『君がいるから怖くない』夜の静けさが、○○ちゃんの家を包んでいる。俺は、慣れない客間の布団の中で、そっと横になっていた。今日は初めての「お泊まり」。夕飯を一緒に作って、映画を見て、笑い合って――そんな時間があまりにも自然で、まるでずっと前からこうだったみたいに感じる。
隣には、○○ちゃんが寝息を立てている。普段なら、俺は練習の疲れでバタンキューと寝てしまうタイプだ。でも今夜は、なんだか胸の奥がざわめいて、眠気が遠い。月明かりがカーテンの隙間から差し込み、○○ちゃんの背中をほのかに照らしている。パジャマの肩口が少しずれて、華奢なラインが目に入る。俺はつい、じっと見つめてしまう。
(こんな時間が、俺にもあるんだな)
心の中で呟くと、じんわりと温かいものが広がる。インターハイやレースのことで頭がいっぱいだった頃の俺は、明日を考えるだけで少し身構えていた。勝ちたい、負けたくない、そんな思いがぐるぐるしていた。でも、今は違う。○○ちゃんがそばにいる。こんな風に一緒に過ごして、笑って、くだらない話をしても、全部が愛おしい。それが当たり前になって、明日が怖くなくなった。
「…○○ちゃん、寝た?」
小さく声をかけてみるけど、返事はない。穏やかな寝息だけが聞こえる。俺はそっと笑って、布団の中で少しだけ身を寄せる。○○ちゃんの背中が、すぐそこにある。月明かりにぼんやり浮かぶその姿が、なんだか夢みたいで、でもちゃんと温かくて。胸の奥から、愛おしさがこみ上げてくる。
我慢できなくなったみたいに、俺はそっと手を伸ばす。○○ちゃんの背中に腕を回し、優しく抱きしめた。パジャマ越しに伝わる体温が、俺の掌をじんわり温める。起こさないように、そっと、そっと。
「…ん、拓斗くん…?」
○○ちゃんが小さく身じろぎして、眠たげな声で呟く。俺は一瞬ドキッとして、でもその声があまりにも可愛くて、くすっと笑ってしまう。
「ごめん、起こしちゃった? 寝てて、○○ちゃん」
「…うん…おやす…」
○○ちゃんの声はすぐにまた寝息に変わる。俺はほっと息をつきながら、そっと唇を動かした。
「おやすみ、○○ちゃん」
その言葉は、夜の静けさに溶けるように小さく響く。俺は○○ちゃんの背中にそっと額を寄せ、目を閉じる。初めてのお泊まりなのに、こんなにも落ち着いていて、こんなにも幸せだ。明日も、こうやって○○ちゃんと一緒にいられる。それだけで、眠りにつく瞬間が、たまらなく満ち足りていた。