クソくらえ初恋4月中旬。新緑がモンドを包み、春の陽気が人々を照らす。
近頃モンドではある娯楽小説が流行しており、城内の至る所でその内容に沿うようなイベントやキャンペーンが行われていた。
エンジェルズシェアでは件の娯楽小説の題材となっている【初恋】から、初恋の相手とのエピソードや初恋の相手の特徴などを聞いてその場でバーテンダーが創作する『特製初恋カクテル』を売り出している。
ノンアルコールも注文ができる。1杯〜1500円の料金。そして運が良ければモンドの貴公子であるディルック・ラグヴィンド手ずから提供してもらえる。娯楽小説の人気か、ディルックその人の人気か、普段とは打って代わった客層となり昼間の店内は多くの女性で賑わっていた。
日も傾き店内にオレンジ色の光が差し込む頃、ドアベルが鳴る。
訪れたのはガイアだ。彼はドアを閉めると見渡す限り女性客しかいない店内に驚き苦笑した。
「ガイアさん、いらっしゃい」
チャールズがガイアに気づき声をかける。
「今日はえらく店内が賑やかだな。席は埋まっているようだし…店内が開くまで外で飲むことにしよう、ムーンリットアレイをラージサイズで頼むぜ。」
「カクテルイベントが大盛況なのさ。すまないな。」
チャールズからドリンクの入ったカップを受け取り、ガイアは店を出た。裏門側のテラス席に進む。昼間は暖かかったが日が沈むとまだまだ肌寒く、椅子に腰かけカップを置くとそれを持っていた右手から左手へ熱を移すように手を組んだ。
◇
「────い、おい、おい!」
ガイアはいつの間にか眠っていたようで、気づいた頃には辺りが真っ暗だった。灯りの色が浮いているように見えて薄気味悪く感じる。
「おい、ガイア!─────……ガイアさん、いい加減起きたらどうだ、風邪をひくぞ。」
頭上からの声がガイアを起こす。ガイアは唸りながら背や腰、腕をのばし顔を上げた。
「仮にもモンドの騎兵隊長ともあろう男が無防備に外で寝るんじゃない。」
声の主はディルックだった。眉を下げて腕を組み、ガイアを見下ろしている。
「はは、世話を掛けてしまったようだな。旦那様の仰る通りだ……家に帰って寝直すとしよう。」
そう言いテーブルの上のカップを持ってガイアが立ち上がる。カップはまだ重く、ドリンクを半分も飲まずに自身が寝落ちてしまったことを知ったガイアは溜息をついた。
「はぁ……せっかくのラージサイズを無駄にしてしまった。」
「作り直す。店に入ってきてくれ。」
「おいおい俺はもう帰ると」
「いいから、ほら。」
ディルックはガイアの右腕を握り、彼を店内へ招き入れた。