七灰俳優パロ初夜編の作業進捗※以前の七灰webオンリーで期間限定公開した灰原くん視点のえっちなお話の続きになります。灰原くん視点は現在非公開ですが、初夜編が完成したらまとめて支部にあげる予定です。
※まだ全然えっちなことはしてませんが七海が一人で悶々としています。
(前略)
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ようやく残暑も終わりを見せ始めた九月中旬。
ラフなトレーニングウェア姿に黒いキャップを目深に被り、色の濃いサングラスまで掛けた七海は、最寄駅前の広場にある木陰の下で佇んでいた。
閑静な住宅街の最寄駅前にいるにしては少々格好が怪しいともいえなくないが、職業上ある程度の変装は必要だ。もう少し季節が進めばマスクで顔の半分を隠すのだが、いまだに日中は夏日の気温を叩き出す時期なら、スポーティーな格好とサングラスの方がまだ不自然ではないだろう。
一応周りの気配を気にしながら改札に続く階段を眺めていた七海は、短く震えたスマートフォンをズボンのポケットから取り出した。ロック画面の通知はメッセージアプリのもの。通知バナー内に表示された名前は待ち人である灰原だった。
『あとちょっとで着くよ!』
プレビュー内で収まってしまう簡潔なメッセージに、灰原の好きなゲームのマスコットキャラクターがダッシュしているスタンプ。欲を言うならあと何駅かくらい教えてほしいものだが、灰原らしいなと口元が自然と綻んでいく。
『階段を降りたところの広場にいる。いつもとは逆の出口だから。』
灰原はレスポンスが早く、七海が返事を送ると既読はすぐ付いた。返ってきたのはさっきと同じキャラクターの『OK』スタンプ。いつもならこれでやり取りは一旦中断になる。しかし、今日は少し違っていた。
七海が端末をポケットへ仕舞ってから、十数秒後。通知のバイブが短く響いて画面を見ると、通知プレビューにはさっきと同じキャラクターが大きなハートを飛ばしているスタンプが表示されていた。
じわじわと緩んでいく口元を手のひらで覆った七海は、不自然でない程度に顔を伏せた。往来はそこまで多くはないが、仮に一人でニヤついている場面を自分の職業を知っている人物に目撃されSNSに書き込まれでもしたら、商業用に作った自分のイメージが多少なりとも崩れてしまう可能性もあるだろう。だが、顔面の緩みはなかなか収まる気配を見せない。
ハートのスタンプを送られたことなんて、初めてでもなんでもないというのに。それでも、某有名女性誌のグラビア共演オファーから、つまりは、灰原から「しない?」という衝撃的なお誘いや今までより少し踏み込んだ甘い触れ合いから早五ヶ月弱が経っているのだから、正直浮かれても仕方がないと思う。
今日はグラビアでの共演後、久々にゆっくりと過ごす休日。
そして、灰原と──恋人と迎える、初めての夜になるのだから。
毎年夏頃に発売される『sex特集』の組まれた号はいつも発売前から重版がかかることが珍しくなく、七海と灰原が共演した号も出演者の情報が発表されたと同時にあらゆるオンライン書店で予約が殺到し、発売前重版はもとより、発売後も重版がされるという人気ぶりだった。
情報に疎い七海の耳にもそれは入ってきて、数年前に同じ特集でグラビアを飾った同じ事務所の先輩である五条から「お前ら二人だけど、俺は一人で二回重版かけたから」と謎のマウントを取られて少しうざったく感じたものの、それだけ今回の仕事がきっかけで自分たちが多くの人の目に触れることになったのだと改めて実感した。
特集のコンセプトはsexや官能であることは毎年変わらない。ただ、長く続く特集でもあるから、読者を飽きさせない為、細かな記事の内容やグラビアのテーマは毎回趣向を凝らしているらしい。
基本的には表紙と巻頭グラビアはメインのモデル一人がクローズアップされる形をとっているが、特集も三十回を超えた今回、初めて二人共演という形をとった。そして、グラビアテーマも歴代の号とは少し雰囲気を変えたものになった。
『愛しい人との愛しい時間』
『特別でかけがえのない間柄のふたりが紡ぐ、心とカラダのコミュニケーション』
例年と比べてエロスを前面に押し出さない、どちらかといえば日常に沿うようなマイルドなテーマタイトル。それでも、一番のウリである巻頭グラビアがセミヌードであることは変わらない。覚悟はしていたつもりだったが、事前に渡された企画書を読んだ時はいろいろと想像して一人で恥ずかしくなってしまった。
とはいえ、照れていては仕事にならない。初めて本格的な肉体トレーニングの傍ら、企画書を読み込み自分なりにテーマの理解や頭の中での世界観を作り上げていった。実のところ、灰原とは撮影までに数回プライベートで会うことができたのだが、撮影の話になるとお互いプロとしてのスイッチが入り、共演相手として真剣に意見を交わすことに夢中になってしまい、そういう色っぽい雰囲気にはならなかった。
「じゃあ、次は現場で」
「うん!頑張ろうね!」
しかし、撮影前最後に会った時。白いTシャツ姿の灰原の胸板が以前よりも随分厚くなっているような気がして、内心ソワソワしてしまったことはここだけの秘密だ。
そうして迎えた撮影当日。
用意されたロケ地は、古民家を改装したホテルの一室。これまでなら夜景を見下ろすことのできる都心の高層ホテルや、落ち着いた内装が逆にアダルトな色気を醸し出している高級ホテルなど非日常を感じさせる場所になることがほとんどだったようだが、今回のテーマでは日常に近いシチュエーションが必要だとここが選ばれたらしい。外観は建てられた当時の面影を残しながらも、内装はモダンなインテリアで揃えられていて、古さと新しさが絶妙に調和した空間になっている。借りた部屋はコンドミニアム調でホテルというよりもこだわりを詰め込んだ注文住宅のようで、そこに小道具やプロのカメラマンの腕が加われば、仲睦まじい二人が暮らす幸せの詰まった部屋に見えなくはないだろう。
撮影はほのぼのとした雰囲気で始まった。基本的に寝室やベッド周りでの撮影がメインの特集だが、今回はキッチンやダイニング、陽の当たる窓際でのカットが多かった。
キッチンに立つ灰原を後ろからハグしたり、反対にソファに座る自分の背後から灰原が抱きついてきたり。窓際の板の間で並んで座り、顔を寄せ合って笑ったり。色違いのふわふわとした部屋着や、シンプルな白い器に盛られた色とりどりの果物、透明なグラスに注がれた淡いピンク色のスパークリングワインなんかの小道具は普段の自分たちには似合わないものだと思った。とはいえ、これが撮影であることを少し忘れてしまうくらい、灰原の自然な表情や仕草に自分も釣られてしまったこともまた事実だ。
ソロのショットも挟みながら撮影は進み(もちろんセミヌードもあった)、大一番であるベッド周りの撮影に入ったのは陽が傾きだしてからだった。
ベッドルームも他の部屋と同様にプライベートの内庭に面しているが、窓の方向が違うからか入り込む光は他の部屋と比べて弱く少ない。撮影用の照明も、日中の昼白色とは違う夕陽とよく似た深い電球色だ。
仄かで柔らかな明かりに包まれたキングサイズのベッド。そこに腰掛けて、鼻先が触れ合う距離で見つめ合いながら、ふわふわの部屋着とは別のなめらかなシャツの寝間着を上から一つずつはだけさせる。同じように灰原の手で自分の服も乱されていき、それから。捕まえるようにして指を絡めとり、淡い暖色に染まったシーツの上へ灰原をそっと押し倒す。
ベッドルーム以外でも服を着たまま絡むショットはいくつも撮っていた。変に意識しないよう、灰原のソロ撮影の時には灰原のセミヌードに目と頭を慣らせた。
ただ、実際に服をはだけさせてベッドに横たわる灰原を組み敷いた時。艶っぽい視線や表情、そして撮影に向けて美しく作り上げた肉体に自分でも驚くほど魅入ってしまったのだ。
ちょうどそのショットで一シーンの区切りとなり、カメラマンの掛け声と共にライティング調整や小道具の配置変更が入ったから、動揺はスタッフにも灰原にも気づかれていないと思う。もちろん、残りの撮影もプロとしてきっちりこなしたつもりだ。
しかし、あれから、淡い明かりの中でシーツの上に横たわる灰原の姿が頭から離れない。
鍛えられた身体、あどけなさの中に色気が滲む表情、熱っぽく見上げてくる瞳。あの時の灰原は姿はテーマと役に入り込んだもの。つまりは演技だ。自分も同じように被写体として求められた自分を作ったし、それが自分たちの仕事だとちゃんと理解している。
ただ、たとえ演技であっても、灰原の新たな姿を目の当たりにしたことで、灰原への気持ちが更に大きくなってしまったのだ。
撮影から二ヶ月弱。
その間も二度ほど会ってはいたがどちらも外で食事したくらい。いつも取るのは個室がある店だが、いくら人目につかないとはいえ触れるだけのキスでも正直憚られる。ようやく休みの予定が合い、七海の自宅に来る日にちを決めてからのここ半月ほどはかなり悶々とした日々を送っていた。
「じゃあ、金曜日楽しみにしてるね」
数日前。地方ロケ先のホテルから通話してきた灰原が、終わり際に口にした一言。スピーカー越しであったから、灰原がどんな顔をしていたのかは分からない。ただ、いつもより声が小さかったように思えて、胸の奥から上手く表現できないものが込み上げそうになった。
灰原と合流したら、いつも行くスーパーで夕飯の材料を調達する。メニューは決めていないから食材を見ながら一緒に考えたらいい。少し早いだろうが家に帰ったら夕飯の支度を始めよう。二人でゆっくりキッチンに立つなんて、多忙なこの職業にとったら贅沢な時間だ。
夕飯のお供は地方ロケの話だろうか。今度同じドラマのオーディオを受けることになりそうだからその話もしたいな。いや、あまり盛り上がり過ぎるとお互い仕事スイッチが入ってしまうから、ほどほどにしておいた方がいいかもしれない。
とりあえずは夕食が終わったら、先に灰原をお風呂へ促して、後片付けと湯上りのデザートに何か果物を切っておこう。灰原はあまりお酒に強くないから、飲み物はいつものコーラかもう少しさっぱりとジンジャエールでもいいかもしれない。流石にあの時の撮影みたいな洒落たグラスや器はないが、お揃いで買ったカップも恋人らしくていいだろう。
デザートのお供はいつもの流れでいくと灰原の好きな最新のアクション映画か後学用の往年の名作映画だが、今日は珍しくロマンチックなラブストーリーものを提案してみようか。お互い積極的に見るジャンルではないが、正直なところ雰囲気の作り方がよく分からないので作品を小道具として使おうという魂胆だ。
いい雰囲気になったら寝室へ行き、抱き締めて、キスをして、あとは灰原の反応を見つつ優しくベッドへ──。
最初は具体的だった構想が段々と曖昧なものになっていくことに七海自身も気がついていた。一応、数回お互いの熱に触れたことはあるし、グラビア共演が決まった時はきちんとお互いの素肌を目にした。男同士でする方法も気を付けなければならない点も七海なりにしっかり頭に入れたつもりでいる。
とはいえ、結局のところは初めて同士。sex特集という大胆なグラビアを終えたとしても、恋人との初めてに挑むとなると緊張と興奮で浮足立っても致し方ないものだろう。
ちゃんと灰原の意見を聞いて。いや、聞くだけじゃなく言いやすい雰囲気も作らなければ。そうだ、多少のことなら平気だと根拠なく言うところもあるから、しっかり反応も見極めないと。灰原の気持ちいいところ、たくさん見つけていきたいな……。
頭の中で今出来うる限りのシミュレーション、もとい、やらしい想像を繰り広げていく。
「なーなみ!」
「ッ!?」
そのせいか、背後から突然聞こえた明るい声と肩を叩く感触に、七海は自分でも驚くほど盛大に身体をビクつかせた。
「え……?だ、大丈夫?」
声の主も予想外の反応だったらしい。バッと振り返ると、七海と同じようにキャップを被った灰原が困ったように眉を下げて立っていた。
「灰原……なんでこっちから……?」
「なんか気づいたらいつもの出口から出ちゃってて。戻るよりぐるっと回った方が早いかなー、って思って歩いてたら七海見つけて、ちょっとびっくりさせよっかなぁって思ってこっそり近付いたんだけど……ごめんね、驚かせちゃって」
「いや。私こそすまない、ちょっとぼーっとしていたから」
本当はきみとのやらしいことを考えていただけなんだが。と、素直に白状することはできず曖昧に言葉を返す。それにしても、一応変装しているのにすぐ見つけられるなんて。もしファン相手なら自分の詰めの甘さを反省するところだが、灰原相手だとどうにも嬉しく思えてしまう。
「とりあえず行こう。晩ご飯なに作るかも決めないとな」
じわじわ緩む顔を引き締めて、少ししょんもりしているしている灰原の手を軽く引く。流石にこんな明るい時間から外でずっと手を繋ぐことはできないが、普段から灰原のスキンシップに甘えている自分にしてはかなり思い切ったと思う。内心ソワソワしているとパアッと顔を輝かせた灰原は「そうだね!」と手を握り返してくれ、引き締めたはずの七海の頬は再び緩んでいった。