決戦前 (うっわ、・・・・・・な、な、なんて表情すんだよ、この人ぉおおおぉおおお)
一瞬、思わずぶゎりと赤くなってから、瞬時に青くなり、付け込まれてなるものかと何とか努力して平常の顔色を保つ。
(セ、セ、セーフ!)
どうやら相手には気付かれなかったようだ。
対天琅君作戦のために洛川に集結した修真界と北疆魔族の集団の中、久方ぶりに清静峰主の姿を認めた。
居るだろうとは思っていたが、実際に顔を合わせると互いへの不満が一気に噴出する。何を経験してきたかは知らないが、こちらに対する一言目が「なんでお前、まだ生きてんだよ! なんで漠北君はまだお前をぶっ殺してねぇんだ!」などと喧嘩腰どころか殺気立った台詞を放ちつつ詰め寄ってくるものだから、こちらも当然、同様の応酬になる。
相手の言い分は明らかに自分への非難だ。
どこで知ったのかオリジナルの沈清秋、沈九の設定に関して口角泡飛ばして罵ってくる。が、そんなことを言われてもこちらは職業として小説を書いていたのだ。何のバックボーンも無いキャラクターを使って何の波風も立たないような話を続けたとして、誰が金を払ってまでして付いてきてくれると言うのか。連載を継続できなければ収入が確保できない。どれも魅力的なキャラにしようと思って立てた設定だ。まぁ読者のニーズを鑑みて実際の連載時にはバッサリ削った部分ではあったけれど。
自分にも大いに思うところがある故に、ここで言い負かされる訳にはいかない。
いかない の、だが。
同じように悲惨な境遇に設定した洛冰河に人気が出た実績を引き合いに出した途端、沈清秋の放つ気配が変わった。
(・・・・・・あんた、ソレどういう変化球なのさ)
正直、今までこいつと話してきて、ここまで狼狽えたことはない。最初に正体を言い当てられた時くらい、いや、アレ以上の衝撃ではなかろうか! というか、衝撃のベクトルが違うので、比較自体がナンセンスかもしれないが。
相手は、俺が設定した小綺麗な面に相変わらず怒気を貼り付かせてこちらを睨み据えているが、その苛烈な目付きとは裏腹に、瞳全体は潤んでいるし目尻は赤いし、ついでに色白の頬もほんのりと紅潮していて、噛み締めて歪んだ唇にも妙な色っぽさが滲み出ている。
「・・・・・・きゅうりくん、何その顔。」
これは・・・・・・チョットいただけない。
「まさかと思うけど、可哀想だと思ってるのか?」
言ってから、控えめ過ぎる表現だったと気付く。いやもう洛冰河が可哀想とか可哀想じゃないとかいう次元は確実に跳び越えている。感情移入や想い入れなんて次元ですら無い。
これはアレだ。
半落ちというやつだ。
先程までの沈九絡みに起因する怒りとは確実に異なる感情の発露だ。激しくはあるが単純な弟子の扱いへのクレームなどでもない。洛冰河に悲惨な境遇を敷いた自分に対する弾劾の念が、洛冰河自身への強い想いに後押しされて逆巻いている状態であり、つまりこの直視が憚られるような何がしかの気配を纏いながら押し寄せる圧の核は「洛冰河への想い」なわけだ。
いや、もう半分どころじゃなく取り返しがつかないレベルにまで到達しているんじゃなかろうか?
「ずっときゅうりくんは不撓不屈に自分のセクシュアリティを守るタイプだと思ってたのに。」
自分が今どんな表情をしているのか自覚が無いのか、この人は。
色づく気を立ち昇らせながら射抜くような強い視線を向けてくる真剣な面差しが、凄絶に美しい。こんなモノを見せつけられて、胸の奥にさざ波が立たない者などいるのだろうか・・・・・・。
「ずっとストレートだと思ってたのに!」
最後の方は何に対してか悲鳴のように上擦った声になってしまった。
無自覚なだけに罪深い。
なんて、なんて危なっかしいヤツ!
自分は知っている。
こいつは「絶世きゅうり」なんてふざけたハンドルネームで無責任に人が書いた作品をディスるようなヤツだって。大した苦労もしていないような現代人で、文句を言いながらもせっせと課金してネットに貼り付いているような暇人だったということも。
ついこの前までだって自身が生き残るために洛氷河から逃げ回っていたのに。
なのに。
自分の敷いたレールをメチャメチャに破壊して、妙な方向に改編して行きやがったその先に芽吹き出したのは、それぞれの「一途な想い」というやつで。こいつ自身もまた無自覚に、その「一途な想い」を抱え始めている。
こいつの存在が、こいつの行動が、自分の造った骨組みだけの世界に善良で誠実な血肉を与えて息づかせていく。復讐・陰謀・性愛しか与えていなかった自分の世界に希薄だった友愛やら師弟愛やら、もっと大きく激しく節操のない感情まで生み育てて、そしてそれを世界の中心が大切に愛しげに抱え続けるのだ。
それは、
なんて・・・・・・
そんな思いに沈みかけたところで、こめかみに青筋を立てた沈清秋に蹴られた。
嫌な処を突かれた故だろうが、さりとて否定を口にしていないのもまた無自覚ゆえだろうか?
「お前とウダウダやり合ってる暇はない。」
気付けば先程までの危ない色香をすっかり引っ込めた沈清秋は、それでも目から火を吹きそうな勢いのまま、世界のために言った。
「ほら、天琅君をどうやって倒せばいいのか、さっさと言え!」