「よぉ、簓。ちと匿え」
はて、誰かを匿うのは脅迫されながらすることやったっけ。開口一番に強い口調を放った空却が袋を突き出してきた。なんやねんと思いながら受け取ると、イケブクロでも稀にしか見かけない飴玉が入っていた。走ってきたのか、どことなく頬が赤い気がするが聞く気はない。
「任しとき!」
空却がさっさと部屋の隅にあるロッカーに入り込む。あぁ、君は身体そない大きないから入れるんやな。これは言葉に発したらタコ殴りにされてしまう内容だ。だから言わない。
しっかし、空却みたいに腕力、というか筋力お化けは何から匿えと言うのか。君怖いモンおんの?後学のためにもソレ教えてほしいわ。淡い緑色の包み紙を解き飴玉を口に放り込むと、深みのある甘みが口内に広がった。メロン味とメロンソーダ味とがあり、こちらはメロン味やった。
ややあって騒々しい足音が近づいてくる。空却を追いかけている誰かが来たらしい。誰やろ、ファンの女の子とかか。大群だったら空却かて逃げそうや。興味本位で部屋の外をそっと覗くと、我らのリーダー左馬刻がいた。……?左馬刻やんな?息を切らし、明らかに誰かを追ってきたとわかる動作をしている。何も見当たらないことに苛立ったのか手当たり次第に近くの部屋を確認し始めた。
「これ、逃げ切れるんか…?」
言葉の後に名前を呼びつけたら即バレだろう。だから独り言として言う。ロッカーの中からガタッと音がするし、ああこれは決まりやな。
「左馬刻〜、どないしたんお顔怖いわ」
部屋から出、左馬刻に声をかける。タバコを燻らせ、いかにも一服しつつふらふらしてました風にするのがミソだ。何してた、とか疑問を挟ませるより何をしてたかなんとなく想像させると、意外に突っ込まれたりしない。左馬刻は素直やしな!
「空却に……」
「うん?」
あの若者、ヤクザに何やらかしたんや。
「飴玉突っ込まれた」
「うん???」
飴玉。なるほど。甘いん左馬刻は好んで食べたりせぇへんな。飴玉。……なんて???
「なんやの、高度過ぎて困るわ」
「何がだよ、舐め終わるまでひたすら甘かったんだぞこっちは」
は〜、噛むなり、包み紙に出すなりあったやろ。素直にころころ舐めとったんか。怒る割には受け入れとるやん。ツッコミ待ちなんか。
「……なんでまた、飴玉で襲われてん」
質問したら、面白いくらいに左馬刻が固まった。空却だって飴玉を人様の口に放り込むのに、なんの理由も無いとかまさか。まさかそんな。
「タバコ臭いってよ……」
「俺も左馬刻も、まあタバコの消費量ヤバいから臭うのはわかるで」
ただ、それはいつもの事だ。唐突な飴玉強襲は何がどうした。
「口の中、少しはマシにしろ、って……」
あっ。
「空却!俺を痴話喧嘩に巻き込まんといて!?」
ロッカーの方に怒鳴ると、きょとんとした後すぐに察した左馬刻が大股に近づいて行った。ガタガタとロッカーが暴れている。中で空却が暴れているんやろな。ロッカーから出たいのか籠城したいのか。知らんわほんまに。
飴ちゃんのお礼はまた後日や。一郎はこの騒ぎ……知らんのやったら知らんでええ。そないな話、一郎には刺激強すぎるわ。
たまにはあの遠慮がちな高校生に夕飯奢るのも良い。出入りしている舎弟たちに、今日は早めに帰って良いとも伝えなければ。リーダーが六つも年下と乳繰り合う姿なんて目撃したら大変だ。やる事はたくさんある。
「空却!なんでロッカーなんかに入ってんだよ!」
「こんな追いかけ回されっとは思わなかったからだわ!」
どっちへも、せやな、とは言える。互いの言い分はしっかり擦り合わせておいてほしい。ただ、空却は顔の赤みが引くまではと逃げたりロッカーに入ったのでは。走ったからか、左馬刻の反応に赤くなったんかは知らん。特に後者は想像したないわ!
お前たちはどちらも、血を流そうと離れずにいる気概を持っているのだ。好きなだけやれ。
普段からぎゃーぎゃー言い合う姿はたまに発生する。俺がこの場から離れられるなら、とりあえず文句もない。
「ごゆっくり〜」
平和な日やなぁ。