烏丸怪談②友人の話「え?僕には怪談はないのかって?う~ん、そうだなあ……僕の友人の話でもよければ。はは、そういうことが多いね。まあ、どちらでもいいじゃないか。これは友人が保育園に通っていた頃の話だ。彼はいつもお迎えが一番最後でね。母親の仕事が忙しかったんだ。彼は保育園では周りの子どもたちとうまくいってなかったから、園児が少なくない遅い時間のほうが遊びやすかった。だから、母親の迎えが遅くても気にならなかった。嬉々として居残っている彼を見て羨ましかったのか、園児のひとりが意地悪を言ったんだ。『あいつはいらない子だからお迎えが遅いんだ』って。気丈な友人もこれにはショックを受けた。いつもは独り占めできて嬉しい積み木も全然楽しくない。今すぐに母親に抱っこしてほしかった……。そんなことを考えてると、友人の前に見知らぬ男の子が現れた。『キミ、いらない子なの?』友人は当然ムッとして無視をした。ちょっとだけ泣いてたかもしれない。その寂しさを見抜いたように男の子は『じゃあ、一緒に遊ぼうよ』と言った。友人は少し悩んでから『ウン』と言った。それから二時間、彼は行方不明になった。保育園の先生はもちろん彼を探したし、お迎えに来た母親も一緒に探した。家に帰ったんじゃないか、散歩で行った公園にいるんじゃないか。いろんな場所を探したが、見つからない。いよいよ警察に連絡しようとなった時、子ども用トイレから友人が現れた。『やっと帰ってこれた』と言いながらね。二時間だけの神隠しだ。……どう?名探偵の君には物足りなかったかな」
あの一件の後、工藤邸では大掃除が行われた。
お隣の阿笠博士や幼馴染の蘭さんたちも手伝って、家の中の隅々まで塩をまいたそうだ。
その過程で一本の万年筆が発見された。年代物の万年筆でクリップには烏のマークが入っていた。
優作さんは記憶にないそうだが、有希子さんは編集者を名乗る男から受け取ったことを覚えていた。
男は優作さんが留守の日にやってきて「原稿を書く際に使って欲しい」と有希子さんに万年筆を託したそうだ。
新一くんから連絡を貰った僕はすぐに万年筆を回収し科捜研に回した。
科捜研の画像解析の結果、万年筆はオカルト研究室のデータに載っていた『呪いの万年筆』と一致した。
病身の女性に自分を捨てた恋人への恨み言を書かせ続けたことで書くと怪異が起こる万年筆となったと書かれているが真偽のほどは定かではない。
しかし、工藤邸で起きたことを考えるとあながち空想とも思えなかった。
「それで?私の霊感は証明されたのでしょうか?」
沖矢昴は閉店後の喫茶ポアロのカウンター席でニコニコと安室透を見上げた。
ブラインドとともに閉店の札が下ろされた店内には彼と僕しかいない。レジの中の現金を数える僕の前で沖矢は僕が淹れたコーヒーの湯気で眼鏡をわずかに曇らせている。
今回の調査で探偵安室として動く以上、僕はポアロで店員として働かなければならなかった。庁舎で他の案件を片付けて、ポアロに出勤して、赤井と打ち合わせをするとなると、さすがに身体が足りない。必然的に閉店後のポアロが僕らの会合場所となった。
当初、赤井は僕の家に住み込むつもりだったらしいが、別れた恋人を家に住まわせるほど僕の心は広くない。
『別れた』というのが僕ら共通の認識かどうかも怪しいところではあるのだが。
赤井の図々しい態度を見ていると、まるでちょっとした喧嘩をしただけのように思えてくる。
「ええ。ある程度は役に立つとわかりました」
「それはそれは」
赤井は僕が淹れたコーヒーを一口飲むと喉元にあるチョーカー型変声機に触れた。
「ということは、もうこの変装を解いてもいいのかな?」
「それとこれとは話が別です」
「まだ怒ってるのか」
「あのね……それは一度でも謝ったひとが口にする台詞なんですよ」
「ホオ?俺に謝らせたいのか」
こいつ……自分が別れた原因だとは微塵も思ってないな……!
赤井が日本を発った日、僕は彼を見送るために空港へと車を走らせていた。
赤井には仕事で行けないかもしれないとは言ってあった。
それでも一目会いたくて仕事を全力で片付け空港に駆けつけた僕の目に飛び込んできたのは、見知らぬ女性を抱きしめる赤井の姿だった。
「別に?謝ってほしいとは思ってませんよ。あなたが謝ったからと言って僕が許すとは限りませんし」
今のところ「許さない」が九五パーセントだ。何に対して謝ればいいのかわかっていない相手からの謝られても腹が立つだけだ。
「俺は謝らんよ」
「そうしてください。無駄話はこれくらいにして仕事の話をしましょう」
レジを閉めを終えた僕は赤井とこれからの調査方針について話し合った。
工藤邸にあの万年筆を持ち込んだのは組織の人間ではないだろうという点は僕と赤井の意見は一致していた。
有希子さんは男の名前を忘れてしまっていたが、まったく知らない人物ではなく、パーティーか何かで会ったことがあったそうだ。
おそらく出版業界の人間だろう。優作さんほどの人気作家になれば失脚を望む同業者や出版社がいてもおかしくない。
書いた原稿が怖すぎてボツになったのは万年筆による被害かもしれないが、十年以上経った今犯人と組織のつながりを見つけるのは難しい。
優作さんも訴えるつもりはないと仰っているので、この件に関しては追加調査はなしだ。
それよりも『呪具』の存在が証明された以上、データに載っていた他のアイテムを調査しなければならない。
工藤邸にしまいこまれていた万年筆が僕の眼前で怪異を引き起こしたように、今もどこかで薄気味悪い現象を引き起こしている可能性がある。早急に調べなければならない。
呪具のリストを七対三に分けて(もちろん、この件だけに取り組んでいる赤井が七だ)それぞれに所在を探るということで話が落ち着くと、赤井はドアベルを鳴らしながらポアロを出て行った。
今は母親の家に住んでいるらしい。
あの赤井が母親の家で暮らしているという話がFBIの間では笑いの種のひとつになっているそうだ。
僕の予想だと息子よりも母親の方が「なぜ」と思っているんじゃないだろうか。
僕は何も悪くないけど、メアリーさんにはちょっとだけ申し訳ない気持ちになった。
さて、仕事は終わったことだし、家に帰るか。
今日は庁舎に寄る必要もないし、冷蔵庫に入っているとっておきのラーメンを作るにはぴったりだ。
先週、同僚が出張に出た時にお土産として買って来てくれたものだ。
僕の任務について知っている彼から「例の恋人の分も入ってるからな」と笑顔を向けられた時は良心がチクンと痛んだ。
別れたと言うなら今かもしれない。ひとりに告げれば午後には全員が知るところとなっているだろう。
そう思ったものの、僕は「お気遣いどうも」と言って受け取ってしまった。
いつになったら僕はあいつの呪縛から解放されるんだろう。
ポアロの裏口に施錠しながらぼんやりとそう思った。
スコッチの件で殺したいほど憎むようになる前から、僕にとってアイツは無視できない存在だった。
鬼のように頭が切れて、射撃の腕前は神の領域と言っていい。
組織で一目置かれる存在ではあったが、誰より意識していたのは僕だったらしい。
『ゼロがそんな風に他人を意識してるの、初めて見たよ』
そう言っていたのは僕の幼馴染だった。
思い返してみれば、僕の容姿を理由に異物として排除したがる他者はいても、僕が他者を異物と感じたことはなかったと思う。
でも赤井は完全に異物だった。
恐ろしいと思うぐらい理解しきれない存在。そういう点では彼は僕にとって怪異に近い。
そんな相手と恋愛関係になったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
二人前のラーメンによって自分の失敗に気付かされたせいか、夜道を吹き抜ける風はやけに冷たく感じた。
「どちらさまですか?」
前を向いたままそう尋ねると、視線の主は「ふふ」と声を漏らした。
尾行されていることにはポアロを出た時から気が付いていた。
相手の意図を確かめるべく、こうしてわざと入り組んだ路地に移動したものの、むこうには笑う余裕があるらしい。
しかしこの状況から考えて、僕が笑みを交わしたことがある相手とは思えない。
組織の関係者か、単なるストーカーか。
どちらにせよ、相手はかなりのやり手だ。
ここまで何度も角を曲がって来たのに、笑い声の主は僕に姿を見せなかったのだから。
「ぐふふ、ぐふ」
声がさっきよりも近い。
僕は勢いよく後ろを振り返った。
「ぐふふふ」
月も見えない夜の住宅街に笑い声だけが残されていた。
僕は家まで全力疾走した。スーパーに寄って具材を買う予定もパアになった。
「くそっ」
僕が悪態をついたのはせっかくの札幌ラーメンを万全の状態で食べることができないからではない。
この状況で頼れる相手がひとりしかいないからだ。
「赤井!!変な女が、多分女だと思うんですけど、僕をつけてきた!!どうにかしてください!!」
十分前に起きたことを一気にまくし立てる。
すると端末の向こうから「ホオ」とマイペースな相槌が帰ってきた。
それだけでも悔しいのに、次に紡がれた言葉は僕の頭を瞬間湯沸かし器にした。
「やっぱり出たか」
「はあ!?やっぱり!?想定の範囲内だってことですか!?」
「ああ、そうだ。君、そんなに大きな声を出したら近所迷惑になるぞ?」
電話のの向こうではジャズが流れている。ウィスキーグラスでも傾けていそうな優雅な空気がこちらまで伝わってきて余計に腹が立つ。
もし「秀一、夕飯ができたわよ」なんて母親の声が聞こえてきたらこの怒りは少しは収まったのに。
「わかるように説明しろ!」
「それが人に頼む態度か?まあ、いい。君は知るべきだ。その女は君が空港で見た女だ。
「え……?」
「大方、不幸な女に見初められたんだろう。それとも君が女を泣かすようなことをしたのかな?」
「ぼ、僕はそんなことしてない!」
というのは降谷零の言い分であって、バーボンの場合は心当たりがないとは言えなかった。気があるそぶりを見せて情報を得るために利用した女性は片手では足りない。どの場合もあちらが本気になる前に姿を晦ませたが、そのことに傷付いたひとがひとりもいなかったとは断言できなかった。
安室透がポアロに顔を見せなくなっただけで泣いてしまった女性がいるくらいだからな。
「どちらにせよ、君を狙っているようだったから俺は取り抑えた」
「……じゃあ、今回もどうにかしろ」
「嫌だと言ったら……?」
赤井は冷たく言い放った。
恋人ではなくなったからと冷淡になる男ではないのは知っている。
ジョディさんがいい例だ。
今すぐには無理でも、いつか彼女のような存在になれたらいいなと思っていたのに、赤井の反応ときたら面倒な書類を押し付けられたときのような態度だ。
僕はドライフラワーになってクッキー缶の中にしまわれている薔薇を壁に投げつけたい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。
「何が望みだ……」
「君自身だ、もちろん」
「そんなの……渡せるわけないだろう」
「ガードが堅いのはいいことだ。君のような美人の場合は特に。ではまずプライベートの番号を教えてもらおうか」
「……え?」
「番号を変えただろう。JFK空港に到着してすぐに電話を掛けたが現在使われてないという音声が流れたぞ」
「あー……」
そういえばそうだった。
あの時はもう連絡を取ることもないだろうと思ったから……。
「なあ、君、今どこにいるんだ?後ろから女の声が聞こえるが……」
「えっ!?」
「はは、冗談だよ」
こいつ……!
「わかった、わかりました!番号を教えればいいんでしょう!でも今すぐは無理です!」
「なぜ?差し迫った状況だと思うが?」
「だ、だって、解約しちゃったんですよ。あなたと連絡を取るために契約した端末だったから……」
「なんだって?」
プライベートで連絡を取る友達のひとりもいない男を哀れに思ったのか、赤井は「すぐにそちらへ行く」と言って電話は切った。
男はそのままの姿で現れた。
変装はどうしたと聞いくと、家に帰ったらすぐに沖矢の変装を解くようメアリーさんから言い付けられているとの返事が返って来た。
どうも胡散臭いと思われているそうだ。メアリーさんの気持ちは僕もよくわかる。
「周囲を見てきたがそれらしき気配はなかった」
「そうでしたか……あの、あれは……」
「この世に未練を残した女の霊だ。君の話を聞く限り、空港で君を狙っていた女と同一の存在だろう」
「本当に……?」
「ああ。君が聞いた笑い声は俺が聞いたのと同じだ。まあ日本に君を見て『ぐふふ』と笑う女の霊が大勢いるというなら話は別だが」
「そんなことあってたまるか!……どうやら僕は勘違いをしていたみたいですね」
「俺も迂闊だったよ。君はその手の存在は見えないタイプだと思い込んでいた」
僕だってそうだ。
でも心当たりが全くないわけではなかった。
「君が間髪入れずに俺の浮気を疑ってきたのはなかなか頭に来たよ」
「それは……ごめん……。言い訳になってしまいますが、実は僕……ちょっとしたトラウマがあって」
「トラウマ?」
僕はおずおずと新一くんに話した怪談のと同じ話を赤井にも聞かせた。
友人の話というのは、巷にあふれるそれと同様で、実際は僕自身の体験談だ。
そしてこの話には新一くんには話せなかった後日談がある……。
僕が二時間だけの神隠しに会った後、母親には僕が変わってしまったように見えたらしい。
やたら大人しいし、保育園で友達と喧嘩をしたという話もなかった(これはいいことだったけど、と言って母は笑っていた)。
まるで二時間の間にふたつぐらい年を重ねたんじゃないかともうほどだったそうだ。
僕にはその二時間の記憶は全くないが、母親が僕を疑っていたことに僕も気が付いていた。
というか、僕自身も疑っていたんだ。僕は本当に『僕』なのかって……。
そんなぎこちない時間が過ぎていったあるひ、家の外から子どもの声がした。
母親はキッチンにいて、僕は別の部屋で遊んでいた。
その声は最初は『遊ぼう』とか『早く』とか言っていたのだが、徐々に声が湿っぽくなっていった。
『お母さん』
そう叫んだ時には泣き声と呼んでいい状態だった。
幼いながらに何かあったにちがいないと思った僕は母に知らせに行こうとした。
当時、僕がいた部屋は引き戸を開けるとダイニングキッチンがあり、キッチンの横に玄関があった。
どこにでもあるようなアパートの小さな2LDKで、今住んでいる安室透名義の部屋とどことなく似ている。
母親と住んでいたのは一階で、玄関の目隠しになる位置に金木犀が植えてあった。
部屋のドアを開けた瞬間、金木犀の香りがした。
玄関が閉まろうとしているところだった。
きっと母さんにもあの泣き声が聞こえたんだ。
心配になって外に出たであろう母を追って僕も玄関を出た。
僕の背丈より少し高いぐらいに切りそろえられた金木犀は満開を迎え、オレンジ色の花をたくさんつけていた。
土の上で膝立ちになった母の背中もちょうど金木犀と同じだった。
母はその腕に僕そっくりの子どもを抱きしめていた……。
「ということがありまして……もう二十年以上昔の話なのにどうもあの時の光景が目に焼き付いてて……」
空港で僕以外の誰かを抱きしめる赤井の姿がその時の母と重なった。
僕が話し終わると赤井が鼻で息を吸ったのが聞こえた。
いつの間にか僕は彼の腕の中にいて、呼吸が聞こえるほどの距離だった。
こんなに近くにいるのは恋人同士だった頃以来だ。
「そうか……」
赤井の大きな掌が僕の背中を摩る。
その温かさに、幽霊につけられてから初めて肩から力を抜くことができた。
「その後、君の母親は……いや、辛かったら無理に話さなくていいんだが」
「え?いえ、そんな大層なオチはないんですよ」
『僕はこっちだよ!』
そう声を掛けると母は僕を振り返った。
母の腕の中にいた子どもに母はしきりに謝っていたけど、男の子は母ではなく僕を睨んでいた。
その顔は僕に「遊ぼう」と言った男の子と同じだった……ような気がしなくもなかった。
「君、オカルトは信じないと言っていたのに結構ヘビーな怪異に遭遇してるじゃないか」
「え?これがどこの怪談なんです?」
「……うん?」
「神隠し何て存在するわけないじゃないですか。僕はトイレで転寝してたんでしょう。男の子のことは夢で、母は他の子どもをが泣いている声を偶然聞き間違えただけで……」
「と自分に言い聞かせてきたわけだな?」
「……」
図星を突かれ、僕は唇を噛んだ。
「……オバケじゃないもん」
「うん、そうだな。俺が傍にいる限り、怖いことはもう起きないよ」
赤井に抱き締められる……と思った瞬間、赤井の向こう側にあったカーテンに目がいった。
あんなことがあったから、帰ってきてすぐに閉めたはずなのに十センチぐらい隙間ができている。
その細い長方形の闇の中に目玉があった。いや、顔だ。人間には不可能なぐらいに目を見開いてこっちを見ている。
「赤井!窓!」
「……まったく」
赤井は徐に後ろを振り返るとカーテンを一気に開けた。
いや、この状況でカーテン開けるか、普通!?
そこには見知らぬ女がヤモリのように貼り付いていた。
「しつこい女だ……しかしこれではっきりしたな?空港にいたのは彼女で、俺は君に浮気を疑われるようなことはしていない」
女は凄い形相でこちらを見ている。口元だけが笑みを作っているのが余計に不気味だ。
でもそれを見て笑ってる赤井のほうが正直怖い。
『ぐふふふふ……』
あの笑い声だ。
赤井はその声を聞いて初めて不快そうに顔をゆがめた。
「消えろ」
赤井がジャケットのポケットから取り出したペンがぴかっと光った。
僕は思わず目を閉じた。
これは後で聞いた話だが、過去の幽霊目撃談の共通点に『幽霊は瞬きをしない』というのがあるらしい。
女の幽霊は目を閉じられないためにこの光をもろにくらい『ぎゃあ』という断末魔を残して消えてた。
僕は幽霊が消えたことに安堵しながらも赤井の持っている道具(武器と言った方がいいのか?)が気になっていた。
だって、MIBに出てくるニューラライザーにそっくりなのだ。
まさかアメリカにはMIBが実在して、今回の調査のために借りて来たとか言わないよな……?ロケットランチャーとヘリを横須賀から借りて来た男だ。あり得ない話ではない。
それにしては僕はあの女の幽霊の存在をしっかり覚えている。……消してくれていいのに。
僕の疑問を察した赤井がペンを僕の目の前に差し出した。
「博士の発明品だ。今回の調査にあたって俺の独断で彼に制作を依頼した。丸腰で挑むのは心許なかったんでね。なんせ今回は射撃が通用しない相手だ。組織の置き土産とあって志保も開発に参加したらしい」
ニューラライザーを赤井はクルクルと回して見せた。どうやら気に入っているらしい。
少年のような横顔に胸がきゅっと締まった気がした。
「あの……二度も助けてくれてありがとう。それなのに僕はあなたのことを勘違いして別れたりして……本当になんと謝ったらいいか……」
「いいんだ。君が俺を拒んだとしても、俺の気持ちは君に薔薇を贈った時からずっと変わらない」
「赤井……また会えてよかった」
プライベートでの恋愛経験が乏しい僕はこういう時になんと言ったらいいかわからなかった。
誤解も解けたことだし前みたいに恋人になりましょう、というのはムシが良すぎるだろうか。
どうしたらいいかわからない僕を赤井が包み込むように抱きしめてくれた。
「ああ……これからはずっとそばにいられる。君と俺だけの合同捜査だからな」
「……調査していく中でまた怪異に遭遇するんでしょうね」
「そうだな……君は『見る』という能力はないようだが『聞こえる』ことはあるようだから」
「え……?」
「幼少期の体験は別として……統計的にいって子どもの方が大人よりそういう存在を感じやすいらしいからな……君が『見える』のは霊感が強い俺と一緒にいる時だけだろう?だからそう心配することは……」
そうだった。
工藤邸で原稿用紙から文字が消えた時も、空港でも、たった今も、僕が怪異を見た時は赤井が隣にいた。
「……すみません、帰って貰えますか?」
「は?」
「つまり、あなたがいると怪異が『見える』ってことですよね?昼間はまだしも夜間に一緒にいるのはちょっと……」
「それはないだろう!?」
「おやすみなさい!」
僕に押し出されるようにして赤井は僕の部屋を出て行った。
悔しいが僕は認めなければならないようだ。
僕はオバケと呼ばれる類のものが怖い。
そんな存在を赤井を介して知ってしまった。
「……よし、ラーメンだ!ラーメンにしよう!」
あの男は本当に……僕の知らない感情を呼び起こす。
知らないまま生きていたらさぞ味気なかったであろう感情から、一生知りたくなかったような感情まで。
「うん、うまいっ」
でも、こうしてラーメンを美味しく食べられたのだから、やっぱり赤井には感謝しなければ。