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    numata

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    numata

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    トル団(というかトル→(←)団)を書いていたけどなかなか終わらないので切りのいい部分まで出します。全部フィーリングなのでごちゃごちゃしている

    #司類
    TsukasaRui

    【トル団】スランプと怪物(前) トルペが楽団に入って、それなりの時間が経った。具体的には、大きな公演を3回くらい経験した頃の、秋の初めの事である。

     週末の酒場は、ランプの暖色と仕事終わりの賑やかさに彩られている。トルペは、そんな陽気な雰囲気から少し離れた、隅の小さなテーブルに一人で居た。
     元来静かな場所を好む彼も、喧騒の温もりに身を溶かす事を覚えて久しい。ただ、今彼を包む空気は、場にそぐわず大変に重たかった。
    (ああ、上手くいかない。まるで分からない。どうしよう、どうしよう……)
     頭を抱え、かすかに唸る青年を、他の客は遠巻きに窺ってはまたざわめきに戻っていくのだった。

     事の顛末は、こうだ。
     次の大きな演奏会で出すことになったのは、恋愛が主題の長い曲だった。いつも通り練習を重ね、曲にまとまりが出てきた頃に、それは起こった。どうした訳か、一番盛り上がる場面でトルペの指が縺れるようになってしまったのだった。
    「──どうも、ピアノが一瞬転ぶね。大事な箇所だから、集中してほしい」
     指揮者を務める団長の、こんな言葉を何回聞いただろう。そこからいくら繰り返しても上手くいかなくなってしまったトルペを見かね、団長は少し考えてからこう言った。
    「意識しすぎてもよくないものだ。ここは色々と楽器が重なるが、そうだな、特にタンバリンが華やかに動くだろう」
     トルペを心配そうに見ていたタンバリン奏者は、団長に指を差されると、背筋をしゃっきりさせて目を輝かせた。楽団でも最年少の、天真爛漫な少女だった。
    「彼女のリズムに音を乗せて、揺れるように弾いてみてごらん。タンバリンも、音がばらけないよう頼むよ」
     少女が元気よく返事をして(トルペの返事はほとんどかき消されてしまった)、それからもう一度その部分が繰り返される。すると果たして、先程よりは目に見えて指が動いたのだった。
     団長は、まぁこれならば、と優しく頷いたが、トルペはその笑みに妥協の苦みを感じて、ただ俯くばかりだった。

    (こんなことじゃ、申し訳ないな……)
     練習を思い出しながら、トルペはちびちびと酒に口を付けていた。酒場の陽気な雰囲気も、飲みやすくて気に入っている安酒も、今はトルペの暗雲を払うことはない。本当ならばいつものように星を見るのがいいのだが、彼の苦悩が噴き出したように、重たく曇った空だった。
     そんな訳で、どんよりと溜息をつく青年が、自分に近付いてくる背の高い影に気が付かないのも、無理はなかった。
    「やあトルペ君。ご一緒していいかな」
     柔らかい、耳触りのよい声が聞こえた。軽く酔った瞳をのろのろ上げれば、そこには黒いコートに中折れ帽の、我らが団長が微笑んでいた。トルペはびっくりして跳ね起きると、数回吃ってからようやく、どうぞ、と答えた。
    「悪いね、もしや憩いの時間だったかな。でもあんまり思い詰めているように見えたから」
     この酒場は練習場に近く、彼や他の団員と出会うことは珍しくない。そもそも人に紛れる事が苦手なトルペを、初めてここに連れてきてくれたのは団長だった。もう随分打ち解けた仲だが、今ばかりはその顔を真っ直ぐ見ることができない。
     そんなトルペをよそに、団長はコートを脱ぎ、帽子を外し、トルペの向かいにするりと腰掛けてしまった。普段は重たいコートに隠されているが、すんなりとした、猫のような体躯の人だった。通りかかった給仕に手短に注文をすると、再び俯いてしまった青年をそっと見つめる。
    「思うところがあるようだね」
     気遣わしげだが、押し付けがましくない。患部に手を添えて、温めるような声音だった。トルペという青年は、苦悩を隠して強がれる程に器用でも、強情でもない。それで結局、ぽつぽつと話し始めるのだった。
    「……あの、演奏をしていて急に指が縺れるようになってしまったんです。弾こうとすると、追いつかなくなってしまって。一旦意識すると、今度は頭がこんがらがって……」
     悩みは一度話し出すと、次から次へと溢れていく。トルペはほとんど泣きそうになりながら続けた。
    「人の目が問題ではないんです。むしろ曲にのめり込むほど上手くいかなくて……あの、曲の一番盛り上がる所……恋とか、愛とかが膨らんで、煌めいて、全てが報われる場面です。他の楽器に合わせて、ピアノが奔流みたいに鳴るはずなのに、指が動かないんです。それで、他の人にも、団長さんにも、迷惑をかけてしまいました。一体どうしてしまったんでしょう……」
     そこまで言った時、給仕がグラスに入った琥珀色の酒と、色々な木の実の入った器を持ってきた。団長はそれを受け取ると、木の実の方をトルペに向かって差し出した。お食べ、という事らしい。
     トルペは少し躊躇ってから、煎られたアーモンドを一粒摘んで口に入れた。ぽりぽりと噛むことに集中していると、少しだけ気持ちが落ち着いた。
     団長は自分のグラスを手で包むように持つと、軽く息をついた。
    「声を出そうとするのに、息が詰まっているようなものだ。苦しかろう」
     身に覚えがあるのか──楽団では専ら指揮棒を取るので案外知られていないが、彼はフルートの名手だ──十分な同情を含んだ言葉だった。
     トルペがようやく顔を上げると、彼の檸檬色の瞳と目が合った。薄紫色の髪と、長い睫毛が影を落としていて、それで却ってきらきらと濡れて見える目だった。
    「急に縺れるようになったと言っていたね。なら多分、問題は技術でなく心持ちにあるんだろう。たとえば曲に全く理解が追いつかなくなったとか、あるいはテーマそのものに直面しているとか。……私が聞く限り、どうも後者のような気がするのだが」
     最後の一言は、喧騒に紛れそうなほど小さな呟きだった。小首を傾げた団長がグラスを少しだけ揺らすと、体温で温まった酒が仄かに香った。慰めのように届いた香りで、トルペはこれがブランデーだと分かった。
    「あの、曲を理解できないで弾けなくなるのは、なんとなく分かります。ですが、直面するとはどういうことですか」
    「うん。単刀直入に聞くがね、君、恋をしていないかい」
     大真面目に言われてしまい、トルペはランプと同じ色の目をいっぱいに丸くした。
    「こっ、こい? ……ですか?」
    「よくあることさ。恋をした途端恋の曲が弾けなくなるというのは。いや、何かの取っ掛かりになるかと思っただけだから、詳しく教えろというのではないがね」
     トルペは頭の中で、最近仲良くしている人達を思い浮かべてみた。楽団の、例のタンバリンの女の子。それからなにかと気にしてくれるアコーディオンの少女。子リスの姉妹を始めとした森の動物達。果ては下宿のおかみさんまで思い出してみたが、いずれもピンとこなかった。
    「恋は、あの、ない……と思います……」
    「ふむ? 当てが外れてしまったかな。これは失礼」
     団長はなんでもない事のように笑って、グラスに口を付けた。彼の唇に触れる琥珀色は、トルペの目にさも甘そうに映った。
     実際、トルペに恋の経験はないように思えた。あるにはあるが、ほんの小さい頃に、隣の娘さんにどきどきして拙い花束をプレゼントしたとか、そんなありきたりな古い思い出でしかなかった。
    「つまり、まるきり分からなくもないのだね」
    「ええ、その、多分」
    「そうか。まあ君は繊細だから、何が演奏に影響しても不思議ではないが。そうだな、いっそ人から惚気話でも何でも聞きまくったりしたらいいんじゃないかな」
    「そ、そうですか?」
    「そうさ。コンクールの荒療治は効いただろう?」
     普段は慎重な団長だが、局面によっては大胆な提案をする人でもある。コンクールの件もそうだし、練習の際にも何度か無茶すれすれの指示を放った事があった。が、どうあれそれで上手くいかなかったことがないのだから、結局これも人を見る目と、音楽家の勘によるものに他ならないのだった。
    「あの、そういえば他の人は」
    「うん」
    「他の人は、演奏するに当たって、分かっているということですか。恋とか、愛とか、そういう物を」
    「さてね。聞いたりはしないが、演奏に支障は出ていないな」
     言われて、トルペはまた俯いてしまった。他の皆は、あの小さなタンバリンの子でさえ、トルペのように躓いて悩むなんて、そんな馬鹿なことになっていないのだ。
     その様子を見て、団長はばつの悪い顔で首を振った。
    「すまない、今のは私の言葉が悪かったね、トルペ君。人の心は割り切れないよ。どこまで理解するか、何で戸惑うかなんてそれぞれだ。おかしくない、誰もね」
     そう言ってまたブランデーを口に運んだ。綺麗な所作だった。彼は酒を飲む時、必ず上等で香りの良いものを選び、ふと大事な物を思い出すように少しずつ口にする人だった。
     トルペが視線だけ上げてグラスを包む白い指にぼんやり見惚れていると、それに気付いたのか、薄い唇が緩く微笑む気配があった。人を不思議にどぎまぎさせる笑みだった。トルペは、この人があとほんの少し軽薄であったなら、色男と評して十分通用しただろうと思った。
    「団長さんは」
    「うん」
    「団長さんは恋をしたことがありますか」
    「あるさ、何度もね」
     彼は今度こそ甘く甘く笑って、トルペの心臓を跳ねさせた。同時に、トルペはこの質問をしてしまった事を後悔した。だがこの後悔がどこから来たのか、それは分からなかった。
    「そんな顔しないでくれ。例えばほら、冬になると日差しが恋しくなって、ずっと陽だまりの事を考えている。一輪の花に心奪われることもある。素晴らしい音楽を聞いた時もね、その度に心がときめいているよ。ね、そういうことだ」
     トルペは予想外の答えに些か拍子抜けして、大きな目をぱちくりさせた。そして何拍か置いてから(そうか、そういうのもあるのか)と思い直した。そんな彼を見て、団長は声を立てて笑った。
    「そうさ、トルペ君。心は割り切れないから、こういう事だってあるのさ。恋の切り口は様々だ。人同士ばかりじゃない。物とも限らない。最近だとね、君……」
     と、団長は不意に言葉を途切れさせて、少しむず痒そうな顔をした。沈黙を誤魔化すように、長い指が、木の実の器から干し葡萄を摘んで口に入れた。唇が閉じる刹那、つやつやした白い歯が、赤い果実を噛み潰すのが見えた。
    「……最近だと、君のピアノに恋をしたよ」
     思いがけない言葉に、トルペの顔がカッと熱くなり、同時に喉奥から引き攣った声が出た。トルペは、自分が大声を出し慣れていない事に初めて感謝した。
    「と言っても、あれはまだ知り合ってすらいない頃だったから、随分前になってしまうな。君の下宿の前を通りかかってね。たまたま聞こえてきて……いい音だと思ったんだ。胸が高鳴って、頭がぼうっとして、よかった」
     団長は蕩けるような吐息を洩らして、またグラスを傾けた。琥珀色が揺れて強く香った。
    「その音色をよく覚えていたから、君がオーディションを受けに来てピアノを弾き始めた時、運命だと思ったんだよ。立場上、落とすことにはなったがね。君が勤めていた酒場だって、外に漏れ聞こえたピアノの音に誘われて入ったんだ。そういえばあそこでコンクールの話をしたのだったね。懐かしいな」
     ああ、きっとこの人も酒と喧騒に少しく酔っているのだ。彼の目元がほんのり色付いているのを見て、トルペはそう思った。せめて自分の顔の火照りを誤魔化すために手元の酒をぐいと煽ると、ぬるさが胃の腑へ降りていって、熱だけが一気に頭に上った。ああしまった、逆効果だ。
    「おや、顔が真っ赤だよトルペ君。今水を頼んであげるから、静かにしておいで」
     団長の声がして、間もなく水が目の前に置かれた。冷たいそれをごくごくと飲むと、じわじわと染みるように冷静になってくる。トルペは鼓動を落ち着かせるように、ひとつ深呼吸をした。
     トルペの頭が冷えたのを認めると、団長は苦笑を浮かべて頬を掻いた。今になって、自分が先程言ったことが少し恥ずかしいらしかった。
    「まぁ、つまりね、君は演奏に当たって恋だの愛だのに悩んでいるように見えるが、それには全く形がないんだ。音楽だから失敗されると困るけれど、そこは指摘したら随分良くなったのだから、ひとまずはそれでいい。とはいえまだ時間はあるから、この週末くらいは悩んできなさい。多感な君だから、意外な所から答えを見つけるかもしれないね」
    「はい……はい。ありがとうございます」
    「期待しているよ、トルペ君」
     いつかと同じ言葉が、トルペの瞳に光を灯した。解決には至らずとも、整理がついてしまうと、なんとかなるような気がするものだ。団長は、そうやって人の背中を押すことが上手だった。
    「私はまだ少し飲んでいくけれど、もう夜も更けるから、若い人はそろそろ帰りたまえ。丁度雲も晴れたようだしね」
     示された窓の外に、綺麗に澄んだ紺青色の空が見えていた。トルペの心は踊った。
     今日の酒代は私が持とう、という団長としばらく押し問答をして、結局奢ってもらった上に、器の木の実も半分ほど小さな布袋に入れて持たされてしまった。トルペは何度も何度も頭を下げながら、酒場を後にした。



     トルペは星を見上げながら帰り道を辿った。秋が深まるにつれ、夜空は澄んで宝石を散らしたみたいによく輝いた。
     星々に混じり、真珠のような月がしんと冷えた空気を青く染めている。影絵のように暗く、深くなった景色の中で、トルペはふと足を止めて月を見上げた。
    (団長さんは、あの後どうしているだろう。社交的な人だから、他の常連さんとも話したりするのかもしれない。それとも案外、一人で飲む方が好きかな)
     なんとなく、自分が去った後で誰かと話されるのは嫌だった。一人で、何か考え事でもして、時折グラスを傾けている方が彼にはよく似合うだろうと思った。トルペは深く息を吸った。夜風に混じって、彼に飲まれる幸運な酒の香りがここまで届くような心地がしていた。
    (あの月が空のてっぺんを通り過ぎる頃には、あの人もコートを揺らして、星を見ながら帰るのだろうか。もしかすると、少しだけ僕を思い出してくれるかもしれない。今の僕だって団長さんを思い出しているんだから)
     星空が、そんな空想を彩ってきらきらと瞬いた。その下を軽くリズムを刻んで歩けば、彼と同じ形の影法師が、夜の底に長く伸びて踊った。
    「でも今は団長さんじゃなくて、恋が何なのか探さないといけないのか……」
     小さく小さく呟くと、それから青年はすっかり影絵に混じってしまって、後は青い風景があるだけになった。ただ彼の言葉にほんの一片混じった違和感が、残された木々の影をさわさわと軽く撫でて溶けていった。
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    numata

    DOODLE楽団のモブ視点のトル団。トが楽団に入るまでの両片思い話。モブは見守り系ではなく、がっつり二人に関わってきます。序盤の感じが最後まで続きます。団長がちょっとやんちゃかもしれない
    (モブの要素→楽団のベテラン/既婚者子持ち/ノリが適当/世話焼き/団長の友人)
    【トル団】ある弦奏家の言うことには 俺はしがないバイオリン弾きだ。ある町の楽団でそれなりに活躍して、それなりに楽しく、またそれなりにつまらない生活を送っている。
     ところが、平凡な人生の中にも、流れ星みたいにきらっとして、でもちょっとやっかいな出来事というのは降ってくるものだ。
     これから話すものが面白いかどうかは人によると思うが、例のピアノ弾きにまつわる話だと言ったなら、少しは興味もそそられてくれようか。



    (人形みたいな奴だ)
     オーディション会場にあいつが入ってきた時、俺が最初に思ったのがこうだった。ちょっと癖のある金髪、不安そうに伏せた睫毛も金色。ガチガチに緊張した表情は、その柔らかそうな童顔をむしろ無機物っぽく見せている。
     長机に着いている団員らの方も見ずに部屋の真ん中まで進み出たそいつは、ぺこん、とぎこちなく一礼をした。粗末なシャツから、痩せた鎖骨が覗いている。果たして音楽をやる余裕があるほど食えてるのか? 思わず隣に座る団員と顔を見合わせた。
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    DONE先にポイピクに載せます。
    日曜になったら支部に載せます。
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    寧々ちゃんが森の民として出ますが友情出演です。
    最初と最後に出ます。
    何でもいい人向けです。
    将校は参謀と同じ痛みを感じて(物理的)生きたいというよく分からないお話ですね。
    誤字脱字は見逃してください。それではどうぞ。
    将参(友情出演寧々)「ねぇ、その首の傷痕どうしたの?」
    「っ、っっ!?」

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    正面の窓から現れた少女に私は驚き、口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。

    「っ、ごほ…っ、げほっ、ぅ………。来ていたのですか…?」
    「うん。将校に用事があって……というか呼ばれて」
    「将校殿に?」

    森の民である緑髪の少女ーーー寧々は眉を顰めながら、私の首をじっと見つめている。そこには何かに噛み千切られたような痕があった。

    あの日のことを話そうか、少し迷っている自分がいて。
    どうしようかと目線を泳がせていると、寧々が強い力で机を叩く。

    「ほら!話して!」
    「………わっ…!わかり、ました」








    あまりの気迫に押された私はぽつりと語り始めた。
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