どこかですれ違っているかもしれない話「はいこれ、頼まれてたやつ。これでこの仕事は終わりだね?」
「はいよ。ばっちりだ」
樫尾 薫が依頼書に記載された物品を手渡すと、馴染みの情報屋まがいの中年の男――よくこちらに仕事を回してくれる――は苦笑した。
「にしても、お前もよくこんな仕事長く続くよな」
「別に? 性に合ってるし、お金に困らないし。いい仕事じゃない?」
「はっ……そうかよ」
男は手渡された物品を丁寧にしまいながら、そうだ、と思い出したような声を上げる。
「最近、また物騒みたいだぜ。仕事柄しゃーねぇかもしれねえけど、あんま遅くまでぶらつかない方がいいかもな」
「はは。こんな仕事してて、物騒じゃなかったこと逆に無くない?」
「そりゃそうだがな。……なんでも、出るらしい」
これが、と男は両手をだらりと垂らし胸の前に掲げて、年甲斐もなくオバケのポーズを取ってみせる。ニヤついたその表情と、掲げられた毛深い手の甲が眼前に迫った。
「……なにそれ」
「オバケ? 怪物? よく分からんが、実際に被害者も出てるみたいだぜ」
「そう」
「つまんねえな、もっと怖がれよ」
「そういうの、別に仕事柄慣れてるしね」
「ああ。お前はそうだったな。ったく、つまんねえの。お前の情けねぇ顔拝んでやりたいと思ったのにさ」
「おあいにくさま。それじゃ、俺は次の仕事あるからもう行くね」
「おう。また仕事あったら声かけるわ」
情報屋の男と別れ街を歩いていく。この後はもう1件護衛の仕事が入っていた。全く働き者だねえ、と自嘲気味に笑ってみせる。最近は入ってくる仕事が増えた気がする。それも、先程あの男が言っていた怪物のようなものが街に現れるようになってからだ。
奇妙な事件だ。噂はちらほらと聞くが、その実態は不鮮明なところが多い。これだけ噂になっていれば、直接的に事件に関わる仕事が入ってきてもおかしくはないが、不思議とそんな仕事は舞い込んでこない。
それが誰のせいかなど、もはや自明のことではあるが。
脳裏に浮かんだ1人の女性の顔を振り払うようにかぶりを振る。歩き慣れた道の角を曲がると、ちょうど反対側から歩いてきた2つの人影が目に入った。1人はアフロ頭でアロハシャツを着込んだ奇抜な男、もう1人はまだ幼さの残る顔立ちの銀髪の少年。
銀髪の少年がちらとこちらを見て、一瞬視線が交錯する。あの少年は何度か見たことがある気がした。彼は便利屋のようなことをしていて、よくあのアフロの奇妙な男と共に行動しているところを見る。随分と若いようだが、なかなかグレーな案件もこなしているらしい。あの年齢にして裏社会でも多少顔が利く。何か事情があるのだろうかとは思えど、言葉を交わしたことはないし、無用な詮索をする必要もない。
この街は変に他人の事情に首を突っ込むとろくな事がない。それはこれまでの経験上、わかっていたことだった。
2つの人影が遠ざかっていく。その後ろ姿をぼんやりと見つめていた。
「……今日も、この街は変わらないみたいだねぇ」
ぽつりとそう呟いた、その声に応えるものはいなかった。
【出演PC (PL敬称略)】
終帳探偵事務所 case:6「鎮魂の歌よ、彼方へ」: 樫尾 薫
/PL すぎうらきりと
灰の降る街:小佐内 銀 (便利屋)
/PL テラゾー