髪を切ろうか 敦がデスクでPC作業をしているが、どうにも前髪が目に入ってきて集中できない。
「髪の毛切らなきゃなぁ……」
前髪をいじりながらつぶやくと、背後からナオミが近づいてきて声をかけてきた。
「あら、敦さん。お困りの様子ですわね。ナオミがいいものを差し上げますわ」
そう云うとナオミは振り返った敦の前髪を素早く顔の横にまとめると、何やらヘアピンで留めてくれた。
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。お礼には及びませんわ」
そう微笑むとナオミは長い黒髪をさらりと翻して給湯室の方へと消えていった。
しばらく敦がPCに集中していると、入口のあたりで国木田の怒声と適当にあしらう太宰の声が聞こえてきた。
「――だから太宰! 貴様はどうしていつもそうなんだ!」
「はいはい、国木田君はいつもうるさいなあ〜っと」
二人が仕事を終えて帰ってきたらしい。敦は「おかえりなさい」と云った。太宰が敦の顔を二度見する。
「――あれ? 敦君なにその可愛らしいのは」
「はい?」
敦が首を傾げると国木田が眼鏡を押さえて云う。「鏡を見てくればいい」
なんだろう、と思いつつ敦はトイレに入り、洗面所の鏡を見た。
「な、なんだこれ……」
驚き呆然とする敦の前髪を留めているのはピンクの小花がついたヘアピンだった。脳裏に、去り際やけに上機嫌そうだったナオミの姿が思い出される。外すにしてもまた前髪が邪魔になってしまうことを思うと外せないで、敦は俯いたままトイレから出てきた。
デスクに座っていた太宰が顔を覗き込んでくる。
「大方、ナオミちゃんがやったんでしょ?」
「はい……」
邪魔な前髪を留めてくれたのは有り難いけれど、誰もこんな可愛い女の子がつけそうなものを頼んだ覚えはない。何も云えなくなって敦はデスクに突っ伏した。
笑いを含んだ声で太宰が云う。
「まあまあ、敦君。よく似合ってるよ、それ」
「変に慰めようとしないでください……」
早く髪を切りに行かなかった自分が悪いのだと、敦はそう自身に云い聞かせる。
太宰は敦の頭を撫でて、「今度、私が髪を切ってあげるよ」と囁いた。