雨が鳴る。
屋根を滑って決まったテンポで叩きつける雨音は、足音に似ていた。
誰か来たのだろうか。まさか。ここは、こんな時間に誰かが来るような場所じゃない。
「出んの?」
PCのモニターからほんの少しだけ視線を俺に向けてシバケンが問う。
「出るってナニが?」
「やめとけ。これからもっと降るってよ」
さっきザコ看守が言ってた。そう付け加えて完全に視線をモニターに戻したシバケンに、ああそういう事かと合点がいって、イかないよ、今日はね、と言ったあとで、どうして今日に限ってそんなことを、と単純に不思議に思った。
いつもならそう、俺がシバケンに解錠の打診をして、そこでようやく行われるやり取りなのだ。
こんな風に天気の心配をしてくれることだって、ない。基本的には。
ただの気まぐれかな、多分そうだけど、出掛ける予定も眠気もまだない俺は、なんとなくの暇つぶしにシバケンを巻き込むことにした。
ちょっとしたやり取りでもしてたらそのうち眠くなるかな、なんて思ったのだ。
「そんなに激しいならやっぱりイこっかな」
「……行くっつーか……なんかお前」
「んー?」
「誰か待ってんの?」
ばしゃん、ばしゃん。二度聞いてようやく停止した思考が戻る。待つ?何を?
「なにそれ」
「いや、だってお前さっきからちらちら外見てんだろ。だから誰か呼んでて、そいつ待ってのかと思って。クソ迷惑だからやめろよなそう言うの。やるなら勝手に外でやれ」
「え?誰も……」
待ってないよ。とは言えなかった。もしかしたら俺は、ずっと待っているのかもしれないと思ったからだ。無意識で、その音を、最後に聞いた足音を。きっとそれはここに淀むこんな音とは似ても似つかないんだろうけど、正直もう音がしたことしか覚えていないから、なーんにもわかんない。だから、
「誰も待ってないよ。来るわけないじゃん」
絶対にね。
ばしゃん、ばしゃん、ばしゃん。雨は激しくなっていて、落ちるテンポは上がる。歩幅は縮んでいく。
「ねえシバケン、嫌な気配がしたときにさ、煙草吸うといいって知ってる?お化けとか……異世界の入り口に行っちゃったとき、とかに」
「は?なんだよそれ、くっだらねー」
「だからね、お守りに持っとくといいんだよ、煙草。吸ったらさ、全部消えてなくなっちゃうから」
「あっそ」
取り出した煙草を咥えて火をつける。煙を深く吸い込んで、吐き出したとき雷鳴が轟いて、すぐに空が光った。近い。足音はもう、遠く遠く、聞こえなくなっていた。