【飯P】灯火が消えたらはじめよう 人の多さに辟易して、ピッコロは会場の隅から歓談する人々を眺めていた。グラスはとうに空になって、腰高の塀に置いてある。
初夏の夜空のもと、屋外にガーデンテーブルを並べた、ごくカジュアルなパーティーだった。ちょっとした賞の授与と、研究者たちの懇親……。
招待状には悟飯の名前に添えて「プラスワン」と書かれている。誰か一人、付き添いと参加して良いということだ。ピッコロはそのプラスワンとして、連れて来られていた。
年若い研究者たちは、後輩や友人をプラスワンとしている者がほとんどで、時おり配偶者や、それに準ずる相手を連れている者もいる。研究とは何の関係もない自分に声をかけるとは……研究の場で気の合う者がいないのかと、ピッコロはやや心配になる。
「疲れましたか?」
「少しな。挨拶は済んだか?」
「うん、大体……はい、お水です」
悟飯はピッコロに、新しいグラスを差し出した。短い相槌と共にそれを受け取りながら、視線だけは会場の端から端を探っている。隠れる場所を探す小動物のようだ。そのくせ、入場時に渡された未点火の手燭は、きちんと片手に携えている。律儀さがやけに微笑ましく感じられ、悟飯は声に出さず笑った。
静かな音楽と共にキャンドルセレモニーのアナウンスが流れ、スタッフが二人の手燭に火をつける。他の参加者の手燭にも火が行き渡ると、会場の照明が落とされた。蝋燭の小さな灯火が、なんとも頼りない光量でそれぞれの手元だけを照らしている。
「……今なら、こっそり出ても目立たないかも。ちょっと離れましょうか」
悟飯がピッコロの腕を引き、歩き出す。
広々とした庭から、建物の裏手に回ると、音楽は薄膜の向こうで流れているように遠のいた。パーティー会場にいる時は気付かなかったが、満月がほの明るくあたりを照らしている。
温室の扉が開け放たれており、勢いよく枝葉を伸ばすプルメリアが覗いていた。何気なく踏み入れると、濃い緑の匂いと、湿った土の匂いに満ちている。
悟飯が手燭を高く掲げる。紅色のブーゲンビリアが滝のように流れ落ちた先には、色鮮やかな花が無数に咲き乱れていた。
「わぁ……こっちもパーティーですね」
「人がいないパーティーとは、寂しいな」
ピッコロの返答は素っ気なかったが、喧騒を逃れたためか、声の響きは柔らかかった。
ほんの少し奥へ進むと、もはや会場の音楽は聞こえない。背の高い花々と、瑞々しく繁る樹木が視界を埋めて、まさに花たちのパーティーのような様相だ。
「あの花って神殿にも……あっ!」
ピッコロの方へ振り返ろうとしたその時、出入口から吹き込んだ風で悟飯の手燭が立ち消えた。煙の匂いが、植物の青い匂いに混ざる。
「あーあ……ピッコロさん、火をくれますか?」
悟飯が手燭を傾けるので、ピッコロも自分の手燭を近付けた。ほんの三秒……四秒、五秒……合わせられた灯芯から灯芯へ、小さな火が移る。悟飯の手燭も力を取り戻し、蝋燭を見つめる顔を照らした。辺りに物音がせず、花に彩られていることもあって、何かの儀式のようだ……これは……。
ピッコロが言葉を見つける前に、悟飯の顔が上げられる。微笑んだ目の中に、灯影が揺れていた。
「何だかこれ……結婚パーティーみたいですね」
ピッコロは思わず言葉に詰まり、ただ二つの灯火を見つめた。否定することも、笑い飛ばすこともできない。まさに同じことを、感じていたからだ。
「僕、いつか結婚できるなら、盛大な披露宴より、こういう二人だけのパーティーがいいな……」
「そうか……だったら……場所は?」
誰と、とは訊けず、ピッコロは手燭の明かりを枝に近付ける。薄紅の小さな花が満開だ。なんとも落ち着かない気分で、悟飯を振り返ることができない。それに気付いているのかいないのか、悟飯の手が伸びてきて、ピッコロの手を掴んだ。
「そんなの、あの荒野に決まってますよ。ピッコロさんとはじめて会った、大事な場所だから。ピッコロさんが、あそこでいいならね」
強引に手を引かれ、再び悟飯と目が合う。匂い濃く咲く花たちの中で、二つのひとみに四つの炎が揺れる様子は、まさに宴そのものだった。