よめない感情 人と相対している時、相手が自分の左右どちらの目を見ているのかなんてわからない。けれど僕と相対する相手の見ている目がどちらかはすぐにわかる。なぜなら僕が隻眼だから。
僕と相対する人はもれなく、僕の左目を見て話しているんだろう。それがなんだか面白いと思ったのは、いつからだったろうか。
「ふっ……どうやら舞台は整ったようだな」
あちこちを警察が行き交い、所々で火の粉が上がる交差点、それらがよく見える高層ビルの屋上に降り立ち、満足げに見下す。"ストレイキャット"という怪盗名がよく似合う高所だ。我ながらいいロケーションだと一人頷く。まぁ、この場所を探すのに手間取り、今日もまた遅刻してしまったのだが。
「やっと見つけた。こんなところにいたんだあ、ストレイキャット」
どこからともなく白い人影が現れ、隣に降り立った。僕はその聞き覚えのある声の方に振り向く。
「あぁ――ドラスティック・フィーバーか」
「なに、まーた遅刻しちゃった?」
「まぁ、そんなとこ」
僕と同じ怪盗――ドラスティック・フィーバーはひひ、と特徴的な笑い方をする。
「でも、どうして僕がここにいるってわかったの?」
「んー? そりゃあ、たまたまですよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
飄々とした彼の態度からは、その真意を窺い知ることができない。ただまぁ……そんな彼の様子もいつものことだ、あまり深入りしても仕方がないだろうと思う。
「まぁいいや。君は何をしていたの? もう、パレードは始まっているみたいだけど」
「んーとねえ盗んできた」
「何を?」
「この高層ビル」
「なにそれ」
「さんちゃんとゆーっくり話したくてさ?」
「えぇ?」
彼はヘラヘラと笑っていて、相変わらずその真意は汲み取れない。いつもなら冗談だろうと流してしまう発言だが、今回ばかりはなぜだか笑えない。
それは、先日彼にこの眼帯の下の右目――赤く光る瞳を目撃されてしまったからだ。加えてその時、彼が珍しく感情を露わにしたように感じたことが気がかりだった。
あの時彼はひどく取り乱し、驚いていて――そしてどこか、怒っていた?
「…………なーんちゃってぇジョーダンですよ、ジョーダン! なになにびっくりしちゃったあ?」
バンっと音が鳴るほど強かに背中を叩かれ、その衝撃に僕はハッとする。彼は驚きに見開かれた僕の左目を見やり、おかしそうに笑っている。
「お、驚かさないでよ! やだなぁ……本当かと思っちゃったじゃん」
「ひひ! だめだよお、怪盗なのになんでもかんでも信じちゃあ」
僕はどこか引っ掛かりを覚えながら、彼が何も言ってこない様子を見てひとまず安堵する。どうやら考えすぎだったようだ。
眼下では警察が忙しなく蠢いていて、時折怒号も聞こえる。――おい、まだ見つからないのか! 負傷者の数は! この騒動じゃ怪盗に何盗まれてもわかんねぇぞ――
怒鳴り声に似た警察官たちの必死な様子に、僕は思わず笑みを浮かべる。遅れてしまったので何が起こったのかは見ていなかったが、火も上がり、警察は大混乱だ。これなら、この騒ぎに乗じて今回の標的も難なく盗み出せるだろう――
そう思った時、僕の耳に聞き捨てならない声が飛び込んでくる。
――なぁ、なんでこのビル中に入れないんだ?
どうやらその声は、僕達がいるビルの近くで発せられたものだった。この喧騒の中で、なぜかその声は気味が悪いほどクリアに聞こえた。
ビルの中に入れないという警察の声と、ほんの数分前の記憶がリンクする。
隣にいる彼は、怪盗のドラスティック・フィーバーは、先程なんと言っていたか?
――さんちゃんとゆーっくり話したくてさ?
僕は恐る恐る彼を振り返り、声の震えが悟られないように努め尋ねる。
「……ねえ、ドラスティックフィーバー。さっき言ってたことって……本当に冗談だよね?」
相対する相手の目が、自分のどちらの目を見ているかなんてわからない。けれどその時だけはなぜか、彼は僕の右目を見ているんだと、なぜかそう思った。
いつからこうだったのかはわからない。しかし、昔から綺麗で不思議な輝き方をするこの右目が、彼はなんなのかもうわかっているのかもしれない。
逆光になったいつも飄々とした男の笑みは、僕の左目にひどく不気味に映った。
「どっちだと思う?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ぶっきーないずみさん、爆誕。
視点のくだりが書きたかった結果、なぜかさんぼーさんだけ一人称視点になったけど、勝手なイメージだと一人称視点が似合う人だなと思う()。