メモリア 南の国は、天鵞絨のような滑らかな濃紺の夜だった。天鵞絨を彩る宝石の輝きが一層美しく映えている。
この夜、国随一の医者の診療所では、夜間の急患もなく、医者と彼を訪ねてきた男が、寛いだというには僅かばかりの緊張感と遠慮と不遜の狭間で揺られていた。
診療所の客人、ファウストは自宅ではないこの場所で、魔法を使いなさい、日頃から細かなことも神経の先まで魔法を使う感覚を忘れないでと師匠から口酸っぱく言い聞かされていた四百年前の修行から一変し、飯屋を営む友人の影響を受けて、迷いない慣れた手つきで、人間と同じように手ずからお茶を淹れていた。
ミルクパンに水を注ぎ、火をくべ、ぐらぐらと煮えるのを待っている。
沈黙。
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