かつての背を追う 鳴り響くサイレンの音と、忙しなく走り回る警備隊の喧騒。ここに現れたという怪盗の姿を捜し、多くの人間が現場を走り回っている。
「くそっ……二代目さんとはぐれちまった……っ!」
星乃歌はそう言うと舌打ちをこぼした。目の前を忙しなく移動する警備員の波を掻き分け、彼もまた、現場を走る。
「怪盗が姿を現した!」「誰だ!?」「黒いマントが見えた!」「いや、あれは――」
その時だ。突如上空からパチパチッという耳障りな音と共に複数の閃光が降り注いだ。
「は!?」
星乃歌は咄嗟に身を捩り、すんでのところで落下物を回避した。それは地面に落ち、尚も閃光を放ちながら音を立てる。これは――爆竹っ?
「……んだよこれ!?」
素早く周りを見渡せば、辺りは先程よりも騒がしく、そして混沌と化していた。あちらこちらで爆竹による火が上がり、落下物で怪我をしたのか血を流す警備員の姿もある。
思わず空を仰ぐ。爆竹は上から降ってきた。それならば下手人もまた上にいるはずだ。必死にその姿を探した、星乃歌の視界に一つの人影が映る。
「っ! あれは……――リコリス?」
視界不良の中一瞬捉えた人影、それは刑事になって何度か見かけた怪盗リコリスの姿に見えた。確かにあの怪盗はタチが悪く、人の命を奪う――
星乃歌は再び駆け出し、下手人の姿を追った。それにこの辺りは民間人の避難も完了していない。巻き込まれているものがいなければいいが、と半ば祈りながらリコリスの影を追う。
しかし、その祈りはどうやら天に届かなかったようだった。走る星乃歌の視界の端、警備員とは明らかに異なる小さな人影が映る。
「――!? 大丈夫!? 君!」
路地裏で体を丸め、身を潜めていた人影――少女のそばに小さな血痕を認め肝が冷える。星乃歌が駆け寄り少女のそばでかがめば、少女はゆっくりとその顔を上げる。
その時、近くで誰かが走り去っていく足音を耳が捉えた。星乃歌は一瞬の間その音に気を取られ目を向ける。
「……おにいさん、けいさつのひと?」
その声に星乃歌はハッとして、少女に向き直る。
「あぁ! 俺刑事なんだけど、……てか君大丈夫!? 怪我してない?」
「だい、じょうぶ」
「よかったぁー」
星乃歌は安堵でその場にしゃがみ込む。しかし、同時に違和感があった。
では、少女の近くにあるこの血痕は誰のものか?
星乃歌の疑問に答えるように、少女が再び口を開いた。
「赤い、お兄さんが助けてくれたの」
「――え」
赤い、お兄さん。
その時頭によぎったのは、かつての先輩刑事の姿だった。
いや、今の上司だって条件には当てはまるじゃないか。星乃歌はうるさく鳴る心臓を誤魔化しながら、少女に尋ねる。
「赤い……お兄さんって? ……たばこ、咥えてた? ……あぁいや、先輩も、吸うか。ええと……どんな、どんな人だった?」
「どんな……」
「いや、わかんないか……」
少女は少し考えて、
「……おひげ? はえてた。あとは、……やさしいお兄さんだったよ」
星乃歌は言葉を失う。そんな。じゃあやっぱり。
少女のそばの血痕がいやに目につく。脳裏にこびりつき、かつての先輩の顔と重なる。
――お前は相変わらず、あと先考えないで突っ込んでくなぁ。
「そんな……J、先輩……?」
少女が怪訝そうに星乃歌の顔を覗き込むが、それを気にかける余裕もない。なぜここに、もしかしてここに先輩がいた? 忙しなく巡る思考の中、ふと一つの記憶が蘇った。――少女を見つけてすぐ、俺は何を聞いた?
少女のそばで動かなくなった星乃歌に、同様に近くを見回っていた警備員が気付き、声をかける。
「星乃歌刑事! ……ここにいましたか」
「悪い、この子を頼む」
「え? ちょっと、星乃歌刑事!? どこにいくんですか!?」
警備員の問いかけに答えぬまま、星乃歌は走り出す。
あの時聞いた足音。もしかしたらJ先輩は、まだ近くにいたんじゃないのか?
「J先輩! J先輩! どこっすか! ……くそっ」
微かに聞こえた足音を頼りにひた走る。しかし、そこかしこで上がる火の手に行先は遮られ、思わず悪態をつく。
もしかしたら、J先輩がいるかもしれない。
聞きたいことが山ほどあるんだ。だから、先輩を見つけなきゃいけないのに。
大きく息を吸って、必死にその名を呼んだ。
「先輩!!」
その時、目の前に人影が現れた。
「――っ……」
赤い髪で、黒い服装に身を包んだ人物は一瞬探していた人物と見紛う容姿をしていた。彼は確かに自分にとっての上司で先輩だ。……でも。
「どうした、でかい声出して」
彼――星乃歌の現在の上司である二代目は、そう言って口から煙を吐き出した。
「あ……二代目、さん」
「なんだ?」
「……」
黙り込む星乃歌を、二代目はじっと静かに見つめ返していた。その赤い目は、出会い頭の星乃歌の目に一瞬映った、幻想の人物を覗き込むようでもあった。
「なんでも、ないっす。……あの、この現場でも煙草吸ってんのってどうなんすか」
「まぁ、火には困んねぇな」
「ははは……」
二代目はもう一度煙を吐き出し、促すように星乃歌に背を向ける。
「もう怪盗どころじゃねぇ。一般人の保護と被害の実態の把握……しばらく帰れねぇぞ」
「うっす」
星乃歌はもう一度だけ振り返る。かつてその背を追ってついて回っていた、先輩の影がそこにあるような気がした。
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Q. なんで二代目さんは遅れて登場したの?
A. どーなつでも食ってたんじゃね?
あなたが目星に成功すると彼の口にポン⚪︎リングのあのパリッとした砂糖のカスが付いているのが見えます。