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    ▶︎古井◀︎

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    ▶︎古井◀︎

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    春の陽気に大洗濯をするチェズモクのはなし
    お題は「幸せな二人」でした!

    #チェズモク
    chesmok

    「そろそろカーテンを洗って取り替えたいのですが」
     朝。さわやかな陽光が差し込むキッチンで、モクマはかぶりつこうとしたエッグトーストを傾けたまま、相棒の言葉に動きを止めた。
     パンの上で仲良く重なっていた目玉焼きとベーコンが、傾いたままで不均等にかかった重力に負けてずり落ちて、ぺしゃりと皿に落下する。
    「モクマさァん……」
     対面に座っていたチェズレイが、コーヒーカップを片手に、じっとりとした眼差しだけでモクマの行儀の悪さを咎めた。ごめんて。わざとじゃないんだって。
     普段、チェズレイは共用物の洗濯をほとんど一手に担っていた。彼が言い出しそうな頃合いを見計らっては、毎回モクマも参加表明してみるのだが、そのたびに「結構です」の意をたっぷり含んだ極上の笑みだけを返され、すごすごと引き下がってきたのだった。しかし今回は、珍しくもチェズレイ自ら、モクマに話題を振ってきている。
    「それって、お誘いってことでいいの?」
     落下した哀れなベーコンエッグをトーストに乗せなおしてやりながら、モクマは問う。相棒が求めるほどのマメさや几帳面さがないだけで、本来モクマは家事が嫌いではないのだ。
    「ええ。流石に今回は、一人では骨が折れますので」
     ああ、確かに。チェズレイがため息交じりに肩をすくめて見せる姿に得心する。今のセーフハウスに二人が居を置いて、そろそろ半年ほど経とうとしているが、この家にはそれなりに長い期間滞在することが当初から分かっていたのもあり、これまでの仮住まいより幾分大きな邸宅を借り受けていた。
     流石に二人だけで維持をするのは厳しいものがあったため、身辺調査済みで信頼のおけるハウスキーパーを数人雇っているが、チェズレイは基本的に自信の納得がいくよう、すべてを自分で行いたい男であったので、日々の基本的な清掃以外はほぼ自分で行っている。彼なりのライフワークと言えば聞こえはいいが、世界征服という大いなる野望の片手間にせっせとインテリア磨きをするさまは、モクマとしては尊敬よりも面白みが勝ってしまうわけだが――。
     閑話休題。そのくらい、あらゆる雑事にすら並ならぬこだわりを持つ男が、できるならば自分ひとりですべて解決しようとする凝り性の男が、こうして相棒たる自分を頼ってくれたことは、素直に嬉しかった。それが、単なるマンパワーを求めてのことであっても。
    「どうでしょう? お願いしてもいいでしょうか」
     だから、相棒からの問いに返す言葉はもう決まっていた。パンを皿に置き、右腕で元気にガッツポーズをして見せる。
    「もちろん! お前さんのお眼鏡に叶うように、おじさん、頑張っちゃうよ!」
     
     
     春の空に、淡い巻雲が高く広がっている。庭をまたぐように木に括り付けられ、ぴんと張られた洗濯ロープには、これでもかという量の布が留められ、風にはためいていた。
     せっかくだから、といつもの凝り性を発揮した相棒の手によって、カーテンどころかシーツからラグマットから何から何まで引っ張り出されることとなった春の大洗濯祭りは、家じゅうの布が今この場に出されているのではないかと錯覚しそうになるほどの一大イベントと化していた。
     相棒が別行動の任務に出向いていたあいだに少し貯め込んでしまっていた洗濯物を、モクマがついでにとこっそりと順番待ちの籠に忍ばせたところ、番をしていたチェズレイにあっという間に見咎められて大目玉を食らうというちょっとした――かわいらしい事件があったりしたけれど。チームワークばっちりの手分けのお陰もあって、なんとか午前中のうちにすべてを洗濯し終えることが出来た。今日の天気は、テレビの予報では一日じゅう快晴。きっと夕方までには、どれもすっかり乾いてしまうことだろう。
     揃って戻ってきたリビングの隅に置かれている針時計が、ひと仕事終えた二人を出迎えるかのようにタイミングよく、ぼおん、と大仰な音をきっかり十二回鳴らした。ちょうど、昼時になっていたようだ。
     そして、最後の一回が鳴ると同時に、ふいに空腹を思い出したらしいモクマの胃がぐうう、と、やけに盛大な十三回目の音をリビングに奏でた。気恥ずかしさに誤魔化しの苦笑を浮かべながらモクマが振り向こうとすると――それよりも先に、ン、ふふ、と空気が漏れるような声が背後から聞こえてくる。
    「……チェズレイさんや、笑いすぎじゃないかね」
     そこには、肩を微かに揺らし続けながらも、必死に笑いを堪えるチェズレイの姿があった。無理に声を抑えているせいで、首筋や耳がほんのりと赤く色づいている。
    「ふ、ふふ……すみません……あまりにタイミングがよすぎたもので、つい……」
     顔を見合わせてしまったせいか、先ほどより更に大きくせり上がってきた相棒の笑い声は、もはやちっとも抑え切れていない。もう、と頬を膨らませながら怒るふりをしてみるが、モクマのそれがただのポーズであることは、お互い承知している。
     少ししてようやく笑いが治まったらしい相棒に「昼食にしましょうか」と促されるまま、二人はたくさんのハーブや花の鉢植えが置かれたサンルームへ移動する。洗濯の合間を縫って仕込んでいたらしいチェズレイ手製のサンドイッチとアイスティーが、白いクロスに覆われたガーデンテーブルに整然と並べられる。
     ガラス製のティーポットの中には、まるで宝石箱かのようなあざやかさと優雅さでもって様々な種類の果物が泳いでいた。ロンググラスにたっぷり注がれ、手渡されると、間近で見るその美しさに思わず感嘆が漏れる。
    「いやあ、美味しそうだねえ」
    「最近、コーヒーが続いていたのでたまには良いかと思いまして」
     どうぞ召し上がれ、という相棒の言葉にいただきますを返してから、モクマはグラスを一気に傾けて呷った。
     天気が良くて洗濯には最適だが、今日は春と呼ぶには少し暑い。微かに汗ばんだ身体に流し込む甘味と冷たさが心地良くて、ロンググラスにめいっぱい注がれたそれを、モクマはあっという間に飲み干す。
     一息ついてから、今度はやや小さめにカットされた生コンビーフと赤玉ねぎのサンドイッチを口に放り込む。加工肉の塩っぽさと玉ねぎの触感、マスタードの酸味と辛味が口いっぱいに広がって――こうして事細かに説明しようとするのが野暮だと感じるほどに美味かった。
    「……それにしても、意外でした」
    「ん? 何が?」
    「もっと、乱雑に干すものと覚悟していましたから」
     グラスを麗しく傾けながら、チェズレイがぽつりと言葉を漏らす。やもすれば、失礼になりかねない一言。しかしそれは、モクマが内心ずっと、彼が言い出さないかと待ち続けていた一言でもあった。
     がたり、と椅子を引いて立ち上がったモクマは、相棒の突然の起立に驚いている青年を尻目に、腰に両手を添えてずっと言いたかったセリフを、元気よく諳んじた。
    「……ふふふ、よくぞ気付いてくだすった! 実はね、いつも戦力外通告を出されるのが悔しくってさあ。お前さんの干し方とか、日々覗き見と研究してたんだよね」
     おじさん、こう見えて技術を目で見て盗むの、かなり得意だから。そう言って自慢げに胸を張って見せると、相棒は藤色の瞳を皿のように丸くしてモクマを見た。
    「そうだったのですか」
    「そうだよ! だから今日は、お前さんから頼ってくれて嬉しかったよ。特訓の成果も見せられたしね」
     で、どうだった? 合格? 悪戯っぽく微笑みながらそう問うと、チェズレイもまた、口端をにんまりと上げながら、自らの顎を思案するように撫で擦った。
    「……そうですね。これからは、毎回お誘いしても良いかもしれません」
    「やった!」
    「ああでも、それでしたら今後、洗濯時に直していただきたい改善点があと十三点ほどありまして」
     相棒の言葉に歓喜できたのは、ほんの一瞬のことだった。じ、じゅうさんてん……、口の中で相棒の言葉を繰り返しながら、モクマは肩を落とす。
    「うーん、お前さんに認めてもらえる日は、まだ遠いみたいだなあ……」
    「そうでもありませんよ。きっとあなたならすぐ覚えてしまわれるでしょうし……それに何より、私の性質に歩み寄ってくださったことが私は嬉しいのです」
    「……そうかい。そう言ってくれると、おじさんも相棒のために頑張った甲斐があったなあ」
    「ええ。なのでこれからも頼りにしていますよ、相棒殿」
     モクマが改めて椅子に腰を下ろすと、チェズレイは空いたグラスに再びアイスティーを注ぎ入れた。どちらともなくグラスを掲げ、飲み口をカチン! と乾杯のかたちをとって触れ合わせる。風にはためくシーツの白さが美しく、どこまでも高く広がる雲が心地よい、とある春の日のことだった。
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    高間晴

    MAIKINGチェズモクの話。あとで少し手直ししたらpixivへ放る予定。■ポトフが冷めるまで


     極北の国、ヴィンウェイ。この国の冬は長い。だがチェズレイとモクマのセーフハウス内には暖房がしっかり効いており、寒さを感じることはない。
     キッチンでチェズレイはことことと煮える鍋を見つめていた。視線を上げればソファに座ってタブレットで通話しているモクマの姿が目に入る。おそらく次の仕事で向かう国で、ニンジャジャンのショーに出てくれないか打診しているのだろう。
     コンソメのいい香りが鍋から漂っている。チェズレイは煮えたかどうか、乱切りにした人参を小皿に取って吹き冷ますと口に入れた。それは味付けも火の通り具合も、我ながら完璧な出来栄え。
    「モクマさん、できましたよ」
     声をかければ、モクマは顔を上げて振り返り返事した。
    「あ、できた?
     ――ってわけで、アーロン。チェズレイが昼飯作ってくれたから、詳しい話はまた今度な」
     そう言ってモクマはさっさと通話を打ち切ってしまった。チェズレイがコンロの火を止め、二つの深い皿に出来上がった料理をよそうと、トレイに載せてダイニングへ移動する。モクマもソファから立ち上がってその後に付いていき、椅子を引くとテーブルにつく。その前に 2010

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、


     たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
    「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
    「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
     あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
     そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
    「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
     首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
    「モクマさァん……」
    「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827

    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ


    「チェーズレイ、これよかったら使って」
     そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
    「これは、かんざしですか?」
    「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
     言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
     しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
    「なるほど、これは便利そうですね」
     そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849

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    高間晴

    DOODLEチェズモク800字。気持ちだけすけべ。■もう考えるのは止めた


     敵対組織を一つ潰して、チェズレイとモクマはどぶろくで祝杯をあげていた。ソファに並んで座るとぐい呑み同士を軽くぶつけて乾杯する。下戸のチェズレイは以前、モクマに付き合って痛い目を見たので本当に舐めるように飲んでいる。だが、楽しいことがあった時には飲むと決めたモクマのペースは速い。次々と杯を空けていく。
    「そんなに飲んで大丈夫ですか」
    「ん~、へーきへーき。今夜はとことんまで飲んじゃうからね~」
     いつの間にか一升瓶の中身が半分ほどになっている。そこでチェズレイはモクマがぐい呑みを空にしたタイミングを見計らって、それを取り上げた。
    「ああっ、チェズレイのいけずぅ~」
    「そうやって瞳を潤ませれば私が折れるとでも思っているんですか?」
     モクマが腕を伸ばしてぐい呑みを取り返そうとしてくるのを見ながら、冷静に言い放つ。そこでモクマがへらっと笑ってチェズレイの両肩を掴むと強く引き寄せた。アルコールの、どぶろく特有のほのかに甘い匂い。唇にやわらかいものが触れてキスだとわかった。
    「ん、ふ……」
     モクマが唇を舐めて舌を入れてこようとするのに、チェズレイは理性を総動員して 847

    高間晴

    DONEタイトル通りのチェズモク。■愛してる、って言って。


     チェズレイはモクマとともに世界征服という夢を追いはじめた。そのうちにチェズレイの恋はモクマに愛として受け入れられ、相棒兼恋人同士となった。
     あのひとの作った料理ならおにぎりだって食べられるし、キスをするのも全く苦ではないどころか、そのたびに愛おしさが増してたまらなくなってくる。ただ、それ以上の関係にはまだ至っていない。
     今日もリビングのソファに座ってタブレットで簡単な仕事をしていた時に、カフェオレを淹れてくれたので嬉しくなった。濁りも味だと教えてくれたのはこのひとで、チェズレイはそれまで好んでいたブラックのコーヒーよりもすっかりカフェオレが好きになってしまっていた。愛しい気持ちが抑えられなくて、思わずその唇を奪ってしまう。顔を離すと、少し驚いた様子のモクマの顔があった。
    「愛しています、モクマさん」
     そう告げると、モクマはへらっと笑う。
    「ありがとね。チェズレイ」
     そう言って踵を返すモクマの背を視線で追う。
     このひとは、未だに「好きだよ」だとか「愛してるよ」なんて言葉を言ってくれたことがない。キスも自分からしてくれたことがない。まあ二十年もの間 2609

    ▶︎古井◀︎

    DONE横書き一気読み用

    #チェズモクワンドロワンライ
    お題「潜入」
    ※少しだけ荒事の描写があります
    悪党どものアジトに乗り込んで大暴れするチェズモクのはなし
     機械油の混じった潮の匂いが、風に乗って流れてくる。夜凪の闇を割いて光るタンカーが地響きめいて「ぼおん」と鈍い汽笛を鳴らした。
     身に馴染んだスーツを纏った二人の男が、暗がりに溶け込むようにして湾岸に建ち並ぶ倉庫街を無遠慮に歩いている。無数に積み上げられている錆の浮いたコンテナや、それらを運搬するための重機が雑然と置かれているせいで、一種の迷路を思わせるつくりになっていた。
    「何だか、迷っちまいそうだねえ」
     まるでピクニックや探検でもしているかのような、のんびりとした口調で呟く。夜の闇にまぎれながら迷いなく進んでいるのは、事前の調査で調べておいた『正解のルート』だった。照明灯自体は存在しているものの、そのほとんどが点灯していないせいで周囲はひどく暗い。
    「それも一つの目的なのではないですか? 何しろ、表立って喧伝できるような場所ではないのですから」
     倉庫街でも奥まった、知らなければ辿り着くことすら困難であろう場所に位置している今夜の目的地は、戦場で巨万の富を生み出す無数の銃火器が積まれている隠し倉庫だった
     持ち主は、海外での建材の輸出入を生業としている某企業。もとは健全な会社組織 6166