多な賑やかさではなく、大人びた落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
棪堂は慣れた足取りでその繁華街を進み、それほど奥まで行かないビルの1階にあった木製の引き戸の前で立ち止まった。
扉にも扉の付近にも、店の名前を示すものは掲示されていない。
何の店なのか、そもそも入っていい場所なのかも判らない店構えから、恐らく一見さんお断りなのだろう。
「なぁ。オレ、マナーとか全然判んねぇんだけど……」
今さら棪堂相手に格好を付ける必要は無いため、桜は素直に今の心境を吐露した。
すると棪堂はふんわり笑って桜の背中をポンと叩く。
「そんな格式ばった店じゃねぇから、普段通りでいいよ」
そのまま躊躇いなく扉を開けた棪堂の後について、桜は恐る恐る敷居を跨いだ。
中は鰻の寝床のように細長くカウンター席しかない。そのカウンターの中では、和風の調理衣を着た寿司職人が数人、目の前の客へと寿司を提供していた。
初めて入った店の雰囲気に桜はどぎまぎしてしまうが、棪堂は慣れた様子で案内された座席へと進み、自然体で桜をエスコートしてくれる。
「食えねぇもん、ある?」
「ない。……何でも食える」
店内にはメニューがなく、カウンターの上に載っている冷蔵ケースに魚の切り身が並んでいるが、それを見ただけでは桜にはどんな魚かは判らない。
回転寿司すらまともに行ったことが無いため、ここは棪堂に任せてしまうのがよいのだろうと思い、桜は無言で棪堂の方へと視線を投げた。
その視線を正しく理解してくれたのか、棪堂は自分たちの前に立っている寿司職人に「今日のオススメおまかせで」と、注文していた。
ほどなく、目の前の分厚い石のような皿の上に、白身魚の握りが載せられた。
ちらりと棪堂を見ると、素手でつまんでネタに醤油を付けて口へと運んでいる。
箸も用意されてはいるが、使い方に自信の無い桜は少しホッとして、棪堂に倣って素手でつまんで食べてみた。
「!」
寿司などそうそう食べることが無かったが、それでも美味しいことだけは判った。
「美味いか?」
棪堂は桜の顔を見ながら、ニヤニヤとしている。
見透かされているようでムカつくが、美味しいのも事実なのでコクリと大きく頷いた。
「そっかそっか、そりゃ良かった。いっぱい食えよ」
にかっと笑った棪堂は、嬉しそうにしながら、次に提供された寿司をつまんで食べ始めた。
先ほど言われた通り、桜が美味しいものを食べている姿を見るのが嬉しいのだと感じられた。
桜が知っている範囲ではあるが、これまでも棪堂の表情に嘘はなかった。
ケンカの最中でさえコロコロとよく変わる表情は、素直に棪堂の感情を現していたように思う。
だから信用できるのだ。信頼までは出来ていないけれど。
棪堂と出会ってからのことを思い出した拍子に、不意に焚石の顔がチラついた。
桜の胸がチクりと違和感を訴える。
「……焚石とも、来たのか?」
桜の唐突な問い掛けに、棪堂は一瞬きょとんとした顔をした後、小さく首を振った。
「焚石? あいつ肉好きだから寿司は来たことねぇな……」
この店に焚石が来たことが無いと言うことに、どうしてか桜はホッとした。
そんな些細なことに少しだけ気持ちが上向いた気がして、余計に己の不可解さを感じていた。
◆6日目 終了◆