いとしの黒猫ノースディンと恋仲になってから、罪深い感情をたくさん知った。
嫉妬もそのひとつだ。
他の吸血鬼と親しげに話す彼を見ると、もやもやする。
無理に飲み込んだ大きな食べ物が、胸につかえているような感覚。
私が彼と過ごした時間は、彼の古馴染みと比べればほんの僅かだ。
だから、仕方ない。
そうやって理屈で片付けようとしても、次から次に胸の苦しみが湧いてくる。それゆえに、嫉妬は人を罪へといざなう、7つの欲望に数えられるのだろう。
今日、ノースディンは旧知の吸血鬼たちとnoomをしている。
私の頭を膝にのせて。
屋敷に遊びに来ていた折、この時間だけは予定があると言った彼に、少し寂しいと思ったのを見抜かれたのだろう。
来なさい、と手を引かれ、あれよあれよという間に膝枕。
(落ち着かない……)
バランスよく筋肉のついた太ももは意外と柔らかく、大きなソファーも寝心地はとてもいいのだが。
こういったスキンシップに慣れていないせいか、緊張する。
時折手が、私の頭を撫でにくる。
癖のある髪にふわふわと触れたり、尖った耳の輪郭をなぞったり。
低く落ち着いた声が、時々感情的に乱れたりしつつ、仲間と楽しく語らっている中。
こっそりといけない事をしているようで。
(神よ、これは嫉妬への罰か、それとも試練でしょうか)
あとノースディンから何かとてもいい匂いがします、神よ。
そんなことを報告されても困惑されるだろうが、とにかく落ち着かなくて、誰かに助けを求めたくなる。心の中が忙しない。
ヨシダサン、ミキサン、私はどうすればいいのか。
『悪戯しちゃえばいいと思うミキねー』
いやミキサンはそんなこと言わない、多分。
彼もヨシダサンも親切に色々なことを教えてくれる。
だからこれは、私の欲望、悪魔の囁きなのだ。
彼と恋仲になって生まれた、罪深い感情。
「ていうかノースディン、チラチラ下見てないか」
「あ、もしや画面外でエッチな事してます?」
「お前と一緒にするな」
(……!)
さすが古き血の面々というべきか、目敏い。
(別にエッチ、なことでは……いやエッチなのだろうか……ノースはそんなつもりが無いのに、私が勝手に疾しい考えを抱いているだけで)
言い訳が頭を駆け巡るも、身動きひとつ取れない。
動揺する私をよそに、ノースディンは、頭を撫でる手を止めなかった。
「猫だ」
しれっと宣う。
そうして、私を見下ろし、唇に人差し指を当てて。
「shh……いい子だ」
それはもう、楽しそうに笑った。
ご丁寧にウインク付きだった。
「ああ、使い魔の」
「今日は寒いからな」
「久々に見たいな、映してくれ」
「寝てるからダメだ」
「寒いといえば、最近ーー」
おそらく最初から、誤魔化す言い分を用意していたのだ。
私は、揶揄われたのか?
それとも、甘やかされているのか?
彼に翻弄された悔しさのようなものと、先程の私だけに見せた笑顔が、ぐるぐると胸に渦巻く。そこに、事の発端だった嫉妬心が油を注いで。
「!」
衝動的に、彼の後頭部を引き寄せ、キスをした。
驚いて丸くなった瞳に、少しだけ胸のつかえがとれた心地がする。
柔らかな唇に触れること数十秒。その先には進まずに、ゆっくりと離れた。
「…………すまない、いい子じゃなくて」
「ぶはっ」
やってしまってから、私は何をしているのだと恥じて、情けなくなりながら謝罪する。
本当に、彼と恋仲になってから、罪深い感情を御せないでいる。恋とはかくも恐ろしい。
ノースディンは吹き出してからも、肩を震わせくつくつと笑っていた。
そんなにおかしな事を言っただろうか。
「いい、いいのだクラージィ。お前がいい子じゃなくても私は嬉しい」
私の頭を持ち上げて、こつりと額を合わせる。
至近距離で見つめ合う瞳は、親としての慈しみと、友を悪友へと引きずりこむ悪戯心と、恋人としての愛おしさが、混ざっているような気がした。
「ノースディン、noomは……」
「念動力で通話をオフにしたから問題ない」
それよりも、と今度はノースディンが唇を塞いでくる。
「いい子じゃないついでに、もっといけない事をしようじゃないか」
神よ。私の中の悪魔よりも、恋人の方がより悪魔的でした。
今度彼の友人に会った時にどんな顔をすれば、という思いは、次第に深くなる口付けに塗りつぶされていった。
(余談)
「今映った手、あれ」
「どう見ても猫じゃなかったな」
「ノースディンとこの新入りか」
「やっぱりエッチな事してたんじゃないですか〜むしろこれからエッチに」
「おいやめろ友人のそういうのなんか気まずい!」
「ところで膝枕って顔と股間が近くて悪戯し放題ですよね」
「ディックが止まらないから今宵は解散!」
「異議な〜し」