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    山椒魚

    @darumasan5656

    中華BLの沼に生息しはじめた両生類。20↑
    たわ言を吐きます。勘違いが多いです。動きは鈍いです。何かあったら棒でつついてください。痛くないやつが嬉しいです。


    『人渣反派自救系統』 の邦訳分冊版の連載を追いかけ中。(現在連載50巻目 第20回の段階)
    自力で翻訳はできていないため、先の展開は知らない状態です。何か勘違いがあってもぬるく見逃してください。

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    山椒魚

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    邦訳分冊版49巻の幕間の話。
    分冊版48巻で語られていた沈九から尊敬も感謝もされていなかった先代峰主とはどのような人物だったのか。なぜ名付けに『秋』が与えられて、それを受けねばならなかったのか、ぐるぐる考えているうちにできた話です。
    オリジナル設定入れまくりなので、何でも許せる方向けです。

    #人渣反派自救系統
    scumVillainSelf-helpSystem
    #svsss
    #クズ悪役の自己救済システム
    #沈清秋
    shenQingqiu
    #沈九
    sinkingIntoObscurity
    #寧嬰嬰

    『秋』 清静峰の先代峰主はナマズに似た中年男だった。
     否。それは少し表現として間違っていたかもしれない。彼が本当に中年と呼ばれる年齢であったかどうかは、正確には定かではないのだ。
     仙師の見た目は金丹形成の時期と修為に因る。見た目のことでよく引き合いに出されるのが幻花宮の老宮主だが、実力者であることは間違いないにも拘わらず、誰の目にも明らかな老貌であるのは、俗欲にまみれた分だけ修為を損ねた為であろうというのが口にはせぬものの大方の見方であった。
     対して、清静峰先代の人となりは俗欲とは無縁であったため、これは結丹の時期が遅かったのだろうことが窺われた。
     金丹形成には身体的素養も大きく関係する為、当人がいくら努力しようが実を結ばないものは結ばない。仙門の師弟として昇山できる者は皆その素養ありと見做された者たちではあるが、それとて当人にとって希望の持てる時期に成果が得られるとは限らず、同輩が結丹を果たす中、焦り苦しんだ末に疲弊し、才無しと諦めてしまえばそこまでの話。そうやって幾人もの弟子達が下山していくのも仙門の倣いのひとつであった。
     そんな苦海を乗り越えて、遅くとも結丹を果たし、ついには蒼穹山派第二峰の峰主を任されるに至ったからには傑物と見做されてもよいようなものであるが、先代はその精勤を殊更に語ることもなく常に穏やかで慎ましく・・・と言えば聞こえは良いが、言い方を変えればパッとしたところを見せない影の薄い男であった。凡庸な容姿と覇気の薄い表情から威厳が放たれることもなく、学者然とした雰囲気を纏いながらも彼を特徴付けている厚めの瞼とナマズのような髭により、智の峰の指導者というより俗世にも居るような物知りおじさん程度にしか感じさせないのは至極残念な処であった。しかし、その敷居の低さから自峰の弟子達には概ね慕われていたし、他峰の弟子達から密かに付けられた「ナマズ師伯」や「ふくろう博士」などという渾名にも、揶揄の響きは込められていない。地味にだが愛された峰主だったと言えただろう。

     そんな先代が、次代と定めた主席弟子に授けた名が『沈清秋』だった。

     「・・・・・・『秋』・・・」
     告げられた沈九は呪いを耳にしたように顔を歪め、その音だけを感情の読み取れない声で口にする。
     「おや、気に入らぬのか?」
     ナマズは長い髭を梳きながら不思議そうに聞き返す。
     「良い名だと思うたのだが、当人の意にはそまぬようだ」
     はて、どうしたものか・・・と困惑の表情を向けられても、その一文字からどうしても想起してしまうのが、決して知られてはならない忌まわしい過去であることは、語るべくもない。
     「四季でお付けくださるのであれば・・・」と、沈九は話を無難な方へと誘導する。
     「私などは『冬』の方が似合いかと」
     淡々と騙ったつもりだったが、少し自嘲めいた響きが混じったかもしれない。師は髭を梳く手を止めて首を傾げると、それでは今と変わらぬではないか と、溜息交じりに呟いた。
     「そなたの在り様は、儂とて気付いておるよ」
     沈九の、氷のように冷たく張り詰めたその言動は、自他ともに厳しく向けられ容赦が無い。
     彼はとても目立つ男だった。
     入門当初は專らその美しい容姿と年齢に話題が集まった。
     折角入山できても今からではさすがに遅かろう、と。甲斐なき労苦を続け無駄に老いるよりは、下山して役者にでもなり仙女役でも頂戴すれば容姿の使い処もあるというものだろう、と無神経な兄弟子達は影に日向に噂した。
     言葉ではその程度だったが、向けられた視線にはもっと下卑たものが混じっていたのに気付かぬ沈九ではない。雑音を余所にひたすら修練に打込んだ彼は、見る見る頭角を現し、早々に他を圧倒した。己は見下される者ではない、見下す者なのだとでも言うかの如く、他者を見る目には明らかな蔑みの色があった。
     主席弟子になってからは一転して落ち着いた様を装ってはいたが、昇り詰めることを切望する彼は、次代の峰主候補となったことを自覚し、つまらぬ態度でその道に自ら影を落とさぬよう弁えただけなのだ。
     沈九は、仙門に多く集う、生まれの幸運を鼻にかけ、人並み程度の努力で満足し、つるむような輩を酷く憎んでいた。他者を寄せ付けぬ氷壁は更に厚く堅固なものとなっていた。先代は、そんな彼の孤高たる姿勢にもいくばくかの理解を寄せていた。先代もまた、架かる運とは縁遠く、結実せぬかもしれない努力をひたすら怠らずに続けた末の身であったから。

     「峰主となるは、己だけを見つめる道ではないよ。聡いそなただ、それは解っていよう? これからは・・・・・・」
     先代は、弟子の高い矜持に触れない程度に何気ない風で言葉を重ねる。
     「氷結を以て実ったものを覆い閉ざす冬ではなく、多くの者に分け与え慕われる秋となって欲しい。・・・この師の願いを込めた名だよ。無下にはしてくれるな」
     そう言うと、少し眉を下げて微笑み、下がってよいと合図された。柄に合わず訓えのようなことを口にしてしまったな、と独りごちている。その長い髭を梳く手が妙に早く動く様を、弟子は無表情に見つめた。

     嗚呼、この人は・・・・・・と沈九は思う。
     師父として、父として今、言祝いでくれたのだろう。
     ただ、それが分かったところで何の感銘も湧かず、ただ遠い昔の恨みへとしか意識が向かわぬ己はやはり根からの人渣なのだろう と、聞こえぬ程度に浅く溜息をつく。
     「師尊に感謝を」
     言葉だけの挨拶に拱手を添えると、沈九は独り竹舎を後にした。



     ───────── 2 ────────



     「・・・・・・『秋』・・・」
     と、小さく呟いた師を見上げ、そうですよ と寧嬰嬰は返事を返す。

     先程まで竹舎の中に溢れかえっていた客人は、明帆が山門まで送って行った。今、竹舎の入り口に立っているのは、ここまでならと木清芳に許可を出された沈清秋と、師の付き添いを任された彼女だけ。
     小雪のチラつく空に向かって白い息を吐いてから「師尊、冷えてしまわれますよ。中に入りましょう」と優しく促す。
     5年としばらくぶりに竹舎に戻った師は、昭華寺で倒れてから今朝ほどまで眠ったままだった。いくら木清芳が大事ないだの寝ていただけだのと言ったとて、金丹中期にもなる揺るぎなく高位の修真者であるはずのこの師は、熱を出したり毒をくらったり死んだのかと思えばどうも脱皮だったり攫われたり元の姿に戻ったりまた寝込んだりと落ち着かない事この上ない。彼を慕う弟子達もまた、その度に心配したり不安になったり他派閥と揉めたり嘆き悲しんだり誰かさんを恨んだりと散々だ。けれど、弟子達を温かく導き、いつも他者の為に必死になって割を食っている師のことを、誰もが早く無事に戻ってきて欲しいと願っているのだ。
     「戻ってきたのなら、ここにいろ。もう行くな」と言った先程の柳清歌の言葉は、その場にいた皆の想いだった。「あぁ」と師は応えた。けれど、客人達を見送って二人きりになった今、彼はまたどこかに気持ちを置いてきたような目をしている。

     「今年の雪は例年になく早いですね。折角師尊が戻られたのに、また秋を逃してしまいました」
     意識をこちらに戻して欲しくて、嬰嬰は師に話し掛け続ける。
     「・・・・・・『秋』・・・」
     と、小さく呟いた師を見上げ、そうですよ と彼女は返事を返す。
     「秋の収穫祭は峰の皆が1番楽しみにしていた行事だったんですよ。師尊ったら気付いてなかったんですか?」
     否、と師の目が彼女に向く。
     「そういえば皆いつになくはしゃいでいたな。毎年毎年」
     そう、毎年毎年ですっ と遠くを見つめていた師の双眸を取戻すことに成功した彼女はにっこりと笑う。

     収穫祭と呼ばれるその行事は、いわゆる実地見聞のようなもので、毎年春と秋に行われていた。
     清静峰主が弟子達を連れて他峰や麓を巡り、その土地の地形や特色、出没する魔物、その特徴や祓い方、薬草や食用にできる動植物などを講義する。
     百聞は一見にしかず。
     峰の中での座学だけでは得られない体験は弟子達の知識欲を大いに刺激したし、「珍しいものを見つけました。師尊、これは何でしょう?」と問えば、師は目を輝かせて見に来てくれた。ほとんどのことは師の広い知識の範疇であり丁寧に解説して貰えたし、稀に師にも憶えの無いものを示せば「よく見つけたな。これは新発見かもしれぬぞ」とその麗しい貌を綻ばせて褒めて貰えることもあった。
     見聞が終われば集めたものの確認作業や標本作りが始まる。春の場合は大体がそこで終わるので、つまり目的通りの知の収穫祭に留まるのだが、秋の場合はまた趣が異なる。
     麓に下りれば、日頃の魔物退治のお礼を兼ねて、村で収穫したばかりの食物もどっさり持たされる。金品は受け取らぬ師であったが、村人達から気持ちだの出来を見てくれだの言われれば、不作でもない限り丁寧に礼を伝えたうえで、ありがたくいただくことになっていた。
     持ち帰ったその食物は、新鮮なうちに料理上手な弟子達の手に渡り、その晩には文字通りの収穫祭が開催される。
     師は「そなた達でいただきなさい」と1度は辞すが、弟子達から「師尊をお招きしたいのです」「師尊が居られねば始まりませぬ」と唱和されれば、扇子の向こうに眉を下げた表情を隠しながら「それでは少しだけ顔を出させて貰おう」と言って、明帆の設えた席に着座してくれるのだ。
     この夜の収穫祭は無礼講であり、酔って下品な振る舞いをする者は居なかったが、皆が師尊師尊と彼の周りを取り囲み、何やかやと話し掛けては返事を貰って喜んでいた。師は峰の皆の憧れであり、長く近しく相手をしてもらえるこの機会を誰もが楽しみに待っていた。明帆は、おまえたち近付き過ぎだぞと師弟らを引き剥がすのにてんてこ舞いし、洛冰河は静かに師の空いた杯や皿を新しいものに入れ替えていた。洛冰河が竹舎の離れに呼ばれるまでは、明帆と共に師の側で仕えることの多かった寧嬰嬰は、少し離れた場所からその和やかな様子を見守るのが好きだった。

     「私は、生家に居た頃はまだ幼くって、四季のいつが好きだなんて考えたことも無かったんですが」
     嬰嬰は師を見つめたまま言う。
     「入山して、師尊のお名前に『秋』の字がある事に気付いた時から、秋が1番好きになりました」
     だって、師尊が私を見出してくださった時から師尊は私の憧れの師匠だったんですもの。笑顔のまま、そんな純粋な好意を口にする嬰嬰を見つめる師の表情は、何故かどこか複雑なものだった。
     あ、大丈夫です!これ、峰の皆と同じ種類の気持ちですから! と、何か誤解させてしまったかと慌てた嬰嬰は両手をバタバタと顔の前で振ってみせたが、師の表情は更に複雑なものとなる。
     「────師尊は、秋がお嫌いなんですか?」
     ポツリとその疑念を口にした嬰嬰の頬に、ひとひらの雪が貼り付き、溶ける。その瞬間、ふと既視感を覚えた彼女は、さほど考えることもせず、「あれ? これ聞いたの、確か2回目でしたね」と言った。
     2回目?と師は繰り返す。
     そうですよ、たしか随分むかしのことですけど。あの時も師尊は私の隣で微妙なお顔をなされて
     「・・・・・・『秋』・・・っておっしゃったんです」

     寧嬰嬰はその時の師の声音と表情を真似て見せたが、それは微妙と表現するにはあまりにも凶悪に過ぎる御面相で、沈清秋──沈垣は『その話の俺、絶対に俺じゃねー!』と心の奥で叫んだのだった。

     

     確かに、そんな顔を見せられれば計らずも「秋が嫌いなのか そうなのか」と詰め寄りたくもなるだろう。
     この時の沈垣には沈九がそんな表情をするだろう所以も解り過ぎるほどに分かっていた。
     しかし、それでもだ。
     そんな悪鬼か修羅のような顔と一緒にされてはさすがの俺も傷付くんだが・・・と、知らずのうちに困惑の表情を浮かべた沈清秋の様子をしばらく見つめていた嬰嬰は、急に「ぷすっ」と吹き出した。
     「どうしたどうした」と更に困惑の色を深める師に、嬰嬰は軽く握った手を口元に当てながら、嘘ですよと苦笑する。
     「さすがにこんな酷いお顔はなさってません」
     「うむ。・・・確かに酷かった」
     驚いてしまったぞ、と少し情けなさが混じるハの字眉になりながら、師も閉じた扇子を口元にトントンと当てる。
     久し振りにこんな力の抜けた師尊と話せたと、嬰嬰は今まで心配させられ通しだったことへのちょっとした意趣返しが成功したことに歓びを覚える。
     でも、と嬰嬰は師からふと目を逸らし、記憶を手繰るような顔で呟いた。

     「・・・少し怖かったのは、確かなんです」





     それは今日と同じ、晩秋から初冬に至る寒い日のこと。
     弟子達に修練を続けるよう言いつけた沈清秋──沈九は、まだ幼さの残る女弟子の寧嬰嬰だけを連れて竹舎に戻るところだった。
     「嬰嬰はよいのですか?」と、首を傾げて師を見上げる少女に、沈清秋は「そなたがこれ以上続ければ身体を壊す。無理をさせるつもりは無い」と優しさをも垣間見える穏やかな表情で応えた。
     そう、この頃の沈清秋は、男弟子に対しては一様に事務的で厳しかったが、唯一の女弟子であった寧嬰嬰には、傍目からもそれと分かるくらいに甘かった。嬰嬰はその意味を考えることも無く、ただ夢のように綺麗な師が自分だけに柔らかな表情を見せてくれるのが嬉しく、誇らしかった。自分は師の1番お気に入りの弟子であるというその驕った認識が、その先の彼女の在り様を、己の言動が考え無しであることに気付けぬトラブルメーカーへと成していくのだが、それが驕りであったと気付いた時を境に、彼女は劇的な成長を遂げる。それはまぁ、ともあれ。
     この時分の彼女はまだ純粋無垢で、自分だけに厳しい修練を課さない師に、自分からも特別な何かを伝えたかった。
     だから、先程とほぼ同じようなことを言ったのだ。
     入山して師尊のお名前に『秋』の字がある事に気付いた時から、秋がいちばん好きになりました、と。だって師尊が私を見出してくれた時から師尊は私のあこがれの先生なんですもの、と。
     その時のことだ。
    「・・・・・・『秋』・・・」と、
     嬰嬰が言うところの『微妙』な表情で、師が呟いたのは。

     それは、これまでに向けられたことのない表情だった。
     自分は何かいけないことを言ってしまったのだろうか? 不安になった彼女だったが、やはりあまり考えも無しに、ポツリとその疑念を口にした。
     「────師尊は、秋がお嫌いなんですか?」
     嬰嬰の頬に、ひとひらの雪が貼り付き、溶けた。まだあどけなさを残す少女の不安そうに見上げてくる頬に光ったそれは、涙を想起させたのかもしれない。
     「・・・・・・否」
     と、師は緩く頭を振った。
     「ただ・・・『秋』は俺には過ぎた名ではないかと、たまにそう思うことがあるだけだ」

     歩き出した師の表情は、取り残された嬰嬰からは見ることができなかった。それがどんな心持ちからの言葉であったかも、彼女にはわからなかった。
     だからその時の嬰嬰にできたのは、消え入りそうな声で「・・・そうですか」と呟くことだけだった。





     沈垣は意外に思った。
     その時の沈九が思い巡らせたのは、『秋』家の『秋』ではないように感じられたから。
     (単なる季節のことなのか?)
     だとしたら、秋にどんな意味があったのだろうか・・・そんな風に思いを巡らしかけた時、嬰嬰が舞い降りる雪に手を差し出しながら彼に向かい、にっこりと笑った。
     「あの時は私、何と答えればいいか分からなくて。その後に阿・・・洛冰河が入門して、師尊が熱でお倒れになって。昔みたいに私に構ってくださらなくなったから、私、師尊に嫌われてしまったのかと思ったりした時期もあったんですよ」
     確かに、沈垣は寧嬰嬰を特別には扱ったりしなかった。
     (そうか、嬰嬰の中には、他の誰とも違う沈九像があったんだな・・・・・・)
     今さらどうしようもないことではあるし、沈垣的には女の子だけに目をかけるなど有り得ないが、それでも。
     (傷つけてしまったのかもなぁ・・・)
     嬰嬰がいい子なだけに、申し訳ない気持ちが拭えない。
     しかし、当の嬰嬰はそんな師の顔を見るとぷすすっとまた吹き出してから、やだ師尊、そんな顔しないでください と朗らかに言った。
     「私が我儘だったんです。別に師尊は私に冷たくなった訳じゃない。皆に優しくなっただけ。お立場としてはそれが正しい在り方ですもの」
     私も少しは成長したんですよ? と、腰を屈めて上目遣いで言ってくる嬰嬰に、ありがたいことだ と、沈垣──沈清秋は微笑んだ。嬰嬰も微笑み返して、言葉を続ける。
     「峰の皆にとって、師尊は秋そのものなんです。実りを惜しみなく弟子達に分けてくださる秋。皆がお慕いする秋なんです」
     だから、過ぎた名だなんて仰らないで。

     ────そういう意味か。

     思いがけず、沈九の柔らかい部分に触れたような想いがして、沈垣は何とも言い表せない気分になった。
     隣で嬰嬰が「あらいけない!うっかり長話をしてしまったわ」と焦った声を上げるので、その想いはすぐに現実へと引き戻されたのだが。
     「師尊、中に入りましょう!冷えてしまいます・・・いやもう冷えてますよねっ。申し訳ありません。すぐお茶を淹れますからっ」
     「いや別に、冷えたところで・・・」
     「だめです!すぐお倒れになるんだから。何を仰られても信じませんよ!」
     さあさあ!と背中を押す嬰嬰に向かい、そなたは本当にいい子だなぁと呟いた沈清秋は、無意識にその頭に手を置いて撫でてしまってから、しまった!これセクハラ事案か と内心冷や汗をかいたのだが。
     一瞬、きょとんとした表情を見せた嬰嬰は、次の瞬間嬉しそうな笑顔を向けてきたので何とかセーフだったようだ。
     「師尊に撫でてもらえるの、久しぶりですね」
     そう言って眉尻を下げた嬰嬰の目尻に光るものを認めて

     ────また泣いた!

     もう、今日何回泣くんだよ と困惑しながらも、沈清秋の寧嬰嬰を見る瞳は暖かかった。




     それは決戦の前の晩。
     穏やかで安らかなひとときのこと。




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    山椒魚

    DONE洛冰河が竹舎の隣の空き部屋に移り住んだ頃の話です。白蓮華15歳、明帆17歳位。

    さはんドロライのテーマ「嘘」をクリアすべく、登場人物が1度は嘘をつく、または嘘という言葉を口にする縛りで書きました。
    まぁ、この話自体が嘘・・・というか捏造だらけですけどね。
    という訳で何でも許せる方向きです。

      *:*:*:*:*

    邦訳分冊版の連載を追いかけ中。(現在連載50巻目 第20話の段階)
    月夜の迷いごと 「今まで苦労をかけたな」
     師は穏やかな口調で、口許に笑みまで浮かべてこれまでの働きを労ってくれた。
     普段であればどれほど誇らしく、喜ばしく思ったことだろう。
     けれど今、それは絶望感を伴い明帆の胸を押し潰した。
     お払い箱になったのだ・・・・・・

     明帆の師への敬愛は崇拝に近いものがあった。
     昇山し、拝師の礼を行った時から、端麗な容姿をもつその人の優美な所作に強い憧憬の念を抱いた。表情を抑えた怜悧な面は俗人とは一線を画す不可侵な崇高さとして映り、ただひたすらに敬った。師の命には何の疑念も差し挟むことなく、盲目的に従った。
     そうしていつしか、師の望むことを察し、先回りしてご機嫌取りを行うようになっていった。そんな明帆を、師は傍へと取りたて、重用した。
    17512

    山椒魚

    DONEやっぱりバレンタインとホワイトデーはセットでしょ。両想いなんだし!ってことでシリーズものと化していますが、この話だけでも読めるようになっています。

    ※:※:※:※:※

    邦訳分冊版の連載を追いかけ中。(現在連載50巻目 第20話の段階)
    自力でに翻訳はできていないため、先の展開は知らない状態です。何か勘違いがあってもぬるく見逃してください。
    情人節の贈りもの 〜白色情人節に贈るもの〜 白色情人節。
     それは日本で言うところのホワイトデー。
     元々我が国には無かったイベントだが、何となく日本から持ち込まれた文化のため、やる奴はやるけどやらない奴はやらない程度のイベントだ。情人節ほどやらなきゃいけない感は無い。
     そもそも我が国では女性からプレゼントを貰うなど誕生日くらいのもので、もっぱら男から本命の女性に というのが一般的だ。その根底には、女性にお金を使わせないという暗黙のルールがあるので、白色を取り入れたとしても男が女性に贈り物をする回数が増えるだけ。まぁよほどラブラブならば贈り合ったりもするようだけどね。
     というわけで、前世での俺の情人節絡みの思い出と言えば、妹に贈られた菓子をお裾分けで貰ったとか、兄達が本命に最上の物を贈るために開催した試食会への参加だとか、つまり自分とは全く関係が無いエピソードばかりだった。こちらの世界にもそんな習慣は無かったため、これら呪われたイベント(ぼっちにとって情人節と5月の我愛你の日と七夕節は特に地獄!)とは一生無縁かと思っていた。いたのだ・・・が。
    6879

    山椒魚

    DONEさはんドロライの1周年に初参加で参入させていただこうと書いた話です。
    周年記念の特別企画として色々選べるお題の中から「再会 」をテーマに書き始めましたが、果たして読んでくださった方にそう思っていただけるか自信が・・・・・・。

    捏造設定とチートアイテムが堂々と幅をきかせています。何でも許せる方向けです。
    扇子の行方「また妙な物を欲しがるものだ」

     扇子が欲しいと洛冰河が言い出した。
     少し意外だったが、得心がいかないでもない。
     では、揃いで誂えようかと沈清秋が提案すると、それも嬉しいのですが・・・と冰河は少し言い淀んでから、できれば使い古しがよいのです と言う。
     「師尊が新しいものを誂える折に、今使われているものをいただければ」などと。
     「それでは[[rb:襤褸 > ボロ]]ではないか、遠慮はいらぬよ」
     師に出費させるのを良しとせずに辞しているのか、と沈清秋は思ったのだが。
     「新しいものではなく、師尊が愛用されていたものをご下賜いただきたいのです」と冰河が更に言うので、なるほど形見のようなものかと納得はした。形見とは会えぬ者を偲ぶ物。魔界の統治に絡み遠征を余儀なくされることもあるゆえ、何か師の物を持っておきたいということだろうか・・・・と。
    19538

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