銀高ss駅前の噴水広場。いつもの待ち合わせ場所で噴水の音と家族連れの賑やかな音を聞きながらアホを待っている。
約束の時間から五分経過。時間にルーズなのは毎度のことだ。あいつ人混みがどうとかと言っておいて、一人にさせるのはいいのか。だったら夏祭りだってよかったじゃないか。未だ消えない未練と銀時への呆れでため息が出た。
朝九時だというのに外の気温は既に汗をかく程度まで上昇を始めている。そろそろ日陰にでも移動しないと焦げてしまいそうだ。全く、飲み物の一杯でもあのアホに奢らせないと気が済まない。避暑の為に腰を上げると、丁度銀時が改札から出て来るところが見えた。
「遅ェんだよアホ」
「わりー。松陽にごちゃごちゃ詮索されてさあ。躱してたら遅くなった」
「……先生、元気か」
「暑いのに一人だけ元気で困ってるよ。」
松陽先生。銀時の養父で、中学まで通っていた塾の先生だ。銀時と自分が恋人という中である事も知っている。最初は隠したけどなぜかバレた。銀時の家に行った時に会えたりもするが、恥ずかしいことにこちらを気遣ってか顔を見たらすぐに奥の部屋に消えてしまう。聡明で、やさしくて、あったかいひと。
「……頭熱くなってんな。中入ろうぜ」
ぽん、と銀時の手が頭に置かれる。温度を確かめるようにひと撫でして、空いている手を取られる。そのままぎゅうと手を絡めあって、最初の目的へ向かう。
手のひらが熱く感じたのは、きっと自分の頭の温度が移ったからだ。
「おお……」
待ちに待ったりんご飴。厨房がガラス張りになっていて、作っているところからよく見えた。真っ赤で、つやつや。祭りでしか見かけないたべものが、今はこんなに手軽に手にできるのか。次々と完成していくりんご飴を眺めて感動していると、銀時が何やら顔を押さえているのが視界に入った。
「なんだ」
「いや……そんなに喜んでもらえるなら、連れてきた甲斐があったなと」
「祭りのチラシ見た時から、食べたかった。だから嬉しい」
「……そ。」
素直に伝えてやれば、銀時が笑った。こいつも甘いもの好きだから、嬉しいんだろう。
ようやく順番が巡ってきた。自分の分の赤い宝石を受け取って、イートインスペースへ席をとる。銀時を待って、二人で齧り付いた。
「……!」
「うま!」
膨らんでいた期待値もあって、おいしい。思わず二人で顔を見合わせる。飴の部分はカリカリで、りんごは甘酸っぱい。もう一口齧り付いて、味を堪能した。
銀時は何やらフレーバーが塗してある種類を頼んでいた。そっちの味も気になって、銀時に視線で訴えてみる。はいはい、とこちらに差し出されたので、齧り付いた。
「あまい」
「ココア味だって。サイコーだわ」
「ちょっと甘すぎる」
「それがいいんだろ」
銀時は嬉しそうだ。自分だけが楽しいより、相手も同じ気持ちならその方がいい。ほわほわと浮いたような気持ちで、頼んでいたコーヒーに口を付けた。
ぱりぱりあっという間に食べ終えて、銀時が最後のジュースを啜ってトイレ行ってくると席を立った。後ろ姿を見送って、自分もコーヒーを飲み干した。
席から見える外の風景をただ眺めていると、不意にポケットの端末が振動した。
何かと見てみれば幼馴染がペットの写真を送ってきた様だ。どこかで拾ってきたという、つぶらな瞳のアヒル。幼馴染、桂はたいそうそれを可愛がって、よく写真を送りつけては感想を求めてくる。撮り方が下手なのか、毎度同じ角度ばかりの写真にいい加減飽き飽きしている。しかし既読無視すると拗ねて次の日問い詰められるので仕方なく返信を考える。かわいいですね、とあまり思ってない事を打ち込んで、端末を閉じた。だってただこちらを見つめるアヒルをひたすら送られても困るのだ。なんでいつも正面なんだ。アヒル自体は可愛い生き物だと思うけれど、あいつのはなんか目が虚無な感じしかしない。イマイチかわいいと思えないのは俺の感性のせいではないはずだ。どうして俺の幼馴染は二人してアホなんだと、なんだかため息が出そうになった。
「はあ、」
「ため息ついちゃってどうしたの?」
「ああ、ヅラがな……って、」
誰。
さっきまで銀時が座っていた位置に、見知らぬ男が座っていた。金髪で服装も派手で。見るからにチャラついているその男は、何食わぬ顔で話を続ける。
「君、一人?」
「違う」
「そうなんだ。かわいいから話しかけちゃった」
「………あっそ」
「この後暇?ご飯行こうよ。好きなもの奢ってあげるから」
「いらねえ」
ペラペラと話しかけてくる男。もう無視しようと決めたところで、男が勝手に手首を掴んだ。
「おい、離せっ」
「えー、そう言わずさ。あ、もっと賑やかな方がいい?連絡先教えてよ、今度祭りとかーー」
「行かねえよ」
ぎんとき、と声に出す間もなく、ばしりと男の手が叩き落とされる。
そこそこ力が入っていたようで、男の顔が衝撃で歪んだ。
「俺のに触んな」
失せろ、と低い声で銀時が言った。
途端にぞわりと鳥肌が立って、全身の筋肉が硬直する。呼吸も浅くしか出来なくて苦しい。これ、なんだ。ぎんとき。
男も何か感じ取ったようで、顔を青くして転げそうになりながらどこかへ消えていった。
「……手、」
「ぁ、」
大丈夫か、と銀時が言っただけなのに、思わず隠すようにしてしまう。声も怯えが混じった。
どうしたらいいか分からなくて、銀時から目を逸らす。そのまま小動物のように身を縮めていれば、銀時が動く気配がしてそっと抱き寄せられる。
「怖がらせた。ごめん。」
珍しく萎れた銀時の声。ああどうしよう。さっきまで楽しかったのに。どうしたら、銀時は元に戻るんだ。
思案して、俯いた銀時の頬に唇を寄せてみた。触れるだけのキス。だいじょうぶだと思いを寄せたが、伝わっただろうか。
「あんがと」
銀時は深く息を吐いて、その後はいつもの気だるげな声に戻った。