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    一時的な格納庫

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    一騎と甲洋/EXO
    廻り会い、廻り出す話

    ##一騎と甲洋

    再廻 ずっと、深い青の底で眠りについていた。否、正確には少し違う。意識はあった。それはきっと、新たな存在としての己を受け入れてから、絶え間なく。

     ———声が、聞こえた。痛みに悶える声が。争いを嘆く声が。喪いたくないと、必死に叫ぶ声が。
     幾多の想いが微睡むだけだった意識に形を与えた。記憶からかつての器を形成し、今にも消えようとしていた灯(あかり)を両手で抱きとめる。それをすぐ近くにいた幼馴染みに託して、光が差し込む方へとのぼっていく。

     そうして数年ぶりに青の世界から飛び出した甲洋は、島を守るべく戦場へと降り立った。



       ***



     帰投したブルクは沈痛な空気に満ちていた。流れ込んでくる激情に、未だにかつてと同じようには機能しない心でさえ鈍い痛みを覚えた。
     約束、したのに。前線に立って島を守ると。それなのに、パイロットをひとり喪ってしまった。
     じわじわと込み上げてくる、ひどく覚えのある感情を心の奥底へと押し戻す。自戒も悔恨も後回しだ。皆が揺らいでいるときこそ冷静でいなければ。それが、今の自分が果たすべき役割だ。
    「おかえり、甲洋くん」
    「……ただいま戻りました」
     器から降りるとすぐに保が駆け寄ってきた。当たり前のように投げかけられる言葉にはなかなか慣れない。少し悩んでから返事をすると、優しく肩を叩かれた。触れた大きな手から労いと励ましが伝わってきて、もう会うことは叶わない幼馴染みの顔が脳裏を過った。
     器の整備に向かう保の背を眺めながら何処に向かうべきかと思案する。パイロットたちのメンタルケアは千鶴に任せるとして、現状とこれからの動きを確認するためにCDCに行くべきか。それとも———
    「もう、どこに行っちゃったのかしら」
     不意に、焦りを滲ませた声が耳朶を打った。思考を止めてそちらを向くと、ある器の前で容子が忙しなく視線を彷徨わせている。それだけである程度の事情は察せた。
    「羽佐間先生」
     近寄りながら声を掛けると、ハッとした様子で振り返った容子は纏う空気を和らげて微笑んだ。
    「おかえりなさい、甲洋くん。身体は大丈夫?」
    「問題ありません。……一騎がどうかしましたか?」
     こちらを気遣い努めて明るく振る舞う彼女が佇んでいるのは、先の戦闘で島の窮地を救ったマークザインの前だった。時を同じくして帰投した搭乗者の姿がすでにブルク内に無いことには気付いていたし、気掛かりでもあった。器から降りたところを目視していないので、恐らくコクピットから空間を跳んだのだろう。
    「顔を見たかったのにいつの間にか居なくなっちゃったのよね。バイタルに問題はなかったけど、起きてすぐの戦闘だったから。念のためメディカルルームにも行ってほしいし」
     ため息混じりの言葉を聞きながら、漠然と「だからだろうな」と思った。
    「俺が伝えます。羽佐間先生は作業を続けてください」
     ちょうど会いに行こうか悩んでいたところだったし、正直なところ口実が出来るのは助かる。いざ顔を合わせて、最初の一言が出てこないなんて笑い事にもならない。……怖がりすぎだろうか。
    「いいの? 甲洋くんも疲れてるんじゃない?」
    「……この身体は疲労を感じないので」
     単なる事実を口にしただけだったのだが、容子の表情が翳ったのを見て失言だったと気付く。どうにも以前のように相手を安心させる言葉を選べない。というより、吟味する前に口にしてしまっている。今後の改善点のひとつだ。
     頭の片隅に素早くメモを取ると、それ以上不用意なことを言ってしまう前にと軽く会釈だけしてブルクを出た。

     一騎の居場所なら見当が付いている。気配を辿るまでもない。一息に跳んでいこうかとも思ったが、先程の反省を活かすべく徒歩で向かうことにした。
     何せあの親友とまともに言葉を交わすのは、四年ぶりになるのだから。



       ◇◇◇
     


     大きくて透明な壁の奥にゼロファフナーが収納されていく。その様子を、一騎は静かに見つめていた。
     島を守った機体は、その代償として第二パイロットの命を食い尽くした。一騎の後を追いかけてくれた心優しい後輩は、もうどこにもいない。自分の到着があと少し早ければ―――もしもを夢想したところで仕方のないことだとわかっている。それでも考えずにはいられない。
     道を示してもらったのに。力を与えてもらったのに。それでも手のひらから零れ落ちていくものがある。これじゃあ、あの頃から何も変わっていないではないか。
     空に舞い上がっていく純白の機体。伸ばした手が届く前に散っていった、儚げな同級生。途切れ途切れの声を残して海に沈んでいく鉛色の機体。掴んだ手は決して離していなかったのに、それでも遠ざかっていった大切な幼馴染み。
     二人だけではない。ここに至るまで、どれだけのものを救えずに来たか。守ることがこの命の意味であるというのに。
     一体、自分は何のために―――。
    「―――そうやってぐるぐる考えるの、相変わらずなんだな」
     唐突に響いた声は静かな空間によく響いた。思考の海に沈んでいた意識が相手を認識するより先に身体に緊張が走る。弾かれるように振り返った一騎の、声の主の姿を映した琥珀の瞳が大きく見開かれた。
    「……こう、よう……」
     そこにいたのは、つい今し方脳裏を過った人物のひとり。心を預けられる数少ない存在でありながら、すれ違ったまま別れることになってしまった親友だった。
    「帰ったらまずはみんなに顔を見せろよ。羽佐間先生が心配してたぞ」
    「え? あ、ああ……」
     あまりにも普通に話しかけられ、思わず言葉に詰まってしまう。頭が目の前の現実を処理し切れず混乱していた。
     二年前の夏。ボレアリオスミールとの戦いの最中に甲洋が帰ってきたという話は、父や幼馴染みたちから聞いていた。数日前の戦闘で意識が途切れる間際に海に消えたはずの機体が視界の隅に映ったのも覚えている。
     だから、何の不思議もない。ただ、まるで何事も無かったかのようにそこにいるから、現実味がないだけで。
    「……なんだよ、その顔」
     おかしそうに甲洋が笑った。優しげに目を細め、口元を緩ませる。まだ島が平和だった頃に良く見た表情だ。
     心の奥に、小さな炎が灯るのを感じた。
    「甲洋」
    「ん? どうし……」
     生じた微熱に突き動かされるまま近寄り、言葉を待たずにそっと甲洋の手を取る。一瞬驚いたような顔をした親友は、しかし何の文句も言わずされるがままになってくれた。
     一騎より少しだけ大きな手には、一騎と同様に指環の痕はない。ニーベルングの接続痕は小規模な同化現象だと前に総士が言っていた。同時に、肉体が人ではなくなるとこれが付かなくなるとも。
    「……俺たち、人間じゃなくなったんだな」
     いつの間にか俯いてしまっていた頭上から穏やかな声が降ってくる。ゆっくりと顔を上げれば、かつてと変わらず穏やかに笑う甲洋と目が合った。こちらを安心させてくれる顔だ。この顔に、何度助けられただろう。
    「……俺たちは、俺たちだろ」
    「お前がそんなこと言うようになるなんてな」
    「……? 変なこと言ったか?」
    「そんなことないよ。ちょっと意外だけど」
     握ったままだった手がするりと抜けていく。かと思えば、力無く垂らしていた左手もまとめて、今度は甲洋に握られた。互いの胸の間で合わせた両手をそっと包まれ、少しだけくすぐったい心地だ。
    「……おかえり、一騎。ちゃんと帰ってきてくれて、ありがとな」
    「……っ」
     優しく鼓膜を震わせた声に目頭が熱くなる。本当に竜宮島に帰って来たのだと実感させてくれる言葉を、他でもない甲洋からもらえるなんて夢にも思わなかった。そもそも、こうしてもう一度言葉を交すことすら叶わないとばかり。
     ああ、だめだ。大事な後輩を守れなかったのに。自分ばかり、こんな。
    「一騎」
     力強い声が思考を断ち切る。名前を呼ばれるのと同時に包まれたままの手を引かれバランスを崩してしまった。そのまま甲洋の胸に倒れ込んだところを抱き留められ、背中をとん、とん、と撫でられる。
    「お前だけのせいじゃない。俺も、ボレアリオスミールのコアも、西尾を助けられなかった。自分ばっかり責めるな」
     触れ合ったところから伝わるぬくもりが強張った身体に染み渡っていく。それ以上に、甲洋から流れてくる心があたたかかった。
     ブルクに帰投したとき、これまで通りメディカルルームに行くつもりだった。だが、そこにいる人たちの感情が一気に流れ込んできたせいで息が詰まって、気がついたらここへ跳んでいた。
     甲洋からは、あの奔流のようなものは流れてこない。彼の鼓動に合わせて穏やかな波だけが伝わってくる。こちらを気遣って制御してくれているのだろうか。
    「………やさしいな、甲洋は」
    「一騎が自分に厳しすぎるだけだ」
     そっと身体が離され、再び目が合う。呆れ顔の親友は、それでもあの頃と変わらないあたたかい眼差しを向けてくれていた。騒ついていた心が少しずつ落ち着いていく。
     そうだ、甲洋の隣はこんな心地だった。陽だまりのようなここがとても好きで、幼心にずっと一緒にいたいと思ったものだ。
    「ほら、行くぞ。他のパイロットたちのメディカルチェックは終わったみたいだから」
    「甲洋」
    「うん?」
     踵を返しかけていた甲洋の手を掴み、振り返った灰色の瞳を真っ直ぐに見つめる。
     まだ、言っていないことがある。本来であれば先に一騎が言うべきだったのかもしれない、もう一度言えるとは思ってなかった、言葉。
    「おかえり、甲洋」
    「―――……」
     見開かれた瞳が大きく揺れる。滲んだのは自分の視界か、それとも甲洋の瞳に映り込んだ自身の姿か。あるいは、そのどちらもだったのかもしれない。
    「……ただいま、一騎」

     止まっていたふたつの歯車が、音を立てて動きはじめた。
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